見えてくれよと星は笑う
凛とした声がステージ上に響き渡る。客席が一斉にそちらを向いた、それが絶好のタイミングだ。
神様の様に舞台を見下ろせる場所で、俺は地上の彼に光を与えると、小さな体が大きく光った。その姿はあまりにも眩しい。
スポットライトを当てた瞬間、彼は瞬く星になる。
その輝きは永遠にあるのだと、錯覚してしまうほどである。
*
キィィ、バタン。防音性を重視した熱く重い扉が閉まる。お疲れ様でした、と中身のない声の反響が終わると、ホール内に残るのは俺と舞台上に残る一人だけとなった。
大学に併設されたホールは、閉まるのも大学と同じ午後八時半。スマートフォンを取り出して時刻を見ると、午後八時を過ぎたあたり。俺たちも早く出ないと、と思いながら、俺は舞台の上の零を見た。大道具に囲まれた小さな姿は、どこか滑稽で面白かった。
「零、終わりそう?」
「うん、大丈夫!」
舞台の上の待ち人は、小さい体を大きく動かし丸を俺に送る。今回は演者ではなく大道具組として動いているからか、舞台上に陳列された大道具を念入りに調整しているようだ。毎回照明として舞台を構成する俺にとって、大道具のあれこれなんて知ったことではない。自分の役割を果たすだけで手いっぱいなのだから、そこまで目が届かない。
けれども、零にとっては拘りたい部分がある。零は演者が中心であったはずなのに、大道具や照明、脚本にも口を出すことがある。曰く、よりよいものにするための助言、なんだそうだ。今回彼は舞台には立たないが、同じ理由でこの時間まで居残っているのだろう。そんな大それた理由で動く零を、俺には見守ることしかできない。
「のんちゃんは先帰っていてもよかったのに」
「んゃ、俺お前以外に帰る相手いないし」
「何? 僕がいないと生きていけないってか?」
「そんなきめーこと誰が言うか」
「それはそうだし、僕もきめえって思うから同感」
けらけらと笑いながら、大道具を片付けくるりとターン。舞台の淵まで優雅に歩くその様子は、さながら舞台上に凛と立つ主役である。
そう。
天照零は演技が上手い。素人目である俺の評価ではあるが、他の目線からみてもそうなのだろうと思う。限りのある手足を広げ、表情を豊かに変え、声色に感情を乗せる。どの役柄でもそれをこなしているのだから、器用だと言っても過言ではない。舞台上で繰り広げられる光に、俺は天で光を操るはずなのに見惚れてしまっているのだ。
気が付くと、零は立ち止まっていた。先ほどまで響いた足音も聞こえず包まれたのは、静寂。
「奏音」
舞台上の彼が、俺へと振り返る。人は少ないとはいえ、いまだ光スポットライトはキラキラと彼を照らしており、彼は俺しかいない舞台のスターとなった。
「何」
「話したいことあるんだけどさ」
「どんな話」
舞台の上の彼を見上げて、その質問を後悔した。表情だけで察しがついた。いつもの軽快で爛漫な彼はおらず、ただただ神妙な面持ちで、本日の主演である彼——天照零は立っている。
「少なくとも、いい話じゃないよ」
ヘラ、とも笑わず、一トーン落とした口調は重い。その中でいつもの軽口が叩けるわけもなく、だからと言ってそれに合わせた言葉も出ないから、そう、と呟くだけで終わる。
彼は舞台の端に座ると、ステージライトの後光を受けて一舞台の終焉を告げる。
「僕、文化祭終わったら辞めるんだ」
その言葉は高らかで、名残惜しさが残っていた。
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