ディラン・オロバスの場合

「只今庶民階層で戦闘しているとのこと! 外に出ていた討伐部隊も急ぎ中へ戻り戦っている模様です!」

「貴族階層までにはまだ届いてはいねぇな?」

「は! 騎士と、そして狩人たちが奮闘しているとのことです!」

「ほう! そいつは大したもんだ!」

 辺りが騒然とし人間があちこちに行き交う。突如現れた外からの大量の魔物、すべてが鳥が化けた魔物らしく空からの攻撃らしいがそれに関わらずまだ庶民階層で踏み留まっている。とは言ってもあまりの多さにうちの第二部隊も駆り出されようとしていた。第一部隊は王族の護衛のため城から離れなれない。

 部下の報告を聞きつつ空に視線を向ける。昨日はあれだけいい天気だったっつーのに魔物のせいで変に淀んでいやがる。夥しい雄叫びがここまで聞こえ王妃を始め城にいる女性陣はすっかり怯えてしまっている。それもそうだ、この国は豊か故に他国と戦をすることがあまりない。攻め込まれることもなければ魔物の襲撃もいつもの数ならそれぞれの部隊で事足りていた。

 ドカドカと大股で廊下を歩いている間にも次々に報告が舞い込んできてそれを聞いては指示を出す。どうやらプルソン家の騎士らも出動したらしい。あそこは骨のある奴らがそこそこに多い、いい戦力になるだろうよと口角を上げた。

「よし! 行くぞお前ら! 貴族階層はもちろんだがこれ以上庶民階層での被害を増やすな、いいな!」

「はっ!」

 号令をかければ一斉に飛び出していく騎士たち。空の敵とはまた面倒だが要請を出しておいたからそのうち魔法省の人間も加勢に来るだろう。魔術師にバンバン撃ち落としてもらって騎士たちがトドメを刺すっつーのがベストなわけなんだが。

 魔術師たちは確かに魔力はすげぇがその反動かどうかは知らねぇが、その分体力がない。ここに来るまでに時間が掛かるだろう、それまでの時間稼ぎをしてやらねぇといけねぇ。

「ったく、こんなアホみたいに来やがって……自然現象で起きるもんじゃねぇだろ」

 あちこちの部隊から報告されていた、近年の魔物の異変。どうもきな臭かったがこれで確証された――オスクリタが間違いなく動いている。小心者でちょこちょこ隠れて動くくせに、やる気を出した途端これだ。小心者は小心者らしくそのまま隠れていればいいものの。

「まずは庶民たちの避難優先!」

「隊長!」

「なんだ!」

「どうやら庶民たちは既に避難している模様です。先に戦っていた者達が避難させたとのことです」

「やるじゃねぇか。上出来だ」

 これだけの数そこら辺の騎士でも浮き足立つっていうのに先に戦い始めた連中はよっぽど肝が据わっている。前方のほうから掛け合っている声が聞こえそこに騎士も狩人も関係ねぇところにまずは驚いた。日頃訓練されている騎士ならまだしも狩人は組織で動かず個々で動く。統率を取れと言われてすぐに対応できる人間は少ないだろうし、何より上から物を言う騎士に反感を覚えるはずだ。

 まぁ、こんだけえらいことになっていたらそれどころじゃねぇだけかもしれねぇが。上に飛んでいる魔物を剣技で翼をぶっ放し地面に落とす。『核』が弱点ならどんだけラクか、なんてこと今まで何回思ったことやら。

「弱点は喉だ! 口が開いた瞬間を狙え!」

 どこからともなく聞こえた騎士の声にほぅ、と関心する。今この場にいるのは騎士と狩人で弱点を探せる奴がいるとは思わなかったが、どうやら先に戦っていた奴の中でいたらしい。途中合流した騎士たちにもしっかりと伝えてくる辺りそうやって回してきたんだろう。

「危機的状況に陥ったときにこそ金の卵が目立つってもんだな」

 だからと言ってこんな状況よくあっては困るもんだが。次々と魔物を倒しているはずなのに庶民階層の奥、門のほうから次から次へと飛んでくる。これが禁術で作ったコピーとやらか、と呆れるしかない。こうまでしても国を滅ぼしたいと思うオスクリタの原動力は一体なんなのか。

 たまたま近くにいた新人だと思われる騎士の手助けをしながら俺もそれなりの数を掃討していく。終わりが見えればまだラクなもんだが先が見えない戦いは体力を想定以上に消費してしまう。国直属の騎士ならまだしも貴族就きは長期の戦いに不慣れだ。その点をこっちでカバーしてやる必要がある。

 さてどうしようか、見知っている貴族就きに声を掛けて統率を図ったほうがいいか。そこそこ骨がある奴で臨機応変に動ける奴がいいが、この中で探すとなるとそれもまた骨が折れる。こういう状況を想定してある程度貴族就きとの共同訓練があったほうがいいとは進言したがそれを第一部隊が蹴りやがった。ほれ見たことか、と第一部隊隊長に思いきり唾を吐きかけてやりてぇわ。

「おい、プルソン家の騎士を見たか?」

「え? あ、わかりません。ですが貴族階層より一番に駆けつけたと聞いたので前線のほうではないかと」

「……突っ走るか」

 流石はプルソン家と言いてぇとこだがそんな前にいるとなるとここを突っ走らなきゃならねぇ。他の騎士をカバーしつつ、とそうやっている間の時間が無駄だ。他に誰かいねぇか、と剣を振り下ろしたのと同時に真後ろから気配を感じた。動物としての本能かはたまた魔物としての本能か、獲物を後ろから狙うなんざ中々じゃねぇかと振り向きざまに柄で殴ろうとしたときだった。

 一本の矢が見事に魔物の胴体を貫いた。弱点の場所じゃなかったためそのまま倒すことはできなかったが上出来だと俺は剣を振り下ろす。喉が弱点ならそのまま斬り落とせばいいだけの話しだ。

 視線を走らせるとその先には如何にもひょろそうな男と、そしてその後ろで弓を構えているお嬢ちゃんの姿。あの距離で走りながらとは中々に腕のいい『金の卵』だ。

「お嬢ちゃんありがとな!」

「礼には及ばないわ!」

 普通怖がりそうなものをこんな魔物が飛び交っている中でも平然と矢を構え戦っている。その気概も悪くない。会話はそこそこにふたりは貴族階層のほうへと走っていく。逃げている、っていうわけでもなさそうだ。スッと上を見てみたら魔物たちも方角に飛んでいっている。

「ははーん、前を走ってた兄ちゃんは魔術師か」

 ってことはふたりが走っていった先に魔物を寄せ付けている原因があるのかもしれない。終わりが見えないことはねぇとわかった以上、俺はこの場で騎士たちに鼓舞してやる役目ができた。できることなら向こうに加勢してやりてぇとこだが、魔物はまだまだ飛んできている。

「おうおう疲れている場合じゃねぇぞ!! 騎士なら人を守るために戦え!」

「おぉー!!」

 騎士たちの呼応に満足しつつ、俺は剣を大きく振り下ろした。


 手元にどっさりある報告書にげんなりしつつ、だがやらなければならない仕事のためこうやって歩きながらでも目を通していた。

「お、アガレスじゃねぇか」

「オロバス様」

 前から歩いてきた青年に軽く手を上げる。どうやら報告に来たらしいが丁度いいタイミングだったとそのまま呼び止めた。

「この間いい働きっぷりだったそうじゃねぇか。どうだ、うちに来ねぇか?」

「以前にも言いましたが、プルソン家に忠誠を誓っておりますので」

「相変わらずだなぁお前は。連れねぇ男だよ」

「オロバス様は、これはまたすごい仕事量ですね……」

「あ~……襲撃受けたときその場にいた全員を一応洗っているんだ。ったく骨が折れる作業だ」

 だがこうして既にまとめられている資料が手元にあるってことは、それだけ副団長の腕がいいっていうことだ。優秀な右腕がいて助かってはいるが俺にこういう仕事は向いていない。前で剣を振っているのが性に合っているが隊長となるとそうも言ってられん。

「アガレス、お前禁術を解術されたとき傍にいたらしいな。そのとき一緒にいたのがセイファー・オリアスとエリー・ヘスティアで間違いねぇな?」

「はい。以前より親交がありまして、それで援護致しました」

「ほうほう。このセイファー・オリアスは元魔法省務め、ってのはわかるが……この嬢ちゃんがどこのどいつなのか、なんか知っているか?」

「……お答えかねます」

 ほう、と小さく漏らす。アガレスは義理堅い男だ、例え上の人間に脅しまがいに聞かれたとしてもそれでも決して口は割らない。そういうところも買ってはいるんだが何度誘おうとも決して俺の隊には来ねぇ。プルソン家でも討伐部隊に手を貸してはいるらしいがもっぱら令嬢の護衛に身を置いているらしい。色々と惜しい男だ。

 これだと例え強請りかけたとしても決しては口を割ることはねぇなと口角を上げた。

「行方不明のフォルネウス家のご令嬢がまさかあんなとこにいたとはな」

「……! 気付いておられたのですか」

「前にパーティーの警護をやったことがあんだよ。それに一時は王子の婚約者候補とされていた」

「……えっ?!」

 王子と歳が近いってのもあったがあの歳で既に周りよりも頭ひとつ抜きん出ていた。令嬢としての嗜みはもちろんのこと、周りに何を言われようとも毅然としている姿。王子の隣に立つものならば何があろうとも動じない者が好ましいとされていた。大体の基準をクリアしていたフォルネウスの令嬢が第一の候補者として上がってはいたんだが。

「姿消しちまったからそれも白紙になったんだよなぁ」

「そうでなければ困るでしょうね……」

「あのお嬢ちゃんがか」

「あ、まぁ……」

 お嬢ちゃんの気持ちがわかるぐらいの親交を持っているということか。なるほどどういう出会いをしたかはわからねぇがいい関係を築いているようだ。

 しかし令嬢が家を抜け出し庶民になるたぁ、例外のないことだ。そもそも貴族の令嬢が今の生活水準を下げて生活をしようとは思わんだろ。しかしあの出で立ちを見る限り令嬢の面影はほぼなくなっている。庶民として、そして狩人としての生活をきちんと成り立たせている証拠だ。二十歳にも満たない令嬢がそうなるまでそれなりの覚悟が必要だったはず。

 だがある意味正解だったかもしれん。今のフォルネウス家から出たことは。

「……お前、家知ってるな?」

「え?」

「この間に襲撃について多少の報告はするつもりだろ」

「そのつもりですが……オロバス様、まさか」

「なーに気にすんなついでだついで!」

「一体何のついでですか……」

 アガレスは嫌な予感がしているようだが、まぁ確かに隊長としてちょこっと厳しめの態度を取るかもしれねぇがそこは仕方がねぇ。別の報告も受けたが今回どうもフォルネウス家も絡んでいるようで、もしかしたら何か知っている可能性があるんじゃねぇか。

 というのは建前で、普通に会って会話をしてみたいだけなんだがな。だって面白そうだろう、悲鳴上げることなく矢をバンバン射っていたお嬢ちゃんがどんな人間なのか知るのを。

 次の日副隊長にほんの少しだけ席を外すことを告げ、城の外で待っていたアガレスと合流し庶民階層を目指す。隊長としての仕事もこなすため鎧姿で町中を歩くとあちこちから視線を投げられたが、襲撃があったあとのため見回りとでも思ったのだろう。特に声を掛けられることもない、というか復旧でせっせと動いているため声を掛ける暇もないってところだ。

 そうして歩き続ければ見えてきた坂の上にある家。ガシャガシャと鎧を鳴らしながら登れば開けた場所に出た。畑に小さい家、見事な自給自足生活だ。ほんの少し前まではこの周辺の結界も弱かったため裏から魔物も入ってきていただろう。

 家の中に入れば思ったより質素な暮らし。きらびやかさは一切なく、本当に生活するために必要なものしか置かれていない。適当に座り名乗ればギョッとしたセイファー・オリアスに比べてエリー・ヘスティアのほうは一瞬クッと歯を食いしばった。流石は賢いなと感心する。鎧を見ただけで相手の立場がわかっていたということが見て取れる。

「おう、アガレス終わったか」

「オロバス様……一応、フォローはしておきました」

「ハハッ、そいつは悪かったな」

 会話を済ませ先に外に出てしばらく待っているとアガレスも出てきた。俺がいることによって空気が重々しくなることがわかっていたため気を利かせて先に外に出てきたんだが、アガレスはそっと息を吐きだした。

「身分を証明するよりもフォルネウス家だと知られるほうがマズいと判断したか、賢いな」

「キャロル・アレット・フォルネウスについては本当に存じてはなかったようですね」

「寧ろありゃ怒ってたな」

 魔物を一掃できる浄化の力を持つ聖女。どうやら俺たちが前線で戦っている間にその力を使って助けようとはしていたようだが、その邪魔をしたのが妹のキャロル・アレット・フォルネウス。姉ならばその妹の手助けをした、とも考えれないわけではないが。寧ろあのお嬢ちゃんのほうは必死で前線で戦っていたものだからその邪魔をした妹を腹立たしく思ったに違いない。

 自分の身分を証明しろと脅され、そして実の妹が聖女の邪魔をした。精神的に追い詰めるような言葉の数々を言い放ったがそれでもお嬢ちゃんは冷静だった。寧ろその隣にいたセイファー・オリアスのほうがお嬢ちゃんが疑われているとわかった途端激怒していたが、それを制する余裕はあった。どこかで覚悟していたんだろう、自分は疑われても仕方がないと。

「かぁ~っ、ますます惜しいな! 弓だって自己流だろ。もしきちんと訓練してたら騎士たちといい勝負していたんだがなぁ!」

「エリー嬢は穏やかな暮らしを望んでいますよ、オロバス様」

「教えてやりてぇなぁ。セイファー・オリアスも一緒に鍛えてやりてぇなぁ。なんならお嬢ちゃん息子の嫁になってくれねぇかなぁ」

「……いやそれは無理だと思います。相性がよくないかと」

「……確かにな!」

 息子も騎士として精進しているがどうも頭が硬いというか、物事を一方だけで見る癖があるもんだから融通が利かないというか。あのお嬢ちゃんも気の強いところもありそうだから、まぁまず間違いなく意見の食い違いで衝突する。

 鎧を鳴らし談笑しながら来た道を戻る。まったく持って金の卵が揃いも揃って隠居のような生活とは。騎士として惜しくてたまらない。

「エリー嬢のことですから、恐らくフォルネウス家について調べるとは思いますが」

「そうか。まぁ、危ねぇ目に合う前に手を貸したほうが良さそうだな」

 もしかしたら隠しているその立場を利用させてもらうこともあるかもしれねぇが。こちとら国を守っている立場だ、背に腹は代えられん。しかしもったいねぇなぁと溢せば隣から「諦めてください」とピシャリと言われてしまった。第二部隊隊長にそれだけ言えるアガレスも中々のもんだと豪快に笑ったやった。

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