一般人ライフにはならない
その日の学校は今までと変わらないものだった。担任の先生も、授業の内容も、どれもいつもと同じ。
昼休みには優人、瑠莉、真美、早苗達のクラスに足を運び昼食を共に。ラブコメのような言い争いもあり飽きが来ない。
確かに面白い日常だ。騒いで笑って、毘異崇党が現れない日と変わらない日を過ごしていた。
放課後までは。
「優人様、今日この後集まって訓練をいたしませんか?」
「そうだよ。折角新しいメンバーもいるんだしさ」
授業が終わり優人と待ち合わせ場所の校門に向かうと早苗と真美が優人を急かしていた。彼らは零次が近づいているのを気付いていない。
「瑠莉も一緒にさ。五人でやらないと意味無いし、チームワークはしっかりとね」
「え? だけど今日は……」
優人も困ったように、瑠莉に助けを求めるように視線を移すが彼女も躊躇っていた。それもそうだ、今日は本来三人で食事に出掛ける約束だったのだ。
「ごめん、私達これから零次と出掛けるの」
「そうだ、それなら二人もどうだ? 確かに俺達はもうメンバーじゃないけど、同じ学校の仲間じゃないか。何なら新しいメンバーも呼んでさ」
優人がそう提案するも、二人は明らかに乗り気ではない。寧ろ嫌がっているのが感じられる。
「だけどさー、もう矢田は部外者じゃん。それマズくね?」
「優人様の申し出は良いと思いますが、学校でならまだしも……」
このままでは話しは進展しない。心苦しく疎外感を感じるが、知らぬ存じぬと黙って立ち去るのは良くないだろう。それに心に大きな刺が刺さったように痛い。
そっと背後から声を掛ける。
「訓練なら行きなよ。新しいメンバーとなら必要だろ?」
自分の事なんか構わないでくれ。言葉の裏にそんな意味を含みながら告げた。
「零次、いたのか?」
優人は零次に気付くも、どうしたものかと困り顔をする。彼女達の方が優先だと言われてどうすれば良いかと悩んでいるようだ。
「いやー、矢田の空気読めて気がきくとこは、数少ない褒められるポイントだよな」
「ええ。何が優先すべきか理解してくれてます。惜しむべきはその真面目さが実にならなかった事ですね」
真美と早苗は零次の進言に満足そうに頷く。だが一人だけ、明確に拒否している人物がいる。
瑠莉だけは。
「零次はそんな気を使わなくても良いよ。先に約束していたんだからさ。だから真美、早苗、ごめん。また今度にしよ」
「…………いいって、俺の事は」
「零次?」
四人に背を向け歩き出す。自分の居場所はここには無い。早苗の言う通り、もう零次は部外者なのだ。
自分と違って、四人はアームズブレイヴァーとして戦い続けなければならない。勝つ為に、地球を守る為にやるべき事は沢山ある。たかが高校生一人に構っている時間は無い。
「先帰ってる」
「ちょっと零次!」
「おい!」
二人の制止を無視し歩く速度を速める。だが瑠莉は零次を追い掛け走った。すぐに追い付き零次の袖を引く。
「零次どうしたの? 何かおかしいよ」
「…………」
いつもの彼じゃないと瑠莉も感じていた。何かやけくそのような空気を出している。
「解雇になったのが原因? そんなの私も優人も気にしてないから。私達、今まで通りでいられるでしょ?」
今まで通り。その言葉が呪縛のように感じる。それがとても恨めしく、邪魔にしかならない。
理解したのだ。もう住む世界が違うのだと。
「……………………今までと違う方が良いさ」
「え?」
瑠莉の方にゆっくりと振り向く。
「俺はもうアームズブレイヴァーじゃない、ただの高校生、一般人なんだ。みんなの邪魔にはなれない。それに……」
拳を握る手に力が入る。
「瑠莉も俺の事を気に掛ける必要は無いよ。もっと優人に時間を使って」
「どういう事?」
「広瀬も伊集院も優人の事狙ってるじゃん。瑠莉も幼なじみの間柄にあぐらをかいてないでさ、もっと積極的にならなきゃ。盗られてからじゃ遅いよ」
「え……」
驚いた瑠莉の手を振りほどいた。
「俺、瑠莉の事応援してるからさ。だから訓練に行きなよ。それが瑠莉にとって一番なんだからさ」
「…………」
「もう俺とは関わらない方が良い」
呆然とした瑠莉を背に走る。決して振り向かずにひたすら。
いつもの通学路を人混みを掻き分けながら走る。周りの世界も意識に入ってこない。思考が真っ白になったようだ。
無意識に身体だけを動かし帰宅する。お帰りなさい、そんな言葉も聞こえない一人ぼっちの家に。
「…………はぁ」
悔しいと言えば嘘じゃない。だけどこれがお似合いなのだ。
特別な才能がある訳じゃない。ルックスだって並な自分が二人の幼なじみだなんておこがましいに決まっている。
苛立ち頭を掻きながら靴を脱ぎ部屋に入る。
「ただいま」
一人暮らしで誰もいないに居間むかって呟く。
「お帰りなさい」
「は?」
幻聴かと耳を疑った。少女の声が居間から聞こえたのだ。
零次は急いで居間に入る。
「…………」
「お帰りなさいお兄ちゃん。やーっと帰ってきた」
零次は目を擦る。そこにいたのは小さな一人の少女。それもモノクロの甚平にミニスカート、嘴のような冠を被った、背中に翼の生えた少女がいたのだ。
泥棒かと疑ったがとてもそうには見えない。それとも変なコスプレイヤーが悪戯に来たのか。想定外過ぎる出来事に頭が動かない。
「……君、誰? てかここ俺の家なんだけど」
「はじめて、私はノア。勝手にお邪魔したのは申し訳ないけど、こうしないと部屋に入れてくれないでしょ? 矢田零次……いいえ、一応こう呼んだ方が察してくれるかしら、アームズブラック」
「……!」
アームズブレイヴァーの正体は世間に隠されている情報だ。関係者以外が知り得ない事を知っている。零次の脳内に警報が鳴り響く。
「誰だ。俺の事を何処で知った」
「そんなに警戒しなくても良いのよお兄ちゃん。私は貴方に危害を加えに来たんじゃないの。招待に来たのよ」
ノアは威嚇するように四枚の翼を広げる。これは作り物じゃない、本物だと確信した。
「まさか毘異崇党か!?」
「んー、一応違うかな。部分的には合ってるけど」
「くっ……」
咄嗟にメサイアユニットを取り出そうとするが、返却したのを思い出す。もう自分はただの高校生なのだ。例え怪人が現れても戦う術を持たない一般人だと痛感させられる。
「監視とか付いてないかと心配したけど、完全に放置されてて助かったわ。あと叫んでも無駄よ、防音障壁を展開してるから」
「……お前の目的は何だ?」
「お兄ちゃんを私達の本拠地に連れてく事。大人しく動向してくれるなら丁重に扱うけど、断るなら……」
「ふざけるな! お前ら侵略者の思い通りにはさせるか!」
ノアは残念そうにため息をついた。
「当然よね。仕方ないけど……やれ」
「っ!」
指を鳴らすと不穏な気配を感じ後ろを振り向く。空気が歪み何者かがそこにいた。
「なっ……」
零次が動くよりも早くその正体を現す。それは鎧を着たカメレオン型の怪人だ。いつも戦っている毘異崇党の怪人のような異形の存在がそこにいた。
「シャ!」
舌を伸ばし零次の身体を捕らえる。振りほどこうにもびくともしない。
「残念だけど今のお兄ちゃんじゃ手も足も出ないのよ。大丈夫、危害は加えないから……」
零次の顔をそっと撫で、ノアは鼻先を重ねる。可愛らしく官能的な表情に一瞬見惚れそうになった。
何故だろう、初めて会った気がしない。見覚えがあるような、他人の気がしなかった。
「ゲートオープン」
ノアの声と共に頭上に金色の光の輪が開く。中は水面に絵の具をぶちまけたようなマーブル色の光景が広がっている。
輪が迫り、一瞬の内に零次達に覆い被さる。すると彼らの姿は消え、誰もいない部屋だけが残されるのだった。
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