第12話 1991年秋「believe in yourself」

 その日は文化祭本番前日で、体育館の舞台を使って練習ができる最後の日だった。

 これまでも何度か舞台を使える日はあったが、道具類や衣装は完成していなかったため主に役者の動きを確認するような練習だった。


 今日は本番と同じ舞台セット、衣装、音響、照明で最終リハーサルということでいつもは別々の場所で作業をしているクラスのみんなが体育館に集まっていた。


 衣装は買う予算は無いし、作る技術は無いし…ということで、家が飲食店をしている者は前掛けや制服を、他にも親のスーツやサングラス等、それらしい服をみんなで持ち寄ることにしていた。

 それぞれの役者に合うサイズの服を貸してもらえるようにみんなに頼んだり、借りた衣装の保管や管理が衣装班の仕事だったようだ。

 僕もゆみや実可子から依頼されたのだが、生憎提供できるものは無く協力できなかったことは残念だった。


 大道具班の舞台セットは、なかなかの物ができたのではないかという自身があった。

 背景の絵は舞台の端から端まである大きな物を描いた。机や椅子は教室の物を使ったが、箸立てやお品書き等細かい小道具にもこだわった。

 1番苦労したのは店の入り口の引き戸だ。そもそも中学1年生で、引き戸の構造を知っているわけが無かった。

 そこで、大道具班のメンバーは各々、自分の家の引き戸を外して構造を調べて意見を持ち寄った。

 障子やふすまのように溝を彫って滑らすだけの物と、重い戸だとレールに車輪を転がすタイプの物が有るようだった。

 レールと車輪を採用し、角材とベニヤ板を使って試行錯誤しながら何とか作り上げた。…実は技術の先生に頼み込んで少し手伝ってもらったりしたけど。


 と、まぁ、これらのセットが審査員の先生たちにどれ程評価されるかはわからないが、とにかく準備期間はとても楽しくて充実していた。遅くまで作業をしすぎて帰りの最終バスに乗り遅れそうになったことも何度かあった。みんなと駅まで必死に全力疾走したことは今では良い思い出だ。


 役者のみんなもとても楽しそうにやっている。台詞が普段通りの関西弁なので自然な感じだし、時々アドリブも混じっているみたいだ。


 本番の結果は気になるが、それよりも今日で文化祭の準備が終わるということが、とても淋しかった。


 ……などと感慨にふけっていると、

「すごーい。大道具、良いのができたやん!」

 ゆみに声をかけられた。

「うん、まぁな。みんな頑張ったしな」

「…私は体育祭のリレーでみんなに迷惑かけて、ホントごめんなさいって感じで。だから文化祭では役に立ちたかったけんやけど…」

「みんな迷惑なんて思ってないと思うけどな」

「そうかな…」

「うん、それに………」


 あの時、泣いているゆみに声をかける事ができなかった自分が情けなかったし、申し訳なかった。

 好きな子が大変なときに何もできない今の自分では、ゆみに好きだと言える自信が無かった。もっともっと自分に自身をつけたかったし、もっと男として意識してもらえるようになりたかった。

 だから今回、基本消極的で引っ込み思案で人見知りの僕がゆみのお陰でここまで頑張れたのだと思う。


「…それに、何?」

「あ、いや、えっと、ゆみも衣装のことでみんなに頼みまくってたし、色んなアイデア出してたし、凄い役に立ってたと思う」

「えへへ、そうかな、ありがとう…」


 本当に伝えたかったことは言えなかったけど、ゆみの嬉しそうな顔を見ていると今はこれで良かったんだと思えた。



 最終リハーサルを終えて、セットを搬出する時間になった。


 学校には体育館が2つある。今いる新体育館と、球技の設備はなく武道場として使われている旧体育だ。

 全ての学年のセットは本番まで旧体育に保管されている。教室に戻す物以外を手分けして旧体育まで運んだ。

 舞台練習は、僕達の1年1組が最後だったので、他のクラスのセットはもう全部運び込んであり、作業している人もほとんどいなかった。


「あーっ、真中君、お疲れー」

「あれ、上原さん。珍しく今日は作業してるんですか?」

「まぁねぇ。今まで結構サボってたし、今日くらいは最後まで残ってやろうかな〜って」

 周りを見ても近くには、他に誰もいないようだ。

「一人だけですか?」

「うん、みんなはちょっと前に帰ったから」


「裕輔、俺ら先に帰るけど…」

「待って、俺も帰る」

 片付け終わったクラスのみんなと一緒に帰ろうとすると、

「え〜〜〜、淋しいから話し相手してよ〜」

「はい?いや、もう帰ろうと…」

「へぇ〜、そういうこと言うんや〜。みんな〜真中君てな、実は…」

 ニヤニヤしながら良からぬことを口走ろうとしている。

「あー!あー!わかりました。ちょっとだけですよ」

 続きを聞きたそうにしているみんなを帰らせて、上原さんに少しつき合うことにした。


「ほんまに、やめてください」

「真中君て、女子バスケ部からモテモテなんやでって言おうしただけやん」

「…それはそれで、広められると困ります」

「もうっ、ワガママ」

「どっちがですか!」



「話は変わるけど、そろそろ私に好きな人のことを相談してくれても良いんやけど。どう?」

「…本当にいつも無理矢理変えますね。僕も話変えますけど、どうして今日は残ってたんですか?」


 いつもサボってた上原さんが、今日は残って作業していたことが不思議だった。


「最初に言っとくけど、真面目にやってるのは今日だけと違うからね。ん〜と…3年の私はこれが中学生活で最後の文化祭なんやな~って、本番直前の今日にふと思ったら、なんかやりきったーって思うまでやりたくなった。…自己満足かも」


 意外と真面目な答えにちょっと感動してしまった。

「あ、ありがとうございます」


 たった3年の中学生活で、たった3回の文化祭、だけではなく他の行事も。


「私、何故お礼を言われた?」

「何となく…」


 3年の上原さんにとっては、毎日が最後で、でもいつもはそんなことを感じて無くて。ちょっとしたきっかけで、ふとそのことに気付いたと、そういうことだろう。



 一人で残って作業するといっても、もう完成している物なので少し補強したり掃除をするくらいしかやることは無かった。


「さて、じゃあこのゴミを捨てて終わりにしますか」

「はぁ…やっと帰れる」


 二人で旧体育館を出ようとした時、外から話し声が聞こえた。


「あれ?まだ残ってる人がいたんですか?」

 先に出ようとしていた上原さんの肩越しにドアの外を見ようとすると、

「しっーーー!」

 と、体育館の中に押し戻されてしまった。

「え?え?」と困惑している僕にしゃがめとジェスチャーしたあと、唇に右手の人差し指を当てて左手で外の方を指さしている。


 不思議に思いながらも、言うとおりに中腰の姿勢で、座り込んでいる上原さんの頭の上からそっと外を覗いた。

 

 そこにいたのは、真中さんと、そしてゆみだった。








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