懺悔を乞うても光は見えず


「この世は舞台、人は皆役者。かのシェイクスピアはそんなことを宣いました」

 深夜、自室にて。俺は数千円のダイナミックマイクの前で、今日も感情を声に乗せる。

「シェイクスピアがそういうのだから、踊ってやろうと決意しました。どんな思惑が漂っていようが、僕は舞台の上でピエロであり続けます」

 指定された台本を彼だったらどうするのかと案じて、それを自分の拙い技術で紡いでいく。この行為を初めてから幾分か経つが、未だ慣れることはない。だから彼に、改めて尊敬の念を抱く。

「常に笑顔を絶やさず、弱音など零さず奇怪な人になるのです。なぜかって? そう神が記したからに決まっている!」

 思い出すのはあの日の彼。苦しい叫びを取り込んで、俺の喉は震えているだろうか? この叫びは彼のものには劣っていないだろうか?

 そんな事を問うても、彼が俺の前に姿を見せることが無いのだ。

「そんな滑稽な役者の末路まで──どうぞ、最後までお楽しみください」


 一通り台本を読み終わったところでマウスを動かし、録音を止める。そのまま先ほどの録音を再生すると、まだまだ稚拙な部分が目立つ、と感じた。呂律が回っていない、つっかえている部分がある、もっと表現ができる、感情が入る、まだまだ彼のものには及ばない! 自己嫌悪を催して、大きくため息を吐いて仰け反った。キイィ、と椅子が軋む音をして、低い天井を見上げる。自室のLEDライトが眩しい。目がくらんで、俺はギュッと目を瞑った。自分自身が光の下に立つのは、未だ慣れない。

けれども、あの日終わった輝きを俺が継ぐにはこれしか方法がなかった。

目を開けた。体制を戻して、俺はまた録音ボタンにカーソルを合わせる。すぅ、と息を吸うとまた、同じ台詞を納得いくまで紡ぐのだ。何回も、何十回も、何百回も。


 俺──明夜奏音は、インターネットの隅っこで役者の真似事をする人間になっていた。


   *

(中略)


「まあ、やりたくないって訳じゃないけどね。役者側」

「おっ、のんちゃん役者デビュー?」

「そん時はお前絶対客席に入れないけどな。せめて録画して、その映像を送信する。俺のとこだけ加工してモザイクにしてからな」

「それは意味なくない?」

「だってお前、俺の演技ズタボロに言うじゃん? 心折られる」

「言うだろうなぁ、のんちゃんの演技にダメ出し」

 その様子は絶対に厳しいものであるし、俺の技量だと追いつくことのできない域のアドバイスさえ貰うだろう。自分の出来ることはお前にも出来るだろ? と笑顔で迫ってくるのだ。そう言うところが天照零を孤高たらしめる。それでいて信念が硬いのだ。めんどくさい男であることは重々承知しているし、それを許容して俺は過ごしている。そうでないと二人で酒を飲むレベルの友人関係を育めていない。

ケラケラと笑いながら、彼はいつの間にか食べ終わったねぎまの串を弄ぶ。その串の先を見ながら呟いた。

「まあでも録画苦手だから見ないかなあ〜、生で見れるんだったら足運ぶけど」

「なんで? 別に内容は変わらないじゃん」

 俺が疑問を口に出すと、零はねぎまの串と遊びながら話を続けた。

「観客の歓声が一番の評価だからだよ。最高のものに仕上がったのならそれ相応の反応が返ってくるし、逆もそれ然り。専門家からの批評見るのもいいけどさ、一番楽しませるべきは観客なんだ。そこからの反応が良くなくちゃ、役者の目指すべき光が見えない」

 観客の歓声は俺も舞台の上から聞いたことがある。あの熱量は、興奮は、感情の結果の声は、肌をひりつかせ最上級の報酬になる。拍手でさえ、感動すると力がより入るのだ。拍手喝采の現場は心地いいだろう、と想像する。と同時に、俺が今やっている役者の真似事は一生真似事なんだろうな、と理解する。観客の声は入ってきってもそれは生声ではないし、文字として書き記した感想は瞬間最大風速で帰ってくる反応ではない。

 天照零はねぎまの刺さっていた串をフラフラと揺らして、こちらを見つめる。

「まああの同好会は? そんな歓声すらも耳に入れることができませんでしたが?」

「人あんま来ないからねぇ、公演回数減らすなら尚更」

「ほんとどうにかしろよ、そういうとこ」

「どうにか出来るとしても来年かなぁ」

「おせーよ」

「ね」

 酒は鬱憤を晴らすのに丁度良い劇薬であるが、感傷に浸るのにも丁度良い劇薬である。酒に慣れない俺は丁度良い使い方を知らないから、劇薬の間違えた使い方をしてしまうのだ。

劇薬の使い方を誤った俺は、零にポロリと本音を零す。本音を溢すことは、天照零に本音をぶつける事がどれだけ恐ろしいことなのか、俺は酒を飲む楽しさに釣られて、忘れてしまったのだ。

「これからもなんかあったら呼び出して、酒飲むの付き合ってもらお」

「それはそう。……まーた奏音と一緒に酒飲んで、馬鹿やりたいわ」

 この日以降、この瞬間は永遠に訪れなかった。

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【11/23文フリ東京サンプル】僕は神を魅ている 優夢 @yuumu__gb

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