第13話  1991年秋「告白」

「ごめんな、こんな時間に」

「いいえ、バスの時間までもう少しあるから大丈夫です」


 どうやら、真中さんからゆみに話があるみたいだ。

 …放課後、体育館裏、男女2人きりで話…

 嫌な予感しかしない。頭から血の気が引いていく感覚があった。


 上原さんも、僕と同じく目が離せないようだ。この人の場合は、面白い場面に遭遇して、好奇心から目が離せないだけだろうけど…。



「えーっと、まぁ、こんな所に呼び出したってことは、何となくどういう用事かはわかってるかもしれないけど」

「…はい」


 あ〜やっぱりか…駄目だ、これ以上聞きたくない。でも動けない。真中さんお願いします、もう止めてください。


「ゆみちゃんの事、入部してきた時から良いなって思ってて、すごく楽しそうにバスケしてるの見てるうちにどんどん好きになって…」

「………」


 おそらく、生まれて初めて本当の絶望というものを感じた瞬間だったと思う。

 以前、ゆみは真中さんのことをカッコ良いと言っていた。その真中さんから好きだと告白されているのだ。この後の返事は聞かなくてもわかりきっている。


 ふと下を見ると、上原さんと目が合った。楽しそうに見ているのだと思っていたら、困った表情というか何だか悲しそうな目で僕を見上げていた。


「ゆみちゃん。俺と付き合ってください」

 ゆみのことをまっすぐ見たまま、真中さんは最後の言葉を言い切った。


 僕は覗いていた顔をそっと引っ込めて、体育館の床に座り込んだ。もうこれ以上ここにいるのは辛かった。

 まだ外の2人を覗いている上原さんと一緒に反対側のドアから出ようと声を掛けるため、肩を叩こうとした時だった。


「ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて嬉しいです。でも、…ごめんなさい」


「え?」

 と思わず声が出てしまった。こちらを振り返った上原さんが、「しっ」と唇に人差し指を当てて睨んできた。

 僕は口を両手で塞いで、外の2人の声に集中した。


「えっと…、俺とは付き合えない、ってこと?」

「はい。あの…真中さんが嫌いとかでは無くて…」

「もしかして、他に好きな人が?」


 僕は慌ててドアに駆け寄り、もう一度そっと外を覗いた。


「………えっと、好きな人っていうのは………いないですけど………」


 ゆみには、今好きな人はいない。その事実にホッとした直後、それは僕に対してもだと思い至った。

 もしも、今僕が気持ちを伝えても、ゆみのことを困らせるだけなんだ。


「私まだまだ子供で、付き合うとかそういうのよくわからなくて…。真中さんはモテるし、他にも真中さんの事好きだと言ってる人いっぱいいますし…」


 確かに、真中さんは男の僕から見てもかっこいいと思う。見た目はもちろん、何でも努力を惜しまないし、先輩達からは頼りにされてるし、後輩には厳しくも優しい。もてない訳が無かった。


「でも、俺が好きなのはゆみちゃんだから…」

「ありがとうございます。でも………やっぱりごめんなさい。私が駄目なんです。自信が無いんです」


 目の前の真中さんに深々と頭を下げて、ゆみは告白を断った。

『自信が無い』

 まさか、ゆみがそんなことを言うなんて思いもよらなかった。


「………わかった。ごめんな、困らせてしまって」

「そんな、真中さんが謝ることは何も無いです。私の方こそすみません」

「わかったから、もうあやまらないで。…でも、ゆみちゃんはもっと自分に自信を持っても良いと思うけどな」



 上原さんが顔を引っ込め、体育館の壁にもたれて座り込んでしまった。

 僕も覗くのをやめて、上原さんの隣に腰を下ろした。

 偶然で悪気は無かったとはいえ、一部始終を覗き見てしまったことに今更ながら罪悪感を感じていた。

 そして、今見聞きしたことを整理しきれずにいた。


 真中さんとゆみの足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなったところで

「僕達も帰りましょうか」

 と上原さんに声をかけた。

「どうしよう…」

「ん?」

 隣の上原さんを見ると、これまで見たことない表情で僕を見返していた。

「いや、たまたま見てしまっただけですし、僕らが黙っていれば大丈夫…」

「どうしよう、真中君、ゆみちゃんのことが好きだったんや…」


 一瞬ドキリとしたがこの場合の「真中君」は真中さんのことだろう。それにしても何を狼狽えているのだろう。


「…なぜ上原さんがそんな感じになってるんですか?」

「だって…私…真中君のこと…」


 ハッと我に返った上原さんの顔がみるみる赤くなっていく。


「あ〜…なるほど…」

 さすがの僕も理解した。


「…真中君。私が真中君のことを…ややこしいな。裕輔君、私が真中君のことを好きっていうのは、絶対に内緒にして」

「もちろん、誰にも言いませんっ」

「ありがとう。私も、裕輔君がゆみちゃんの事好きっていうのは誰にも言わないから」

「はい、お願いします」

「………」

「………」


「え〜と、…あれ?」

「とにかく、お互いこの先の道のりは厳しいけど、頑張ろ。私はまだ諦めないから」




 そんなわけで、それぞれ想いを寄せる相手の、告白する、される現場を見てしまった上原さんと僕は、協力していくことになった。

 上原さんの言う通り、道は閉ざされたわけではない。険しい道のりになるだろうけど、目的が同じ仲間ができたことは心強かった。


 何をどうすれば良いのかは、今後二人で相談するとして

「あ、最終バスの時間ヤバくないですか?」

「あ〜〜〜!!裕輔君、走るよ」

「はいっ」


 駅まで走りながら、さっきの出来事を少し整理してみた。

 ゆみは真中さんと付き合えないと言った。でも、嫌いだからというわけではなく、むしろ好意はもっている、と思う。この先、真中さんが諦めなければ今日とは違った結果になる可能性は充分にありえる。

 今の時点で、真中さんのことをライバルと呼ぶには、僕との差が広がりすぎている。


「はぁ〜、間に合った〜余裕余裕。」

「はぁはぁ。部活引退しても、鈍って無いみたいですね」

 二人ともなんとか最終バスで帰れそうだ。


「裕輔君。明日の文化祭の後、第一回作戦会議をするから、よろしく」

「わかりました。今のところ、何も作戦は思い付かないですけど…」

「ハハハ…それは私も一緒。じゃあ、バイバイ」

 上原さんは力なく笑いながらそう言うと、バスに乗りこんだ。


 僕も自分が乗るバスへ向かおうとしたとき、駅へと走ってくる女子3人が目に入った。


「加奈ちゃん、早く早く。バスが出てしまう!」

「はぁはぁ…ゆみ、あんたの用事が長すぎるから、こんなギリギリになったんやんか」

「えーごめん、待っててくれてるなんて思ってなかったから〜」

「ゆみはちゃ〜ん、実可子ちゃ〜ん。バス止めといて〜」

「「むりーーー」」


 ゆみと、実可子と、加奈ちゃんて…南さんのことか。

 ゆみの用事というのは、さっきのあれだろう。二人は知っているのだろうか。


 一番に駅に着いたのは実可子だった。

「あれ?裕輔もこんな時間まで残ってたんや」

「ま、間に合ったー」

「ハァハァハァ…ゆみちゃん、実可子ちゃん、じゃあまた明日。あっ真中君、バイバイ」

「うん、また明日。今日はごめんね〜〜〜」

 南さんが乗ると、バスはすぐに出発していった。


「裕輔も残ってたんやね」

「あ、う、うん。えっと、大道具の最終点検とか補修とかしてて…」

 ゆみを目の前にして、いつも以上にドキドキしてしまった。冷静にならないと。

「へぇ〜。舞台練習終わって旧体育館に運んでたから、置くだけ置いて帰ったと思ってた」


 実可子、旧体育館というワードは、今は言ったら駄目だ…


「え…もしかして旧体育館で作業してた?」

「って、ゆみ、バスの時間!」

「あーーー、じゃあまた明日。バイバイ」


 ゆみは急いでバスに駆け込んでいった。…そういえば、上原さんと同じバスだったな…




 バスの中。乗っているのは僕と実可子だけだった。

「明日本番なんやし、もっと残ってる人いると思ってた」

「ん〜、確かに。まぁ俺もこんなに遅くなるつもりは無かったけどな」

「そういえばクラスの他の人は誰も見かけなかったけど、一人で作業してた?」

「あ、いや、あの…3年の上原さんと」

 嘘が下手な僕は、正直に答えてしまった。


「あ〜、あの美人の…ふぅ~ん」

「ふぅ~んて、なんやねん」

「別にー」

『ピンポ~ン。次降ります』

 実可子が降車ボタンを押した。

「じゃあね。…ゆみ、今日真中さんに呼び出されてた。用件は何だったかは教えてくれなかったけどね」


 それだけ言うと、実可子はバスを降りていった。

「知ってるよ」

 車窓から外を見ると、辺りはもう真っ暗だった。






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