第18話

 もしかするとキャロルが『悪役令嬢』の役になったのかもしれない。そういう考えから気が滅入りそうになったけれど、そうも言ってられない。物語で処刑されるのは『悪役令嬢』なのだから。

 キャロルに負い目を感じているのかと自分でもわからない。だって姉妹としてまともに会話をしたことがなかったのだから。キャロルのイメージだって遠目から見た感じと、時々耳にする噂程度だった。けれど自分の選択が何かしらの軋みを生み出したとなると、責任を感じてしまう。

 きっと先生はそんなものを感じる必要はないと笑ってくれるだろうけれど、それでこの複雑な感情が払拭されはしない。やれることがあるのならばやってみよう、とキャロルとの接触を考えいるときだった。

「……本当に、最近このベルがよく鳴るわね」

 あれだけうんともすんとも言わなかったベルがシャルルを皮切りによく鳴るようになった。この魔法具は来客を告げるだけのものであって、一体誰が来るかまではわからない。自室にこもっていた先生も顔を出し、苦笑しながら両肩を軽く上げる。来客を待っていると控えめなノックが鳴った。

「はい。どちら様かし、ら……」

 ドアを開け徐々に口が開いていく。目の前には真っ白なローブを纏っている人物。その人物がフードを取るとサラリとスノーホワイトの髪が風になびいてマゼンタの瞳が光に反射した。

「こんにちは」

 反射的に一度閉じかけようとしたドアを、無骨そうな足が間に挟まり力強く開いていく。

「よう、邪魔するぜ」

「オロバス様……!」

「えっとオロバス様、そちらの方は……」

「立ち話はなんだ、中に入れてもらうぜ。ほれどいたどいた」

「ちょ、ちょっとっ」

 グイグイと先生諸共中に押し込まれ、最後に入ってきた人物が笑顔でパタリとドアを閉じる。相変わらず素朴やら何やら言っているけど私はそれどころじゃない。

 家の中に入ってもわかるなぜか感じる煌めき、圧倒的なビジュアルに制作会社の力の入れようが垣間見える――そう、目の前にいる女性はどこをどう見ても恋愛シミュレーションゲームのヒロインだ。

「初めまして、私はアリス・ハルファスと言います」

「聖女様だぞ、びっくりしただろ」

 それはもう驚くわよ聖女様がこんな街の隅っこに来るだなんて。ただディランの言う「びっくりしただろ」は彼女が聖女だということにびっくりしただろう、ということでしょうけど。先生はディランの思惑通り彼女が聖女だと聞いて「えっ」という声を漏らしていたし。私はそれどころじゃないんだけど。

 ゲームのメインキャラとこうやって出会うなんてまったく思っていなかったんだから。

「俺は使いで来たんだけどよ、聖女様がどうしてもついて行きたいっつーから」

「連れてきてもらいました。お邪魔します」

「あ、えっと、椅子にどうぞ」

 先生がちらりと私を見つつ、取りあえず椅子に促していた。

「あっ、ちょっとオロバス様! その椅子に座らないでちょうだい壊れるでしょう?!」

「おぉ? なんだこのちっさい椅子は」

「友人のための椅子なの!」

「なんだ、友達いたんだな!」

「いるわよ!」

 適当に座るのは構わないけどなぜその中でシャルルの椅子に座ろうとするのか。椅子のサイズと自分の図体見たらどうなることぐらいわかるでしょう! とプリプリしながら注意したら注意したで友達いたんだな発言。勢いのまま返したけれど、これちょっと、もしシャルルに聞かれたら恥ずかしいかもしれない。

 そういえばこういうやり取り以前やったことあるわね、とディランからシャルルの椅子を奪い、聖女には普通の椅子に座っていただく。ディランは騎士なのだから立っていても平気でしょう、という視線に気付いたのかカラカラと笑うように彼は聖女の後ろに控えた。

 なんというか、以前来たときと比べてディランの空気が柔らかい。確かにあのときは魔物襲撃の直後だったからピリついていたのだろうけれど。ドミニクの言っていた私たちを疑ってはいないという言葉は信じてよさそうだ。

「お茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

「お茶も素朴ですよ、聖女様」

「あら、そう仰るオロバス様は別に飲まなくていいのよ?」

「言うじゃねぇか」

 そんなに素朴がめずらしい……めずらしいでしょうね。きっと由緒正しき家の出だろうし、物心つく頃には教育のこともあって周りは一級品で囲まれていたでしょうし。先生が手渡そうとしていたカップを手早くサッと横取りすると、ディランは笑いながらそのカップを素早く奪い返した。

 突然クスクスと声が聞こえて思わず視線を向ければ、口元に手を添え聖女が楽しそうに笑っていた。そんな彼女は置かれたティーカップに口を付けてホッと息を吐きだしたあと「懐かしい」と小さく零した。

 そういえば彼女は元は庶民階層の人間、母親とふたり暮らしで質素に暮らしているところ自分に癒やしの魔法が使えることを知り、近所に住む子どもたちの怪我を治しているところ王族の側近に目撃される――確かゲームのスタートはそんな感じだったはず。

「美味しいです……ありがごうとざいます。母の味を思い出しました」

「そうですか、良いお母様だったんですね。この茶葉は丁寧に扱わないとすぐに傷付いてしまって味が落ちてしまうんです」

「そうなんですね」

 おや、と顎に手を当て考える。なんだかさっきの聖女と先生の会話に既視感が。確かヒロインが城にお呼ばれして庭で優雅なお茶会をしているとき執事とヒロインとの間にそんな会話があったような。もちろん城の庭なのだからこんな素朴なところではなく花々が咲きほこっている美しい場所だったけれど。

 まさかね、と思いつつ私も先生が淹れてくれたお茶で喉を潤す。自分たちで汲み上げた水だっていうのもあるけれど、先生の淹れるお茶は私が淹れたときとは若干味が違っていて優しい味がする。

「って。優雅に茶ぁ飲みに来たわけじゃねぇのよ。ちょいといいかおふたりさん」

 お茶を飲んでまったり、というところ我に返ったようにディランがそう口に出した。

「アガレスから話しは聞いた。他の魔術師にも確認させたがキャロル・アレット・フォルネウスの手首に付けたいたブレスレットは間違いなく禁術付きだった。ただ自ら付けたのか貰いもんなのかはわからねぇが」

「恐らくですがその禁術は常に再構築され複雑な術式となっているはずです」

 シャルルから話を聞いただけなのにそこまでわかるの? と驚きながら視線を向けると先生は小さく頷いた。

「カチカチという音が鳴っていたと言っていたでしょう? あれは禁術の構築されている音だと思います。解術にも時間が掛かる厄介なものでしょうね……」

「流石だな。アンドレアが一目置くのは頷ける」

 最初は植物光化学の研究していたと言っていたのに、その設定を覆すほどの裏設定なんだけど。とひとりボヤいきそうになったけれど今はそんなことを思っている場合ではないと再度ディランに向き直る。

 自ら望んでたそうではないかわからないけれど、禁術付加のブレスレットを付けるだなんて正気の沙汰ではない。どういう力か、どんな副作用があるのかわからない危険なものだから『禁術』とされているのにそれに手を出すなんて、何か企みがあるのではないかと疑われても仕方がない。キャロルは聖女の浄化の力を途中で止めてしまっているから尚更。

「キャロルさんは、私によく話しかけてくれる方でした」

 周りに知人がいない中、聖職者となるべく教えられることを学ぶことで精一杯の毎日。そんな中よく聖堂に顔を出して話しかけてきたのがキャロルだったと言う。歳も同じで同性といこともあって、毎日必死だった中でキャロルとの時間は貴重なものであったと。

「けれどいつの日か、キャロルさんから次々に質問される日が多くなって……聖職者になるための抜け道がないか、と聞かれたときは流石に驚きました」

 きっとそのあとすぐにあの騒動だろう。そこまで来るとよく話しかけていたのもただ単に仲良くなりたいためではなく、何かしら利用しようとしていた可能性だってある。やり方が貴族のそれとまったく同じだ。

 ゲームの中では親友というポジションだったはずなのにひとつ何かがずれてしまえばこうも変わるだなんて。やっぱり徐々にゲームのシナリオがあまり当てにならなくなってきている。

「これ以上大事になる前に捕まえたほうが早くねぇかって俺は思ったんだがよぉ。禁術がどういう力を発動させるかわかったもんじゃねぇしこのままだと人体の影響にも及ぶ。ってことで、聖女様の出番となったわけだ」

「浄化の力で禁術を無効化せよう、ということですか?」

「ああ。ただ前例がねぇ。何が起こるかわからねぇし周りに被害が及ぶ可能性がある。んで、ここでひとつの案が出されたわけよ」

 ディランと、そして聖女の目が私のほうに向く。

「キャロル・アレット・フォルネウスには行方不明の姉がいただろう? その姉の力を借りて呼び出せねぇか、ってな」

 その言葉と、ディランの視線で気付かないわけがない――彼はキャロル・アレット・フォルネウスの姉がどこにいるのかもう知っている。

 ここまで来て駆け引きなんてそんなことをやる理由はないけれど。一応私の体面を気にしてくれたのだろう。

「どう思う? エリーお嬢ちゃんよ」

 視線を逸らさずジッと見てくるディランに私は腕を組んだ。

「姉妹の仲がどうなのか知らないけれど、やってみる価値はあるんじゃないかしら」

「エリーさん……!」

「だって今のままでは危険なんでしょう? 先生」

 その禁術が大きな術を発動するかもしれないし、また付けている人間を操ることだってできるかもしれない。何が起こるかわからないのだから何か策ががあるのならば結果がどうなろうとやってみるしかない。

「オロバス様、呼び出すのに適性な場所を知っているわ。そこを指定しても構わないかしら」

「騎士を配置できるんだったら構わねぇ」

「そう、よかった。万が一そこが壊されたとしてもフォルネウス家に請求書を送ればいいのだし」

「はははっ! 強かな女は嫌いじゃねぇよ」

 そう、貴族の女は強かでないと生き残れない。

 心配気な先生はあとで説得させるとして、今は計画をより念入りに練っていく。呼び出しに成功した場合、騎士をどこに配置させるかまた何人連れて行くか。禁術相手にはなるけれど浄化の力を使うことになっているため聖女は必ずついて行かなければならない。もちろんそちらの護衛をも必要になる。

 万が一にのためにと解術が得意な先生も頼む、とディランが告げたため先生も行くことにはなったけれど。私が大きく関わってくることになるため元からついていくつもりだったようだ。こっそりとまた新しい魔法具を貸しますねと耳打ちされた。

 ある程度話し終えるとそれぞれのカップの中はすっかりなくなってしまい、これ以上は聖堂の人たちや上の人たちが心配するからと聖女は帰ることになった。

「それじゃキャロル・アレット・フォルネウスの姉によろしく伝えといてくれ」

「ええわかったわ。それはもう耳にタコができるぐらい言っておくから、オロバス様」

「あー……ディランでいい。お嬢ちゃんには一度助けられているしな」

「では私のことも、アリスと」

 しれっと言ってきたわねと思いつつ、騎士という立場にいるためかディランは押しが強い。否と答えるとその顔の圧と共に壁際に追い詰められそうな気がして渋々頭を縦に振った。

「では、ディラン様とアリス様」

「アリス、でお願いします、エリーさん」

「……アリス、さん。また後日」

 聖女を呼び捨てできるわけないでしょう。不服そうに後ろ髪引かれそうになっているアリスをディランが前に促して、ようやくふたりはこの場から去って行った。

 襲撃のときも思ったけれど物語から外れたようなで、その実真っ只中にいるのは気のせいかしら。

 はぁ、と息を吐きだして家の中に戻れば目の前には真顔の先生。先生っていつも笑顔か穏やかな表情ばかりだからこうして時折見る真顔にはびっくりする。そういえば説得が残っているんだった、とほんの少し身構えた。

「エリーさん」

「わかっているわ」

「本当にわかっていますか」

 ディランとは別の意味で圧が強い。普段優しい人が怒ると怖いと聞くけれど先生はまさにそれに当てはまる。

「これって私が今まで避け続けた報いなのよ」

 両親はあの子を愛している、だから私が別に姉として教えるものなんて何ひとつない。そう思っていた節はある。姉妹として姉としての義務を放棄したのだ。あなたは愛されているからいいでしょう、そういう嫉妬心で。

「先生、実は私ちょっとドキドキしているのよ」

 人と口喧嘩することはあったけれど、血の繋がった妹と姉妹喧嘩するなんて人生初なのだから。

「まったく、あなたと言う人は……無茶は駄目ですよ?」

「駄目かしら?」

「駄目です」

 ちょっとした拳で語り合うような殴り合いぐらいをしてみたいと言ってみれば、先生は卒倒するかしら。

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