第15話

    三 救出

 廊下は石組みの壁で突き当たりになっており、扉らしい手掛かりは何もなかった。映美と新之輔が捕らえられていた石牢のように仕掛け扉になっているのかと思ってしばらく調べてみたが何も発見出来なかった。横に回ってみようとして三人で魔神武者に繋がっていた管の通っている穴から壁の中に入る。壁の向こうは天窓が開いた大きな部屋で、複雑な形をした見上げるような大きな鉄の機関が、横に張り出した鉄の棒を上下させながら、ごうんごうんと唸りをあげていた。上の方からしゅーっしゅーっと蒸気も吹き出している。曲がりくねった太い鉄の管が数多く捻子止めされており、太い煙突が天窓の横の屋根を貫いて外に伸び、先端から黒い煙を吐いているのが天窓から見えた。天窓の向こうはすっかり夜が明けて青空が広がっていた。そこから江軍と荻軍の争う合戦の声が聞こえて来る。四角く切り取られた青空を天使が一羽横切った。機関の横には炭を入れた大きな箱があり、その奥には炭俵が三角に積み上げてある。機関には魔神武者からの管が繋がっている。蒸気水車で圧縮空気を作り魔神武者に送り込む機関と知れた。

 郷子がすぐに気が付いた。足音が変化したのである。掌底を当てて床板を破ると下に大きな方形の空洞があった。三十畳ほどもあろうか。深さもかなり深い。下に降りたら郷子はもちろん、映美でも新之輔でも天井まで手が届かない。壁も床も漆喰塗りで底の方に一尺ばかりの深さで水が満たされていた。

「籠城のための貯水槽ね」

 と郷子が言った。石牢への出入り口がない筈はないと思ったが、ここでも何も発見出来なかった。見付けたのは新之輔だった。元の廊下を詳細に調べて目立たない継ぎ目を発見し、拾って来た忍者刀を差し込んでこじ開けた。その下には床板すれすれまで水が満たされていた。水が満たされているために足音の変化が少なく、郷子も気付かなかったのであった。底も壁もやはり漆喰で塗られていたが先程見た貯水槽のような広さはなく、幅一間ほどの細長い溝のようになっており、その先は石組みの壁まで続いている。深さは郷子の背丈ほどで映美や新之輔なら頭が床の上に飛び出してしまう。明りがないので良く見えないが、突き当たりの石組みの下には穴が開いていて身を屈めれば人が出入りできそうだったが、そのあたりは天井まで水が満たされている。これが石牢の中へと続く通路なのであった。扉の代わりに水で侵入者を防ぐ仕掛けだった。扉と違って穴を開けて突破する事はできない。また、壁の向こうに鬼界衆の子供がいてもこれでは鬼神通は通じない。電波は水中で極端に減衰するからである。やはり床下に、水を汲み出す装置を動かす引き手のような物があったが既に破壊されていた。敵に利用されないため忍者たちがあらかじめ壊しておいたのだろう。

「内側がらすが(からしか)開げらんねでごどだの」

「機関を直して水を汲み出せないの」

 と郷子が新之輔に聞いたが新之輔は首を左右に振った。

「調べれば仕組みは判ると思いますが時間がかかります。道具もありませんし」

 水没した通路と横の貯水槽を隔てる壁は分厚く、穴を開ける事も難しそうだった。

「ちんど(少し)後ろ向えででけろ(向いていてくれ)」

 と映美は言うと新之輔が後ろを向くのも待たずに羽織を脱ぎ帯を解き始めた。新之輔が慌てて後ろを向く。全裸になると映美は水の中に飛び込み、水路の奥へと消えた。しかしすぐに戻って来ると水から顔を出して首を左右に振った。

「わがんね(駄目だ)。ずっど奥まで穴、続えでえる。とでも息、続がね」

「手で汲み出すのは時間がかかるわよねえ」

 と郷子が言った。

「汲み出そうにも桶も柄杓もね」

 映美が言いながら床板の縁に手を掛けて、ざぶりと身を持ち上げた。新之輔がまた慌てて後ろを向く。

「どうしたら良いのかしら」

 と郷子が言ったが映美は何も応えず、着物を着ながら眉間に皺を寄せて唇を噛んだ。

「もうそちらを向いても良いですか」

「ええじえ(良いよ)」

 新之輔の問いにそう応えながら映美が振り返ると、新之輔は長い管を一本だらりと手に提げて引き摺って来る所だった。魔神武者に繋がっていた物だ。何をするのかと映美と郷子が見ていると、新之輔はその管をいったん水の中に沈め、中を水で満たすと一方の端を手で塞いで漆喰の壁の縁を越えさせ、手を放して隣の貯水槽にだらりとぶら下げた。水を満たした通路と貯水槽を隔てる壁を乗り越えて曲った管が跨がった状態である。すると貯水槽側にぶら下がった管の端から水がざばざばと流れ出した。通路に満たされた水が壁を乗り越えて管の中を流れているのである。圧力差を利用して水を移しかえる技術で、この時代には伏せ越しと呼ばれている。新之輔は映美と郷子に笑顔を向けた。

「忍法差異奔流(さいほんりゅう)、なんて」

 郷子は胸の前で手の指を組んだ。

「素敵」

 映美は新之輔に抱き付くと唇を吸った。水から上がって来たばかりの映美の唇は冷たかった。三人は次々に管を切り取って来ると通路から貯水池へと渡した。管が増えるにつれて水の流量も多くなり、水位は見る見る下がって行った。

 しばらくすると通路の奥からざぶざふという水を吸い出すのとは別の音が聞こえて来た。水を踏み分けて進む人の音だった。水位が下がったのを不審に思って中の者が様子を見に来たのだ。二人の武士が姿が目に入った瞬間、映美は床板の縁から身を乗り出して水の中に両手の先を突っ込んだ。その途端二人の武士は身体を痙攣させ叫び声もあげずに水の中に倒れた。純粋な水は電気を通さないが、雨水や川の水を溜めた水は不純物を多く含み電気を通したのだ。二人の武士は感電して失神したのである。

 出入り口の階段の上に立っていたその武士は通路の中に人の気配を感じてそちらに顔を向けた。

「どうした。どこかで水が漏っていたか。それとも予定が変わって誰か来たのか」

 そう呼び掛けたが、やって来たのは仲間の武士ではなく真珠色と真紅の目の覚めるような派手な衣装を着た二人の女だった。その武士は映美の忍者刀に胸を刺し貫かれて死んだ。映美は刀を抜かずに放すと、たった今死んだ武士の腰から太刀を引き抜いた。通路の階段を駆け上がる。牢という感じではなかった。広さも十畳以上あり、天井も高い。空気を取り入れる穴が開いており煌々と明りが灯っていた。映美が倒した武士の他に六人の男たちがいた。五人は武士だが一人は初老の医師らしい風体である。

 鬼界衆の子供はそこに居た。中央に寝台のような物があり、その娘は両手両足を縛られて大の字にされていた。人間ならば十歳くらいの容姿で女らしい体つきはまだ微かだが娘である事は一目で判る。無毛の性器を曝した全裸だからだ。全身を赤黒いみみず腫れと青痣が覆っていた。小さな裂傷も数多い。顔は痣だらけで醜く腫れ上がっており表情は判らないが全身の様子からぐったりしている事が判る。右手の指が親指を残して四本とも根元から切り取られていた。太股の内側にこびりついた血は性的暴行を受けた事を示している。研究などではなかった。嬲り、いたぶって弄んだのだ。

「ぎゃああああああああああっ」

 娘の姿を見るなり映美は絶叫した。かっと見開かれた両目は血走り、涙を溢れさせていた。太刀が一閃して映美の右前方にいた武士が腹から血と臓物をぶちまけて倒れた。上半身と下半身が別々に転がった。新之輔は階段を上がりかけて、丁度床の上に顔を出した所でそれを見た。要斬(ようざん)という。背骨を断ち割って胴が一刀両断され、身体が腹から上と下に分かれてしまったのである。話には聞いた事があったが実際に見るのは初めてだった。映美は死体を飛び越え、寝台の脇、娘の頭の所に立っていた医師の首を刎ねた。首は垂直に飛び天井に当って跳ね返って落ちた。残りの男たちは、映美の剣技の凄まじさに怖れて後退ったが、それでも武士で刀を抜いて構える事だけはした。

 娘の周囲から男たちが離れると、映美は娘の戒めを切り離して刺激を与えぬようにそっと抱き抱えた。身体に触れると電導率の違いから人間ではなく鬼界衆である事がはっきりと判る。雷精が尽きてしまっている娘に自分のそれを分け与える。僅かだが鬼界衆の力を取り戻した娘は仲間が助けに来た事を知って腫れ上がった瞼を薄く開くと涙を流した。泣き声をあげる体力もないようだったが、鬼神通で映美と郷子にその苦痛と恐怖の混乱した記憶が流れ込んで来た。映美は大声で泣いた。映美は子供を胸に抱いて獣のような声で泣き続けた。

 新之輔もその娘の悲惨な様子に胸を痛めたが、映美の狂乱は余りに物凄く新之輔を怯えさせた。新之輔は傍らに立つ郷子を見た。郷子は能面のような青ざめた無表情で映美の様子を見詰めていた。良かった。この人は冷静みたいだ。新之輔はそう思った。郷子は切れ長の目を更に細めて武士たちを見回した。

「楽には殺さぬ」

 冷静じゃないな、あんまり。

 郷子はすいと前に出て寝台を周り無造作に男たちに近寄った。郷子の小柄さを侮ったか最も近い男が斬り掛かった。郷子は鋼を縫い込んだ左の手甲で刀をかちんと受けると右掌底を水月に叩き込んだ。男は身体をくの字に折ると口から大量の血を吐いた。前のめりに倒れてのたうった。

 広いと言っても中央に寝台が置かれた部屋である。一度に打って出られるのは一人だけだった。次の武士が郷子の顔面を狙って突いた。郷子は上体を僅かに左に傾けた。右耳を掠めるようにして切っ先が通過した。左の掌底で武士の右肩を打った。骨が砕けた。刀を落とし、激痛に動きを止めた武士の左胸を右掌底が突く。再び骨が折れる嫌な音がして武士は仰け反った。郷子は倒れようとする男の左手首を掴むと横を擦り抜けざまにねじった。紐を引き千切るようなぶちぶちっという音がして男の肘があり得ない角度に曲っていた。関節が外れ靭帯が切れていた。

 次の武士は振り被った刀を斬り下ろす前に郷子に懐に入られていた。郷子は無造作な手つきで男の顔を平手打ちにした。予想されたような澄んだ破裂音はしなかった。その代わりに男の顔から何かが飛んだ。男には鼻と上唇がなくなっていた。鼻は軟骨ごと千切り取られ筋肉に囲まれた頭骨の鼻孔を曝し、上唇を失った上顎は歯ぐきと前歯を剥き出しにしていた。男は「あがっ」と叫んで刀を落とし両手で顔を覆ったが、その前腕を郷子の両掌底が突き折った。更に右脛を蹴り折って転倒させたが苦痛を長引かせるために気絶はさせない。前に出た郷子の背後には苦痛にのたうち、あるいは泣き叫んで転げ回る三人の武士がいた。

 最後に一人残った武士は恐れをなし、子供を抱いてまだ泣いている映美に飛び掛かろうとした。映美の恐るべき剣技は先程見ているが、今の映美は正気を失って泣き喚いているので御し易しと考え、刀を突き付けて人質に取ろうとしたのだ。映美は近付く男の方を振り返りもしなかったので、子供に心を奪われて気付いていないのだと男は思った。後ろから羽交い締めにしようと両手を伸ばした。一瞬で男の両手が失われた。刀を掴んだ右手と女を捕まえようと開いた左手がばたばたと床に落ちた。前に突き出した両手首が血を吹き出し床に当たってざあっと鳴った。映美は相変わらず男の方を見もしなかったが、鬼神眼は近付く男の姿をはっきり捕えていたのである。背後から男に近付いた郷子が両肩を砕いた。激痛に叫び声をあげている男の襟首を掴んで後ろに放り捨てると郷子は寝台の上の娘に覆い被さるように抱き抱えてまだ泣いている映美の肩に手を置いた。

「えみちゃん、さあ行きましょう」

 呟くように言った。映美はぽろぽろと涙を流しながら頷き、真珠色の羽織を脱ぐと、みみず腫れと痣に埋め尽くされた少女の身体を包んで抱え上げた。その時、娘は掠れた微かな声でこう言った。

「ありがとう」

 それを聞くと映美は再び大声をあげて泣いた。

 石牢から出ると本丸の様子は一変していた。明け方には荻軍を迎え撃つために城兵は出払いがらんとしていたのに、今は大勢の城兵が殺気立って駆け回っていた。映美たちは知らなかったが、城兵たちは攻めかかる荻軍に押しまくられ、遂に二の丸を諦めて本丸を最後の砦として立て籠る事にしたのである。本丸を囲む二の丸の長郭の屋根を乗り越え、あるいは虎口を破って本丸に攻め掛かろうとする荻軍の兵士に、弓矢や飛礫と共に屋根の上から老城代が操作する対空砲が撃ち掛けられた。花のように開く対空砲弾は天人鳥の翼を切り裂く目的で設計されており、柔らかい発条のような金属の刃物では人間に深手を与える事はできなかったが、径三尺ほどの砲弾は花開いて四倍ほどの径になるので敵の密集している所を狙えば一度に多くを傷付ける事ができた。ぺらぺらとした紙のような刃物では余程の偶然がない限り致命傷を与える事はできなかったが、時間稼ぎには却って都合が良かった。死んでしまった者は取り返しが付かないので哀れと思っても打ち捨てて死体を踏み越えて進む事もできるが、怪我人を放置する事はできず、必ず後方に運んで治療するからである。殺してしまえば減る敵は一人だが、怪我をさせれば怪我人とそれを運ぶ兵が最低一人、前線から退くのである。援軍を待つ城兵には時間を稼ぐ事こそが肝要であった。

 映美たちはすぐに敵に発見された。映美と郷子は目にも鮮やかな踊りの衣装を着て本丸の中をうろうろしているのだから当然といえば当然だった。子供が衰弱しているので争う事は避けて逃げ惑っている内に二階に追い上げられ、更に階段を追われてとうとう屋根の上に出てしまった。目の前に巨大な筒を操作する老人と、それを守って立つ二人の武将がいた。二人の武将は屋根の上に現れた派手な女に一瞬あっけに取られていたが、すぐに刀を抜いて斬り掛かって行った。背負子を捨て子供を背中に括り付けた映美が太刀をすらりと抜くとゆっくりと二歩前に出た。子供に負担を掛けぬように滑らかな動きを心掛ける。突き込まれた刀の一本を躱しもう一本をやんわりと払う。躱した武将の顔面に左の拳を叩き込み、右手の太刀でもう一人の首筋を切り裂いた。大筒の操作席に座っていた老城代黄昇は二人の武将が屋根を転がり落ちて行く音に振り返った。真紅の着物を着た小さな女が突進して来た。それが黄昇の見た最後の物だった。しかしこの時、映美と郷子、新之輔、鬼界衆の娘の四人は屋根に上がって来た城兵十数人に取り囲まれていた。経験豊富な裏鬼界らしくない失策であった。忍びの不得手な開けた場所で敵に取り囲まれてしまった。衰弱した子供を労って戦いを避ける事にこだわり過ぎたのだ。映美たちは得意とする入り組んだ建物の中に留まるべきだったのである。郷子がちっと舌を鳴らした。

「抜かったわ」

 笛の音のような美しい澄んだ音がした。見上げると合戦の死者を期待した数十羽の天使たちが戦の終わるのを待って上空を旋回していた。それを見ると郷子は袖を捲り上げて自分の左腕を握三日月剣で切り裂いた。どくどくと血の流れる腕を空に向かって突き上げた。大声で叫ぶ。

「判るか天使。お前たちの最も好む鬼界衆の血だ。これが欲しいであろう。来るが良い。来たれ天使餓舞裏得!」

 鬼界衆の血の匂いの効果は激烈で、天使たちは一斉に羽を小さく畳んで揚力をなくすと本丸の屋根めがけて急降下して来た。取り囲んでいた敵たちも一瞬上に気を取られた。

 この瞬間、新之輔は拾い上げた対空砲弾を敵の一郭に放り込んだ。黄昇がそれを撃ち出すのを見て仕組みを理解していたのである。新之輔は恐ろしく不器用だが周囲をぐるりと取り囲まれているのだからどちらに投げても敵に当たる。敵の頭の上に来た所で繋がっている紐を引いた。がしゃーんと大きな音がして薄い金属板の花が開いた。切れ味こそ鋭いが新之輔でも投げられるくらいなのだから大した重さではなく、圧縮空気で撃ち出される勢いもないので、目などの急所さえ注意して守れば、さして恐ろしい武器ではないのだが、近くにいた城兵たちはその音と刃の飛び出る勢いに思わず顔を覆って避けてしまう。四人ばかりが傾いた屋根に足を取られて転がり落ちた。更に二人が刃物の花に絡まるようにして落ちて行く。できた隙間に子供を背負った映美と新之輔が飛び込んで包囲を突破し、その後を天使たちを引き連れた郷子が追った。それを追おうとした城兵たちは、鬼界衆の血の匂いに興奮して郷子の周囲を飛び回る天使たちに行く手を阻まれる。その隙に映美たちは元来た階段へと駆け込んでいる。郷子を追って天使たちがその入口に押し合い圧し合いしているので城兵たちは映美たちを追う事ができない。

 しかし、本丸内に入るとすぐに映美たちは敵に見付かった。派手な衣装を着た女二人がいる上に今度は沢山の天使まで引き連れているのだ。目立つ事この上ない。九人ばかりの城兵が映美たちを追って来た。映美たちは廊下を走って逃げる。しかし先頭を行く映美は、長い距離を走って背負った子供を揺さぶりたくないので人気のなさそうな部屋を見付けると襖を開いて中に飛び込む。城兵たちも後を追う。映美たちはまた襖を開いて次の間へと飛び込んでいる。開いている襖を見て城兵たちが更に追う。次の間でも右手の襖が開いている。その奥に真珠色と真紅の衣装が揺れるのが城兵たちにちらりと見えた。

 しかし、その部屋に駆け込んだ城兵たちが出くわしたのは身の丈一間を超える大きな天使餓舞裏得だった。映美に貫かれた目は既に癒えかけており、切り落とされた指の痕から小さな爪が生えていた。餓舞裏得と数羽の天使たちは映美と郷子が脱ぎ捨てた衣装に残る鬼界衆の匂いに惹かれて弄んでいたのであった。特に郷子の衣装には拭き取った血が付いていた。

 見上げるような大きな女が翼を広げたのを見て驚いた城兵の一人が刀を突いた。刀は餓舞裏得の右の乳房の下に突き刺さり、怒った餓舞裏得が電撃を放って城兵たちは感電死した。

 映美たち四人は狭い納戸のような所に隠れていた。戸の隙間から朝の光が入り込んで来る。踊りの衣装を脱ぎ捨てた映美と郷子は袖がなく丈の短い真っ黒な肌襦袢のような物を着ていた。尻を覆うのはやはり墨染めの股引のような物。これも丈が短く股下は太股の半ばまでしかない。その上から鎖帷子を被っている。子どもを背負うため映美は既に背負子を捨てていたが郷子も背負子を捨て腰に雑嚢を付けた。映美と郷子は露出した白い腕と足に頻りに炭を塗っている。派手な衣装で戦って印象付けておき、退却する時にはそれを脱ぎ捨てて敵の目を眩ますというのが算段であったらしい。忍者というのは用意が良い物だと新之輔は感心する。肌襦袢のような着物は伸縮性のある布で作られており、肌にぴったりと密着して二人の美しい身体の線を顕にしていた。胸にはきつく布が巻かれているので乳房が揺れ動くような事はないが、映美と郷子が身動きする度にうねる尻と太股の肉の動きがどうにも艶めかしく、新之輔は目のやり場に困った。映美が新之輔の視線に気付いてにやりと笑った。

「すけべ」

 映美たちは周囲に人気がなくなるのを待って本丸を抜け出す積りだった。郷子が黄昇を殺したので一時的に対空砲の攻撃は止んでいる。いずれは誰かが代わって撃ち始めるだろうが、この隙に荻軍は攻め寄せる事ができる筈であった。映美と郷子は屋根に出ていた僅かの間に本丸周辺の状況を見てこのように判断していた。城兵が応戦に集中している内に、荻軍が来るのとは反対側の大手門から城外に出ようと考えていた。子供を抱えて険しい城山の斜面を降りるのは無理なので門から道へ出るしかない。

 子供を包んでいた映美の羽織は裏返された。裏地は藍である。映美と郷子が左右から挟み込むように抱き抱えて衰弱した身体を温める。自分もあんな風にして貰ったのだろうな、と新之輔は思った。

 映美と郷子の思惑通り、やがて周囲に人の気配がなくなった。搦め手門の方から激しい闘いの音が聞こえて来る。猛り立って雄叫びをあげる声、刀や槍を打ち合わせる音、斬られ突かれた者の阿鼻叫喚などが津波となって押し寄せて来た。二の丸を越えて来た荻軍と城兵が本丸の前で激しい攻防を繰り広げているのであろう。音からではどちらが優勢かまでは判らない。もっとも映美と郷子にはそんな事はどちらでも良かった。

 映美たちは納戸をするりと抜け出し、周囲に気を配りながら本丸の中をそろそろと移動した。本丸を出ると物陰から物陰へと伝い進んだが、敵には一人も出会わず、それほどの注意も必要がなかった。しかし、二の丸三の丸の虎口を抜けていよいよ大手門が視界に入った時、目前に敵が立ち塞がった。一人は擦り切れた浴衣に鎖帷子を纏った身体の大きな男。もう一人は鎧を身に着けた女武者である。二人を見ると映美と郷子は立ち止まり、映美は背負っていた少女を降ろして新之輔に預けた。

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