第9話 1991年秋「スタートライン」
2学期が始まると、体育祭と文化祭の準備が始まった。
まずは体育祭。各学年1組対2組のクラス対抗で100m走、200m走、400m走、800m走、障害物競走、ボール投げ、綱引き、大縄飛び、そしてリレーが行われる。
綱引き、大縄飛びは全員参加。リレーは各クラス男女2人ずつ選抜。
残りの種目の内、1人1種目どれかに出場しないといけない。
100m、200mの短距離は自信が無く、800mはしんどそう。障害物競走は大変そうで、ボール投げは野球部が有利そう。
以上のような消去法で400m走に出場することにした。ところがこの400m走、やってみると、とんでもなくしんどかった。
中1だと、1分10秒から20秒くらいで走るのだが、練習なんかほとんどしていない僕はペースがわからない。
最初にとばしすぎて、後半ペースダウンして抜かれていくのはカッコ悪いと考えた僕は、ある作戦を思い付いた。
そして体育祭当日。
朝から快晴だった。
走るのが速いゆみは、100m走とリレーの選手にも選ばれていた。
100m走は1レース4人で走る。もちろん、ゆみは1位でゴールテープをきった。
もしかすると、勝負したら僕が負けるかも、と思いながら彼女の走る姿を見ていた。
応援席へ戻ってきたゆみに声をかけられた。
「裕輔、400mに出るんやって?あんなしんどいのに、よく出る気になったね」
「いやそれが…、練習で走ってみるまで知らんかったんやって。それより、100mは断トツの1位おめでとう」
「えへへ、ありがとう。まぁ、自信はあったけど」
「俺だって、作戦通りにいけば何とかなる。…たぶん」
「どうせ裕輔の考えた作戦なんかうまくいかないって」
200m走に出ていた実可子が席に戻っていた。実可子もそこそこ走るのが速い。運動部でも活躍できたかもしれなないのに何故、吹奏楽部に入ったのかを前に聞いたら「サックスを吹く姿がカッコいいから」らしい。
「また、実可子はそんなこと言って~。裕輔は、やる時はやるもんね」
ゆみにそんな風に言われてしまうと、これ以上無いくらいのプレッシャーだった。
「緊張してきた。…トイレ寄ってから、召集場所に行ってくる」
そう言い残して席を立った。
「頑張ってね~」
「とりあえず、最下位だけにはならないようにね~」
2人の声援を背中に受けて、戦場に向かった。
400mも、1レース4人だ。一周200mのグランドを2周する。
他の3人には、特別走るのが速いヤツはいなさそうだった。これなら大丈夫かもと少し安心した。
他のヤツらには、僕だって大したこと無いと思われているだろう。しかし、それがこの作戦の大事なトコロ。
スタートラインに立つと、いよいよ本気で緊張してきた。ここまできたら、自分を信じて走り切るしかない。
「位置について、よーい…」
バーン。
レースが始まった。
最初は周りの様子を見る。他の3人も皆の出方をうかがっているのか、ほぼ同じペースだ。僕はペースを更に落として、最後尾についた。
最下位のまま、1年1組の応援席の前を走る。ゆみが心配そうに見ていた。実可子は、他の声援に紛れて聞き取れ無いが、たぶん「コラ、もっと速く走れー」とでも叫んでいるのだろう。
そしてグランドを1週、200mを過ぎた。足はまだまだ動く。心臓は、肺は、まだ余裕はある。ペースが遅いおかげだ。
300mを過ぎた辺りで、僕は一気にスピードアップした。1人抜き、2人抜き、そして先頭になったがスピードを落とさずそのまま全力疾走。
この数ヶ月、バスケ部での練習の成果で、自分が思っているよりも体力はついたようだ。
全員を抜き去り1位のまま、ゴールした。
応援席へ戻るなり
「やったやった、すごい、1位1位!」
ゆみに肩をバンバン叩かれた。
「ちょ、ちょっと痛い痛い」
と言いながらも、こんなに喜んでくれるなんて頑張った甲斐があったと嬉しくなった。
「あれが作戦?」
実可子が聞いてきた。
「そう、金魚の糞作戦」
「ネーミング最悪やし。それに、他の3人がもっと速かったら、最初から最後まで一番後ろを走ることになるやん。欠陥だらけ。運が良かっただけ」
「………」
言い返す言葉も無い。確かにおっしゃる通り。
競技はドンドン進み、団体戦では大縄飛びは我が1組が勝ち、綱引きは2組が勝った。
得点の途中経過は発表されていなかったが、なんとなく最後のリレーで勝った方が優勝するのではないかという感じだった。
リレーは1組が有利ではないかと言われていた。というのも、陸上部で県内トップクラスの短距離選手である、福島直樹がいるからだ。
もう1人の男子も陸上部。女子はゆみと実可子が選ばれていた。
これはもう楽勝ではないかと、クラスの皆はリレーが始まる前から優勝した気でいた。
そして、リレーが始まった。
第一走者は実可子。最初からぐんぐん差を開いて、1位でバトンパス。
第二走者は陸上部の男子。追い付かれること無く、第三走者のゆみにバトンパス。
ゆみも快調にとばして、アンカーの福島直樹にバトンパス。
しかし、その時だった。しっかりとつながったと思われたバトンが2人の手からすり抜けて地面に転がった。
1組の声援が一瞬止まる。
福島は、慌てて引き返してバトンを探すが完全に見失っていた。後ろにあると思ったバトンは前に転がっていて、やっと拾った時には、2組のアンカーは走り去った後だった。
必死の追い上げで差は縮めたものの、流石に追い付くことはできず、1組は負けてしまった。
実可子に慰められながら、1人責任を感じて泣きじゃくるゆみを、僕は遠くから見つめることしかできなかった。
こんな時にかける言葉を、当時の僕は知らなかった。いや、今でもあの時どう言えば良かったのかわからない。
嬉しい時や楽しい時は、お互いに分かち合えていた。
でもそれより、相手が悲しい時、つらい時にこそ寄り添うべきだったと思う。
今も昔も、そこが自分には足りていなかった部分だ。
ゆみのことを責めるクラスメイトはいなかった。
仲の良い女子は、ゆみと一緒に涙を流しながら励ましていたし、頑張った人を責めるような卑怯な男子もいなかった。
逆に、文化祭の劇は2組に勝つぞと、一段とクラスがまとまった感じだった。
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