死霊エステ店『カーネイティア』に通う客達

はちわれ猫

1人目の客 炭鉱で働く死霊・ハンス

 「は~いっ!、今日もお疲れ様~、皆~。就業時間になったから忘れずに受付によってお給料を貰って帰ってね~」


 「は~いっ!、ミィン様~」

 

 死霊術師ミィンの号令が響き渡るとともに僕も含めたこの炭鉱の労働者達が皆坑道を後にしていく。


 貸し出しで使わせてもらっていたつるはしを指定の場所へと返却し、順に受付へと並びこの日の給料を頂いていった。


 この炭鉱の給料は固定給+出来高制。


 今日僕はこの炭鉱で取れる鉱物の中で最も貴重とされているネクロカルム鉱石を掘り合えたのでいつもの3割増しの給料を貰うことができた。


 その給料を片手にギュッと握りしめ僕は喜びに満ちた表情で炭鉱の外へと飛び出してネクロピアの街へと繰り出して行く。


 「ふぃ~今日も夜の街は賑わってるなぁ~」


 ネクロピアの街へと辿り着くとそこは居酒屋や普通の飯屋、カラオケやスナック、それからちょっと如何わしいお店の街並みと行き交う人々で賑わっていた。


 人々と謂っても彼等もそれを眺めている僕も普通の人間と呼べる存在とは全然違う。


 僕達は皆一度人間として生まれて死を迎え、死霊術ネクロマンシーの魔法によって再びこの世に蘇った存在。


 この世で最も偉大な死霊術師ネクロマンサージィン・カーネイト・イブスタリアによって作られたこの巨大地下空間ネクロドリームに暮らす死霊達である。


 ジィンの元に集った死霊術師ネクロマンサー達は協力して大規模な死霊術ネクロマンシーの魔法を構築し、一国の人口に並ぶ程の魂達を死霊としてこの世に蘇らせた。


 ジィン達は経済力、生産力、労働力、研究力、文化力、あらゆる面において一国に匹敵する力を手にする見返りに僕達にこのネクロドリームで二度目の人生を謳歌する機会を与えてくれたのだ。


 生前は小さな田舎町から一歩も出ることなくただひたすらに農家を営むことしかできなかった僕は今日もこの夢にまでみたネクロピアの大都会を満喫する。


 「これから皆で飲みに行くんだけど、良かったらハンス君もどう?」


 「ごめん。今日はネクロカルムの鉱石を掘り当てたおかげで沢山お給料を貰えたことだし折角だから『カーネイティア』の店に行くことにするよ。ちょうど体にボロが出始めた頃だし……」


 「そう。それじゃあエステが終わった後で時間があったらハンス君も合流してね。私達は『カクテルネイト』のバーに行く予定だから」


 「分かったよ。誘ってくれてありがとうね」


 仕事仲間の死霊達に別れを告げて僕は死霊エステ店『カーネイティア』へと向かって行く。


 『カーネイティア』はこのネクロドリームに暮らす僕達死霊専用のエステ店だ。


 人間の世界のエステ店同様に日々の労働で疲れた僕達死霊の心と体をリフレッシュしてくれる。


 今日はどんな死霊術師の人が僕の施術を担当してくれるのだろうか。


 そんなことを考え心をワクワクさせながら僕は『カーネイティア』の店の扉を潜って行った。


 「いらっしゃいませ~」


 店内へと入ると淡い紫色の松明の火に照らされた落ち着きのある優しい雰囲気の空間が広がっていた。


 そんな雰囲気の中で出迎えてくれた受付の女性が明るい声で僕へと声を掛けてくれる。


 「あの……特に予約とかしてなかったんですけど今から施術を受けさせて貰えますか?」


 「えーっと……今確認致しますのでちょっと待って下さいね。ふぅん……今からですと手の空いている死霊術師がリア様しかいらっしゃいませんがよろしいでしょうか?」


 「リアさんに施術して貰えるならむしろ願ったり叶ったりですっ!。ちょうど良いタイミングに来れて良かったっ!」


 「畏まりました。エステのコースの方はいかがいたしましょうか?」


 「あっ……スタンダードコースでお願いします」


 「スタンダードコースですね。本日お取替えになりたい体の部位や臓器等はございますか?」


 「え~……特にありません」


 「畏まりました。それでは3階にある8号室の施術部屋までお進み下さい」


 「は~い」


 女性の指示に従い僕は受付の奥の階段を上り指定された8号室の施術部屋へと向かって行く。


 施術部屋へと入るとそこには赤い髪に赤い瞳、それに赤いローブを纏った薔薇のような愛らしさと美しさを持った女性。

 

 死霊術師のリアさんがいた。


 「失礼しま~す」


 「いらっしゃい。……ってあら、ハンス君じゃない。随分と久しぶりね。こんばんは」


 「こんばんは、リアさん。このところの働き詰めで全然エステに通う時間が取れなくて……。店に来たとしても上手くリアさんに担当して貰えないことがほとんどだったし……」


 「そうなんだ。それじゃあ早速施術を始めるからいつものようにここに横になって」


 「はい」


 リアさんに促されるままに僕は施術用のベッドへと仰向けに横になる。


 淡い灯りにほんのりと照らし出された茶色の空間とベッドの柔らかさがまだ何の施術も受けていないというのに一瞬にして僕を安らぎへと誘う。


 リラクゼーションにおいて場の雰囲気は施術の内容と同じくらい重要だ。


 そしてこの『カーネイティア』における施術部屋の雰囲気作りはこれだけに留まらない。


 「えーっと……部屋に掛ける空間魔法はどうする?」


 「あっ……いつものやつでお願いします」


 「8番のやつね。分かったわ……えいっ♪」


 掛け声と共にリアさんの手から溢れる魔力が施術部屋を覆っていき、それと共に部屋の空間が変化がしていく。


 部屋の壁が煉瓦造りのものへと変わっていき、茶色の色合いの空間に更に赤みが増して横になっているベッドから右側を見るといつの間にか暖かな火がゆらりと燃える暖炉が設置されていた。


 暖炉の火のほのかな温もりとパチパチと薪木まきぎを燃やす音が僕を更なる癒しへと誘っていく。


 「それじゃあ施術を始める前に体の状態をチェックしていくわね。えーっと……どれどれ。ふむぅ……背中から肩、腕にかけての筋肉が大分痛んでいるようだけどこの感じだとハンス君の要望通り何処も取り換える必要はなさそうね」


 リアさんは仰向けとなる僕の胸の上へと手を当て、解析魔法で僕の体の状態を探っていく。


 解析魔法を掛ける際のリアさんの魔力はとても優しく、まるで体全体をまゆにでも包み込まれたようだ気分だ。


 「はい。じゃあ施術をしていくから服を脱いで。……アリア、イリア」


 「はい、リア様」


 リアさんに呼ばれて赤色と緑色、髪と瞳の色が違うだけで瓜二つの姿形をした2人の少女が姿を現した。


 生地にしわがほとんど見当たらない白のワイシャツにリボン型の黒いネクタイをして黒のタイトスカートを履き、とてもきちっとした身なりのこの2人の少女はリアさんの施術の助手でありリアさんに直接仕える死霊である。


 2人は僕が服を脱ぐのを手伝ってくれて、脱ぎ終わった服を綺麗にしわを伸ばしてハンガーへと掛けてくれた。


 服だけでなく下着まで全てを脱ぎ去った僕は文字通り全裸となってリアさん達の前にいるわけだが、死霊となった今の僕は整然と違ってそのようなことではまるで恥ずかしさを感じることはない。


 魂のみが本体となった今の僕にとっては全裸となっているこの肉体も魂に纏う衣服のようなものなのだから。


 「それでは施術を開始していくわね。……あっ、魂は肉体に定着させたままで良かったのかしら?」


 「勿論ですっ!。じゃないと折角のリアさんの施術を堪能できませんからっ!」


 『カーネイティア』での施術は肉体に魂を留めた状態で行うか一時的に切り離した状態で行うか選ぶことができる。


 前者を選択した場合は今の状態のまま、後者を選択した場合僕の魂は専用の容器へと移され施術によって受ける肉体への情報を僕は一切感じることがない。


 普通の人間に例えると麻酔なしで手術を受けるのと、全身麻酔で手術を受けるという感じだろうか。


 魂に苦痛を感じるようなことがある場合は後者を選択するのありだけど、エステの施術においてそのようなことはほとんどないで大抵の皆は前者を選択する。


 リアさんの施術を堪能したい僕も当然のように前者を選択するのだった。


 「まずは施術の下準備に全身の毛を脱毛させて貰うわね。その後で血液と体に溜まった老廃物を全部排出して……アリア~、イリア~」


 リアさんに呼ばれ手帚てぼうきでハンガーに掛けた僕の服の埃を払っていたアリアとイリアがこちらへとやって来た。


 リアさんの魔法によって床に抜け落ちた僕の全身の毛を綺麗に掃き取ってくれる。


 次にカートに載った専用の装置が運ばれて来て、その装置から伸びたチューブの針が僕の肉体の右手首の内側へと挿された。


 装置が起動するとともに僕の肉体から血と老廃物が抜き取られ、チューブを通して装置へと送られていく。


 装置が起動してから10秒ほどで既に全身の血液の半分近くが抜き取られていた。


 普通の人間なら今頃は苦痛どころか全身に激しい倦怠感や発熱、っというか既に死に至っていることがほとんどだろう。


 けれど死霊の僕には全身の穢れが抜け落ち身が清らかになるように感じられる。

 

 その後1分程経過し、血液と老廃物の完全に抜け去った僕の体は当然痩せ落ちていたのだが、まだ水分は残されているのでそこまでの変化は感じられなかった。


 「次は体の前側の皮膚を剥がしていくわね~。中の筋肉までメスが届かないようにしないといけないからジッとしててよ~」


 血と老廃物の抜けきった僕の体の胸部から腹部に掛けてリアさんは優しく消毒液を塗ってくれた。


 その後消毒液を塗ったラインに沿って右手の人差し指と中指を立てて生み出した魔法のメスをゆっくりと入れていく。


 首元の中央から腹部の下まで下りたところで腰のラインに沿って僕の体の右側へとメスを進め、体の裏側へといく前に上へと進んでいく。


 鎖骨の上側へときた辺りで再び首元を目指し、最初の切り口へと到達した。


 その後で一度魔法のメスを解除し、切り抜かれた僕の上半身の前側から右半分の皮膚をゆっくりと剥がしていく。


 その技術たるや神業的で、めくりあげられた皮膚のすぐ下側にある筋膜には傷一つついていなかった。


 剥がされた僕の筋肉は施術の助手を務めるアリアへと渡され、木製のトレイに注がれた洗浄液へと浸されていく。


 洗浄液の水面をゆったりと漂う僕の皮膚からひんやりとした感覚が伝わってきてとても心地よい。


 更に汚れが抜け落ちてスーッとする感覚も伝わってくる。


 このように死霊の僕は本体の肉体から切り離された部位に受ける感覚も魂へと感じることができるんだ。


 因みに使用されている洗浄液の品目は『パージ・ブロッサム』と謂って青桜あおざくらの花のエキスを主な成分として加工された物。


 『パージ・ブロッサム』とは浄化と開花を意味し、その品名の通り洗浄液へと浸された僕の皮膚は穢れが落ちると共に蕾から花が咲いたように生まれ変わった気分だ。


 「はい……お願い、イリア」


 30秒程浸し終えた後で僕の皮膚は今度はイリアへと手渡され専用の物干しへと掛けられていく。


 火属性と風属性を掛け合わせた温風を当てて乾かしてくれて魂に感じる爽やかさが更に増した。


 その後も僕の他の場所の皮膚、それから筋膜も同じようにリアさんによって剥がされ、アリアとイリアによって洗浄され次々と物干しへと干されていく。


 気付くと僕の体の前側は頭から足先に至るまで筋肉と臓器、骨までもが露わになった状態となっていた。


 「さて……それじゃあまずは何処の筋肉から切り出していこうかしら」


 「あの……リアさん」


 「んん?。どうしたの、ハンス君」


 「ちょっとお願いがあるんだけど……。もし良かったら僕の眼球から先に取り出して貰えないかな。どうせならリアさんの僕の施術をしてくれている光景を眺めていたんだ」

 

 「分かったわ。それじゃあ眼球用の容器を用意するからちょっと待ってて……アリア~」


 「はい、リア様」


 僕の要望に応えてリアさんは僕の眼球から摘出してくれる。


 目の縁に沿ってメスを入れて眼球を周囲の筋肉から切り出し、そっと優しく手ですくい上げてくれた。


 そして手の平からリアさんの可愛らしい顔を見つめる僕の眼球をアリアの用意してくれた透明の容器へと浸し入れてくれる。


 その容器は先程皮膚を浸してくれたのと同じ『パージ・ブロッサム』の洗浄液で満たされていた。


 洗浄液の澄み切ってひんやりとした感覚に眼球が丸ごと包み込まれて滅茶苦茶気持ち良い。


 瞳のある側ならともかく眼球の裏側まで洗われるなんて死霊でなければ味わえない感覚だ。


 「じゃあイポヴリキオン酸を入れていくわね。ちょっと液体の中がシュワーっとすると思うけど……」


 「そのシュワーが余計気持ち良いじゃないですか~。いいから早く入れちゃって下さいっ!」


 リアさんは更に僕の眼球を浸している容器にイポヴリキオン酸の錠剤を落とし入れてくれた。


 キュポンっと水面を弾く音を立てながらイポヴリキオン酸の錠剤が容器の底へ沈むと共に僕の眼球が浸されている洗浄液にガスへと姿を変えたイポヴリキオン酸がシュワーと巻き上がって来る。


 シュワシュワの泡が僕の眼球を優しくマッサージしてくれてこれまでに溜まっていた疲れが一気に抜け落ちていった。


 イポヴリキオン酸は特定の地域の海中、それも水深2万メートル以上の深海でのみ採取できる貴重な物質だ。


 強い疲労回復の効果があると謂われていて、イポヴリキオン酸が発生する海域でストレスなく育つことのできた魚介類は身は柔らかで澱みがなくとても美味しい。


 同じ種類の魚介であってもその海域で採れたというだけで値が数倍に引き上がる程だ。


 そんなイポヴリキオン酸に包まれてエステが終わる頃には僕の視力も数倍良くなっているのではないだろうか。


 「えーっと……この辺りからなら施術してる様子が良く見えるかな?」


 「はいっ!、バッチリですっ!」


 肉体から切り離されても僕の視界は洗浄液に浸されている眼球とリンクしている。


 リアさんはそんな僕の眼球の入った容器を施術用具用の棚のちょうど良い高さへと置いてくれた。


 ここからならリアさんの施術の光景を一望できる。


 僕の眼球を摘出した後は筋肉を各部位の組織ごとに切り出していき、洗浄液へと浸した後で専用の台へと並べていきまたあの魔法の温風を当ててくれた。


 心臓や肝臓等も臓器も専用の容器に入れて眼球と同じようにイポヴリキオン酸を入れてその機能を完全にリフレッシュしてくれる。


 筋肉や臓器を手際良く抜き出していき気付けばベッドの上に置かれた僕の体は骨と体の下側の皮膚1枚となってしまっていた。


 「骨の方は……ところどころ痛んでいるところはあるけど特別歪んでしまっている箇所はなさそうね。これなら研磨するだけで大丈夫そうだわ」


 露わになった僕の骨をリアさんは各部位の関節ごとに1つ1つ丁寧に外し取っていってくれる。


 解体された僕の骨は専用のバケツへと入れていき、最後に残った体の下側の皮膚もしっかり筋膜と剥がし洗浄して物干しへと掛けてくれた。


 「それじゃあ骨を研磨していくわね。歪みはほとんどないから紙製のやすりで軽く磨くだけにするけどもし痛かったりしたら遠慮なく言ってね」


 綺麗に汚れを落とした皮膚と筋膜を温風に当て、眼球、それから心臓などの臓器をイポヴリキオン酸でリフレッシュしている間。


 リアさんは程よいざらつきの紙製のやすりを使い、バケツに入れた骨を1つ1つ取り出し優しい手つきで磨いていってくれる。


 何度も向きを変えて見て骨の歪みをチェックし、元の綺麗な形になるよう入念に磨いていってくれた。

 

 バケツから取り出す際に他の骨に当たってなる音と、磨き終えた骨をゆっくりと台に置くときのコトっという音が何とも言えず心地よい。

 

 「そういえばハンス君はこのネクロドリームに蘇ってから彼女ができたりした?」


 「えっ……いえ。できてませんけど……」


 「私達普通に生きてる人間相手は駄目だけど、このネクロドリームに暮らす死霊同士なら自由に恋愛していいんだからね。ハンス君は生前もずっと独り身だったって話だし、折角の2度目の人生では生涯を共にするパートナーを見つけたら?」


 「う~ん……折角リアさん達に蘇らせて貰ったことだしそれも夢の1つではあるんですけど……」


 「今気になってる子とかいないの?」


 「いますっ!。実はエステの後でその子と飲みに行く約束をしてるんです。2人きりじゃなくて他の人達も一緒ですけど……」


 「だったら特別にハンス君の骨に恋愛成就のまじないを施しておいてあげるわ。それで少しは向こうもハンス君のことを意識してくれるようになると思うわよ」


 「ええっ!。でも僕が頼んだのはスタンダードコースなのに骨に直接呪まじないを授けて貰うなんて高価なサービスをして貰うわけには……」


 「攻撃性能を高めたり魔法への耐性を授けたり直接ハンス君の能力を向上させるようなものじゃないし、あくまで気休め程度のものだから気にしないで。それに私達死霊術師としても蘇らせた死霊達には幸せな人生を送って貰いたいから」


 「うぅ……ありがとうございます、リアさん。死霊としてこの世に蘇った時はきっと奴隷なんか比にならないくらいにこき使われるものと思っていたけど、こんな優しい死霊術師さん達に仕えることができて本当に良かったと思う」


 「『蘇らせる魂の2度目の人生を共に背負う覚悟を持て』っていうのがこのネクロドリームを築き上げた偉大なる死霊術師、ジィン・カーネイト・イヴスタリアの教えだからね。自身に仕えてくれる死霊を虐げるような死霊術師なんて三流以下の存在よ。それで呪いを刻む骨だけど……右の前腕部の甲とか構わないかな?。私としてはそこが一番術式が刻みやすいんだ。特別に場所を選んで刻むような術式でもないし……」


 「あっ……はい。まじないを授けて頂けるだけでも有難いことなんですから別にリアさんの好きな場所にして頂いて結構ですっ!」


 「OK。それじゃあちょっと骨をゴリゴリいわせちゃうけど我慢してよ~」


 そう言ってリアさんは僕の右の前腕部の骨を1本作業台へと置いて呪いの術式を刻み始めてた。


 まじないや魔法の中には文字や図形として描き出すことで効果を発現するものがある。


 それらは瞬間的な現象を引き起こすのではなく、描き出された文字や図形が消えるまで永続的な効果があるのが特徴だ。


 普通の人間は自身の皮膚の表面に術式を刻み込むのだけれど、死霊術師達は死霊である僕達の骨へとそれらを刻み込んでくれる。


 刺青タトゥーを骨に入れるようなものだろうか。


 骨への術式の刻印には専用の筆を使用する。


 筆と謂っても術式は骨身を削り取って刻まれる為、インクは使わずその筆先も刀となっているのだが持ち方や扱い方は彫刻用の刀ではなく通常の筆と一緒だ。


 刻印筆こくいんひつ、もしくはエングレイターという代物らしい。


 その刻印筆を使ってリアさんはゆっくりと僕の骨を削り術式を刻み込んでいってくれる。


 骨を削られる感触は流石にこそばゆく若干の痛みも感じていたのだが、ゴリッ……ゴリっと優しく骨を削る音が静寂な施術室に響き渡りなんとも風情のある雰囲気を作り出していた。


 まるでリアさんはエステティシャンから芸術家、僕は客からリアさんが手掛けている作品にでもなったかのようだ。


 骨身を削ると当然その削りカスが出てくるものなのだが、それらを払うたびにフッと吹きかけられるリアさんの吐息が僕は魂をゾクっとさせる。

 

 まるで女神からの祝福を受けたような感覚だった。


 「さてと……これで術式の枠組みが出来上がったわ。後は印紛いんぷんに使うパウダーは何にしようかしら?。『レゾナンス』とかで良さそうかしらね。ピンクっぽい紫色の色合いで恋愛成就にもちょうど良さそう」


 僕の骨にまじないを発現させる為の土台となる術式の文字を掘り終えたわけだが、白い骨身に白い溝ができただけでこのままでは何だか味気ないし何より実際にまじないの効果を発揮させるための魔力源がない。


 僕達死霊の骨への術式の刻印は今リアさんが掘ってくれた文字の跡に印紛いんぷんと呼ばれる魔力の込められた粉を定着させることで完了する。


 この印紛いんぷんの魔力を活用することでまじないの効果を発動するのに僕自身の魔力を消費せずに済む。 


 リアさんは優しさと可愛らしさの混じった菖蒲あやめ色の印紛いんぷんを僕の骨身にまぶし、魔力の込めた指で優しく撫でて自身で掘った術式の跡へと定着させていってくれる。


 最後にコーティング用のニスを塗って骨身に刻印されたまじないの完成だ。


 先程まで味気無かった白色が綺麗なラメの輝く菖蒲あやめ色で彩られリアさんの美しい筆跡を鮮やかに描き出している。


 リアさんが使ってくれたこの『レゾナンス』の印紛いんぷん共鳴・・を意味し、2つの属性の魔力を組み合わせる性能を高めてくれたりするのだが、今回は僕の気持ちが理想の相手の気持ちと共鳴することを願ってくれたのだろうか。


 「よし……完成。どう?、ハンス君。我ながら良い感じの術式に仕上げられたんじゃない?」


 「はいっ!。リアさんの優しさが込められた優しくて綺麗な文字でこれならきっと僕にも彼女ができそうな気がしますっ!」


 「気に入ってくれて良かった。それじゃあハンス君の体を元に戻していくわね」


 各部位の施術が終わったところでリアさんは再び僕の肉体を構築する作業へと移っていった。


 最初に体の下側の皮膚を敷き、その上に順番になるよう筋膜や筋肉、臓器、そして骨を並べていきながら丁寧に結合させていく。


 気が付けば僕の眼球も元の顔の位置へと戻り、視界もそれに伴ったものへと変化していた。


 元に戻った視界に映る施術部屋の天井を見上げなら僕はリアさんの施術を受けた後の余韻にどっぷりと浸かっていた。


 「はい……じゃあ最後に魂にリフレッシュの魔法を掛けるわよ。……えいっ!」


 リアさんの可愛らしい掛け声とともに僕の魂の意識が何処か別の世界へと飛んでいく。


 海、山、草原、空、宇宙。


 美しく壮大な景色達が走馬灯のように僕の魂の周りを駆け巡っていった。


 最後に眩い光の中へと包み込まれたと思うといつの間にか僕の魂は再び施術部屋に寝ている僕の体へと戻って来ていた。

 

 肉体だけでなく魂まで清々しい気持ちとなって僕は寝ていたベッドから体を起こしていく。


 「これはサービスで提供してる霊薬ポーション。施術後の体の機能の戻りが一気に早くなるから飲んで」


 「ありがとうございます……ゴクッ……ゴクッ!」


 リアさんから手渡された霊薬ポーションの瓶を口元へと傾けて僕はその中身を一気に飲み干していく。


 施術を受けたばかりの僕の肉体に霊薬ポーションの優しい冷たさが隅々まで染み渡っていくのが感じ取れた。


 「はいっ!、それじゃあこれにて施術完了ですっ!。また疲労が溜まった時や体に不調を感じた時はいつでもうちのお店に来てね♪」


 「勿論ですっ!。今日はありがとうございましたっ!、リアさんっ!」


 明るい声でリアさんにお礼を言い僕は『カーネイティア』の店を後にしていく。


 心も身体もそして魂も完全にリフレッシュしてとても清々しい気分だ。


 これなら明日からの仕事も頑張れそう。


 『カーネイティア』のお店にはリアさん以外にも凄腕の死霊術師エステティシャン達が大勢いるから皆もこのネクロドリームに死霊として蘇った時は是非寄ってみてねっ!。

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