第10話

 ドミニクの体調の様子を見つつ、私たちはいつも通りに過ごしていた。野菜を収穫してその野菜で料理を作り、そして隅のほうで作っているものは先生が市場に売りに行く。最初こそあれだけ驚いていたドミニクも一日、二日となれば慣れたらしい。リハビリのためにと収穫の手伝いをしてくれるようにまでなっていた。

「しかし驚きです、野菜を育てるのが趣味とは……こうやって収穫していると野営を思い出します」

「野営のほうがとても大変でしょう?」

「はは、確かにいつでも警戒しなければならないのでそれはそうですが」

 だから警戒する必要もなくこうして土いじりができるのはある意味新鮮で、少しだけ楽しみになってきているという言葉に心の中で小さくガッツポーズをした。そうそう苦労もあるけれど一度やり始めてみると楽しいのだ、野菜作り。

 今日もカゴいっぱいに収穫して汲んできた水で土を洗い流す。野菜たっぷりスープがドミニクの中で好評だということは私も先生も知っている。今日もお腹いっぱいに食べさせてあげようと鼻歌混じりで野菜を綺麗にしていた。

「ところであなたはなぜ彼を『先生』と?」

「先生は先生だからよ? 色んなことを教わっているの。それがどうかしたの?」

「……あなたは」

「何かしら?」

「……いいえ、なんでもありません。それ、私が持って行きます」

「あらありがとう」

 ドミニクが何を言おうとしたのか、私にはわからない。取りあえず綺麗に洗った野菜をカゴに戻してドミニクに手渡す。そこまで重くはないんだけれど彼は騎士という職業のせいか女性に荷物を持たせようとはしない。やっぱりプルソン家の令嬢の護衛をしているのかもしれない。

 野菜を運んでもらっている間に爪の中に入った泥を綺麗に洗い流す。今日の昼食は私が当番だから綺麗にしなきゃ、と市場で買ってきた石鹸でゴシゴシと洗っていると何やらパタパタと走る足音。パッと顔を上げれば思っていた通り、先生が真顔でこっちに走ってくる。

「出たの」

「はい。彼の言葉もありますし、いつもより警戒しましょう」

「わかったわ。すぐ支度するから」

 立ち上がり急いで家のドアを開ける。慌ただしく入ってきた私たちに驚いていたけれど、その様子に只事ではないと察知したのかもしれない。色々と準備をし始めた私たちの傍らで彼もまた携帯していた剣を腰につけた。

「私も行きましょう。人々を守るのが騎士の役目です」

「ありがたいけれど森の中では私たちよりも先行しないほうがいいわ。森については私たちのほうが詳しいから」

「……わかりました」

「行きましょうエリーさん」

「ええ」

 矢の入っている筒を腰に携帯し弓を背中に背負いダガーも腰につける。ドミニクの視線を感じたけれど気にしている場合でもない。ローブを羽織った先生と共に家を飛び出し森に立ち入る。しばらく歩けばあのときと同じようにブランが待ち構えていた。今日も案内してくれるようだ。

「あのウルフ……」

「待って。あの子は悪い子じゃないわ。私たちを案内してくれるのよ」

 魔物ではないけれど動物が牙を剥かないわけでもない、ドミニクが警戒するのもわかるけれどあの子は大事な仲間だから傷付けないでほしい。剣を引き抜く前にそう言って留まらせて、そして走り出したブランに私たちも急いであとを追い駆ける。

 走っている方角はボアが出た場所でもドミニクが倒れていた場所でもない。広い森だからどこからでも魔物は侵入できる。先生も探知の魔法を使いながら走ってくれている。

「そろそろです」

 先生の言葉に走るのを止め身を潜める。案内してくれたブランも自分が襲われないように少し距離を取った。ブランも弱いわけではないけれど相手が魔物だとなると『核』に乗り移られるかもしれない。それを本能的にわかっている。

 目の前にいるのはダチョウのような鳥だ。そして例によって大きさも凌駕している。あれが卵産んだらどれだけ大きいの出てくるのよ、と言いたくなるほどの大きさ。

「額に『核』。あそこが弱点なわけないわよね」

「弱点は腹です。ですが」

「あのタイプは動きが素早いので懐に潜り込むのは至難の業です」

 私は弓を構え先生は手を掲げる。騎士であるドミニクは剣の柄に手を添えた。

「おふたりは注意を引き寄せてもらっていいですか。その隙に私が倒します」

 戦いのプロはドミニクのほうだ、ここで反論するわけもなく頷くと私と先生は早速身を乗り出した。先生は前回と同じよう動きを止めるために足を魔法で弾き、私は魔物の目を弓で潰す。蹌踉めいたところでドミニクが懐に入り込んで剣を腹に突き立てた。

「っ! ドミニク!」

 ところがだ、どこからともなくもう一体魔物が現れた。先生もブランも二体いるなんて察知していなかったはず。もしかしてドミニクの部隊が襲われたときもこうだったんじゃ、とドミニクに激しい蹴りが入る前に先生がシールドを張って直撃は免れた。

 けれどなんだろう、なんとも言えない気持ち悪さがある。さっきの魔物と比べて、なんというか、まったく同じの動きをしているような気がする。私たちが注意を引きつけたというのもあるけれど魔物は一番戦闘力が高いドミニクを真っ先に狙った。魔物としての本能がそうさせているのかもしれないけれど、もう一体もまったく同じように足を動かし羽をばたつかせドミニクに向かう。まるでもう一度動画の再生ボタンを押したように。

「先生!」

「フラッシュ!」

 ドミニクが言ったように魔物の動きは早い。さっき一体を討って身を翻そうとしているドミニクの動きが間に合わない。合図と共に先生は魔物の眼前で目眩ましの魔法を使い、それと同時に私は胴体の下に滑り込んだ。

「でぇえい!」

 この距離では弓は不向き、だからダガーで一気に胴体を掻っ捌く。勢いのまま魔物の下から飛び出して後ろを振り返る。ダガーということもあって倒すには力が足りなかったなかったけれどそこはしっかりドミニクがトドメを刺してくれた。

 倒れている二体を前にしてその場に沈黙が流れる。きっとそれぞれの頭の中には同じようなことを考えているのかもしれない。自然とこの中で一番知識がある先生に視線が向かう。

「先生、何かわかった?」

 鑑定している先生はしばらく黙ったあと、そしてグッと眉間の皺を寄せる。

「……ドミニクさん、魔物が増えていると言っていましたね」

「はい」

「それはどれも個体が同じではありませんでしたか?」

「どういうこと……?」

 先生が言わんとしていることがわからず思わず聞き返す。ドミニクも何か思案していたようだけれど同じように難しい顔をして首を縦に振った。先生の視線がそれぞれ二体の魔物に向かう。

「この二体とも、まったく同じ個体です」

「え……?」

「最初にドミニクさんが倒したのがオリジナル、そして二体目が……このオリジナルのコピーです」

「なっ……魔物のコピーだと……?!」

「先生、どういうことなの……?」

 ドミニクの驚きようといい先生の険しい顔といい、いまいち状況が飲み込めない。ただ何かまずいことが起きているとしかわからず、戸惑いながら先生に質問するしかできない。

「『核』までコピーされている。普通の魔術師なら決して手を出そうとは思わない魔法です。なぜだかわかりますか」

 小さく首を左右に触れば、先生はひとつ間を置いて口を開いた。

「禁術だからです」

 つまり、魔物が異様に増えているのは人の負の感情が増えたわけではなく……人の手によって、故意に増やされたということ。誰が何を目的で、今の時点ではそれを特定することはできない。ただ魔物がコピーされたということしかわからないから。

 一先ず『核』を取り出してドミニクがそれを預かった。持ち帰って詳しく調べるらしい。実際ドミニクもそのコピーのせいで怪我を負わせられた可能性があるから無視をできる問題じゃない。万が一に動物に『核』が移らないよう厳重にしっかりと袋に包み、懐に入れていた。

「……さて。先生、いいかしら?」

「オリジナルのほうは大丈夫ですよ。コピーは念のためにやめておきましょう」

「わかったわ」

 倒されたオリジナルのほうに近付いて膝をつく。そして懐に入れてあったナイフを一思いに突き刺した。

「何をしているんですか?!」

「え?」

 ギョッとしたドミニクが見えている視界の端で魔物からプシュッと血が噴き出す。

「血抜き」

「血抜き?!」

「解体するんだから血抜きしなきゃ」

「解体……?! 野営ではないんですから魔物を解体する必要がないでしょう?!」

「何を言ってるの。魔物だって立派なお肉よ栄養源タンパク源。食べないともったいないわ」

 肉は人の栄養に骨は畑の栄養に、今回は鳥だから羽根は市場で素材として売れる。そう説明しながら羽根をむしり骨から肉を剥がす。まだ何かを言いたそうな雰囲気だけれど、人の害にならないか先生にしっかりと調べてもらっているから問題ないと説明しつつひとつのお肉のブロックが出来上がった。

「ほら、ブランにもあげるわ」

 今回案内役を務めてくれたお礼に手羽先をふたつブランに放り投げる。鶏肉もなかなかに手に入らないからブランもしっかりとヨダレを垂らしてて、目の前に肉が飛んできた瞬間口に加えて颯爽とこの場を去って行った。随分と現金な狼ね。

 手早く解体を済ませいつものように先生は骨を運ぶ。丁度ドミニクもいることだし運ぶのを手伝ってもらおうと顔を上げてお願いしたら、若干引き攣った顔をしながらも引き受けてくれた。

「詳細が分かり次第連絡します。あとこの周辺の結界の強化も上に進言致しますので」

 家に戻り支度を済ませたドミニクはそう言うと、すぐさまプルソン家へと戻っていった。

「……エリーさん、あなたの言う『物語』は、もう始まっていますか?」

「……わからない。でも、始まっていてもおかしくないと思う」

 ゲーム内ではいきなりの騒動であっという間にストーリーは進んでいったけれど、実際こうした小さな違和感からじわじわと進んでいたのかもしれない。『聖女』の話しはまだ聞かないけれど、いつ現れてもおかしくはない。

 令嬢なんて、頑丈な屋敷に必ず配置されている護衛騎士。外に出ない限り危険な目に合うことはまずない。例外として社交場で毒殺なんてこともまったくないわけではないけれど。

 でも貴族でない人たちはこうやって自分の身を自分で守るしかない。令嬢として処刑フラグを免れたけれど、だからといってどうして私は屋敷にいなければ安全だと思っていたのだろう。こういう認識の甘さがきっと令嬢の部分を抜け出せきれていない証拠だ。

「ひとまず、ドミニクさんの報告が来るまでいつも通りの生活を過ごしましょう。今から起きてもいないことに心労する必要はありません」

「……そうね。ありがとう、先生」

 励ましてくれる先生にお礼を言いつつ、とりあえず折角の鶏肉を駄目にする前に保存できるように加工しようと一緒に家の中に入った。

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