第8話

「こんにちは! ボアの毛皮が手に入ったわ」

「毎度ありがとなぁ。普通に討伐されちまったら魔物は燃やされるから。狩人も少ないしよぉ」

「また何か手に入ったら持ってくるわね」

「頼んだよ!」

 今日は私が市場のほうに出向く。持っているのは昨日剥がしたての毛皮だ。さっきのおじさんも言っていたとおり魔物は討伐されると燃やされちゃうからそこから素材が手に入らない。手に入れられるのはそれを生業としている狩人だ。魔物の皮は頑丈で色んなものに使われるから価値が高い。今回も毛皮ということで、この世界にも四季が存在しているから寒い時期などの防寒具を作るために重宝する。だから専門店に素材を提供して、その報酬に金貨をもらう。しっかりとしたお仕事だ。

 そのお仕事で稼いだお金でパンと卵を買いに行く。野菜は作っていて小麦粉がないわけではないけれど、市場に美味しいパン屋さんがあるのだからついそっちを買ってしまう。卵もうちにはニワトリがいないため市場にこうして買いに来る。

 ちなみに昨日の夕飯はぼたん鍋でした。お肉をたっぷり入れてそこから溢れ出す脂が野菜の旨味が染み出たスープと混じり、それがまた美味しかった。歴代トップテンに入る料理だった。

 街の人たちと他愛のない会話をして笑顔で別れ、すっかりと通い慣れた坂道を登る。目の前にパッと現れたのは雑草が覆い茂った荒れ果てた土地じゃない。あちこちに植えてある野菜、増築された家。歩きやすいようにと均された道を歩いて家の中に入る。

 今日は朝から先生が部屋の中に閉じこもっている。そういうときは大概何かの実験や研究をしているため邪魔にならないよう、極力声を掛けないようにしていた。

 買ってきた材料をキッチンへと持って行き、手早くサンドイッチを作る。先生の分を別の更に乗せてそしてドアを軽くノックした。大人しく待っていれば「はい」という返事が聞こえてそこでようやくドアを開く。

「先生、サンドイッチを作ったけど、どう?」

 中を伺うように少しだけ開けて、こっそりと顔だけ出してみる。先生はやっぱり机に向かったまま。もう少しだけ待ってみればようやく顔が上がってこっちを振り返り、「頂きます」と笑顔で頷いた。

「何かを作っているの?」

 サンドイッチの乗っているお皿を先生に手渡しつつ机に広がっているものに目を向ける。普通の草のように見えるけれど、それは野菜ではなくどちらかというとプランターで育てている薬草だ。お礼を言って早速サンドイッチを手に取った先生は「ああ」と相槌を打つ。

「効能のいい傷薬を作っているんです」

「前に比べて怪我も少なくなったけど?」

「それでも念のために、ですよ。傷は聖職者の治療師しか癒せませんから」

 前は確かに狩りの途中枝や雑草で軽く腕を切ったり、野菜を収穫しているときに指先を切ったりして先生の傷薬には大変お世話になった。でも今は慣れもあってそう滅多に怪我をしない。食事をしっかりとってぐっすりと眠って、そんな健康的な生活をしているため病気にもならない。

 でも確かに森は時々魔物が入ってくる。備えはしていたほうがいいのかもしれない。

「ところで素材は売れました?」

「ん? ええ、やっぱり毛皮は高く売れるわね。そのお金でパンとか買ってきちゃった」

「マリーさんのところのパンは美味しいですからねぇ。このクオリティで作るとなると……」

「かまどを作らなきゃいけない……」

「少し大変ですね……そちらは専門外なので」

「そうよねぇ」

 私たちが知っているのは野菜の育て方であって、かまどの製作に関しては専門外。というか私たちは本当にほぼ野菜のことしかしらない。農具や調理に使っている刃物も鍛冶屋の人に手入れをお願いしているし、皮の加工もできないから売るしかできない。

「私が令嬢として習ったことなんてなんの役にも立たないわ」

「まぁまぁ。その分狩りのほうで頑張っているじゃないですか。私は物凄く、それはそれは大いに助かっています」

「私も先生にたぁくさん助けられてるわ」

「支え合っている証拠です」

 にこにこと笑顔で「サンドイッチも美味しいです」なんて言われて、最近先生言い包めること上手くなっていない? とか思いつつ、折角だしと向こうのテーブルに置いてあった自分のサンドイッチを取りに行って、先生の部屋で一緒に昼食を取ることにした。


 そうして穏やかな日々が続いていた中、片付けをしていた先生の手がぴくりと動いた。

「……何か入ってきた?」

「魔物ではないようですけれど……これは、人間?」

「森に?」

 裏にある森には私たちみたいな物好きぐらいしか近寄らない。そんな森になぜ人間が、と先生とお互い目を合わせてそれぞれ準備をする。家を出て森に入ってみれば一匹の狼がまるで待ち構えていたかのように大人しく座っている。

「ブラン? どうしたの……もしかして案内してくれるの?」

 あのよく肉を分けているブランと名付けた白狼が返事をする代わりにくるりと振り返り、私たちに視線を向けてそして森の奥に入っていく。もう一度先生と目を合わせそして頷くとブランのあとを追いかける。いつも来ている森のはずなのに気のせいか、どことなく雰囲気が違うような気がする。身を引き締め、周りを警戒しつつ足を進めた。

 やがてブランが立ち止まって一度小さく鳴いた。ブランはそれ以上進まないようだけれど、その先に見える足に私と先生は急いで駆け寄る。こんな森の中に人が倒れていたのだ。

「足を怪我をしていますね……手当てをしたほうがよさそうです」

「この鎧……彼、プルソン家の騎士だわ」

「そうなんですか?」

「ええ。プルソン家の騎士は南西の警備も任されているの」

「南西……ということは、この森の裏ですね」

「魔物にやられた……?」

 誤ってこの森に入ってしまい魔物にやられたのか、でもそうなると先生がその気配に気付かないわけがない。となるとその警備中に何かしらのアクシデントがあったと考えていいのかもしれない。

 怪我をしている足に軽く処置を行なった先生は地面に点々と落ちている血痕に目を向ける。

「念のために血痕を消しておきましょう。このままだと魔物が引き寄せられてしまうかもしれません」

「そうね……この人も運んであげなきゃ。うっ……!」

 このままここに放置するわけにもいかず、手当てのために家に連れて帰ろうと騎士の身体を支えようとしたんだけれど……相手は意識を失っている男性で、しかもしっかりとした鎧を身に纏っている。

「鎧が重いっ……!」

「私も手伝いま……うぅっ?!」

「先生、無理しないでっ……」

「エリーさんひとりに運ばせるわけにもいきませんよ……!」

 先生の顔のほうがものすごくつらそうなんだけど。でもふたりでやっと運べるぐらいの重さだから、ここは先生にも頑張ってもらうしかない。ブランが私たちを先行するように私たちの前を歩いていくれて、そして私たちはヒーヒー言いながら来た道を戻った。

「先生が作った薬草、早速役に立ちそうね」

「エリーさんのために作ったんですがね……」

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