第19話
「ディラン様」
茂みに隠れているディランを見つけ小声で呼びかければ手招きされる。
呼び出しは意外にもすんなりいった。フォルネウス家のキャロルに向けてソフィア・エミーリア・フォルネウスの名で手紙を一枚出しただけだ。返事は今回場所を提供してくれたセバスチャンが持ってきてくれた。まぁ実際提供してくれたのは彼の知人である貴族だけれど。セバスチャンに事情を説明して説得してくれないかと頼んでみたところ、すぐに承諾の返事が来たのは流石に驚いた。何やらその貴族はセバスチャンに借りがあったらしい。
しかし行方不明の姉が生きているだけでも十分驚いたようなのに、手紙まで出してくるだなんて予想していなかったようで。返事にはそれらしき言葉と「お会いしたいですわ」の言葉で締め括られていた。その内容を見ていつの間にか貴族の令嬢らしく腹黒くなったのねと関心すればいいのか残念のように思えばいいのか、自分でもわからなかった。
「呼び出しは上手くいったな」
「ええ、だって相手は貴族の娘だもの」
「プライドが高いってか?」
「……ところでディラン様。さっきから気になっていたのだけれど――そちらの方は?」
この場にはディランの部下だと思われる騎士が数人配置されている。が、ディランの隣にいる人物は配置されているどの騎士とも召し物が違う。羽織られているマントは一級品だとわかるしそもそも佇まいからして周りとは違う。まさか、とは思うけれど一応確認のために尋ねてみる。
「君がエリーか」
「おう、びっくりしろ。王子のエリオット・ロード・ヴァレフォル様だ」
「王、子っ……?! なぜこの場にいるのですか?!」
大声を出しそうになったところをなんとか思い留めたけれど、けれどなぜこの場に王子が。あとから私の後ろにやってきた先生も急いで自分の口を手で塞いでいたし、そんな私たちの反応が面白かったのかディランはただ笑っているだけだし。
「今回のオスクリタの件、俺が一任されたのだ」
「とは言いつつその実聖女様の護衛だ。心配で心配で付いてきちゃったんですよね王子」
「ゴホンッ!」
ああ、と妙に納得。なるほどヒロインサイドはしっかりと王子ルートに入って好感度が上がっていたのだ。それはもうヒロインが聖女となって一緒にいる時間が多くなったのだからそうなるのも頷ける。しかも今回聖女が禁術に対して初めて力を使うのだからその護衛として、となるとかなり好感度だ。あとひと押しでハッピーエンドに入る。
ゲームのストーリーから外れているのかいないのか、なんだか微妙な具合ねと思いつつディランと最終的な確認を済ませる。とにかく私はキャロルからブレスレットを外せる時間稼ぎをすること。付けたままよりも危険度が下がるだろうという予測なのだけれど、その外す方法が物理的なのか間接的なのかは決まっておらず臨機応変だ。
「エリー、お前さんには思ったよりでかい役目を押し付ける形になっちまったが……頼んだぜ」
「任せて。何かあった場合物理で解決するわ」
「ははっ、程々にな」
振り返って後ろにいる先生と目を合わせ、頷き合う。今羽織っているローブは物理、魔法攻撃を半減してくれる先生お手製のローブだ。無効にするには時間がなかったと落ち込んでいたけれど半減してくれるだけでもありがたい。キャロルひとりの相手なんてあの魔物の襲撃よりもずっとマシよ、と笑ってみせれば苦笑を返された。
「行ってくるわ、先生」
「はい、お気を付けて」
ギュッと手を握られて、そして私からそっと離し呼び出した場所――教会へと足を踏み入れる。
大きな騒動とならないように時間は夜に指定した。セバスチャンと密会したときと同じようにこの場所は灯りが少なく、人の顔もかなり近い距離でなければよく見えない。逆に潜伏するには丁度いい。
しばらく待っていればギィ、と音を立ててドアが開かれる。ランプの光にあの子はそれ系統の魔法が使えないのだと知る。カツンカツンと高い足音に翻るスカートの裾。貴族階層との距離がそこまでなかったため普段通りの服装で来たのだろう。カツン、と一際響いた足音が止まり外されたフードからはふるゆわの髪が現れる。
「ソフィアお姉様、お久しぶりです」
そう言って薄っすらと目と口を弧を描く微笑み方は、貴族の令嬢をありありと表していた。
柔らかな顔付きには合っていない紅いルージュ、濃いめのチークにアイライン。まるで恋愛シミュレーションゲームに出ていた悪役令嬢のよう。
「お姉様生きていらっしゃったのですね。わたくしとても心配していたんです。あの優しいお姉様が行方不明になっているだなんて……」
「あら、私の性格がわかるほどの時間を共にしていたかしら? そもそも行方不明でもどうでもよかったんでしょう? 手紙が届くまで存在すら忘れていたのだから」
「……なぜそのような酷いことを言いますの?」
「図星を突かれたらそうやって悲しい顔をしていたのね」
目の前にいるのは妹、ではなくまるでひとりの令嬢と対峙している気分だ。腹の探り合い、言葉にはすべて裏がある。
けれど今までパーティーに出ていても何かある度に庇ってくれる人間がいたのだろう、少し突けばすぐに感情が表に出る。ポーカーフェイスだって令嬢にとって立派な武器のひとつだというのに、それすらも上手く使いこなせないなんて。一瞬だけ悲しむフリをしてみせたキャロルはすぐに小さく顔を顰めた。
「今更なんですか? そんな見窄らしい格好をして。生活にお困り? 金品の要求? こんな場所に呼び出してなんて意地汚いの」
蔑んで見下して嫌悪して、そして明らかな挑発。本当にゲームで見ていた悪役令嬢そのものだ。頭を打つ前の私ってこういう風に見えていたのね、と感慨深くなっている場合ではない。私を格下だと思っている今がチャンスだと左手首にあるブレスレットに一瞬だけ視線を走らせる。
「素敵なブレスレットね」
「あげないわよ。お父様から頂いた大切な物なんだから」
「……へぇ」
なるほど、父親に貰った物。聞いてもいないのに色々と喋ってくれてありがたい。キャロルによく似合うローズダストのブレスレットだけれどそれがまさか禁術付加だなんて。趣味の悪さに顔には出さなかったけれど内心罵倒しつつ、少しだけ歩を進める。
「いいじゃないそれくらいくれたって。だってあなたはたくさん色んな物を……私から奪っていったでしょう」
「人聞きの悪いこと言わないで! 欲しいと言ったらお父様とお母様がくれただけよ!」
「そう言って欲しい物はすべて私の物だったわね」
「ッ、うるさいうるさい!!」
「そこまでだ、キャロル・アレット・フォルネウス」
突然落ち着いた声色が教会内に響き渡る。キャロルを通り越してドアのほうに視線を向ければゆっくりとドアが開かれ、そこから王子と聖女が入ってきた。王子としてはこれ以上口論が過激化しないようにと先手を取ったつもりなのだろう。わからないでもない。
けれど彼は知らなすぎる――癇癪持ち女が感情を爆発させたときの威力を。
「エリオット、様……なんで、アリスと一緒にいらっしゃるの……?」
「キャロル・アレット・フォルネウス、そのブレスレットをこちらに渡せ。詳しい話をあとで――」
「……そう……いつもそう! なんでいつもアリスが隣にいるのよ?! ただ癒やしの力が使えるだけの他に取り柄もない女なのに聖女なんて担がれて!!」
冷たい空気がキャロルのほうから漂ってくる。ディランたちも急いで中に入ってきてキャロルの異変に気付き、王子たちを後ろに下げようとしている。
「王子に相応しいのはこの私よ!!」
『王子に相応しいのはこの私ですわ!!』
恋愛シミュレーションの最後、処刑される直後に言い放ったソフィアの言葉と今のキャロルの言葉が被った。
咄嗟にローブを翻せばそこに冷たい空気が槍のように刺さってきた。氷の魔法だ。いつの間にこんな攻撃性の高いものを、と思っている間に次の魔法が飛んでくる。王子と聖女は一度外に連れ出されたけれど辺りは一気に慌ただしくなった。
どうにかしないと、と攻撃が止んだ好きに顔を上げればキャロルの左手首から禍々しいオーラが包み込むようにうねり大きくなっていく。それが更に魔法の威力を倍増させているように見えるけれど、魔法を使えば使うほどキャロルの顔色が真っ青になっていく。
「キャロルやめなさい! このままだとあなたが危険だわ!」
「やめて! 私に指図しないでッ!!」
まるで身体を支配するようにオーラがキャロルに巻き付いて離れない。白い肌が段々黒く変色していきこのままでは心臓の位置まで達してしまう。
「キャロル!!」
ローブで攻撃を弾きながら急いでキャロルの元まで駆け寄る。ブレスレットをとにかく外さなければ。
右手を伸ばしたのと先生の声が聞こえたのは同時だった。けれどキャロルの魔法のせいで何を言っているのか聞き取れない。言葉がわかる前に右手はキャロルの左手首を掴んだ。
「ッ?! ぐ、ぅっ……!!」
痛い。痛くて痛くてたまらない。魔物相手に怪我したときよりもずっと激しい痛みが襲い掛かってくる。それでも今、なんとかしないと次のチャンスは来ないかもしれない。
「……、て……」
ハッと目を向ける。絡み合った視線の先には涙で濡れているシアンの瞳。
「たすけて、おねえさま」
ブレスレットだけを掴み、力任せに思いきり引き千切った。バラバラになった装飾品がキラキラと輝いて宙を舞う。
魂が抜けたかのようにキャロルはその場に倒れ込み、それと同時に魔法の吹雪が収まった。教会内にはあちらこちら傷が付きステンドグラスは割れてしまっている。
「エリーさん!!」
やっと先生の声が聞こえて、返事をしたかったけれど声が出せなかった。
痛くて痛くて唸ることしかできない。冷や汗を流しながら見てみると、さっきキャロルがそうなっていたように私の右手も黒く変色していた。
空気が頬に辺り肩にぬくもりを感じる。視線を上げれば先生の姿が見えて心底ホッとした。けれどそんな私と反して先生の顔は険しいまま、視線は右手に注がれている。
「呪を喰らってしまったか」
少し遠くから聞こえる王子に聞いたことのない単語に僅かに首を傾げた。
「呪は、そのままの意味です。人を呪う禁術。ブレスレットに掛けていたんでしょう。持ち主がブレスレットを外すようなことがあれば発動するように、と」
「……私、呪われたのね」
「……そういうことになります」
悔しさを滲ませた声色で先生が私の右手を握ろうとした瞬間、「触っては駄目」と澄んだ声が聞こえた。恐らくアリスだ。聖堂で学んでいた彼女は呪のことも知っているのかもしれない。触っては駄目、ということは呪が掛かった箇所を触ったらその人も掛かってしまうからだろう。
「すみません、エリーさん……すみません……!」
謝らないで。先生が作ってくれたローブにはかなり助けられたのだから。そう言いたいのに口に出せない。頭を垂れる先生にそんなに自分を責める必要はないと、言いたいのに。
待機していた騎士たちが入ってきてディランが素早く指示を飛ばす。教会の外に被害はないか、また教会内の損傷の状況。走ってきたふたりの騎士は倒れているキャロルの傍までやってきた。
「これは一体どういうことですか?!」
騒然としているこの場を一瞬で黙らせるほど、予想していなかった第三者の声が響いた。
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