第21話

「ごめんなさい、セバスチャン。こんな形で」

「いいえ、こちらこそ女性の部屋にお邪魔してしまって申し訳ございません」

「セバスチャンさん、こちらにどうぞ」

 ベッドから動けない私のために先生が背中にクッションを敷いてくれて、そしてセバスチャンにも椅子を運んできてくれる。

 あのあと気を失った私はなんとあの先生が運んでくれたらしく、その話を当人から聞いて驚きと共に笑顔で思わず拍手を送ってしまった。「女性を運ぶ力ぐらいあります」とちょっと拗ねた様子が可愛くてついクスクス笑ってしまったけれど、魔物の骨だけを運んでいた先生の驚くべき成長だ。でも今思うと毎日と言っていいように畑仕事をしていたのだから先生だってそれなりの筋肉が付いていたっておかしくはない。

「ご報告、よろしいでしょうか」

「ええ、お願い」

 セバスチャンが来てくれたのはお見舞いもあるだろうけれど、それよりも私に伝えるべきことがあるから。モノクルを正したセバスチャンは私に向き直る。

「フォルネウス家ですが、旦那様のオスクリタへの加担の証拠が見つかり国に対する反乱を企てていたということで、地位を剥奪。おふたりは国境の辺境な地へと送られました」

「もしかして彼の有名な『お化け屋敷』?」

「然様にございます」

 国境にとある屋敷がある。その地は元より食物が育ちにくく居城からも遠いためあまり手入れも行き届いていない。魔物の出現もよくあるにも関わらず騎士たちが送られることもあまりなく、たまに新人を育成するための遠征で行くぐらいだ。そんな屋敷に貴族たちの間で付けられた名前が『お化け屋敷』。

「魔物を討伐したこともない人たちが生きるには過酷な環境ね」

 前世の言葉で言うと実質「島流し」だ。罪を犯した貴族たちが過酷な環境へと送られる話は過去に何度もあり、貴族としては恥ずかしいことだけれどめずらしい話でもない。

「キャロル様に関してですか、彼女は長年禁術に操られていた痕跡が見つかりました。しかし幾度か聖女の力の妨害をしているため修道院送り、と」

「そう……キャロルの腕は?」

「聖職者の方がいらっしゃるようなので定期的に治療は受けるとのことでしたが、治るかどうかは」

 キャロルの腕は呪というよりも禁術によっての支配が強まったらしく、黒く変色していても私の物とはまた別らしい。

 そして詳しく聞くと、キャロルがあのブレスレットを貰ったのは五歳の誕生日を迎えたときだったそうだ。キャロルは五歳、私が六歳の頃。最後にキャロルと言葉を交わした年だ。そんな小さな頃から禁術でじわりじわりとキャロルを支配していったのだろう。そんな薄汚い主とその妻に、あるひとつの仮説が浮かんだ。

 ゲームの中でのソフィア・エミーリア・フォルネウス、彼女は国に対して反乱を企てた主犯格として処刑された――果たしてそれは真実だったのだろうか。もしかしたらそのまま別棟で暮らしていたソフィアはあの両親から罪を擦り付けられ主犯格とされ、そして両親の都合よく処刑されたのではないか。その後のフォルネウス家は妹キャロルの活躍もあって家がお取り潰しになんてなることはなく、逆に出世している。

 本当はソフィア・エミーリア・フォルネウスは悪役令嬢ではなく悲劇の令嬢だったのではないだろうか。

「エリーさん、痛みますか?」

「え? あ、いいえ違うわ。ちょっと考え事」

 呪に掛かった身体ということもあって、先生が少し過保護気味になっているような気がする。わからないわけでもないけれど。私も逆の立場だったら物凄く先生を心配するだろうし、その、それに心配されるのが嫌なわけでもない。

 それよりもとさっきのセバスチャンの言葉を頭の中で繰り返す。キャロルはふたりと違ってそこまで重い罪を課せられたわけではなさそうだ。

「……もう少し、キャロルと話しをしておけばよかった」

 姉としての役割ときちんと果たしていれば、キャロルが禁術に支配され暴走させることもなかったかもしれない。姉妹手を取り合ってあの親の元から逃げ出せたかもしれない。結局あの子ひとりだけ置いていってしまったことに今になって罪悪感が募る。

「お嬢様のせいではございません」

「……セバスチャン」

「お嬢様、手は痛みますか?」

 黒く変色した場所は手を通り越し前腕までに及んでいた。三度の呪に掛けられこれから大きく影響が出るか、またじわじわと侵されていくかはわからないと一度診に来た聖職者の人に告げられた。

 そんな中人に何度も「痛くない?」と聞かれて、素直に「痛いです」と言える性格に残念ながら育てられなかった。貴族はいつだってポーカーフェイス、相手に弱みを見せたらいけません、常に教育係のアネットから言われ続けた言葉。その言葉が骨の髄まで染みこんでしまっている私は「大丈夫よ」としか言えない。実際そう言ってないとやってられないのだけれど。

「おふたりのひとつ提案があるのですが、よろしいでしょうか?」

 報告を終えたセバスチャンからそう切り出された言葉に、先生と首を傾げつつ頭を縦に振る。

「しばらくの間、お嬢様のお世話としてこのセバスチャンをここに置かせては頂けないでしょうか?」

「……えっ?」

「えっと、私がお世話をしようかと……」

「セイファー様は畑のお仕事で手が離せないときもございましょう。私がお傍にいれば安心かと」

「いえいえ待って待って。フォルネウス家はお取り潰しになったんでしょう? そこに務めていたあなたも何か課せられたのではないの?」

 地位を剥奪され主は辺境の地へ飛ばされ、そこに仕えていた者たちも唯では済まされない。大丈夫なのかと視線を送れば眩い笑みが返ってきた。こんなにも晴れやかなセバスチャンの笑みは初めて見る。

「フォルネウス家に加担していた者たちはもちろん罪に罰せられています。が、私はお嬢様にご協力し内情もすべて王家にご報告致しましたのでお咎めなし、となりました」

「そ、そうなの」

 抜け目がないというか、そうするほどセバスチャンも常に主に疑いを持っていたということだ。執事長であったから内情はすべて知っておりきっちりと記して形にして残していたのかもしれない。まるで忍だ。この世界に忍はいないけれど。

「で、でもほらご家族は? 心配しているのではないの?」

「家内はすでに見送っておりまして、ひとり息子も今はとある貴族の執事として務めています。私は街に居を構えておりまして、すぐにこちらに来れます」

「……んんっ? こっちに引っ越してきたの?」

「はい、坂を下ればすぐのところに」

「物凄く近いわね?!」

「そういえば坂を下ってすぐのところ、空き家がありましたね」

 そう空き家になっていたからシャルルたちも最初の頃はその家の前に馬車を置いていたりしていたのだ。そこをまさかセバスチャンが買い取るとは。セバスチャンがどれほどの俸給を貰っていたかはわからないけれど、もしかして今回の件について報酬でも出たのかもしれない。例えばお取り潰しのフォルネウス家の財産を二割程度頂いたとか。

「それではセバスチャンさん、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「はい、お任せくださいませ」

「待って待ってふたりで話しを勝手に進めないで!」

 それからというもののふたりはトントン拍子に話しを進める。セバスチャンは自宅となったすぐそこの家から通うこととなり、畑の世話は先生が、その間私の世話はセバスチャンが。料理を作るのは交互に、市場への買い出しはそのときの状況でと決めたふたりはでは明日からよろしく願いしますで締めくくった。

「ではお嬢様、明日からこのセバスチャン毎日来ますので」

「待って!」

「お願いしますね」

「待ってってば!」

 待ってぇー! という私の叫びは虚しくとっても、それはとってもいい笑顔を向けたセバスチャンは颯爽とこの場を去って行った。

 なんなのこの強引さは。屋敷に居たとき私が嫌だと言えばそれをすんなり承諾したのに。屋敷ではないから? もうフォルネウス家の執事ではないから? 唖然としたまま、止めるために伸ばされた左腕は虚しく宙を彷徨った。

「セバスチャンさんがいたら安心ですね」

「嫌よ先生! 令嬢でもないのに執事に世話をされるなんて!」

「セバスチャンさんなら、エリーさんが口に出せない『痛い』もきっと感じ取ってくれるでしょう?」

 にこりと笑顔で告げられた言葉にこっちの言葉がうぐっと喉に詰まる。わかっている、ふたりが私のこと物凄く心配してくれていることは。現に私はベッドから動けないほど体力を消耗してしまっている。口は動くけれどまだ身体や足に力が入らないのだ。

「それともエリーさんは私がエリーさんに付きっきりになって畑の野菜たちがどんどん萎れていくのを見たいですか?」

「……嫌よ」

「そうですよね、知ってます。頑張って育てた野菜たちですもんね」

「……先生のいじわる」

「今回ばかりは私の意地悪を許してください」

 そんな優しげな顔で言われてしまったらこっちはもう何も言えない。ふたりの言葉に結局頷くことしかできなくて、明日からセバスチャンの世話を受け入れるしかない。

 溜め息を吐いてクッションに寄り掛かる。ともあれフォルネウス家の主がオスクリタと関わっているという証拠が出たのであれば、フォルネウス家の主が殺されるか口封じをされることがなければ情報を聞き出せることはできるはず。つまりオスクリタの件を対処しない限りは護衛という名の見張りがつく。フォルネウス家はこれで片付いたけれど、オスクリタについてはこれからだ。

「さ、エリーさんはまず体力の回復に努めましょう。今から野菜たっぷりスープを持ってきますね」

「……先生の作ってくれる野菜スープ、すごく美味しいわ。私も同じ野菜で同じレシピで作るのに、不思議よね」

「私もエリーさんの作る野菜スープ、好きですよ」

「ふふっ、ありがとう」

 すぐに持ってきますね、と穏やかな声色で部屋を出ようとしている先生に笑顔で頷く。パタン、とドアが閉じた瞬間右腕に酷く鋭い痛みが走った。慢性的に感じる痛みはまるでナイフで数回刺されるような気分だ。

 魔物の『核』と言い、呪という禁術と言い、負の感情というものは形になって人を攻撃してくる。この世界の何よりも厄介なものと言ってもいい。

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