第24話 ゴード戦争

アニとアカラがわたしたちよりずっと歳上?

……こんなにかわいいのに?

テーブルに座ってマグワートのお茶を飲みながら、足をブラブラ遊ばせている2人を見て、わたしは信じられない気持ちでいっぱいになっていた。

「やっぱりこのお茶、おいしいねー」

「うん、おいしいねー」

2人は幸せそうな顔でカップを両手で持っている。

店のテーブルの椅子は二脚しかないため、数が足りない分は食堂から運んできていた。

テーブルの上にもカップは4つ並んでいて、いつもより少し狭い。

「そんな好きなら、株を分けるから自分の庭で育てたらどうだ」

アブソレムがお茶を飲みながら言うが、2人は天井を見上げながら断った。

「無理だよ。毎日水をあげたりするんでしょ?」

「僕たち、毎日なにかするのって苦手なんだ」

「まあ、ロータスの者には難しいか」

「難しいって、どういうこと?」

会話の流れが理解できず、つい口を出してしまった。

「ロータスの者は、私たちよりも数倍長い時間が流れているといわれている、体感では3~4倍くらいか」

アブソレムの言葉に、わたしはショックを受けた。

「そんなに!?それは色々と困ることがありそうね……」

「そうなの。それもあって、ロータスは数が少ないんだよ」

アカラはため息をつく。

アブソレムが、その背中に手を当てた。

「まだ気持ちは持ち直せていないのか」

「ううん、もう大丈夫。お葬式の時は色々とありがと」

お葬式?

突然の悲しい話題にわたしは息を殺す。

わたしの反応に気がついたように、アニとアカラがこちらを向いた。

「ロータスの者はね、異教徒の親の元に生まれることも多いんだ」

「もちろんロータス同士で子供を作れば加護をそのまま引き継げることもあるんだろうけど、数が少ないからどうしても異教婚になっちゃうんだよね」

アカラはそこで手元のカップに視線を落とした。

「お母様がね、ちょっと前に死んじゃったの」

その言葉を聞いた途端、わたしは自分の両親の葬儀をフラッシュバックのように鮮明に思い出した。

わたしを押し付け合う親族の声、お線香の香り、骨壷に収まり、驚くほど軽くなってしまった両親。

「それは、本当に悲しいわね……」

そう呟くと、勝手に涙が溢れてきてしまった。

今まで思い出さないようにしていた感情が、少しだけ露わになってしまったようだ。

「もう大丈夫だから泣かないで、アリス」

「そうだよ、泣かないで。アリス」

わたしは服の袖でごしごし目をこすった。

時の流れが3倍長く感じるなら、この子たちはわたしの3倍悲しまなくてはいけないのだろうか。

苦しくないはずないだろう。

それなのにこちらを慰めてくれる2人に、じんわりとした優しさを感じた。

「ありがとう、大丈夫よ。ごめんね」

そう言うと、安心したように笑ってくれた。

なんていい子なんだろう。

「僕ら子供を産んでも、子供が異教徒なら、大体子供が先に死んじゃうんだよね」

「そう。だからあんまり産まないの。それでロータス派はどんどん少なくなってる」

そういう問題もあるのか。

確かに、子供が先に逝ってしまうと分かっていて育てるのは辛いものがあるだろう。

「どのくらいの数がいるの?」

「今、このベルナールに確認されているのは、彼らドルジュ家を含めて三家のみだな」

わたしの問いに、アブソレムが代わりに答えてくれる。

三家だけ……。

思っていたよりずっと少ない。

このままでは魔法使い並みに減ってしまうのではないかしら。

「そうだね。少し前にたくさんハガレたから」

「うん、ドルジュ家も何人か犠牲になったし、ハガレも出たね」

ハガレ?聞き慣れない単語だ。

なんとなく不穏なにおいがする。

「ハガレ、ってなに?」

「アリスはハガレも知らないの?」

アニが目を真ん丸くしてこちらを見た。

「え、ええ。知らないけど……?」

「ほんとうに?二年前の東ユイストックの戦いの時は何していたの?」

え?なんの戦いですって?

突然物騒な言葉が出てきてわたしがフリーズしていると、アブソレムが助け舟を出してくれた。

「2人とも。言っただろう。アリスの過去は聞くなと」

「うん。聞いてたけど、ほんとうに知らないの?ゴード戦争のこと」

わたしは何も言わずコクコクと頷く。

それを見て、アカラは目をパチパチと瞬かせた。

髪と同じ色の長いまつげの大きな目だ。

「簡単に言うとね、二年前にペルシア国との国境の、左ユイストック領で争いが起きたんだよ」

ペルシア国。

確か、昨日サムージャとトーマからチラッとだけ聞いた国名だ。

魔法使いがいない国だと言っていた。

「そんな、何が発端で……?」

「ペルシア国は、ベルナールと違って火の加護のトルニカ派が代々王族になっているの」

アニとアカラは真剣な顔をしている。

わたしは膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめた。

「だけど、ペルシア国の第二夫人が生んだ子が、トルニカ派じゃなかったんだよね。それでどんどんと立場が悪くなっちゃって」

「ペルシア国の第二夫人は元々ベルナールの人だったの。王妃様の妹。それで、お姉さんである王妃様に助けてーって言った」

「でね、助けようとするベルナールの王妃様と、ペルシア国の間で争いが起こったの」

わたしは息を飲んだ。

これはサムージャとアブソレムから聞いた、トーマのお兄さんであるユリウス様のお母様の話かもしれない。

「もしかしてそれって、トーマのお兄さんの……?」

「アリス、ユリウスのこと知ってたんだね」

アニが自分でお茶のおかわりをポットから注ぎながら言う。

「先導していたのはゴードっていう名前の名門貴族でね、ユリウスの筆頭護衛だったんだよ」

「だからゴード戦争って言われてるの」

アニとアカラは滑るように交互に説明してくれた。まさに一心同体といった感じだ。

わたしは今聞いた話を頭の中でまとめながら、きちんと内容を理解しようとする。

「争ったのは、ベルナールのクロス派と、ペルシア国のトルニカ派?」

「主にはその二派だが、クロスを倒したものがベルナール国の王族となれるのだ。これぞ好機とどさくさに紛れ、ミナレットやシャヴァートからも争いに加わったものは大勢いた」

アブソレムは煙を吐き出しながらそう言った。

昨日の、あの穏やかで豊かな街を見る限り、とてもじゃないが信じられない話だ。

わたしが不安げな顔をしたからか、アニとアカラが心配そうに顔を覗き込んできた。

「大丈夫だよ、アリス。ベルナールは他の国と比べると、異教同士も仲良くやってる」

「そうだよ。ゴード戦争の時も、過激派はほとんどペルシア国の人だったんだよ」

2人が心配してくれるのが嬉しくて、ありがとうと笑って見せようとするが、うまく笑えたのかどうか自信がなかった。

前の世界での日本は、なんだかんだ言って平和だったのだ。

突然目の前に戦争という現実が現れて、わたしは心の底から恐ろしくなってしまった。

少しでも話を変えようと、もうひとつの疑問を口にする。

「それで、あの、ハガレって?」

アカラは「ああ!そういやハガレの話だった」と手を打った。

「自分の宗派の教えに大きく背くことをすると、加護が消えてしまうんだ。それをハガレって言うの」

「ゴード戦争で、たくさんハガレた人がいたんだよ」

わたしは驚愕して聞き返した。

「まさか!加護が消える?」

2人はウンウンと頷いている。

「でも、加護が消えたら、生きてはいけないんじゃ……」

まさにわたしは、加護持ちじゃない者の生きづらさを実感している。

「そうなの。だからハガレはみんな街を出て行ったんだよ」

「街を出てどこに……」

「それは君が気にすることではない」

アブソレムがそう口を挟んだ。

これ以上は聞くなという意味だろう。

「アニ、アカラ。マグワートの葉を分けるから、いくつか魔石を作ってくれないか」

その言葉に、2人は顔を見合わせて嬉しそうに頷いた。

「もちろんいいよ!石はいつものとこ?」

「先に行ってるねー!」

そう言うとガタンと勢い良く椅子を降りて、店の奥へと続くドアへと走って行ってしまった。

わたしは立ち上がりながら、アブソレムに問いかける。

「わたしのこと、ハガレだと思わなかったの?」

彼はキセルの火を落としながら答えた。

「ハガレは、体の一部が石化している。見ればすぐわかる」

石化って一体どんな風に、と尋ねるより先に、ドアの向こうへと行ってしまった。

ひとり店に取り残されたわたしは、新しく手に入れたあまりにも重い知識をノートにまとめたくて仕方がなかった。

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