第28話 魔法使いの価値

「実際さあ、本当にアリスが預言者様なんじゃないの?」

アルは魔石に加護を込めながらそう言った。

わたしとアルは研究室で、風の石を作っている。

アブソレムはミナレット紙を送る予定があると言って抜け出したが、大方アルの相手に疲れただけだろう。

ついさっき、アニとアカラの光の石作りを見たばかりなので、風の石作り自体はなんとか1人でも手伝えるが、アルの話し相手を1人で勤めるのは荷が重い。

「アブソレムも言っていたでしょ。わたしは魔女よ」

「うーん。でも妖精がここにきたしさぁ」

「そもそも預言者って何者なの?」

アニとアカラの時は加護を込める時に眩い光が一面に広がったが、アルの時は手元が緑色に少し光るだけだった。

そして出来上がった風の石は、透明で薄い緑色をしていた。

アルの変化させた石を、鍵付きの箱へ移していく。

研究室の棚には加護の色と同じく、五色の鍵付きの箱が並んでいた。

「ああ、預言者はミナレット神の言葉を代弁してくださると言われている人のことだよ。もうずっと現れていないんだ。そのうちにどんどんミナレット派は衰退してしまった」

アルは何気ない口調で魔石に加護を分けているけれど、少しだけ寂しそうな顔をしている。

「そんなに衰退してしまったの?」

「この国での勢力は、今ではシャヴァート派とトントンって感じなんだけど、昔はクロス派と肩を並べてた時代もあったらしいよ」

そうか、宗派ごとに勢力というものがあるのか。

クロス派が国を治めているということは、この国で一番強いのはクロス派ということになるのかな。

「勢力図がよくわからないんだけど、今一番強いのはクロス派になるのかしら?」

「そうそう。で、トルニカ派が第二勢力で、その次がウチとシャヴァート。ロータスは数が少なすぎるから除外って感じだな」

なるほど。その話から行くと、魔法使いももちろん除外だろう。ロータス派におかしな親近感が湧く。

「やっぱり先頭切って引っ張っていってくれる人が必要なんだよなあ。クロスには国王とトーマがいるし、トルニカにはアドリナート王子がいるしな」

聞きなれない名前が出てきた。

確かに王子と言ったはずだ。トーマ以外にも王子がいるのかしら?

わたしは次の魔石をアルの前に置きながら聞いてみる。

「アドリナート王子って?」

「そう。聞いたことない?隣の国、ペルシアの王子だよ」

ああ、そうか。

ペルシア国の第一勢力はトルニカ派で、そこの王族がアドリナート王子ということか。

なかなかややこしくて頭がこんがらがりそうだ。

「ペルシア国については少しだけ聞いたことあるわ。王子はアドリナートという名前だったのね」

アルはそーそー、と軽く言いながら、また魔石を風の石に変えた。

「ミナレット派はさ、この辺では俺の家が一応上に立ってなんとかやってるけど、やっぱり神に選ばれたわけじゃないから。一枚岩じゃないんだよな」

あーあ、預言者現れないかなあ、と苦笑いしながらアルは大きく伸びをした。

ミナレット派の難しい立場や悩みを考えると、アルの明るさが少し痛々しく感じてしまう。

ふと手元の箱を見ると、もう鍵付きの箱は風の石でいっぱいになっていた。

「すごいわ。もう入らないわね。疲れていない?大丈夫?」

アルはニカッと笑って、「ぜーんぜん!」と言った。

本当に少しも疲れていなそうだ。

アニとアカラは2人がかりでも箱をいっぱいにはできなかったのに、何か違いがあるのだろうか。

「加護の力に、多い少ないとかあるの?」

箱に鍵をかけながら聞いてみる。

「そりゃあるさ。加護の力が強ければ強いほど、出来る仕事も増えるし地位も高くなる」

なるほど。前の世界にはない、不思議な感覚だ。

「ミナレット派でも、人を運んだり風の石を作ったりってのは、そこそこの加護の量がないとできないな。加護が少ないやつはミナレット紙作ったり、そもそも加護をあんまり使わない仕事に就いてるよ」

「へえ、そうなんだ。じゃあこんなにたくさん風の石が作れるアルはすごいね」

わたしが何気なく褒めると、アルは心から嬉しそうな顔をした。

あまりに素直なその笑顔に、少しだけドキッとしてしまった。

「アリスが預言者じゃないってのは分かったよ。やっぱり話してても、加護の力を全然感じないもんな。それに風の石がこんなに簡単に作れるし」

「石が簡単に作れる?どういうこと?」

「えーとな……。じゃあそれひとつ取ってくれ」

加工前の魔石が入っている箱を指差した。

わたしは言われるがまま箱からひとつだけ取り出し、アルに渡す。

アルはその石を軽く包みこんで加護を分けてから、また手を開いた。

手の平には透明な緑色に変化した風の石が載っている。

「ほら。一瞬で変わるだろ?しかも純度がかなり高い。もしアリスが何か加護を持ってたら、素手で持った時点で少し加護が移るんだよ」

「加護が移る?」

「そう。俺は魔石の色は見えないけど、きれいな緑色にならなくて、赤とか青とかが混じる感じってアブソレムは言ってたかな。わかる?」

なるほど、そういうことか。

でも、それだと、ふたつの加護が一度に使えて便利だったりするのかな?

そう尋ねてみるが、アルは笑いながら首を振った。

「その発想は面白いけど、ふたつ同時には使えないんだな。ちなみに使うときも自分の加護が邪魔するから、他の加護はうまく使えない。例えば俺が水の石を使うのは無理ってこと」

うーん。加護入りの石を使うには、色々と制約があるみたい。

作るのも使うのも魔法使いでないと、結局はうまく扱えないということか。

今作った風の石をわたしの手に載せながら、アルは続けた。

「この石があれば、アリスは風の加護が使える。ここには他の加護の石もすべてある。つまり、すべての加護を使えるのは魔法使いだけなんだ」

わたしはその言葉を頭の中で反芻した。

魔法使いは、何の加護も使えないと同時に、すべての加護が使える?

なんとも奇妙な話だ。

「この石、アリスにあげるよ。風の加護は便利だぜ」

アルはそう言うと、ニカッと笑ってからアブソレムのいる店の方へと向かって行った。

わたしは手のひらに残った、巨峰くらいの大きさのきれいな石をしばらく見つめていた。

魔石を片付け少し遅れて店のドアを開けると、アルが青い顔をして、アブソレムは目頭を揉みほぐしているところだった。

どう見ても何か面倒ごとがあった時の顔をしている。

わたしは恐る恐る聞いてみた。

「な、なにかあったの?」

アブソレムの手元には、飛んで来たらしいミナレット紙があった。

どうやら、あれが面倒ごとの根源のようだ。

「サムージャからの手紙だ」

アブソレムが手紙をこちらに寄越してくる。読めということだろう。

そこにはサムージャの整った字で、こう書かれていた。

-

魔法使い様へ

魔女様へ、トルニカ派からアドリナート・ペルシアがお目にかかりたいそうです。よろしければ、ご予定をお知らせください。

サムージャ

-

どうか間違いであってほしいと手紙を何度も読んだが、残念ながら間違いではなさそうだった。

アドリナートって、ついさっき聞いた名前よね?

そしてファミリーネームはペルシア……。

これってどう考えても、ペルシア国の王子様よね?

わたしは今、アルと同じくらい青い顔をしているだろう。

「ヤバイな、アブソレム」

アルは青い顔のまま、なんとか笑おうとしているが失敗していた。

アブソレムは盛大にため息をついて、額に手を当てた。

「君が来てから、ことごとく面倒ごとばかり舞い込む」

わたしはどうしていいか分からず、青い顔のまま呆然と立ち尽くすしかなかった。

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