第11話 1991年秋「好きな人がいること」

 次の日放課後も、いつも通り木工室のそばの作業場に向かった。

 そしていつも通り、クラスのみんなと大道具製作励んでいると、また上原さんがやってきた。

「やっほー、作業は順調に進んでる?」

「まぁまぁです。…上原さんは今日もサボってていいんですか?」

「良いの良いの。力仕事は男どもにやらせとけば」


 じゃあ、何故大道具班に?と言おうとしてやめた。これ以上話を続けると作業が進まない。

 それに、クラスの大道具班のみんなが先輩の登場でちょっと緊張してしまっている。というのも、上原さんは下級生の男子から結構人気があるのだ。

 スラリと背が高くてスタイルがよく、可愛いというよりは美人で、そして誰にでも気さくに接するので、ちょっと話しかけられて勘違いしてしまう被害者が続出しているのだった。


 そしてもう一つ、重大な懸念材料があった。みんなの前で、昨日の話を蒸し返されるのを恐れていたのだ。まさかそこまで空気の読めない人ではないと信じたいが念のため…


「…僕、教室に戻ってちょっと小道具のことで相談してきますので」

 僕がこの場を離れれば、上原さんも自分のクラスの作業に戻るだろうと思ったので有りもしない用事を作った。


「あっそう。じゃあ私も教室もどるから、途中まで一緒に行こ」

「はぁ、別に良いですけど…」

 考えていたシナリオとは違ったが、とりあえずこの場から離す事には成功した。


 まずは、上靴に履き替えるため昇降口に向かった。

「もしかして、私が余計なこと言うと思った?」

 2つ年上で女子の中では背が高い上原さんだが、僕の方がデカいので少し上目使いでこちらを見てくる。さすがに少しドキっとしてしまって

「えっと…まぁ…」

 と適当に返事をして目をそらした。


「大丈夫大丈夫!二人だけの秘密にしとくからっ」

 と言いながら、腕をバシバシ叩いてくる。

「だから、好きな子の名前教えて?」

「………」

「え?嘘、無視とかする?」


 とんでもない人に弱みを握られた。



「あ、そうそう。この前のバスケ部襲撃事件の話し、後輩の子たちから聞いたけど大変やったみたいやねぇ」

 8月末の中野さんが体育館で暴れた時の件だ。


「そうなんですよ。いきなりビール買ってこいとか、もう滅茶苦茶で」

「真中君、中野に歯向かったんやって?」

「…そんな風に伝わってるんですか?ただ、床を掃除しただけです」

「またまた〜謙遜して〜。女子バスケ部の中では真中君を見直したーってすごい人気になってるって聞いたけど?」

「そうなんですか?…全然知りませんでした」


 ヤバい。照れる。部活再開したら絶対意識してしまう。余計なこと聞いていてしまった。


 少し気になる事があったので質問してみた。

「そういえば、2学期になってから中野さんの事を学校で全然見てないですけど」

「あ〜、ほとんど学校来てないから。あいつ、家業の工務店で大工になるための修行中」

「へぇ〜…大丈夫なんですかね?色々…」

「まぁ、正式に店を継ぐのはあいつのお兄さんらしいからね」

「なんか、詳しいですね」

「あいつとは家が近いから。これくらいの情報は親を通して入ってくるのよ」

「幼馴染みですか」

「ん〜、私のことはもういいから。それより…」

 話題の変え方が強引すぎる。

「好きな子、バスケ部なんやろ?人気急上昇中の今がチャンスやん。良かったら協力しよか?だから名前教えて?」

「………」


「何よー無視はヤメテやー」

 とまた腕をバシバシ叩いてくるので、

「すみませんすみません、ホンマにそれはちょっと…すみません」

 とわけもわからず謝りながら昇降口に入って、自分の靴箱まで来た。


「こっちは1年の靴箱ですよ」

 さっさと靴を履き替えて教室に行こうとすると

「ちょっと待ってよー」

 と慌てて上原さんも靴を履き替えて、小走りで追いかけて来た。



 1年の教室は1階、3年は3階なので、階段の前で

「では、失礼します」

 と挨拶して行こうとすると、

「お、裕輔」

 と、階段を降りてきたバスケ部キャプテンの2年の真中さんに声をかられ、

「あ、こんちはっス」

 と入部から半年で染み付いた体育会系の挨拶を返した。


「あっ…真中君…」


 僕と真中さんが同時に声のした方を見た。

 そこには当然、上原さんがいたのだが、どっちに向かって言ったのだろう。…と思っていたら、

「真中君、劇に出るんやって?演技とか大変やんなぁ。台詞は大丈夫?」


 僕を押し退けて真中さんにロックオンしたようだった。


 まぁ、しかし色んな情報を知ってる人だなぁと感心して、僕は教室へ向かった。…全然用事は無いのだけど。



 次の日も、その次の日も、放課後の文化祭準備中毎日、上原さんは僕に話しかけに来た。


 少しは気を遣ってか、休憩中を狙って来るのだが、周りの奴らからは「何故裕輔ばっかり、しかもあんなに親しそうに!」と羨望の眼差し…というか妬まれていたように思う。


 毎日決まって聞かれるのが

「好きな子名前教えて?」

 他には聞こえないようにコソコソ言ってくるのだが、それがまた内緒話をしているようで、周りの反感をかっていた。


 ある時、一度だけ

「真中君も好きな子いるか知ってる?」

 と言われた事があった。

 わけがわからず僕が、ん?という顔をしていると

「あ、2年の。な、何となく気になったから…」

「僕に聞かれてもわからないですよ。本人に聞いたらどうですか?」

「え?…何言ってんの、そんなん聞けるわけ無いやん」



「僕には毎日聞いてくるくせに、何を言ってるのだこの人は」と思ったが、それ以降その話題が出ることは無かった。











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