第10話 1991年秋「年上の女(ひと)」

 文化祭では、全学年がクラスで劇を発表する。それを担任以外の先生達が、演技力、声の大きさ、衣装、道具や衣装のできばえ等で点数を付けて評価するのだ。

 この場合、悲劇や感動的な内容の台本を選ぶ方が有利になる。

 喜劇のような笑わせる内容は、素人にはとても難しい。よっぽどうまくないと、スベり倒すことになるからだ。


 ところが、我が1年1組はあえて喜劇で勝負することになった。体育祭の雪辱を果たすためには、2組と同じような内容では駄目だということになったのだ。



 このころには、クラスの中でも特に女子は明確なグループ分け、所謂スクールカースト的なものが出来上がっていた。当時はまだ、そんな言葉は無かったので、一部の男子の間では、1軍、2軍、3軍と呼ばれていた。(これ、失礼な呼び方だったなぁ)


 しかし、そこに上下関係は無く、ほぼ3つの仲良しグループなだけだったが。

 ちなみに男子には、ゆみと実可子は2軍、南さんは3軍と認識されていた。しかしゆみと実可子は二人でいることが多かった。集団でいると気を遣って疲れるらしい。

 そこに、最近では南さんも加わって三人組になっていた。



 役者のほとんどは一軍の、発言力があったり目立つ者が推薦や立候補で選ばれた。


 残りは、大道具班と、衣装・照明班に別れる。


 僕はというと、もちろん役者はやりたくなかった。人前に、舞台に立つなんて考えただけでも恐ろしい。でも、勝ちたい気持ちはみんなと同じだ。違う形で役に立てるようにと、大道具班に立候補した。

 物作りは楽しそうだし、背の高さが役立つかなと思ったからだ。


 大道具班はほとんどが男子で、衣装・照明班は残りの女子となった。



 文化祭2週間前からはクラブ活動が休止になり、放課後は学校中が文化祭準備一色になる。


 大道具班は全学年、木工室の周辺が作業場になっていた。のこぎりやかなづち等の道具は木工室の物が使い放題だからだ。全学年といっても1学年2クラス全部で6クラスなので、スペースや道具には余裕がある。


 大道具を作るのは1年生にとっては初めてのことで、何をどうすれば良いかわからない、ただの素人集団だ。そこで、上級生の作業を見て、見様見真似で進めることにした。


 まずは何を作るか話し合う。

 劇の台本はというと、経営難で潰れる寸前のうどん屋を舞台に、真面目な店主、ちょっと変わったアルバイト、たまたま来たお客さん、地上げ屋のヤクザ、帰ってきた家出息子とその恋人の大富豪の娘、等がわちゃわちゃを巻き起こすという、関西人なら一度は見聞きしたことのあるようなベタな内容の喜劇だった。


 背景は、店の中の絵を描いて舞台の壁に貼るとして、あとは出入り口の戸を木で作ったら雰囲気が出て良いだろうということになった。机や椅子は教室の物が使えるし、他に必要な小道具も少しずつそろえていくことにした。



 作業を始めて2.3日経ったころだった。

「真中君、真中君っ」

 後ろから呼ばれて振り向くと、背が高く髪はショートカットでいかにもスポーツ少女という感じの先輩がニコニコして立っていた。

「あ、上原さん。こんにちはっ」


 上原さんは、3年生で女子バスケ部の前キャプテンだった。

 そんなに親しくは無かったはずだけど…と思っていると

「ちょっと〜、そんなに警戒しなくていいから」

「いえ、すみません。……上原さんも大道具班ですか?」

「うんっ。こんなに可愛い先輩が毎日近くで作業してたのに気付いてないの?」

「あ、いや、自分たちのことでいっぱいいっぱいで」


 そういえば、自己主張の強い人だったな…。


「ま、どうせ真中君は一人の女の子しか見てないもんなぁ」


 一瞬で変な汗がドッと吹き出た。たぶん、僕はとんでもなく引きつった笑顔をしていたに違いない。何故この人はそんなことを知っているのか。

 混乱で何も喋れずにいると、

「え?え?図星?何となく適当に言っただけやったのに否定しない?誰誰?誰が好きなん?」


 自分の迂闊さを呪った。まんまとハメられた。…いやこの人は僕をハメるつもりは無かったのだろう、と思う。たぶん。


「…えっと、あの…それは…」

 見事なしどろもどろっぷりで、さらに上原さんの言ったことを肯定してしまった。


「アハハハ、ごめんごめん。動揺しすぎやって〜、可愛いな~。もう聞かないから」

「…は、はぃ…」

「バスケ部の子?」

「っ!!!」

「ふ〜ん、なるほどね~」


 勝ち誇ったようにニヤニヤしながら僕を見ているこの人は、悪魔に違い無い。絶対に。








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