第4話 1991年春「はじまりの歌」

 その年の春はそれまでで一番待ち遠しい春だった。


 4月生まれの僕は春が来る度に1つ年齢を重ね、大人に近づいていくようで嬉しかった。と、子供の頃は思っていたのだ。


 6年間通った小学校を卒業し、中学生になった。全校生徒が20人ほどの小学校から、急に学年の人数が80人になるのは、当時の僕にはとんでもない環境の変化だった。


 その上、入学式の日にリーゼント頭に制服なのにダボダボのズボンをはき、やけに丈の短い学ランを着た先輩方を見てしまった。絶滅寸前のヤンキーと呼ばれる人たちが、まだひっそりと生き残っていたのだ。

 そして、何より新しい友達ができるか、という不安が大きかった。


 しかし、不安を吹き飛ばすくらいの楽しみがあった。そう、彼女に、田渕さんにまた会えるのだ。いや、また会えるどころか毎日会える。しかも同じクラスになれて、根拠の無い何か運命的なものを勝手に感じていた。まぁ、2クラスしかないので、確率は2分の1なのだが。


 入学当初の僕の感情は、不安と心配と楽しみと嬉しさが入り乱れて、何と言うか、もうお祭り騒ぎだった。


 部活はもちろん、バスケットボール部に入った。

 男子は僕を含めて5人が、女子は田渕さんを含めて3人が入部した。

 新入部員8人と、比較的少ない人数だったためみんなすぐに仲良くなった。同じ小学校だった野上繁樹が一緒だったことも僕には心強かった。


 ある日、練習終わりにいつも通り1年生だけ残って体育館の後片付けをしていた時、田渕さんがある提案をした。

「ねぇねぇ、みんなのことお互いに名字で呼び会うの、何かよそよそしいし、名前かニックネームで呼ぶことにしようよ。」

 反対する者は誰もいなかった。

 女子は、変なニックネームつけるのはどうかということになり、名前で、しかも呼び捨てにしようということになった。

『田渕さん』改め『ゆみ』

 照れくさいような、でも一気に距離が縮まったようなそんな気がした。


 僕の呼び方はというと、昔から『裕輔』か『ゆうちゃん』くらいだったので、と言うと「そんなでかい図体で『ゆうちゃん』は無いだろう」との意見が通り『裕輔』に決まった。

 他の4人はニックネームで呼ぶことになった。1年後にキャプテンになる『野上繁樹』改めスモールフォワードの『げーさん』、同じく副キャプテンになるパワーフォワードの『タケ』、ポイントガードの『イカケン』、シューティングガードの『オッサン』、そして、センターの『裕輔』。僕だけひねりもなく、何だかなーという感じがしたが、ともかくこの一件で絆は深まったと思う。


 そうそう、原野実可子とも同じクラスになった。同じ小学校で一緒になったのは実可子だけだったので、去年の夏の交流会の代表になったことに続き、こちらは運命的というか、くされ縁だなと感じた。実可子は前に言っていた通り吹奏楽部に入部した。


 クラスでの僕はというと、入学早々に少しやらかしたおかげで皆に名前を覚えてもらえて、ちょっとした有名人になってしまった。


 最初のホームルームの時間、班分けをした時の事だ。


 男女混合の出席番号順に、1番から5番が1班、6番から10番が2班、11番から15番が…という分け方なので残念ながらゆみとは別の班になってしまった。

 その後、班の役割を決めることになった。

「では、今から配るプリントに書いてある仕事から各班1つ、話し合って選んで下さい。」

 担任の先生から配られたプリントには、いくつかの係の仕事が書いてあった。


 授業が終わったら黒板を消す係、

 次の日の時間割り変更を皆に知らせる係、

 昼食時に急騰室からお茶を運ぶ係、

 牛乳を運ぶ係、等々。


 中学校では昼は弁当なのだが、小学校の時は給食で付いていた牛乳が何故か放課後に配られていた。(牛乳が苦手な生徒からは、部活前に飲んで運動すると気分が悪くなると不評だった)

 

 プリントが全員に行き渡り、班ごとに机を寄せてどの係をするかの話し合いが始まった。

 僕としては、全部それほど大変な仕事では無いので、どれでも良かった。だから話し合いに参加せず、こっそりとゆみの班の方を見ていた。

(残念…あっちの班が良かったなぁ。)


「では最後に、裕輔はどれが良い?…ちょっと裕輔っ、どこ見てんの、聞いてる?」

 同じ班になって、早速話し合いを仕切っていた実可子に腕を掴まれた僕はあわてて、プリントの一番上に書かれていたやつを指差して読んだ。

「ああ、ごめん。じゃぁ…この、ち、乳運びの係を。」

「ち……ちって。何言ってんの、アホちゃう。変態っ。」

「え?何?違う。牛乳か。」


 自分の指で『牛』の字を隠してしまっていたのに気付かず、変な読み方をしてしまったのだ。



 実可子に大声で変態扱いされたせいで、僕の発言はその後クラス中に知れわたったのだった。もちろん、ゆみにも…。


 思春期に突入しようかという、中学1年生にとって『ちち』というワードはそれなりにインパクトがあったようで、それからしばらくの間、変な感じで一目置かれるようになってしまった。



 こんな感じで、僕の中学生活は上々?のすべり出しだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る