第14話

    二 開戦

 映美と新之輔が捕えられていた戦車屋敷。半地下に作られた戦車蔵の中に置かれた戦車の煙突から黒い煙が立ち上っていた。大きな四角い口を開けた後部へ、雑兵たちが次々に炭を運び入れている。戦車の周囲に組まれていた竹の足場も次々に解かれ、蔵の隅に片付けられていく。黒い鉄の家のような兵器の内部では、蒸気水車の窯の中に炭がくべられている。下帯一本の裸の男が二人、鋤のような道具で炭箱から掬い取った炭を窯の中へ交互に入れていく。窯の炭入れ口は内部の熱を遮断するため分厚い陶器の蓋が付いており、炭を入れる時には踏み板を踏んでその蓋を開ける。蓋が回転して横にずれる度に、真っ赤に燃え盛る窯の中を覗かせた。

 ふいごを使って空気を吸い出し、外から風を入れる仕掛けはあるが、それでも鉄で覆われた戦車の内部は蒸風呂のようになり、戦車兵と呼ばれる雑兵たちの肌の上には絶え間なく汗の玉が吹き出し流れ落ちる。炭をくべる窯炊きが二人、戦車を進め、停め、曲げる操作をする操舵手が一人、主砲と呼ばれる前方を向いた大きな射剣筒を射る砲手が一人、左右の狭間から弓や射剣筒を射る射手が四人。戦車兵は合計八人。汗を吹き出し続ける戦車兵たちは戦車内部の床や壁に固定された水瓶に柄杓を突っ込んでは水を飲む。水瓶は移動中に揺れても溢れないように蓋が付いているが、停止している今はまだ開けっ放しだ。しかし、蓋がなくても少々の揺れでは溢れないほどにどの水瓶も減っている。出動の前に水を補給しておかなければなるまい。

 炭の炎は大量の湯を煮立たせ、閉じ込められた蒸気は徐々にその圧力を上げていった。ついに蒸気吹き出しの蓋が開かれ、ぴーっという甲高い笛のような音をさせて蒸気が吹き出し羽根車を回し始める。戦車の周りの足場は既に全て取り除かれている。

 戦車前方の壁が、巻き取られるように左右に開くと、その向こうに上へと傾斜した地面が現れる。崖と呼ぶか坂と呼ぶか迷うような急な斜面である。傾斜の左右は垂直な壁に挟まれており、地面を掘り込んで作った物だと判る。地上の高さには傾斜に蓋をするように細長い板が並べて乗せてあり、土で覆われてその下にある空間を隠していたが、その板が次々に外され、下の傾斜へと土と共に落ちて来る。雑兵たちによって板が片付けられると、戦車の前に地上へと続く坂道が現れた。

 雑兵たちは前方の地上から坂道に伸ばされている何本もの太い鎖を掴むと、鎖の先端に取り付けられた爪を戦車の前面にある溝に引っ掛けた。どこかでがらがらと音がし始め、たるんで地に付いていた鎖が引っ張られ、ぴんと張った。外にある水車の動力が切り替えられ、鎖を巻き取り始めたのだ。操舵手が踏み板を操作して蒸気水車の力を車輪へと繋ぐと、鎖に牽かれる力も加わって、戦車はゆっくりと前進を始めた。黒い煙と白い蒸気を吐き出し、しゅーっしゅーっという息を吐きながら戦車は急な斜面を地上に向けて上り始めた。半地下の戦車蔵に隠されていた家のように大きな黒い乗り物が少しずつ地上に姿を現し始める。その正面に大きな門が見えて来る。屋敷の規模に不釣り合いな大きな門は戦車の大きさに合わせてあったのであった。窯炊きたちは休む事なく炭をくべる。蒸気水車は車輪を回すだけではなく、ふいごを動かして主砲を射るための空気も圧縮しなければならないのである。戦車は十慶城大手門へと出動して行った。

 董蘭香と捨丸の二人は大手門の上に作られた物見に位置を占めた。蘭香は先ほどの鎧姿に鉄線を縫い込んだ皮兜を被っている。捨丸も兜こそ被っていないが、鋼を使用した篭手と脛当てを身に着け、擦り切れた浴衣の上から鎖帷子を纏い、人の背丈ほどもありそうな大太刀を背負っていた。蘭香は抜かりなく周囲に目を配っているが、捨丸は茫洋とした顔で空を眺めていた。雲が切れ星が見え始めた東の空が微かに明るさを滲ませて夜明けを予感させていた。呑気な声を出す。

「のう蘭香殿」

「何でござる」

 女武者は惚れた男に声を掛けられたときめきを押し隠して応えた。捨丸が言う。

「大将同士が一騎討ちをした昔ならともかく、長槍と弓の集団戦では、我等のような武芸者は余り役に立たぬ。これからはここが」捨丸は自分の頭を指差した。「物を言う時代じゃ」

「捨丸殿はともかく、私(わたくし)はうつけではござらぬ」

 蘭香は照れ隠しに憎まれ口を利いたが、捨丸と二人きりで話しているという喜びは表情に出てしまっている。それに気付いているのかいないのか、捨丸は真顔で頷いた。

「確かに蘭香殿は俺よりも賢い。しかしその賢さは日々の暮しに関る物で、戦や政に関る物ではあるまい。黄昇様や林進殿の様に計略を巧みにし他国と交渉し戦場で兵を用いる事はできぬであろう。俺は蘭香殿以上に不調法じゃ。のう蘭香殿、これからいかがなされる」

 捨丸の嫁になる、とは言えなかった。

「戦場の他にも、殿様のお役に立つ事はござろう。警固でも良い、剣術指南でも良い。私にできる事をするまでじゃ」

 捨丸は唐突に話題を変える。

「牛追い衆をご存じか」

 蘭香は頷く。

「東の原の砂漠に住む民じゃな。草を求めて牛や山羊と共に旅の暮しをするという」

 牛追い衆、遊牧民である。

「西の原に砂漠はなかったが、蒸気水車を用いる事が盛んな花州では炭を作るために大量の木を切り倒し、森が消え失せて地面が剥き出しになった所が沢山あるそうじゃ。俺はそこで牛追い衆のような暮しをしてみたい」

「花州に領地を持って城を作るのか」

 蘭香の問いに捨丸は笑って首を左右に振った。

「ただ草を求めて牛や山羊と共に旅をするのだ」

 蘭香は驚いて大きな声を出す。

「刀を捨てて百姓になると言うのか。お前様ほどの強者が」

 捨丸は大きな口を開けて笑った。

「いくら強くても役に立たぬのでは仕方がない。忍びの技を学んで刺客(暗殺者)となる事も考えたが俺の性に合わぬ。戦場では無用の武芸も牛泥棒は追い払えるであろう。蘭香殿はどう思う」

 女武者は首を傾げた。

「私はそのような事は考えた事がござらぬ。武芸を活かして生きる事しか……。そうじゃな。そのような暮しも良い物かも知れぬ」

 お前様と二人なら、と続く言葉は飲み込んだ。

「俺はこの戦が終わったら所領をお返しして殿様の配下を辞し花州へ行く積りだ」

「そんなに早く…」

 そうなったら自分はどうすれば良いのか判らず、蘭香はおろおろとした声を出した。捨丸は蘭香の顔を覗き込んだ。

「一緒に来ぬか」

「あっ」

 その時、城内の四ヵ所で同時に火の手が上がった。蘭香は自分の歓喜が燃え上がったのだと一瞬錯覚した。

「ちいっ」

 城兵の殆どと共に搦め手門を守っていた林進は歯軋りをした。火が上がったのは二つの蔵と二の丸の二ヵ所。いずれも炭、油、紙など燃え易い物が保管されている所であった。火を放ったのは裏鬼界に違いないと直観した。おそらく火矢か仕掛け火だ。その場所に敵は居ない。しかし放置しておく事もできず、百人を消火に当たらせた。

 直後、赤く染まった地平線から太陽の上端が顔を出し、荻軍本隊が鬨の声と共に城下へと雪崩れ込んで来た。その上を美しい声で鳴きながら朝日を浴びた天使の群れが飛び越えて行った。大手門へと続く城下の中央道を突進して来た荻軍兵士が見た物は、黒い煙と白い蒸気を吐き出す大きな黒い鉄の箱であった。先陣は一斉に矢を放ったが全て鉄の装甲に跳ね返されてしまった。

「怯むな。進めーっ」

 先陣四百を率いた侍大将は馬に鞭を当て自ら先頭に立って突き進んだ。戦車はしゅーっと蒸気を吐き出すと主砲から弾丸を吐き出した。一抱えもある釣り鐘型をした鉄の塊である。侍大将は直撃を受け、馬もろとも後方へ吹き飛ばされた。砲弾はそのまま三十人ばかりの雑兵を薙ぎ倒して飛び、漸く地面に落ちたと思うと大人の頭ほどもある土くれを周囲に飛び散らせて更に負傷者を増やした。圧縮空気で押し出される重い砲弾は、弩から撃ち出される矢に比べればさしたる速度でなかったが、荻軍の兵士たちはこれほど重い物を飛ばす装置は投石機しか知らず、山なりの弧を描いて飛ぶ投石機の石に比べるとごく緩やかな放物線を描いて飛ぶ砲弾はまるで直進して来るように見えた。荻軍は恐れをなして道の左右の路地に駆け込み、一部は民家の戸を蹴破って逃げ込んだ。しかし、戦車はきりきりと音をたてて車輪を回し向きを変えると、続けて撃ち出された砲弾は民家の壁を突き破り家を打ち壊し、その背後にいる敵もろとも突き抜けた。

 荻軍は慌てふためいていったん退いたが、戦車がまたその向きを正面に変える様子を見て、侍大将の一人は動きは鈍いようだと気が付いた。そこで、戦車の前を一気に駆け抜けて左右を擦り抜けてしまおうと考え、自分の隊の者を一斉に走らせた。戦車の前に伸びる広い道を戦車に向けて突進した。戦車がしゅーっと白い蒸気を吹き出した。それを見た侍大将の指示で兵たちは一斉に左右に分かれた。次の砲弾は見事にその間を抜け、犠牲者は着弾の際に飛び散った土に当たった四五人だけであった。これを見て勢い付いた荻軍は次々に道を飛び出し、前を行く隊の後を追った。

 先頭の隊が戦車の左右を擦り抜けようとした時、戦車の横に開けられた狭間から矢と手裏剣が射かけられ、その殆どは倒れてしまった。これを見た雑兵が怯んで戦車の前で立ち止まり、後から来た者が支えて犇めき合った。そこへ主砲の砲弾が撃ち込まれ、兵士が百人ほども蹴散らされた。

 荻軍は一斉に退いたが戦車は追って来なかった。動きの鈍い戦車は、背後に回られ大手門への道へ入り込まれる事を嫌っているのであった。戦車は道の入口に立ち塞がった。荻軍と戦車は睨み合いとなった。何羽もの天使が上空を旋回していた。その間に降りて戦死者を食らった物かどうか迷っているのであろう。

 戦車の左右から射かけられた矢と手裏剣をかいくぐった十名余りは、一番槍を上げようと大手門への道を駆け上がっていたが、道と門を繋ぐ石段が見えて来た所で先頭の兵が額の中央に矢を受けてもんどり打った。矢は次々と放たれ、荻兵たちの胸や頭を正確に射貫いていった。門の上の見張り台で弓を引いているのは蘭香である。女武者は捨丸から求婚を受けた歓喜に燃え上がり、涌き出す闘志に満ち満ちていた。捨丸は退屈そうな顔で言う。

「俺にも残しておいてくれよ」

 蘭香は悪戯っぽく笑って言う。

「嫌じゃ」

 森の中に潜んでいた環隊六百は搦め手門を目指して城山を登って行った。大手門を攻める本隊に注意が集中している間に搦め手門を落とす手筈であったが、敵の秘密兵器、戦車の登場によって予定が狂っている事を兵たちは知らない。今、城兵の殆どはその搦め手門を守っているのである。息を殺して山道を登る環隊の目に門が見えて来た。早朝、城の西側にある搦め手門は日が陰っていて暗かった。薄暗がりの中、門の向こうに奇妙な物が見えた。太い丸太で組んだ高い櫓である。これ自体は珍しくはない。物見の台はこのような物が多い。奇妙なのは櫓の頂から横に突き出した、丸太を数本束ねた太い腕と、そこに吊り下げられている子牛ほどもある大きな石だ。腕が回され、吊り下げられていた巨石が塀の外側に出て来た。環隊の先頭を行く武者は目を剥いた。

「石落としじゃ。退けっ。退けーっ」

 山を駆け降りる環隊の背後を転がり落ちる巨石が襲い、八十人ほども死傷させた。残った者が見上げると、櫓には次の石が吊り上げられる所だった。このまま進めば同じ事の繰り返しになる。環隊は足留めを余儀なくされた。数羽の天使が舞い降りて来て、たった今死んだ兵の死体に群がった。落石を怖れる環隊の兵たちは、出て行ってそれを追い払う事もできなかった。紫の翼の女たちは血塗れになりながら、無心に人間の肉を食いちぎり飲み込んでいった。それは残酷でありながら奇妙に美しい光景であった。

 映美たちも動き出していた。新之輔の案内で映美と郷子は本丸の中央へと向かっていた。城兵が荻軍迎撃に出払ったため、本丸には人の気配がなくなっていた。そのためか、敵の城中にあるというのに新之輔には全く緊張感がない。しばしば、全く無防備に角を曲ったり戸や襖を開いたりしそうになるので、その度に映美と郷子は引き戻さなければならなかった。郷子が聞く。

「危ないじゃないの。用心してよ。怖くないの」

 新之輔は場違いなにこやかな笑みを漏らす。

「怖がっても怖がらなくても危険は同じです。だったら怖がるだけ損だ」

 新之輔が死んだら絶対に頭を切り開いて見ようと映美は思う。

 荻軍の苦戦を映美も郷子も知らない。実を言えばそれほど興味もない。子供を救い出す陽動になってくれればそれで良いのであった。

 新之輔はまたしても無造作に角を曲がろうとし、映美に襟首を掴まれて引き戻された。その鼻先を手裏剣が通過した。角から二人の忍者が飛び出して来た。映美はそのまま新之輔を背後に放り投げる。忍者たちは三尺ほどの筒を三本束ねた物を手に持っていた。射剣筒だが先に見たような管は付いていない。あらかじめ圧縮空気が装填されており、三発撃つと弾が切れる使い捨てである。その分余計な部品が少なく携帯性が高いのだ。それぞれ映美と郷子に三発ずつ打ち込んだ。しかし映美と郷子の身体を包んでいた黒に近い茶色の布は、撃ち込まれた手裏剣を包み込んでふわりと床に落ちた。その後ろから左右に真珠色と真紅の派手な衣装を着た二人の女が飛び出した。映美と郷子は瞬時に布を脱ぎ捨てていたのである。忍者たちはまんまと囮に手裏剣を撃ち込んだのだった。

 しかし、忍者たちも修練を積んでいるらしく動揺しなかった。映美の正面にいた忍者は背負った刀を抜き放ち、這うような奇妙な身を低くした姿勢で、驚くほど速い突きを水月に放った。だが、忍者の身体が爆発的な力を凝縮させて伸び切った時、映美はとおにそこに居なかった。映美は切っ先を躱し、忍者の背後に回っていた。映美の視界の隅をもう一人の忍者に襲い掛かる郷子の姿が掠めた。忍びはやはり修練を積んだ手練れだった。背後へと移る映美を追うように後ろ回し蹴りを繰り出して来たのだ。忍者の左足甲は鋭い凶器と化して映美を襲う。映美は刀を抜いてこれを受けた。刀の刃がかちんと硬い物に当る。足の甲が鋼で鎧われているのだ。斬り払おうとしたなら刀が折れていただろう。しかし映美はこれを予測しており逆らわずに受け流した。同時に右の土踏まずで忍者の軸足を薙ぎ払った。忍者が床の上に倒れる。その頭に映美は刀を突き降ろす。忍者はそれをぎりぎりで避けたばかりでなく、避けながら手裏剣を投げ付けた。床に突き込まれた刀を引き抜きながら、映美は飛んで来る手裏剣を腕で払い除ける。映美の手甲にも鋼が縫い込まれている。その一瞬で忍者はひらりと立ち上がっていた。下から斬り上げて来る。映美は胸を反らしてそれを避けると敵の切っ先が上に流れた所で前に出ようとする。忍者はまた回し蹴りを放つ。頭を下げてくぐる。一周して来た刀が映美の頭を襲う。映美は屈んだ姿勢から、刀を握った忍者の右手首を頭の上で左手で掴んで引くと同時に胸に肩を入れている。忍者の身体がふわりと浮く。映美はこのまま投げ飛ばし、壁に叩き付ける積りだった。しかし忍者は投げられる直前に床を蹴って自らの力で跳んでいた。映美が投げる力を利用して水平に飛び、垂直な壁面で受け身を取ってすとんと両足で床に立つのと、映美が立ち上がって忍者に向き直るのとが同時だった。忍者は間を置かずに得意の蹴りを映美の腰辺りを狙って繰り出した。これは誘いで、避けた所へ刀を投げ付ける積りだった。しかし、映美はこの時すでに忍者の蹴りを繰り返し見ていたので目が慣れてしまっていた。映美は無造作に蹴り出された足首を左手で掴んだ。忍者が面食らう間もあらばこそ、身体が引き寄せられ、刀で喉を掻き切られた。

 郷子の前に立った忍者は両手に苦無を握っている。拳法の達人である事は構えを見ただけで判った。郷子の両手にも握三日月剣がある。郷子は飛び掛かるように前に出ると、くるくると回りながらがら顔面への連続技を繰り出す。郷子から仕掛けるのは珍しい事だが、これは映美との位置関係による物だ。忍者は下がりながら苦無で次々に三日月剣を受けた。郷子はすかさず脾腹を狙って剣を繰り出す。忍者は身体をひねってこれを避け、手の甲で受けた。やはり鋼で鎧われている。郷子の攻撃が流れた所へ後ろ回し蹴りが側頭に襲いかかる。風を切る唸りを上げる蹴りだったが、郷子はすとんと身を屈めてこれをくぐりながら身体を横に伸ばして右足で足払いに行った。忍者は郷子の足が触れる前に跳躍した。忍者の踵が郷子の首筋を狙って降って来た。郷子は三日月剣に指を差し込んだまま手を開き、斜め下から両の掌底で落ちて来る踵を叩いた。郷子も弾き飛ばされて床を滑ったが忍者も宙に跳ね飛んだ。郷子は床を滑りながら器用に平衡を取ってするりと立ち、忍者も蜻蛉を切って片膝突きに着地する。

 廊下の奥から新たに四人の忍者が現れた。彼らが手にしているのは苦無ではなく忍者刀だ。郷子はにやりと笑う。この奥に大事な物が仕舞ってあるのは間違いない。両手の三日月剣を投げる。二人が首から血飛沫を上げたが、剣を投げた郷子の姿勢を隙と見て二人が襲い掛かって来る。しかしその二人も舞い戻って来た握三日月剣に後ろから首を裂かれた。その背後から苦無の忍者が飛び出して苦無の連続の突きを繰り出す。郷子が身体をさばいてこれを避けると苦無の忍者はするするっと下がった。郷子が追う。

 更に六人の忍者が現れた。間違いない。鬼界衆の子供は近い。郷子の腕が風車のように回った。斬り掛かって来る忍者刀を握三日月剣で跳ね飛ばし、鎖帷子に守られた胸を掌底で叩いた。正面の二人が肋骨を砕かれて転がりのたうった。四人が一斉にかかって来る。二人を躱し、二人の顔面に三日月剣を叩き込んだ。躱した二人を追い付いて来た映美が斬り捨てるのを鬼神眼が捕える。遥かに遅れて新之輔も走って来る。

 郷子の目前で苦無の忍者が廊下の角を左に曲がった。郷子が追う。角から出た瞬間、しゅっという空気の漏れるような大きな音がした。郷子はとっさに角を曲がるのを止めて真直ぐに駆け抜け、正面の壁を駆け上がった。郷子の背後の中空を何か大きな物が走り抜けた。その先で叩き付けるような大きな音がした。郷子は壁の天井近くを蹴ると元来た廊下へと飛び戻った。それを見て追って来た映美も止まろうとするが、たたらを踏んで二歩ばかり角から前に出た。またしゅっと音がして映美は飛んで来た物を剣で払った。鋭い金属音がして、刀は根元からぽっきりと折れて飛んだ。映美は転がるようにして角を戻る。郷子が走って来た新之輔の胸に肩を入れて止めた所だった。尻餅を突いた新之輔は訳が判らない顔をしている。映美は折れた刀の柄を捨て顔をしかめて両手をぶらぶらと振っている。痺れたらしい。三人は角からそっと頭を出して左手を見た。

「何よあれ」

 郷子が忍びらしからぬ大きな声を出した。その廊下の奥に座っているのは大きな人形のような物だった。最初は鎧を着た武者かと思った。その身体が鎧のように金属の板で覆われていたからだ。しかしこんなに大きな武者は居ない。膝を曲げて正座をしたような姿勢なのに、天井に肩がくっついてしまいそうだった。そしてその肩の上に頭がない。その肩が身体の上端で左右から腕が垂れている。いや、腕と呼んで良い物か。確かに両肩から金属の棒のような物が下がっているのだが、正面に向けて曲げられた肘から先には指の付いた手がなく、太い竹筒ほどもある金属の筒が七本丸く束ねられていた。おそらく射剣筒であろう。郷子と映美はそれで狙い撃たれたのだ。背中が更に異様だった。映美たちの位置からは直接見えないが、前に見た射剣筒に繋がれていたのと良く似た管のような物が何本も、おそらく何十本も束ねられ人間の腕で手を回すには二三人で手を繋がなければならないほどの太さになった物が背中から生えているらしいのが判る。管の束には鎖帷子のように鎖を編んだ網が巻き付けられて守られていた。それが武者の背後にだらりと下がり、床を這って壁に開けられた四角い穴の中に消えていた。

 その更に後ろに石組みの壁が見える。石牢に違いない。武者の位置から映美たちの居る角までの廊下の壁は左右とも戸も襖もない平らな板張りで隠れる所がなかった。初めからここで鉄の武者が敵を食い止めるように設計されているのだろう。

 首なし武者は頭のない肩から上に向けてしゅーっと息を吐いた。きりきりからからと音がして首なし武者は向きを変えて身体を右に回した。足は動かしていない。どうやら正座した二本の足のように見える物は足ではなく、その下にある車輪を覆ってある物のようだった。筒を束ねた蓮根のような筒先が角から顔を出している映美たちの方を向いた。三人は慌てて顔を引っ込めた。しゅっと音がして武者の手の先から砲弾が発射され、廊下の角を打ち砕いて大きな窪みを作った。

「驚いたか裏鬼界。これぞ葉州忍法魔神武者じゃ」

 声はどうやら首なし武者の中から聞こえて来るようだった。

「何よあれ」

 もうもうと立つ埃の中で郷子はもう一度言った。周囲は崩れた壁土と羽目板の破片が散らばっている。

「機関人形のような物でしょうね」

 新之輔が言った。

「発条(ぜんまい)で動いてお茶を運んだりする奴?」

「運ぶのはお茶じゃなさそうですけど。動力も発条ではなく、背中から生えた管の束から圧縮空気が送り込まれるのでしょう」

 今度は映美が言う。

「んだば(それなら)弱点は射剣筒と同じで管ば切れば動がねの」

「そうでしょうね。だから鎖で巻いて守っているのでしょう」

「あだな(あんな)鎖、流星槍で突き破れるじえ」

「どうやって後ろに回るのです」

 と新之輔が言うと映美も郷子も考え込んだ。しかし考えている時間はあまりなさそうだった。きりきりからからという魔神武者の車輪が動く音がし始めた。前進し始めたに違いなかった。背中に繋がれた管の長さには限りがあるだろうから逃げるのはた易いだろうがそれでは子供を取り返せない。映美と郷子は焦った。

 荻軍も焦っていた。大手門でも搦め手門でも睨み合いが続いていた。長引けば江軍本隊が帰って来てしまう。映美と郷子が放った火も消えつつあり、消火が済めば搦め手門の防備は更に硬くなる。

 突然、搦め手門に設置された石落としの櫓が燃え上がった。石を吊るしていた綱も燃え、石は落ちて道の脇に避けていた環隊の前を轟音と共に転がり降りて行った。環隊は喚声をあげて門へと突進した。それに向かって矢を射かけようとした城兵たちの中央に空から何かが落ちて来た。大人の頭ほどのそれは弓働きの一人の肩を掠めて落ち、足下で砕けた。液体が飛び散り、瞬時に燃え上がった。落ちて来たのは油を入れた壺だった。口に詰めた布に火が点けてあり、落ちて割れると同時に引火したのであった。火炎瓶である。弓働きの一人が油を浴びて燃え上がり、絶叫をあげて転げ回ったが、すぐに動かなくなった。これを見て城兵たちは恐慌に陥り、算を乱して右往左往した。林進は怒鳴り散らす。

「静まれっ。静まれえっ。敵の天人鳥が油壷を落としたのじゃ。怖れる事はない。隊を乱すな、攻め上る敵に矢を射かけよ」

 城兵たちが上を見上げると、一枚の凧が舞っていた。蔵にあった天人鳥と火炎瓶を環が奪ったのである。環がまた一つ火炎瓶を落とすと、門の屋根に命中し、搦め手門が燃え上がった。天人鳥に積んだ油壷は後一つ、環はそれを城兵の指揮官らしい男、林進に目掛けて落とそうとしていた。

 しかしこの時、本丸の屋根の一部が左右に開き、中から巨大な鉄の筒が頭を擡げて環を狙っていた。射剣筒の一種である。筒の根元の座席で機関を操作するのは城代黄昇。黄昇が引き手を引くと、筒から一抱えもある大きな玉が射出された。圧縮空気を使った砲は大きな発射音がするので環もすぐに気が付き、迫り来る玉を避けようと凧を巡らせた。環には見えなかったが、発射された玉には細い紐が付けてあり、玉は筒先から筋を引いて飛んでいた。ぎりぎりで環が玉を躱すかに見えた時、黄昇が別の引き手を操作した。すると紐が繰り出されるのが止まったらしく、空中で紐がぴんと張った。がしゃーんというとてつもなく大きな音がして、菊の花が開くように細い花弁のような物を開いて玉は何倍もの大きさになった。

 玉は発条(ぜんまい)のような弾力のある金属の薄い板を何本も束ねて丸めた物で、紐が延び切った所でそれを押さえていた物が外れ、金属板が弾けて花のように大きく開く仕掛けだった。対天人鳥用の対空兵器である。金属の板にはもちろん鋭い刃が付けてある。環の乗った凧は飛び出した金属の花弁に片翼をずたずたに切り裂かれて木の葉のように舞い落ちて行った。

 環はたまらず悲鳴をあげたが、それでも落ちた時燃え上がらないように油壷を捨てた。上を見上げていた城兵たちの歓声が上がる。しかしこの隙に、潜入していた環の家来たちが城兵に化けて忍び寄り、内側から燃える搦め手門の閂を外した。それに気付いて駆け寄ろうとした雑兵を背後から眠晃が斬り捨てる。遂に搦め手門は破られ、環隊が城内に雪崩れ込んだ。

 魔神武者の前に廊下の角から何者かが飛び出してきた。両手の射剣筒が唸りその影を貫いたが、間髪入れずに次の影が飛び出し、魔神武者は射剣筒を連射して、次々に砲弾を撃ち込んで行った。敵は三人の筈だが六人もの人影が飛び出して来た。弾が尽きて七人目は撃たれる事なく、ただ飛び出して来てどさりと倒れた。良く見ると飛び出して来たのは敵ではなく映美たちに倒された味方の忍者たちの死体だった。死体を次々に放り込んだのは言うまでもなく映美と郷子である。新之輔はその隣で指を折って数を数えていた。

「やっぱり十四だ」

 映美が頷いた。

「続げで撃でるのは十四発までだでごどだの」

 射剣筒は左右に七本ずつ。装填された十四発を撃ち尽くすと次弾を装填するまでに僅かの時間があるのだった。新之輔がそっと顔を出してみると、魔神武者の二の腕の部分に詰め込まれた弾の列が下がって行き、前腕に当る射剣筒が回転して一発ずつ装填されて行く様子が良く判った。

「次の弾が込められるまで十四数えるくらいの間はあるかしら」

 郷子が言うと新之輔は首を左右に振った。

「全部込めてから次を撃ち始めるとは限りません」

 隙はほんの二つ三つ数える間しかないという事だった。

 環は二の丸の壁に手を突いて右足を引き摺りながら歩いていた。墜落の際に足をひねったのだ。身を隠す場所を探していた。しかし数人の雑兵を引き連れた武将に発見され前に立ち塞がられた。環が怪我をしているのを見て武将は笑みを漏らした。環は刀を抜いて構えたが、武将の剣に弾き飛ばされ尻餅を突いてしまった。武将の刀が振り上げられる。環は観念して目を閉じた。しかし武将がぎゃっと叫ぶのを聞いて環は目を開ける。武将は刀を落として両手で顔を押さえていた。指の間から血が溢れて来る。足下に一握りほどの石が落ちていた。環の背後から次々に飛礫(つぶて)は飛来して、雑兵の顔や胸に命中した。環が振り返ると眠晃が走って来る所だった。今また懐から石を一つ取り出すとそれを投げ、見事に雑兵の一人の手に当たって刀を叩き落とした。環は眠晃が飛礫の技を使うとは知らなかった。どうやら片腕を失ってから工夫した戦法のようだった。駆け寄って来た眠晃はたちまち敵を斬り伏せた。環の横に屈み込む。

「大事ござらぬか」

「足を」

 眠晃は環の足を調べると「御免」と言って肩に担ぎ上げ、味方の許へと走り出した。環隊は敵を追い上げ、三の丸の虎口を破って二の丸へと攻め込みつつあった。この頃になって漸く伝令が到達し、搦め手門が破れた事を知った荻軍本隊は、戦車の守る大手門を諦めて搦め手門へと急いだ。足の遅い戦車はこれを追わず、左右の車輪を逆に回して回頭を始めた。

 郷子が隠れていた角から飛び出すと魔神武者に向けて走り出した。真直ぐ武者に向かうのではなく、廊下を斜めに横切った。そのため魔神武者の撃ち出した砲弾は狙いが逸れて郷子の足下の床を抉った。郷子は更に廊下の壁を斜めに駆け上がる。次々に撃ち出される砲弾が壁を抉る。人間が垂直な壁を重力を無視するように駆け上がるのを見た物は少ないはずだが、魔神武者の操作者はそれに惑わされる事なく確実に狙いを修正して、一発毎に着弾位置が郷子に近付いていく。郷子は天井の手前で壁を蹴り斜め上に飛んだ。そのまま駆け上がっていれば郷子がいただろう位置に砲弾が撃ち込まれる。郷子は天井を蹴る。天井に砲弾が突き刺さり、埃と共にばらばらと破片が落ちて来る。郷子は反対側の壁に飛び付きそれも蹴って廊下に着地する。間を置かず後ろへ跳ね飛ぶ。郷子の足が離れたばかりの床を砲弾が抉る。身体を反らして両手を床に突き、くるくると風車のように後転をする。四五回回って砲弾が抉った壁の窪みに身を押し込む。その肩を掠めるように砲弾が飛んだ。

 それが十四発目だった。着弾する前に映美が角から飛び出している。映美と郷子が作り出した磁気に引き寄せられ映美は宙を飛んだ。郷子の前を飛び抜けると頭から床に滑り込んで魔神武者の射剣筒を束ねた腕の下をくぐり抜けようとした。その腕が映美に向かって振り下ろされた。直撃は免れたが砕け散った床板に煽られて映美は魔神武者の後方に跳ね飛び、床に当って跳ね返り壁に激突した。床に倒れた映美は起き上がろうともがいたが意識は朦朧としている。魔神武者は背後を振り向けないらしく、肩の上の扉が開いて中から操作者が出て来た。先ほどの苦無の忍者である。映美にとどめを刺そうと苦無を構えたが、背後に気配を感じて振り向くと飛んで来た握三日月剣を叩き落とした。赤い着物を着た小さな女が突進して来た。

「お前の相手はこちらだ」

 映美が魔神武者の背中に繋がる管を断ち切ろうとしているのは明らかだから、忍者は魔神武者の中に戻って郷子を狙う余裕はない。素早く郷子を倒し、映美を阻止するしかない。忍者は武者の肩から飛び降りた。それを見ると郷子は全力疾走からあり得ないような急停止をした。敵を引き付け時間を稼ぐためである。滑りにくく加工された草履の裏が床できゅっと大きな音を立てた。床に降り立った忍者がするするっと間合いを詰めた。いつものように郷子は特別な構えを見せずに柔らかく立っている。

 間合いに入るなり忍者は回し蹴りを放った。一撃で勝負を付けようとしたのだろう必殺の気合いの込められた蹴りだった。低い位置を狙った物だが郷子にとっては骨盤の辺りとなった。人間業とは思えぬ速さ鋭さで流石の郷子も躱し切れず、腕を十字に重ねて受けた。自ら宙に跳び、蹴られた方向に身体が流れるように空中で一回転して衝撃を殺した。それでも鉄の棒で殴り付けられたような衝撃で、受けた左腕は感覚がなくなるほど痺れ、郷子は飛ばされて激突する寸前に垂直な壁で受け身を取って床にすとんと立った。

 目の前に敵がいた。早く決着を着けたい忍者は間が開くのを嫌って宙を飛ぶ郷子を追って来ていたのだ。忍者は連続技を繰り出す。前蹴りで誘い、顔面に苦無の右突き。躱されると左から薙ぐ。身を屈めた郷子に膝を突き上げ、それを避けて殆ど仰向けに反らした上体へ右の苦無を振り下ろす。握三日月剣で払われると透かさず左の突き。更に右の突き。それを避けて床に転がった郷子の股間を狙って踵蹴りを振り下ろす。郷子は後頭部と肩で身体を床に支えて下半身を跳ね上げるようにして身を縮めてこれを躱し、腕を上げて肩の上で掌を床に突くと斜め上に思い切り身体を伸ばして、とどめを刺しに来た忍者の胸に両足を蹴り込んだ。忍者は仰け反って躱したが郷子の足が胸を掠め四五歩ばかり後退った。郷子は蹴りの勢いで跳ね起きた。

 忍者はすぐに立て直して苦無を突いて来る。郷子は擦り抜けてくるりと背後に回り込んだ。腰に手刀を叩き込む。郷子の腕が後二寸長ければ忍者は腰の骨を折られていただろう。しかし左に回った忍者はぎりぎりでこれを躱し、郷子の指先に千切り取られた忍者装束が残った。

 忍者の右回し蹴りと郷子の両掌底逆打ちが打ち合った。技では郷子が勝るが速度と力では忍者が勝った。二人は左右に吹き飛んだ。郷子は魔神武者の胸に激突して膝の上に落ちた。忍者は魔神武者の砲弾が作った窪みに落ち込んだ。並の者なら意識を保つ事も難しかったであろう。しかし二人は立ち上がった。郷子は唇の端から血を流している。口の中を切ったのだ。忍者も目の間に一筋二筋血が流れ落ちた。額が割れたのである。しかし二人の闘志にいささかの衰えもない。

 忍者は怪鳥のような奇声を発して宙に跳んだ。郷子は魔神武者の膝の上から右に跳んで避けた。敵に逃げられた忍者は武者の胸にふわりと両足を突いて身を縮めると思い切り身体を伸ばして再び跳んだ。直角に方向を変えて郷子を追う。郷子も壁を蹴ると宙に舞い上がった。苦無と握三日月剣が火花を飛ばした。絡み合って床に落ちる。

 組んだまま立ち上がった。苦無を持った忍者の両手を握三日月剣に指を通した郷子の両手が握っている。打撃技が基本だが変化掌には投げ技ひねり技も多い。それを知っている忍者は組んだままでは不利と見て郷子の頭に頭突きを打ち下ろす。郷子はとっさに手を離して右腕を差し入れたが、それくらいで威力の軽減できる頭突きではなかった。自分の腕が頭に激突して一瞬目の前が真っ暗になり火花が飛んだ。手甲に鋼を入れていなければ腕の骨が折れていただろう。郷子は倒れながら忍者の右脾腹に脛を叩き込んで敵を引き剥がした。

 忍者はよろめいて左後ろに二歩下がった。郷子は倒れたまま身体を回転させて忍者の足をさらった。忍者は宙に舞い背中から床に落ちた。落ちて来る忍者の背骨を郷子の足が下から蹴り上げた。蹴り出された忍者の身体が床に転がった。背骨を蹴り折られて全身を痙攣させていた。郷子はくるりと立ち上がると、そのまま途切れ目のない一挙動で忍者の首筋に踵を叩き込んだ。骨の粉砕される鈍い音が廊下に響き渡った。

 映美は忍者と郷子の死闘の音を聞きながら頭を振って意識をはっきりさせた。自分がどっちを向いているかも判らず、周囲を見回して魔神武者を探した。魔神武者に繋がる管の束は映美のすぐ横にあった。映美は背負子を降ろして開花流星槍を取り出すと管の束に向けて次々に撃ち込んでいった。短い棒の先で花のように開いた刃物は管を包んでいる鎖を断ち切って内部に食い込んだ。切れた管は圧縮された空気を吹き出して暴れ回り、自らを包む細い鎖で編まれた網を裂いていった。映美は更に流星槍を撃ち込むが、吹き出す空気で振り回される管の一本が映美の肩を横殴りにした。映美は弾き飛ばされ再び壁に激突したが背負子は放さず、すぐに立ち上がってまた流星槍を撃ち込んだ。流星槍で切り裂かれ、また自らが吹き出す空気の勢いで打ち振られて引き千切られ、映美が持っていた十本の流星槍の全てを撃ち終えた時には、何十本もあった管は数本を残して全て切れていた。

 最早魔神武者を動かす事はできぬであろうとは思ったが、映美は念の為、空気の勢いが衰えるのを待って残りの管に近寄り、これを切り裂いた。映美の持って来た太刀は折れてしまったので、その手にあるのは敵から奪った忍者刀である。振り返ると敵を倒した郷子が寄って来る所だった。映美はまだ角の向こうに隠れている新之輔を呼ぶと郷子と共に正面にある石組みの壁に向かった。

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