第1話 1997年夏「Take Me Home, Country Roads」
「次は終点~、山郷~、山郷です。本日もご乗車ありがとうございました。お忘れ物の無いようお降りください。」
バスの車内アナウンスで目を覚ますと、車窓には見慣れた懐かしい景色が広がっていた。県庁所在地である県内一の大都市からバスで1時間半。人口6000人ほどの山あいの町、
始発駅では、座れない人もいるくらい混み合っていたのに車内を見渡すと、僕の他に乗客は3人だけになっていた。小学生の男の子とそのお母さんであろう2人組と、70歳くらいのお婆さんが1人。小さな町とはいえ、3人とも僕の知ってる顔では無かった。
終点である駅の建物が見えてくると、バスはゆっくりとスピードを落とし駅の中に入って行った。後ろの方の席に座っていた僕は最後にバスを降りた。冷房の効いた車内から出るとやはり外は暑いが、都会に比べたらだいぶましに思えた。時刻は午前10時半。この時間なら30度にもとどいていないだろう。夏休みに入ったばかりだというのに、駅には人の姿は無い。聞こえるのは蝉の声だけだ。
男の子とお母さんは徒歩で駅を後にし、お婆さんは違うバスに乗り換えた。
町の中心部にある山郷駅からは、町内を走る4路線のバスが出ている。一番多くて1時間に1本、一番少ないのは僕の実家方面を走る1日に5本の路線だ。次のバスの時間までは2時間もある。流石に待てないので母に車で迎えに来てもらおうと、公衆電話がある待合室に向かった。
学校の教室の半分ほどの広さの待合室には、ベンチと自動販売機と公衆電話、案内所とトイレがある。待合室に入った途端、煙草の匂いが鼻をついた。煙草は好きでは無いけれど、その匂いは僕が中学生だった頃を思い出させた。僕は毎日この駅を使ってバス通学をしていたのだ。
駅の前は国道で、近くには郵便局、ケーキ屋、本屋、おもちゃ屋、肉屋、酒屋、雑貨屋等の商店が並んでいる。
国道を外れて少し行くと大型スーパーがあり、そこから更に行くと僕が通っていた中学校がある。駅からは徒歩で15分くらいだ。
実家に電話をかけて母に迎えに来て欲しいと伝えて電話を切り、待合室のベンチに腰掛けて待つことにした。
僕は真中裕輔、19歳の専門学生だ。学校が夏休みに入ったのは10日ほど前。
この10日間は専門学校の夏季合宿や、学校の友達と海へ行ったり映画を観たり買い物に出掛けたりと、初めての都会での夏休みを満喫するため1人暮らしを継続していた。
通っているのは写真の専門学校で、これがまたなかなか忙しい。
常に授業の課題で何か作品を作ることを求められ、授業が無い日や休みの日はだいだい撮影に出掛けてないといけない。
僕はストリートスナップが好きで、街行く人達の何気ない一瞬や風景を主に撮影している。
休みの日は一日中街をブラブラして写真を撮り、土曜の学校の暗室開放日にはフィルムの現像とプリントをする。
アルバイトをする暇はなく、ほとんど仕送りだけで生活している貧乏学生には、都会での夏休みは10日が限界だった。
という訳で、残りの夏休みを実家で過ごすために帰ってきたのだ。
こうして懐かしい待合室のベンチに座っていると、あの日のことを考えてしまう。今まで生きてきて一番後悔した日。中学卒業間近の冬の日。
そういえば、あの時も僕はこの場所に座ってバスを待っていた。向かい合わせに置かれた僕の前のベンチでは片想いの相手、田渕裕実が、両脇に座っている友達2人と話をしていた。
あ~そういえばと、ふと思い出す。
彼女と初めて出会ったのは、ちょうど7年前のこれくらいの時期、小学校6年の夏休みだった。
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