第17話

 甘やかしたせいなのか、それともそれ自体何かの計画なのか。フォルネウス家の当主とまともな会話をしたのは十年以上前……もう顔も声すらも思い出すのも難しい、そんな間柄だった。まぁ今更どうだっていいのだけれど。

 けれど余計に内情がわからない。キャロルに突撃してどういうつもりだったのか直接聞き出す手もありと言えばありなのだろうけれど、その分リスキーだ。

「いっそ変装でもしてパーティーに顔を出してやろうかしら」

「やめてくださいすぐに気付かれますよ」

「もちろん先生だって変装するわよ?」

「無理ですよ私はその手の作法はまったくと言っていいほどわかりません!」

「……駄目よねぇ」

 そもそも社交界に出てしまえば国直属の騎士も配属されていることもあるから、ディランと顔を合わせてしまったら一発でアウトなわけで。

 パーティーが一番手っ取り早いチャンスだけれどそれでは駄目か、と雑草をむしる。先生の薬のおかげで皮もだいぶ戻ってきたしそろそろ鍬を……と持った瞬間急いで走ってきた先生に全力で止められてしまった。顔が真っ青だったのは果たして全力で走ったせいなのかかそれとも別の理由か。

「なんだかこう、こう……モヤモヤするのよねぇ」

 目の前に答えがあるような気がするのに、それが中々に掴めない。そんな状況だと思う。畑仕事でもしたら少しでも気が紛れるかと思いきや、確かに身体を動かしてすっきりはしたけれど相変わらずモヤモヤする。

 ふぅ、と息を吐いて立ち上がった瞬間にカランと音が鳴った。なぜか身体が勝手に身構えた。第六感というやつね。パタパタと軽やかな音と共にそれを追いかける足音。逃げ出そうと足が動いた私に対し先生はドアの前を笑顔で封鎖した。

「エリーお姉様~! お元気でございましたの~?! はぅっ?!」

 相変わらず元気ねと思っていると私の顔を見た瞬間、シャルルの顔がサッと青褪めた。

「あぁっ、エリーお姉様のお顔に傷痕がっ」

「シャルル様」

「大袈裟なのよ……」

「相変わらず元気ですね」

 のほほんとした先生の声にじろりと視線を向け、ふらりとシャルルがよろけたところをドミニクが素早くその身体を支える。心なしか身長が伸びたかしら、と思いつつ相変わらずのツインテールのシャルルはドレスではなく作業服を着てヒールの靴ではなくしっかりとブーツを履いている。

「もうシャルル、危ないから来ては駄目だと言ったでしょう?」

「でもエリーお姉様、庶民階層のほうは随分と復旧したようですわ。家も道も綺麗になっておりましたの」

「えっ、そうなの?」

 邪魔にならないようにと敢えて市場には顔を出さないようにしていたけれど、それにしてもほぼ復旧したとは随分と早い気がする。いつの間に、と先生と目を合わせていると控えめな胸を張ってシャルルは続けた。

「実はプルソン家のほうで投資致しましたの! 必要な材料や道具も揃えたのであっという間でしたわ!」

「……それって、本来国から出すものでは?」

「国から出すと手続きや会議などで時間が掛かるのよ。王は他にもあらゆることに対処しなければならないし。それよりも貴族が個人的に出すのが一番早いのよね」

「そうでしたか」

 先生にヒソヒソと説明しつつ、シャルルはそれをわざわざ説明しに来たのかしらと視線を戻した瞬間きゅるるる~っと可愛らしい音が鳴った。笑顔のまま固まった先生、頭を抱えたドミニク、シャルルを凝視する私に真っ赤な顔をしてお腹を押さえたシャルル。

「……あなたここに来る度にお腹が空くの?」

「ち、違いますわ! これは……そう! 育ち盛りなのです!」

「でしょうね。そういう年頃だもの」

 十四歳と言えば丁度成長期だ、それだと腹も鳴る。シャルルの言い訳にすんなりと頷いた私に肩透かしに終わったのか、きょとんとしている顔に思わず小さく吹き出して家に入るよう促した。その間外で汚れを落とそうと水を汲み上げているとまた聞こえてくる悲鳴。あの子は来る度にお腹を鳴らして一度悲鳴を上げないと気が済まないのかしらね、と呆れながら家の中に入った。

「お、おお、お姉様! これは一体なんですの?!」

「何って、あなた用の椅子よ。あなた小さいから」

 伐採して湿らないようにしっかりと保存した木をリハビリがてらに組み立てて作ったのだけれど。四つある椅子の一個だけ一回り小さなサイズに目をキラキラしているシャルルはそのまま飛び跳ねそうだった。

「細工は先生がしてくれたのよ。器用でしょう?」

「デザインはエリーさんがしてくれました。私はそういう方面はとんと疎いので」

「素敵……! ドミニク、持って帰ったら駄目かしら?」

「駄目でしょう」

「やめなさいよ……高級品の隣に並べられたら流石に恥ずかしいわ」

 しっかりとここで止めておかないとこの子は本当に持って帰ってしまう。ドミニクが再度「駄目です」と念を押すけれどまだまだ「持って帰りたい」と抵抗するシャルル、そんなふたりのバトルは食事を作り終えるまで行われていた。

 今日の昼食はふたりが好きな野菜たっぷりスープにマリーさんに届けてもらったふんわり食感のパン。本来なら魔物のお肉で作ったハムなども添えたかったけれど、襲撃があった日に保存していた分すべて食べてしまったからひとつも残っていない。その代わり畑で取れたバジルや森付近で採れた実で作ったジャムなどを添えた。

「キャロル様の様子を確かめたいと?」

「そうなの。でも直接は難しいかと思って」

 四人でテーブルを囲いつつぱくりとパンを食む。相変わらずマリーさんのパンは美味しいわ、と口を動かしていると突然「そうですわ!」だなんて声が聞こえたから思わず喉に詰まりそうになった。食事の最中に立ち上がっては駄目だと教わらなかったのかしら。

 ドミニクもシャルルを宥めつつ、けれど何を興奮しているのかテーブルに両手を付いてこっちに身を乗り出してきた。

「わたくしがパーティーに参加して確かめてきますわ! 実はわたくし、分析の魔法を習得しておりますの!」

「……え、なぜ?」

 なぜ令嬢が分析の魔法だなんて。別に魔物の弱点を見つけたり、毒が回っていてお肉が食べられないだなんてそんなこと調べることもないだろうに。

 わざわざ魔法習得した理由がわからず首を傾げているとやっと自分の状況に気付いたのか、いそいそとシャルルは椅子に戻った。

「わたくし過去に男に騙されて私財をすべて奪われるところでしたの」

「何やってるのよ」

「事情を知ったお父様に『人を見る目だけは養ってくれ』と泣き付かれまして。難しかったのですけれど、頑張って習得しましたの」

「本当に何やってるのよ」

 令嬢であるならば目を養うのは普通でありある意味嗜みなのだ。どうやっても生まれる駆け引きに負けるわけにはいかない、だからこそ常に敵が誰であるかアンテナを張っていなければならない状態だというのに。

 けれどある意味それが身に付かなかったから魔法を習得したのは賢い選択だったのかもしれない。如何にも純粋で人を疑うことを苦手としていそうなシャルルには魔法のほうが合っている。

「会話せずともキャロル様を分析してみたら何かわかるかもしれませんわ」

「それならそれで助かるけれど……シャルル、あなた最近社交界に顔を出していないのでしょう? 大丈夫なの?」

「……大丈夫ですわ!」

「不安だわ」

「不安が少しありますね」

「不安しかありません」

「もう! なんですの!」

 マナーは大丈夫かしら上品に振る舞えるかしら上手く嫌味を躱すことはできるかしら、心配事はいくらでも思い浮かべることができる。けれどそこはもう、ドミニクに任せるしかない。なんだか大変そうだけれどドミニクしか付いて行くことしかできないのだから。

 私も一緒に行けたら、と思いふとあることを思いつきピシリと固まった。会話をせずとも、分析で何かしらわかるかもしれない……先生を見ていれば魔法がどれほど便利で優れていることがわかる。だからこそ。

 ギギギ、とゆっくりシャルルのほうに顔を回す。まさか、とは思っていたのだけれど。この予感だけは外れていてほしい。

「……分析の魔法が使えるのよね?」

「はい! なので初めてエリーお姉様をお目にしたときすぐにわかりましたわ!」

 ここで最初会ったとき、シャルルがしつこく私のことを「ソフィア様」と呼んでいた理由がここでわかってしまった。


 魔物の襲撃があったのだから貴族もそうパーティーを行うなんてことあり得……るのだ。被害があったのは庶民階層だけだったため、プルソン家のような私財を投資するところもあるけれど大体が気にも留めない。貴族は貴族だけで国の経済を回していると思いがちなのでパーティーだって普通に開く。今回はそれが功を奏したのだけれど。

《エリーお姉様、キャロル様参加しておりましたわ》

 そろそろお開きする時間帯かしらという頃にタイミングよくシャルルからの通信が入った。聖女の邪魔をしておきながらよくもパーティーに参加することができたこと。流石に顔の皮が厚すぎるんじゃないかしら、と頭を抱える。

「何かわかったかしら?」

《はい、遠目でしたけれど……なんだかキャロル様の右腕に黒いモヤモヤしたものが纏わり付いておりましたの。あれってなんですの? ドミニク》

《いえ私は見えておりませんので……ですが、令嬢の雰囲気が以前と比べて変わりましたね》

《そうですのよ。ドレスの趣向だって違いましたわ。前は淡い色を好んでおりましたのワインレッドのドレスですわよ? 似合ってもいませんでしたしまるでソフィア様の真似事でしたわ》

 思わずハッと息を呑んで先生と視線を合わせる。まさかそんなこと、と目の前の答えが見えた瞬間だった。先生は私の背中に手を添えたあとテーブルにある魔法具に向かって身を屈めた。

「黒いモヤについてですが、何か音がしませんでしたか?」

《音ですの? そういえば……妙にカチカチというか、何かを組み立てているような音がしたような……》

「そうですか……おふたりとも、ありがとうございました」

「……シャルル、ドミニク、ご苦労様」

 お礼を口にし通信を終える。私の背中に手を添えたまま、先生は椅子に座るように促してくれた。そんな私はというと、両手で顔を覆い隠し深々と息を吐き出すしかなかった。

「……黒いモヤというものは恐らく禁術でしょう。禁術で作られたアクセサリーを付けている可能性が高いです」

「ねぇ、先生」

 こんなこと考えたくはなかった。けれど、これしか思いつかない。

 顔を上げ唇を噛み締めて先生を見上げる。私はただ処刑を約束された道から外れたかっただけ。物語の登場人物ではなくなっただけ、それだけなのに。

「前に言ったでしょう? 物語で私は悪役にされて、処刑されたって」

「……ええ」

「私は令嬢でなくなった、登場人物ではなくったわ。だから――」

 登場人物の配置換えがあったのではないか。

 悪役令嬢だった人間はいなくなった。だからこそ物語の進行のためにその代わりが必要だった。キャロルの我が儘が度を越えるようになったのがソフィアがいなくなって半年も経たない。愛らしい子は我が儘を言いやりたい放題、常識を持っている人間の手に負えなくなっていた。

 ふわふわした淡い色を好んでいた子が、王子の婚約者を名乗り出てワインレッドのドレスに身を包む――まるでソフィア・エミーリア・フォルネウスのように。

「先生っ……これって、私のせいなの? 私が、家を出たからっ……?」

「いいえ」

 声が震える私に視線を合わせるように先生は身を屈め、肩に手を添える。じわりと温かさが広がって尚更涙腺が揺らいでしまう。

「選択肢が変われば未来が変わるのは当たり前です。あなたのせいではない。あなただって……」

 グッと、先生の手に力が入る。

「あなただって、好きであの広い屋敷に独りで居たわけではないじゃないですか」

 子どもの頃私を別棟に追いやった両親。行方不明になってもセバスチャン以外誰も心配してくれなかった。私が癇癪起こしたり暴れていたせいもあるけれど、それ以前にあの家は――誰も私の存在を認めなかった。

「飛び出す理由だって十分ありました。あのまま縛られておくか、それとも自由を求めて飛び出すか。あなたはそれを選んだだけです」

 肩に添えられていた手が腕を伝い、手を握りしめる。

「これはもしかしたらフォルネウス家だけでの問題ではないかもしれません」

「っ……オスクリタ」

「ドミニクさんか、もしくはオロバスさんに伝えましょう。事態は我々が思う以上に深刻かもしれませんから」

 先生の言葉にただコクコクと頷くことしかできない私に、先生はやっぱり優しく微笑んでくれた。

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