解雇通知

 司令官からの宣言にその場にいた誰もが驚き口を閉ざす。解雇を言い渡されたアームズブラックこと癖毛に平坦な顔立ちの少年、矢田零次も唖然とした様子で目を見開く。


「な、何故なんですか司令? 俺、何かへまやらかしましたか?」


 当然零次に心当たりなんか無い。不当解雇としか思えなかった。

 それは彼だけではない。


「父さ……司令! 零次がクビってどういう事なんですか? 俺も納得出来ません」


 反論する人物がもう一人。茶髪に人目を引くアイドル顔負けの美少年、アームズレッドこと熱海優人だ。

 彼も零次の解雇に納得せず実の父である司令官に抗議する。


 ここはアームズブレイヴァーの基地、そこにある待機室だ。魚人を倒した五人はいつものようにこの部屋で一息ついていた所、何の前触れも無く司令官が訪れ零次の解雇を言い渡した。

 オールバックに彫りの深い厳格な顔立ちをした司令官、優人の父でもある熱海勘助は顔色一つ変えずに抗議を聞き流す。


「残念だがブラック……いや、零次君。この度新しい適合者が発見された。新しい適合者は君以上の適正を出し、アームズブレイヴァーとして高いスペックを持っている。現メンバーで一番適正が低く戦力の低い君を雇う余裕は無いのだよ。メンバー入れ替えが決定された」


「そんな……」


 零次は自分の左手に付いている腕時計、アームズブレイヴァーへの変身アイテムであるメサイアユニットを見る。

 十年前、突如として地球に現れた異世界からの来訪者、毘異崇党と名乗る異形の存在達。さながら特撮番組の怪人のような彼らは地球侵略を始め、人類との戦争が開戦される。

 人類よりも圧倒的に優れた肉体と科学技術を持つ彼らに当初は圧されていた。しかしとあるデバイスが開発され、戦いは人類の優勢となる。それがメサイアユニットだ。

 適合者にしか扱えないが使用者を強力な戦士へと変身させる、人類の救世主となったアイテム。正にヒーローへと変身させる切り札である。


「君の家庭の事情も知っている。天涯孤独である君が成人するまで不自由無い退職金は用意しよう。すまないがユニットを返却してくれ」


「…………」


 零次はうつむいたまま黙る。が、ある事に気付く。


「ならその新しい適合者を含めて六人でやるのはどうですか? 人手は多い方が良いはずです」


 人手はいつも不足している。メンバーが増えるだけならプラスになるはずだと。しかし勘助は首を横に振るだけ。


「私も可能ならそれが最善だと理解している。しかしユニットの製造には希少な素材と莫大なコストがかかる。六機目を製造するのは現時点では不可能だ。外国も自国の防衛を優先しなければならず、輸入も出来ない。ならば……わかるな?」



 諭すような言い方に二人は反論する気力を削がれていく。何故なら勘助の意見に否定する余地が無いからだ。

 だからだろうか。零次は急速に冷静さを取り戻していく。


(ああ…………そうだ。俺は弱い、この中で一番。何も間違っちゃいない)


 そう考えると不思議と憤りが無くなっていく。もっと強いメンバーが入るならその方が良いに決まっている。これはヒーローごっこじゃない、人の命が懸かっているのだ。人数が限られているのなら強く、質を高くするのが当然なのだから。

 重苦しい空気の中、扉が開き三人の少女達が部屋に入ってくる。


「あれ? 司令がどうしてここに?」


 三人の中で一番小柄で幼い風貌の少女、アームズグリーンこと広瀬真美。


「あらあら、何かあるのでしょうか」


 腰まで届く艶やかな長髪、育ちの良さそうなお嬢様気質の少女、アームズホワイトこと伊集院早苗。


「…………何だか変な空気ね」


 そして二人に一歩遅れて入って来たポニーテールに眠そうな目付きをした少女、アームズブルーこと五反田瑠莉。

 彼女達もアームズブレイヴァーのメンバーだ。


「ああ……実はな」


 三人にも勘助から説明がされる。アームズブラック、矢田零次の解雇の事を。

 彼女達もまた驚いているが、その顔色は優人のものとは違う。だが優人はその事に気付かなかった。


「なぁ、零次がクビだなんておかしいだろ?」


 真美と早苗は一瞬考えるように視線をずらすが、彼女達は小さくため息をついた。

 先に口を開いたのは真美だ。


「いやー、これは仕方ないんじゃないか? ぶっちゃけ、あたしらの中で一番弱いんだし消去法で選ばれて当然だろ。確かに矢田君は気が効くし悪い奴じゃないのは認めるけどさぁ。戦闘中はいつも優人がカバーしていて、流石にどうかと思うぞ」


 フォローしているように見せかけ、彼女が零次に良い感情を抱いていないのをひしひしと感じられる。


「わたくしもこれは当然かと。矢田さんが真面目で努力を重ねていたのは存じています。しかしわたくし達の仕事は責任があります。優人様は地球守らなければならない大切な御方。その力を正しい方向に向けなければなりません。優先すべきはか弱い人々ですよ」


 早苗も同じだ。彼女達は零次が抜ける事にむしろ賛成している。お前は足手まといだと、暗に告げている。

 勘助に異を唱えない二人に優人は動揺し、零次はため息をつく。零次は予想していたのだ。自分の事を快く思わない彼女達が反論するはずが無いと。二人の言葉は事実なのだと。

 優人は諦めず瑠莉にすがる。


「なぁ瑠莉。俺達三人は幼なじみだろ? お前だって嫌だろ?」


 瑠莉は物悲しげに視線を落とす。拳を握りしめゆっくりと優人の方へ向いた。


「零次が解雇されるのは、私も正直嫌だ」


「だろ?」


「だけど」


 優人の顔が明るくなるも瑠莉は遮る。


「上の指示には従わないと。それに、零次がアームズブレイヴァーを辞めても私達が幼なじみなのは変わらない。むしろ一緒に戦う仲間じゃなくて、守るべき大切な友達になっただけだって思えば……」


「瑠莉……」


 零次は瑠莉の言葉に少しだけ心がかるくなる。

 友人である事は変わらない。ただの市民となったのだから守るべき対象だと。彼女の素直な気持ちだ。


「…………」


「優人、もう良いんだ。俺を想ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり司令が正しい。俺は足手まといなんだ」


「零次……」


「優人は………………ヒーローなんだ、俺のな。だからこれから応援する側になるだけなんだよ。な?」


 優人は近くのソファーに座り込む。その両隣には真美と早苗が寄り添うように座り、お互いを牽制していた。


「司令、お世話になりました」


 メサイアユニットを外し勘助に渡す。彼はそれを受け取り申し訳なさそうに肩を落とす。


「すまない。君の事は怪我による引退と世間には伝える。零次君はまた平穏な日常を送ってくれ」


「はい。じゃあ、みんな頑張って。応援してる」


 名残惜しいが、これ以上長居しても辛いだけ。むしろ迷惑にすらなるだろう。振り向きはせず部屋から急ぎ足で立ち去る。

 瑠莉は一瞬引き止めようかと躊躇うも、結局何も言わず……いや、言えず零次を見送った。


 廊下をゆっくりと歩きながら零次は今後の事を考えようとする。しかし言い様の無い虚無感が思考を鈍らせる。

 勘助の言葉を信用するなら、貯金も合わせれば生活には困るまい。きちんと勉強すれば高校を無事卒業、その後大学に進学するのも可能だろう。

 それでもアームズブレイヴァーの一員として戦ってきたこの一年間は、彼とって掛け替えの無い思い出だ。世界の為、地球の為に戦う事がどれだけ誇らしかったか。

 今の彼に出来る事は大した事じゃない。一人の一般人として守られ、応援する。ただそれだけだ。

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