第20話

「なぜ騎士がこうもッ……王子! これはどういうことか説明願いたい!! 我が娘に何をしたんですッ!!」

「私の子に触らないで!」

 ふたりの怒声が耳を劈く。一瞬にして緊張感が走り騎士たちはいつでも剣を抜ける状態だ。だというのにそんな周りの様子が目に入らないのだろうか、呼んでもいない来訪者は自分たちが被害者とばかりに王子に責め立てる。

 そもそもこの場に来たということは娘を見張っていたということだ。心配なフリをしているけれどその実理由は別のところだろう。その証拠に娘が心配だと口にしておきながら急いで駆け寄ることもしない。

「……フォルネウス、彼女は様々な場面で妨害に入る行いを幾度も起こしている。よってオスクリタの息に掛かっている可能性が高い。こちらで事情を聞こう」

「何を仰っています! あんな幼気な子が妨害? そのようなことができる子ではございません! オスクリタなど、一体いつ禁術に手を伸ばしたと言うのです!」

 十数年ぶりにその顔を見て声を聞いたけれど、キャロルは似なくていいいところに似てしまったようだ。王子が気付かないわけがなくピクリと小さく表情を動かした。

「俺は一言も『禁術』とは言っていないが? 心当たりでもあるのか」

「は? あっ……いえ! オスクリタといえば禁術を使う者たちと聞いておりました故に……!」

「王子」

 私を支えながら先生の指がスッとある箇所を差す。私にはまったく聞こえないけれどきっと先生にはあの禍々しいオーラも、カチカチという再構築の音も聞こえているのだろう。

「彼の指輪と、彼女のネックセスです」

「……そうか。フォルネウス、キャロル・アレット・フォルネウスはお前にブレスレットを貰ったと言っていたぞ。禁術付加の物をな」

「ッ……待ってください、お待ち下さい王子。私の指輪も妻のネックレスも、そして娘のブレスレットも贈られてきたものなのです!」

「誰からだ」

「ソフィア・エミーリア・フォルネウスです! 行方不明の、もうひとりの娘! アイツが我々を貶めようと贈ってきたんですよ!!」

 私はもう唖然とするしかないし、視界に入っていたディランですら口をぽかんと開いていた。きっとこの場にいたほとんどの人間が同じ心情になっているはず。

「アイツを早く探しだしそして反乱を企てた罪として罰してください! それがこの国のためです!!」

「行方不明、ということは生存もわからない状態だろう。それにも関わらずなぜ反乱を企てていると思ったのだ」

「だから、この装飾品の数々を贈ってきたからですよ!」

「その証拠は?」

「必要でございますか?! 私たちの愛しい娘があのような姿になってしまったというのに。それが何よりの証拠ではありませんか!」

 支えてくれている先生の肩を軽く押し退ける。離さないよう、支えている手の力が強まったけれど私はそれに意地でも微笑んだ。私にも私なりのプライドがあるのだ。

「安心しろ。ソフィア・エミーリア・フォルネウスは見つかっている」

「は……? あ、いえそれならばすぐさまに捕縛を!」

「彼女は魔物襲撃の際民を守るために最前線で戦い、魔物を寄せ付けていた原因である禁術の破壊にも助力してくれた。キャロル・アレット・フォルネウスの禁術付加のブレスレットにも気付き騎士伝手に報告してくれたのも彼女だ。今回も手を貸してもらった」

「なっ……?! 騙されてはなりません王子! それこそあの娘の思う壺ッ」

「あら酷い言い草ですのね」

 立ち上がり、スッと背筋を伸ばす。スカートではないため袖を摘むことはできなかったがその代わり教えられた淑女らしいお辞儀を軽くする。

「血の繋がった娘のこと、まったく思い出せなかったようですわね。まぁ私も十数年も会話をするどころか顔を合わせることがなかった父の顔などまったく! と言っていいほど覚えておりませんでしたが」

「……ソフィア……?!」

「ごきげんよう」

 顔をサッと青くした書面の上では父と母のふたりににこりと笑顔を向ける。綺麗なドレスに身を包んでいるわけでもなければ淑女の嗜みとして長く伸ばされた髪もない。さっきのキャロルの魔法であちこち怪我もしてしまったし右手に関しては真っ黒だ。

「まぁ、なんですの幽霊でも見たお顔をして」

「お前ッ……生きて……?!」

「あらやだ勝手に殺さないでくださいます? 私は健康に生きておりました。それに比べて随分と酷いことを仰るのですね。私は家を出てからあなた方と一切関わっておりませんでしたし贈り物などしたこともまったくないというのに。それを贈ったのは一体どこのソフィアですの? お会いしてみたいものですね」

「親に向かってなんて口の聞き方だ! お前を育てたのも金を出したのもこの私だぞ!!」

「あなたに育てられた覚えもなければお金も別棟の維持費をセバスチャンがやり繰りしてくれたおかげですわ」

 そう、私を育ててくれたのは執事長のセバスチャンと、厳しかったけれどしっかりと教育を施してくれた教育係のアネットだけ。宛てられたメイドはまともな仕事をせず主人を蔑み笑うだけ。わざと水を私に零してはケラケラと笑う声が聞き心地が悪くて最悪だった。クビにすればまた似たようなメイドがやってきて同じことを繰り返す。そうしていくうちに別棟にメイドはいなくなった。

「キャロルと違ってあなた方にプレゼントを貰った覚えもまったくございませんわね。物心つく頃には別棟に追いやって何もしてくれませんでしたもの。あなた方はひとつ下のキャロルが可愛くて可愛くて仕方がなかったのでしょう。私が邪魔だったのだということもよくわかっておりましたとも」

 その挙句に自分たちが危機に面したときはその罪を行方不明だと思っていた娘に擦り付ける。とことん人として下衆な輩なこと。

 小さい私はどうしてこんな人たちに愛情を注いでもらいたい、こっちを見てもらいたいとあんなにも癇癪を起こしていたのか。今となっては頭を打つ前のソフィアが不憫でならない。必死に勉強すれば、より一層に淑女らしく振る舞えば認めてもらえるかもしれない。そんな淡い期待に彼らは応える気など端からなかったのだ。

「黙れッ! この出来損ないがッ――」

「サイレント」

 突然ふたりが喉を押さえて汗を流し始めた。ヒューヒューと息が漏れる音が聞こえうまく呼吸できているのかも怪しい。右手に触れないよう肩を支える手に、私が立っているのもやっとだということに気付いているのだろう。そんな私の強がりに付き合ってくれる。

「すみません、さっきから醜い言葉の数々が耳障りだったもので」

「構わん」

「黙って聞いていれば口から出てくるのはすべて保身のことばかり。我が子のことなど、何ひとつ想ってはいないのでしょうね」

 ここまで怒りを露わにしている先生を初めて見る。声は低く手は怒りで震えている。かざされた手の指先に僅かに力が困ればふたりはより一層苦しみ始めた。

「そんなあなたたちに、親を名乗る資格などありませんよッ!」

 血の繋がった父親に何を言われても悲しくもなければ寧ろ蔑んでいただけなのに、先生の言葉にはいつも涙腺を揺るがされる。なんでいつもこう、私の欲しい言葉を言ってくれるのだろう。

 嬉しさを噛み締めるような、でも泣くところを見られたくて唇を噛み締めるような。きっと変な表情になっているだろうけれど、でもやることがあとひとつだけあると息を吐き出し姿勢を正す。

「王子、私が装飾品を壊しましょう。呪に掛けられる人間が増えるよりもひとりに三度掛かったほうがマシでしょう?」

「……頼む、エリー」

「ええ」

 先生の手から離れて大股でふたりに近付く。「ヒィッ」だなんて声も出せないくせにみっともない悲鳴のような音を上げて怯える様はもう情けなさを通り越して惨めだ。右手に力を込め拳を作り、その指輪目掛けて振り上げる。

「やめろぉッ!!」

 魔法で喋れないはずなのに、一体どこからそんな断末魔のような叫びが出せたのだろうか。一瞬だけ指輪が鈍く光ったような気がしたけれど、指輪が壊れる音とは別に何かが砕けるような音も聞こえた。

「あらごめんなさい。指輪でないものも砕いてしまったわ」

 パラパラと砕けた指輪は床に落ち、目の前には変な方向に曲がってしまった指。あらやだ最近魔物相手に戦っていないのに随分力がついてしまったみたい。

 悲鳴を上げてのたうち回りたいようだけれど声は先生の魔法によって封じられている。ただただ汗を流し痛みにもがき苦しむ顔は滑稽だ。隣に視線を向ければ同じように顔を青くし身体を震わせている愚かな男の妻。その首に手を伸ばし、そしてネックレスを力の限り引き千切った。

「ディラン、連れて行け」

「は!」

 その場に崩れ落ち発狂している夫妻を連れて行くよう王子が指示を出し、辺りはまた慌ただしさが戻った。倒れているキャロルも騎士たちによって連れて行かれる。

 キャロルに関しては元の性格があれだったのか、それとも親の教育かまたはあのブレスレットのせいで操られていたのか。けれど最後に私に助けを求めたキャロルの姿は、私が唯一知っているあの子のものだった。

 三つの禁術付加の装飾品は壊されフォルネウス家に関しては一応一段落、ということになるだろう。これで少しはオスクリタの動きを封じられればいい、と思うけれどきっとそんなに都合良くは進まない。なんて言ったってこの世界は私に対してのチートもなければご都合主義でもないのだから。そんなものがあれば私は両親から愛情を貰えただろうし、あんな風に言われても大きな魔法一発で黙らせることだってできたはずだから。

 ともあれ、と近くにある気配に意識を向ける。

「先生、私を受け止めて」

 身体が意図せず地面に引き寄せられる。けれど背中が地面にぶつかる心配は私にはない。すぐさま包まれた温もりに安堵感に満たされた。

「エリーさん……! ごめんなさい、私が、私が必ず治してみせますからっ」

 近い距離で聞こえる震える声に、そういえば聖女の浄化の力を使う機会を奪ってしまったとはたと気付いた。でも一体誰が物理で解決できると思ったのだろうか。実際壊した私も驚いたのだから。

 右手の様子が見えないけれど手を覆っていた色が広がっているのが感じ取れる。私が何かを喋る前に、痛みで意識が飛んでしまった。

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