第25話 光の魔石
先ほど聞いたゴード戦争についてノートに箇条書きで簡単にまとめ、あとを追いかけて奥のドアを開けると、3人は廊下に出てすぐ左手の小部屋にいるようだった。
食堂と店のドアに挟まれている部屋だ。
そういえばこの部屋、何の部屋か見たことなかったな。
そう思って覗き込むと、そこは倉庫になっている部屋に負けず劣らず雑然としていた。
まず目に入るのは壁一面の棚。
天井からは乾燥させているのだろうか、たくさんのハーブが紐で吊り下がっている。
ドアの正面には四角いテーブルがあり、大量の器具が置かれていた。
なにかを蒸留させるのだろうか?テーブル一面に長いガラスの筒やフラスコのようなものがぐねぐねと這っている。
モノが多すぎて、アピの火の光が通らないらしい。なんだか他の部屋と比べて薄暗い気がする。
天井のアピの火を見上げると、光に透かして埃がたくさん舞っているのが見えた。
この部屋は、見たところ研究室のようになっているらしい。
埃と薬草、それに土の匂いがこもっている。
3人は入ってすぐ右手の、カウンターのような作りの作業台の所に立っていた。
作業台を挟みアブソレムが奥側で、アニとアカラは手前側にいる。
わたしは作業台が見やすいよう、ぐるっとアブソレム側へ回った。
アブソレムは魔石の詰まった箱から、一掴みずつ2人の前に石を置いている。
「ちょうどよかった、アリス。終わったものをそちらの箱に入れていってくれ」
アブソレムが指差したのは鍵がかかるようになっている重そうな箱だった。
なにか貴重なものをしまう時に使う厳重なものだ。
「良いけれど、何を仕舞うの?」
わたしがそう聞くのと同時に、アニとアカラが手を魔石の上に差し出して、力を込めた。
途端に魔石は眩い光に包まれる。
その光は、とてもじゃないが目を開けていられないほど眩しい。
わたしは息を飲んでギュッと目を瞑る。
しかし光ったのはほんの2~3秒程度だった。
2人が力を抜くのと同時に、光は穏やかに消えて行く。
すると作業台には先ほどのものとは全く違う、透き通った魔石が載っていた。
「すごい、色が変わった……!」
わたしが驚いてそう言うと、アカラが「やっぱりアリスは魔法使いだね」と言った。
「僕らの目には、さっきと同じ魔石に見えるよ」
「えっ?そうなの?」
こんなにはっきりと違うのに、2人は見えないのか。
例えるなら、道端の石ころが水晶に変身したくらいの差がある。
「色が変わったものを早く仕舞いなさい」
アブソレムに急かされ、わたしは慌てて箱に入れていく。
作業台の上がカラになると、彼はまた一掴みずつの魔石を2人の前に置いた。
その後は流れ作業のように、魔石を置いて、変化させ、また仕舞っていく。
5回くらいそれを繰り返したところで、アニが音を上げた。
「もう、だめ~。限界」
アブソレムは魔石を取り出そうとしていた手を止めた。
「これだけあれば充分だ、ありがとう」
「はあ~~っ」
アニはくるりと体の向きを変え、作業台に寄り掛かった。
相当疲れたらしい。
アカラはまだ少し余裕がありそうだが、終わってホッとしている顔だ。
「ここまで量が増えたのか。すごい成長だ」
アブソレムが変化させた後の魔石の箱を確認しながら、感心したようにそう言った。
2人は褒められて嬉しいようで、にんまり笑っている。
透明で澄んだ色の石は、箱の8割くらいまで溜まっていた。
「お葬式の時のお礼がしたかったから、魔石が作れてちょうどよかったよ」
アカラがアニの首をぐにぐにと揉みながら笑った。
アニは気持ちがいいのか、高い声で唸っている。
「ふたりともお疲れ様。もしかして、願いの魔石も今みたいに作るのかしら?」
わたしが尋ねると、アブソレムがすかさず「違う」と答えた。
「これは普段使うもので、願いの魔石にするようなものではない」
普段使うもの?
わたしはうまく理解できずにポカンと口を開けた。
「この魔石はアブソレムが使うんだよ、アリス」
「アリスは願いの魔石が欲しいの?願いの魔石は全宗派の力が必要だから、みんなが集まってつくらなきゃね」
アニとアカラの説明を聞いて、やっと少し分かってきた。
どうやら願いの魔石は、ひとつの石にみんなが順に加護を込めていくのではなく、一同に介して同時に込めなくてはいけないらしい。
「なるほど……。ということは、今回のはどうやって使うの?」
わたしの問いにはアブソレムが答えてくれた。
「これは、光の加護が必要な依頼の時に使う」
「え?でも、アニとアカラに直接頼めばいいのに?」
2人はその言葉に呆れたように苦笑いした。
「分かってないなあアリス。ぼくら他の宗派のやつに頼まれてもなにもしないって」
「ぼくらだけでなく、ロータスのもので他に力を貸す酔狂な人はだれもいないよ」
どういうこと?
ロータス派だけ、他の宗派と仲が悪いってことかしら?
「街の者以外は、異教とあまり日常的に関わり合いを持たない」
アブソレムは変化済みの魔石の入った箱に、鍵をかけながら呟いた。
「そうなの?でもトーマの従者は……」
「トーマは例外だ」
「トーマって、あのトーマ・ベルナール?」
アニが作業台に背中を預けたまま、こちらを振り向いた。
あまりにも改まって聞くその様子に、もしかして過去に何かあったのか、と思ってハラハラしていると、2人は突然プーッと吹き出した。
「そう、あのチビがもう従者なんて連れて歩いてるの!」
「からかったら顔を真っ赤にしてワーワーと泣いていたのが、ついこの間かと思っていたのに!」
お腹を抱えてゲラゲラ笑い転げている。
わたしは予想外の反応に、目が点になってしまった。
そうか。外見がかわいすぎて、すぐに忘れてしまうけれど、この2人はトーマよりもずっと年上だった。
「アリスに会いに来たら、いつかトーマにも会えるかもしれないね。楽しみにしてる」
「トーマの嫌いなトカゲを山ほど持ってこなくっちゃ」
2人はひとしきり笑い終えると、食堂のほうへ手を繋いで勝手に行ってしまった。
魔石に加護を込めて疲れただろう2人に、食堂でもう一度マグワートのお茶を入れる。
アブソレムは「土産分を切ってくる」と庭へ出て行ってしまった。
「本当におつかれさま。魔石を作るのって、疲れるんだね」
お茶のカップを2人の前に置く。
こう言う時に出せるように、お菓子が少しあればいいのにな。
今度簡単なものを作ってみようかな?
「うん、疲れるよー」
「体の中から、力がファ~って抜けていく感じがするんだよねぇ」
「そうなんだ。加護の力って不思議だなあ」
2人はぐいーっとお茶を飲み干すと、テーブルに乗せた手に顎を預けた。
わたしは一瞬でなくなってしまったお茶のおかわりを入れようと、キッチンに湯を沸かしにいく。
「アリスはさぁ、どんな魔法使いになるの?」
やかんを持つわたしの背中に、アカラが問いかけた。
「どんなって?」
「んー。例えばさ、アブソレムはすごーく厳しいけど、すごーく優れた魔法使いでしょ?」
「うん。アブソレムはなんでも知ってるねぇ」
アピの火にやかんをかけて、またテーブルに戻る。
「確かにそうね」
彼は中立を保つためにわざと人に厳しくしているのだけれど、みんなは知らないのだろうか。
「けど、アリスはちょっとアブソレムと違う感じがする」
「違う感じするね」
「そうかなぁ」
わたしは天井を軽く見上げて考えてみる。
どんな魔法使いになる?
つい最近も似たようなことについて考えた気がする。
「わたし、お金をもらう魔法使いになりたいのよね」
わたしの言葉に、2人がエッと引いたのが分かった。
違う違う、言葉の選び方を間違えたわ。
「ええとね、なんていえばいいのか……。もっと気軽に相談できる、庶民的な魔法使いになりたいのよ」
そう言うと、2人は納得したように頷いた。
よかった、今度は正しい意味で通じたみたい。
「そっかあ。確かに、アブソレムはかなり依頼を選ぶもんね」
「なにか手伝えることがあったら、いつでも言ってね。アリス」
「ありがとう、とっても嬉しいわ」
かわいい子とほのぼのとした会話にわたしが心から癒されていると、アニとアカラは片手に顎を乗せたまま、遠くを見て少し寂しそうな顔をした。
「ぼくら仲間も少ないし、ロータス以外で仲良くできるのもアブソレムくらいだけだったから、アリスが来てくれて嬉しいよ」
わたしはなんて言っていいのか分からなくて、2人のあいている方の手を、ギュッと握りしめた。
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