第14話

 空の色が変だ、となんとなく思った。いつものように青い空なのにどこか薄暗さを感じる。畑仕事も終えて昼食を済ませ、弓矢の手入れをしながら窓から空を見上げる。なんだろうかこれは、胸騒ぎというものなのだろうか。

 家から出て二年と数ヶ月、大変だったけれど本当に楽しい毎日だった。慣れない作業に慣れていってできることも増えていって、最近では騒がしい子も増えて。ついこの間身長が低いその子のための椅子を作ってしまった。どんどん増えていく家具に苦笑しつつ、もしかしていよいよ来客用の部屋がいるのかもしれないと先生と話したばかりだ。

 処刑フラグから必死に逃げ出した。チートもご都合主義もない世界でただ必死に生き残る道を探した。他人のせいに暴れることなんてなくなったし癇癪持ちだったこともすっかり忘れるぐらい、穏やかな日々を過ごしてきた。このまま何事もなく穏やかに過ごしてもいいじゃない、だなんて神という存在がいるのかどうかわからないけれどついそう言いたくなってしまう。

 突然窓ガラスがビリビリと震え始めた。慌てて外に出ると後ろから自室から飛び出してきた先生が現れる。

「何よ、あれ……!」

 南のほうから黒い何かが束となって街に飛んで来る。

 ――『聖女』はその聖なる力を使い、襲いかかるすべての魔物を浄化する――そんな物語だった。その騒動があったからこそヒロインは周囲に『聖女』と認められ、そして今後王子との好感度が上がりやすくなりハッピーエンドへ向かう。ゲームでは常にヒロイン視点。癒やしの力を持っているヒロインは聖堂を拠点としていて、そこで祈りを捧げているときに慌てて入ってきた司祭から事のあらましを聞く。

 その間に襲われていた庶民がどんな状況だったのか一切描かれていないのだ。

「エリーさん」

 唖然として空を見ることしかできなかった私に、先生は静かに言葉をかける。震える空気と異様な鳴き声、複数の羽音が徐々に大きくなっていく。

「どうしますか。行くとするならば恐らくあなた自身があなたの言う『物語』の一部になってしまう。そこから逃げ出すために、あのときあんなにも必死だったんですよね」

「……行かないわ」

 いつの間にか力の入っていた拳を解き、ふっと笑みを零し目を閉じる。

「って、令嬢の私ならそう言っていたでしょうね」

 たった二年と数ヶ月の付き合いなのに、市場の人たちは私を「エリー」と呼んでよくしてくれた。屋敷ではないものとして扱われていた私を。

 賑やかな市場の情景が瞼の裏に浮かぶ。あちこち店があって色んな人たちがいる。活気に溢れていてすれ違う子どもたちはいつも笑っていた。鍛冶屋の前を通れば鉄を打つ音、パン屋の前を通れば焼きたての香ばしい香り、他にも店によって様々な音と香りがある。人の数だけ、その人の生活がある。

「先生、私行くわ。聖女が力を使うまでの時間稼ぎをしてみようと思うの」

「エリーさんが行くのであれば私も行きます。私は攻撃魔法が使えませんが、それでも何かしらの役に立つはずです」

 先生の力強い言葉とは反面に瞳には優しい色。そんな人が私の手にそっと手を添えて力を込めた。二年前だって先生はこうやって私の手を掴んであそこから連れ出してくれた。いつだってこの手は私を導いてくれたのだ。

 お互い頷き合って急いで家の中に入り支度を済ませる。まさかプルソン家から礼として貰ったグローブとローブの出番がこんなにも早くに来るだなんて。一等級のしっかりとした皮に、魔法効果のある布。私たちには有り余る道具になりそうだと貰ったときは苦笑したけれど、今はありがたさしかない。

 弓矢とダガーを携え家を飛び出し坂を駆け下る。門に近い場所はすでに魔物に襲われ始めている。すべてが飛行タイプの魔物のためあっという間に攻め込まれていた。

 この国は階層でできている。頂にあるのが王が住まう城、その下に貴族の屋敷が並んでいる階層で一番下が庶民となっている。もちろん庶民の階層が外に一番近いため、襲われるとしたら真っ先に狙われるのが庶民だ。

 市場に出ればあちこちで火の手と悲鳴が上がっている。目の前で泣きながら母親に助けを求める子どもが、魔物の爪によって連れ去られようとしていた。

「ッ、その子を放しなさいッ!」

「フロート!」

 迷うことなく魔物の目を狙い矢で射抜く。汚い悲鳴を上げた魔物は爪の力を緩め、その瞬間離された子どもが地面に落ちようとしていたところ先生が魔法で援助してくれた。

「あっありがとうございます!」

「急いで逃げて!」

「は、はいっ」

 母親が子どもを抱えて走っていく姿を目の端に入れつつ、次に飛んできた魔物を射落とす。数があまりにも多いし先生だって落ち着いて弱点を見つけている時間すらない。とにかく片っ端から目を射抜いて落とすしかないと次の矢を手に取り放つ。

「キャーッ!!」

 急いで悲鳴のほうへ振り返って反射的に矢を射る。魔物の牙にやられる前に射落とすことができてホッとしたのも束の間、腰が抜けたマリーさんの元へ駆け寄った。

「エリーちゃん……!」

「マリーさん急いで建物の中に入って! 外にいるよりはマシよ!」

「わ、わかったわ……エリーちゃん気を付けて……! セイファーくんエリーちゃんをお願い!」

「もちろんです。さ、急いで!」

 先生もエリーさんを立たせるのを手伝ってくれて、足がもつれそうになっているところ悪いけれどその背中を押して急かした。エリーさんの他にも逃げ惑っている人たちに建物内に避難するように呼びかけながら次の魔物と対峙する。

「すべてコピー体ですね……弱点を探せる時間さえあれば……スパーク!」

「でも数が多すぎて無理よ! 次から次にっ……まったく、しつこい!」

 二体同時に射落としてもまた次がその後ろから現れる。魔法の力は大きれば大きいほど体力も精神力も使うと聞いたけれど、これほどの量の魔物をコピーできるなんて。禁術と呼ばれているのはそのせいか、それとも魔法とはまた別の仕組みがあるのか。

 ふと門の方を見てみれば外の警備にあたっていたと思われる騎士たちが次々に戻ってきて魔物を倒している。上まで情報が行ったのか貴族階層からも別部隊の騎士が降りてきていた。騎士がいれば多少はマシな状況になるかもしれないと城のほうへと視線を向ける。

 聖女がどれくらいの時間で力を使うかはわからない。けれどこうして騎士たちもやってきたということは情報も届いているはず。騎士と、そして異変を察知して戻ってきた他の狩人たちと一緒に魔物を倒していく。

 それからどれほど時間が経ったのか、畑仕事をしているおかげでついたはずの体力だけれど流石に汗は流れ息が乱れてきた。先生は大丈夫かしらと視線を向けた瞬間後ろに魔物が狙っているのが見えて急いで矢を放つ。

「なんだあれは!」

 どこからともなくそんな声が聞こえた。ほかの騎士たちの視線も城のほうへと向かっている。つられるように振り返れば淡い光が城を中心として徐々に広がっていき、そしてこの階層にまで届こうとしていた。

「エリーさん、あれが……!」

「そうよ! やっと力を使ってくれたのね……!」

 すべてを浄化する光が国全体を包み込んで、そして魔物を消し去ってくれるはず。火の手が上がったり怪我人が出たりしたけれどゲームのときのように悲惨なことにはならなさそう、とホッと安堵した。ゲームでは庶民階層がほぼ焼け落ち怪我人が聖堂に押し寄せていた、というように書かれていたから。

 貴族階層に近いところから魔物が徐々に消えていく。戦っていた人たちの歓声を聞きながら庶民階層の半分までいったときだった。

 突如その光がフッと消え失せた。

「えっ……?!」

 門のほうから魔物の雄叫びが聞こえる。動揺するなと言うほうが難しい。

「どうして光が消えたのよ……?! 魔物はまだいるのよ?!」

「エリーさん!!」

 先生が飛び込んできて一緒に地面に倒れ込む。さっきまで私が立っていた場所に魔物が鋭い爪を立てていた。魔物の目がこっちを向いた瞬間先生は魔法で目眩ましをし、その間に私が矢で射抜く。

「どういうことよ! 聖女はすべての魔物を浄化するんじゃなかったの?!」

「……もしかすると、何かしらのトラブルがあったのかもしれません」

「トラブル……?! 聖女は最も安全な場所にいるのに?!」

「浄化の魔法は淡く消えるのだと聞いたことがあります。けれど先程のは、まるで途切れるようにプツンと消えた。原因はわかりませんが……それよりも」

 息を吹き返したようにまた魔物が一斉に襲い掛かってくる。騎士たちも一瞬気が抜けてしまったのか、攻撃を再開した魔物に怪我を負わされている人が数人出ている。

「エリーさん、魔物の口を狙ってください。そこが弱点です」

「口……もしかして開けているときでなければ効き目がないの?」

「……正確に言うと、喉です。口を開いた状態で喉を狙うのが一番効果的です」

「随分と難しいことを言うのね、先生」

 けれど、弱点も何もわからずただ攻撃することしかできなかったことよりも随分とましだ。口を開いた状態だなんて、魔物もそう簡単に弱点を晒すわけがない。それでもと立ち上がり魔物の正面で構える。

「知っているのよ……さっきからギャーギャーと随分とうるさいこと」

 攻撃する一歩手前で威嚇するように口を大きく開けて鳴いていることに気付いていた。ギリギリまで引き付けて、そして威嚇し始めたのと同時に矢を放つ。矢は口を通り喉を突き抜けた。

「喉が弱点よ! 口を開けたときを狙って!」

 この騒動の中私の声がどこまで届くかだなんてわからない。けれどせめて近くにいる人にだけでもと声を張り上げた。近くにいた騎士が剣を構え魔物の口に捩じ込ませる。すぐに絶命したとわかった瞬間また別の騎士へ弱点を告げ、その騎士もまた別の騎士や狩人に弱点を教えてくれる。

 でも騎士と狩人と手を合わせたところで魔物が減っている気配を見せない。折角聖女の光で半分以上減ったと思っていたのに。真っ直ぐにこっちに向かってくる魔物には苛立ちしかない。

「……やっぱり、おかしい」

「先生何かわかったの?!」

 私や他の人たちのサポートをしながら先生は鑑定の魔法を使っていたようだけれど何かに気付いたようで、先生の視線が貴族階層と庶民階層の境目に向かっていた。

「魔物は統率力がないんです。大体が血の匂いを嗅ぎつけて襲いかかってくる。コピー体でも同じです、それが魔物の本能なのだから。だというのにこの魔物たちの進む方角はまったく同じ……まるで何かに誘き寄せられているように……誘き寄せる何かが、あるんですよきっと!」

「その場所がさっき見ていた場所?!」

「ええ恐らく! それを止めれば状況も少しは良くなるかと!」

「急ぎましょう!」

 先生に先導してもらってその先生をサポートするように私も後ろから追いかける。魔物と向かう場所が同じなのだから自然と周囲の魔物の数が多くなってくる。即ち襲われる頻度も高くなる。

「このっ」

「エリーさん!」

「先生は構わず走って!」

 二体三体と増えていき矢を射る回数も多くなるため標準も合いづらくなる。せめて先生の背中だけでも無傷で済ませてみせる、と走っていると目の端で魔物と戦っている騎士の姿が見えた。けれど、その後ろからまた別の魔物が襲いかかろうとしている。この角度だと弱点を攻撃できないけれど、せめて攻撃の手を一瞬でも遅らせることができればと腹に矢を貫通させた。魔物の短い悲鳴に気付いたのか、騎士もすぐさま後ろに振り返って剣を振り下ろす。

 その騎士が走っている私たちに気付いて軽く手を上げた。

「お嬢ちゃんありがとな!」

「礼には及ばないわ!」

 振り下ろす剣もそうだったけれど挨拶も豪快な人ね、と思いつつ短い会話を交わし私たちは奥へと走っていった。

 屋敷から出た道を逆走するなんてね、とあのとき渡った橋が見えてきた。まさか川の中? と思ったけれど先生は右に曲がり複雑な裏路地へと走っていく。あちこち家が並び建ちこんな場所でよく人に見つからずに、とは思ったけれど人の行き来があるからこそ紛れることもできたのかもしれない。

 やがて行き止まりへと辿り着き、先生が身を屈め地面を凝視していた。

「はぁ、はぁ……ありました、これですね……!」

「これをどうにかすればいいのね?」

「……私が解術しましょう。しかし時間が……」

「大丈夫よ先生」

 こうして会話をしている間も魔物は空を飛び交っている。先生が地面に両手を付き魔法を発動したのと同時に魔物も襲いかかってきた。

「先生には指一本触れさせないわ」

 一度に三本の矢を放ち三体を地面に落としたものの、ここが魔物たちのゴールなのだからそれだけで済むわけがない。ある意味遠距離攻撃のできる弓矢でよかったのかもしれない、と先生を背に魔物を倒していく。

 どれくらい戦っていたかわからないけれど一方だったものが四方に変わり次々に飛んでくる。急いで矢を手に取ろうとしたけれど、その手は何も掴めなかった。

「矢がっ……!」

 弓矢の弱点は懐に入られてしまうことと、矢が無制限ではないということ。ハッと気付いたときには目の前に魔物の爪が見えて反射的に目をつむった。

 襲いかかろうとしてくる衝撃がどれほどのものかはわからない。大怪我だけじゃ済まされないかも、と衝撃に構えていたけれどその衝撃がいつまで経っても来ない。代わりに聞こえてきたのは潰れたような悲鳴と斬撃の音。

「エリー嬢!」

「ドミニク……!」

 目の前に現れたのは貴族階層から駆けつけてくれたであろう、ドミニクの姿。剣には血がついていて地面にはさっき私を襲いかかろうとしていた魔物が痙攣しながら倒れていた。

「ドミニク、先生が今魔物を引き寄せている原因の物を解術しようとしてくれているの」

「わかりました。それまではここをお護りします」

 心強い味方が来てくれた、と少しだけ安堵する。でも相変わらず魔物は頭上をよく飛んでいる。弓を置いて持ってきていたダガーを構えた。この至近距離で喉を狙うなんてきっと私にはできない、けれどトドメはきっとドミニクがしっかりと刺してくれるはず。喉が弱点だと告げれば積極的に弱点を攻撃してくれる。

 飛んでくる魔物を避けつつ腹を斬りつける。爪の先が頬を掠っていく。旋回してもう一度私に飛んできたところどこからともなく火の玉が飛んできて魔物を焼き尽くした。

「セイファー!」

 家と家の僅かな隙間を縫って現れた人物のローブに見覚えがあった。先生が二年前に着けていたものとまったく同じだ。

「ウィル!」

「……もしかして、先生を鼻で笑った人?」

「いいえ、ウィルは私の数少ない友人です」

「……先生友達いたのね」

「……いますよ、一応」

 そういえば先生の友好関係なんて全然知らない。友人のひとりぐらいいたっておかしくないものね、と魔物の爪を弾き飛ばす。

「ウィル、解術の手伝いをしてほしいんだ」

「これ……禁術じゃないか! ……はは、流石はセイファー。禁術を解術しようだなんて……わかった、僕も手伝おう」

「……そんなに難しいものなの?」

「おや、可愛らしいお嬢さん。禁術の術式はとにかく複雑なんだ。解術魔法のトップクラスでない限り解術しようとは思わないよ」

「ウィルは魔法省でも優秀な人間なので大丈夫ですよ」

 先生の友人の出現だけでも驚いているのに、更に先生の腕前までもこういう場で聞いてしまうとは。でも確かに「攻撃魔法は使えない」と言っていただけでその他の魔法が使えないなんて一言も言ってはいない。今まで見てきた先生の魔法は微々たるものもあったけれどそれ以上に使える種類が多かった。

 いつも一緒にいるだけで気付かない面もあり、こういう場だからこそ知ることもあるだなんてとんだ皮肉だ。ただ魔物に襲われるような状況ではなく畑仕事をしている最中にでも聞きたかったところだけれど。

「エリー!」

 突然頭上から降ってきた声。見上げてみればここまで避難してきたのか、ケビンさんが上の階の窓から身を乗り出していた。

「これを使え!」

 飛んできたのは矢の入った筒。一度地面に落ちたけれどそれを急いで拾いに行く。

「店から持ってきたんだ! 足りなくなったら言ってくれ!」

「わかったわ! ありがとうケビンさん!」

 正直に言って助かった。ダガーだと攻撃範囲が狭まってしまうし一体しか対応できない。置いた弓を拾い上げさっきケビンさんが投げてくれた筒を腰に付け、矢を引き抜くと迷わず魔物に向かって放つ。

「援護するわ!」

「お願いします!」

 前線のドミニクが戦いやすいよう数体に矢を射る。私とドミニクで魔物を対処し、後ろで先生とその友人が解術してくれている。先が見えないけれど先生なら絶対に解術してくれると信じ、息を切らしながらも矢を放ち続けた。

 解術の特性なのか後ろからカチカチカチという音が聞こえる。それが複雑な術式をひとつずつ解いていっている証拠なのだろう。ずっと続いたその音がカチンッと一際大きな音を立てた。

「解術しました! これでもう魔物はここに誘き寄せられないはずです!」

「魔物の数も減っていることですし、あとは残っている魔物を討つだけです」

「では、僕もそちらに加勢しましょう――ファイアーウォール」

 ゴオォッという音と共に巨大な火が目の前を覆い尽くす。あれほど苦労していた数を魔法で一瞬に燃やし尽くしてしまった。後ろを振り返れば何食わぬ顔で先生の友人が次の魔法を展開しようとしている。

「威力の高い魔法はよせ! 建築物に燃え移るだろう?!」

「おやこれは失礼。ではすぐに消火を」

「魔物だけを狙ってくれ!」

 もしや騎士と魔術師の仲はよろしくないのだろうか。確かにそれぞれの組織があり規則にも違いがあるのだろうけれど、でも外へ強力な魔物討伐をしに行くときは手を組むのもよくあることだと聞いたのだけれど。

 ともあれ、と次々に魔物を倒していくふたりの背中を見て、次に隣に立った先生に視線を向ける。

「……優秀な人なのね」

「そうですね、優秀ではありますね」

 魔法省の人間には変人が多い、という噂に嘘はないのかもしれない。

 貴族階層まで攻め込まれていたけれど禁術が解かれたことと数が減ったこともあって、徐々に門のほうへと魔物たちを押し込んでいく。他の騎士と狩人たちとも合流し戦っていれば遠くのほうから「最後を討ったぞ!」という声が聞こえ、一旦の沈黙と共にワッと歓声が上がった。

 これでやっと終わったのかと自覚した途端、身体に力が入らなくなってしまった。ぺたんと力なく座り込めば先生が心配気に背中を支えてくれる。

「終わった……? 終わったのね……」

「ええ、エリーさん……終わりましたよ」

「ふふ……もう力が入らないわ……」

 グローブを外し震える手を見てみれば一等級のを着けていたにも関わらず、豆は潰れ皮は擦り剥け肉が見えてしまっている。令嬢では決してありえない、狩人としての手が少し誇らしい。そんな手に、少しだけ汚れているガーゼをふわりと被せた先生が優しく手で包み込む。

「癒やしの魔法を使えないことが、今だけは悔やまれます」

「いいの、いいのよ先生……先生がいなかったら禁術だって解除できなかったんだから」

「……そうですね、エリーさんがいなければ解術もできませんでした」

 魔物はいなくなったけれど、それで終わりじゃない。騎士たちは怪我している騎士に駆け寄り手当てをし、狩人はそのために必要な道具を渡している。魔法具を使っている人も見えたけれどきっと治療師の要請をしているのだろう。

「取りあえず……先生、帰って……お肉が食べたいわ……」

「……ははっ、いいですね。保存しているものたくさん使ってお腹いっぱい食べましょう」

 戦いが終わってあちこち慌ただしい中、日常を思い出すようにそんな会話を笑顔で交わした。

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