第6話 1991年夏「好きだから。」

 中学の部活は、夏の大会を最後に3年生は引退する。


 先輩たちは地区大会2回戦敗退という成績でバスケ部を去ることになった。学校の規模が小さく、選手層の薄いうちの学校の部活はどこも似たようなものだった。


 初戦を突破できたのは、スタメンではなかった、ある2年生の先輩の活躍があったからだ。怪我のため途中で退場となった3年生と交代したその先輩は、3ポイントシュートが得意な人だった。いつも練習が終わったあと、1年生がモップ掛けやボールの片付けをしている中、先輩は残ってシュート練習をしていた。時には、俺が最後体育館閉めとくから、とみんなが帰ったあとも1人で黙々とシュートを打っているような人だった。


 その日は調子が良かったのか、いやたぶん日頃の練習のおかげだと思う。次々とシュートが決まり、終わってみれば大差をつけての勝利だった。


 そして、2回戦。

 中学の部活は勝つことだけが目的では無いからだろうか。

 この前途中交代した3年生の怪我は大したことなくスタメン復帰し、途中の交代も3年のみ。最後の試合を、3年生は全員で戦った。


 結果は敗退。


 この前試合に出られたのは、時期キャプテン候補だった先輩に公式戦の経験をさせるのが目的だったのだろう。

 控え選手の席で試合を見つめる2年の先輩の横顔はとても悔しそうだった。


 大会後の、初めての1、2年生だけでの練習の日。

 新キャプテンが、部員による投票で決められた。投票用紙を開き終わった顧問の先生が

「男子のキャプテンは全員一致で…」

 と言った瞬間、まあ当然そうでしょうと僕は思った。

「全員一致で、真中。」

 自分の名字を呼ばれ、一瞬ドキリとした。

「あ、もちろん、2年の。」

 新キャプテンは真中さん(上級生のことは○○先輩ではなく○○さんと呼んでいた)に決定した。


 同じ学校に同じ名字の人がいることは珍しくはないけど、良い意味で目立つ、『デキル』人と同じというのは何となくプレッシャーを感じるものだった。

 その後、女子のキャプテンや新キャプテンによる指名で副キャプテンを決め、解散となった。



 7月31日。この日は夏休みの前半の練習最終日だった。

 学校でのクラブ活動は、7月いっぱいと8月の最後1の週間と決まっていた。


 午前中で練習は終わり、午後からはバレー部と卓球部に体育館を明け渡した。

 そのまま帰ろうと思っていたが、誰から言い出したのか、近くの川で遊ぼうという話になった。プールではなく、川というのがいかにも田舎の中学生らしい。



 中学のグランドのすぐ横が、河原が広くて水深も流れも程よい川遊びのスポットだったので、バスケットボール部1年生男女8人でそこへ行くことにした。

 男子たちは着替えを持っていないということが頭からすっかり抜け落ち、学校の体操服のままパンツまでずぶ濡れになるまで遊んだ。


 女子3人、ゆみ・ひかり・まよは河原に座り、何やら楽しそうに話し込んでいる様子だった。


 少し休憩するためにたまたま女子3人の近くに行ったとき、飽くまでたまたま話の内容が聞こえた。


「うん、やっぱり、みんなそうなんや。真中さんってカッコ良いよね。」


 僕は思わず、ゆみの方を見てしまった。目があったゆみは、いたずらっぽい笑顔で

「裕輔のことじゃ無いよ。2年の真中さん。」

「…わかってる、そんなこと。」


 そもそも、僕のことを真中さんと呼んでいないのは冷静に考えたらわかることだった。

「何?残念がってるの?」

「キャハハハ。」


 もう一度川へ向かった僕の背中に、ひかりとまよの声が飛んできた。聞こえなかったふりをして川の中に入り、カニを見つけて捕まえようとしていた4人に思いっきり水をかけてやった。

「おいっ~。」

「何すんねん。」

「標的、裕輔ー。」

「いけ~~。」


 4人の逆襲にあい、僕はもう一度全身ずぶ濡れになった。それを見ていた女子3人も混ざって最後は全員での水のかけあいになっていた。


 こうしてじゃれ合える仲間ができたことが僕のなかではとても貴重で、自然と気持ちも落ち着くのだった。


 ちらりとゆみの方を見て僕は思った。

 彼女は僕のことを、本当はどう思っているのだろう。


 しかし、それを確かめる勇気もなく、確かめたからといってどうなりたいということも無く………。


 ただ、ゆみも同じ気持ちだったらいいのに。ただそんな風に思っていたんだ。


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