ワイルドユニット

「で、ここまでで質問はある?」


 質問……疑問は沢山ある。どれから聞こうかと頭を悩ませる。


「……とりあえずあんた、ノアだっけ? 俺がお兄ちゃんって何なんだよ。まさか父さんの隠し子とか?」


「違う違う。私は従妹よ。私のお父様が矢田零斗伯父様の弟なの」


「まあ……俺はまだ信じられないが、なんとなくわかった」


 従姉妹を兄弟のように呼ぶ者はいるだろう。そう考えれば理解はできる。しかしまだ自分がだと思っている零次には状況を飲み込めていない。


「って事はハーフか。さっきの話しを考慮すると、母親がこっちの地球出身なのか?」


 ノアは一瞬キョトンと目を丸くする。その様子に零次も不思議そうに首を傾げた。


「いや、あんた他の奴と違ってかなり人間近いだろ」


「あー、そういう事ね。メガビート」


「はっ」


 先程のカブトムシ型怪人を呼ぶ。


「ユニットを解除して。本来の姿を見せてあげなさい」


「畏まりました」


 一礼し彼はバックル、そこに刺さっている鍵を引き抜いた。

 すると彼の鎧が光となり消え、光の球体に包まれたかと思うと上から溶けるように崩れていく。

 そこに立っていたのは大柄な中年男性。ノアと同じように人間に近い姿をしているも、額から伸びるカブトムシの角が彼を人間とは違う生物だと教えてくれる。


「これが私達アンフォーギヴンの本来の姿。人間に動物のパーツをつけたような姿をしてるの。だから私も純粋なアンフォーギヴンよ」


 少し驚いた。もしかしたら毘異崇党も本当はこんな姿をしていたのではないかと。


「彼らが着けているベルト、ワイルドユニット。これは私達の中にある他生物の面を前に出す機能があるの。他にも武装や身体能力の補助とか……」


「やっぱり似てるな」


 零次の予想通りメサイアユニットに似ている。他の生物云々は人間には無い要素だが、武装や身体能力の補助はメサイアユニットにもある。


「アームズブレイヴァーの使ってるあれに?」


「…………」


 失言だったと口を閉ざす。アームズブレイヴァーの事はあまり知られたくない。まだ零次にとって彼女達は信用に値しないからだ。


「そりゃそうよ。私達がそっちの地球に技術提供したって言ったでしょ。ワイルドユニットをそっちの人類用に改造したのがメサイアユニットなんだから」


「なっ……」


「つまりアームズブラックが弱いのは、本来そっちの人間用に調整されたものを使ってたから。お兄ちゃんにとってあれは拘束具なのよ」


 納得と言うよりも辻褄が合うが正しい。メサイアユニットは現代の技術からすれば明らかなオーパーツだ。それが異世界からもたらされた技術によるものだと考えれば合点がいく。


「納得した? 一応私達は嘘はついてないんだけど」


「いや、待て。それだけで俺が……アンフォーギヴンだって証拠は無いだろ。俺は人間だ! そもそもお前ら毘異崇党と関係あんだろ? 信じられるか!」


 胸が痛い。少しずつ、自分の常識が、アイデンティティが削れていくようだ。これ以上踏み込みたくない、知ってしまったら後戻りが出来なくなるような気がする。


「私達も一応人間なんだけどね。まっ、そう見えないのは否定しないけど……」


 拒絶する零次にノアは悪戯っぽく笑い舌舐りをする。何かとても嫌な予感がする。


「でもこっちもお兄ちゃんに戻ってほしいの。だから、ちょっと強引だけど自覚してもらおっかな。お祖父様、かまいませんね?」


「……ああ。元より証拠を見せねば納得はしないだろう。すまないが、少し乱暴にいかせてもらう」


 レイヴンが指を鳴らすと零次の背後から気配を感じる。すぐに振り向くとライオンとクマの怪人が零次を取り押さえた。


「くっ、何をする気だ! 離せ!」


 必死に振りほどこうとするも腕力に差があり過ぎる。例えアームズブラックに変身していても不可能だろう。

 抵抗する姿を嘲笑うように、ノアはゆったりとした足取りで近づいてくる。


「ごめんねお兄ちゃん。私達も必死なの。それに、みんなお兄ちゃんが来てくれるのを楽しみにしてるから」


「俺を洗脳でもする気か?」


「んー、正確には逆かな。洗脳を解く感じ」


「何だと?」


 ノアの後ろに女性のハチ怪人が跪く。彼女は台座を持ち、その上にはワイルドユニットが、他のものとは違う黒銀色のバックルが置かれている。


「さあ、本当の姿を見せて」


 それを手にするとバックルの右端からベルトが伸びる。零次の腰に押し当て巻き付けた。

 心臓が跳ねたような感触。息も早くなり、身体が喜んでいるかのような不思議な感覚がある。

 ノアは一本の鍵を、頭に鳥の彫刻が彫られた鍵を突き付けた。


「初めてはちょっと痛いけど我慢してね。じゃあ…………コンセプション」


 鍵にキスをするとバックルの右側に刺し込み卵のような紋章が割れる。


『Hatching』


 ユニットが呟いた瞬間、身体が光の球に飲み込まれ全身に電流が流れたような衝撃が走る。

 歯ごと顎を前に引っ張られ、背中の中から何かが突き破るような痛み。指先から皮を剥がされるような、ユニットの言葉通り自分の内から何者かがHatching孵化するような感触。たった一瞬の出来事とはいえ意識を失いかける。


「あ……ああ…………」


 倒れそうな所を踏ん張り意識を保つ。否、痛みに気絶する事も許されなかった。

 顔を押さえるも硬く仮面が着けられている。視界が鮮明になり、周りの歓声も聞こえる。目を開けると顔に触れた手が見えた。

 それは鳥の足のような鋭い鉤爪の生えた右手と、羽毛の塊のような左手。人間の手とかけ離れた形に後退ると先程のハチ怪人が姿見鏡を持ち出していた。

 そこに映った自身に言葉を失う。

 ペスト医師と日本甲冑を混ぜたような黒銀の鎧。パッと見はカラスをモチーフにしたダークヒーローにも見えるかもしれない。しかしこの肉体は人間とは違った。鳥のような手足、二メートルはあろう体躯、背中でうごめく一対の黒い翼。


「これが……俺?」


 身体を触れば鏡の中の怪物も同じ動きを、翼に意識を向ければ自分の意思で動かせる。この怪人がお前だと全てが告げている。


「零次、我が孫よ。そなたには辛い、受け入れ難い真実がある」


 椅子が浮かびレイヴンが近寄ると、おもむろに自分の仮面を外す。

 仮面の中、彼の素顔は大きな嘴を持つカラスだった。


「知りたいのだろう、我々と毘異崇党の事を……」


 背後からノアが近づき零次の仮面に触れる。


「や、止めろ……」


 見たくないものを無理矢理見せるように、顔をおさえ仮面を外した。足元にガシャりと音を立て零次の顔が鏡に映る。

 そこにいたのはレイヴンによく似たカラスの頭が。カラス型怪人となった零次がいた。


「うわァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 人ならざる者となった自分への絶望。だがこれはほんの序章に過ぎない。


「真の敵は、悪の根元が誰なのか教えてやろう」


 真実が彼の心を砕く前準備にしかならないのだから。

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