第21話 証明の魔石
やっと食堂に揃って座った時、もう外は暗くなっていた。
電気の代わりとなっている魔石の火の光が、ガラスの箱に入れられて天井からいくつも吊り下げられている。
昨夜は気がつかなかったが、暗くなりがちな部屋の隅やキッチンの扉の下などにも、魔石が転がり、光っていた。間接照明のような役割をしているのだろう。
今日のメニューは、ミネストローネと豚肉のソテーだ。
ソテーにはワサビをソースに使っている。
アブソレムはお皿の並んでいる食卓を見ても特に何も言わず、黙々と食べ始めた。
何かコメントをもらえるかも?と期待していたわたしは肩透かしを食った気分になったが、食べ始めるとどれも我ながら美味しくできており嬉しくなった。
わたしがニヤニヤと食べ進めている様子を、アブソレムはチラリと見てから話し始めた。
「先ほどの紙のことだが」
「ああ、あの空飛ぶお手紙ね?」
アブソレムはわたしのネーミングセンスに口出ししたいような顔をしている。
「……あれはミナレット紙だ」
やっぱり風の加護を持つミナレット派が何か関係していたのね。
「専用の用紙にミナレット派が加護の力を付与している」
「トルニカ派のアピの火と同じね?」
「そういうことだ」
アブソレムはそう言うと豚肉を小さくカットして口に入れた。
「1枚使うといい」
「えっ?」
わたしはスープを飲もうとしていた手を止めた。
「もらっていいの?」
状況がよく掴めなくてポカンとした顔をすると、アブソレムはため息をついた。
「君がディワーリの花冠を作れと言ったのだろう」
「あっ!」
しまった、すっかり忘れていたわ!
トーマが来たりお風呂が大きかったり、今日も色々あったから、頭から抜けてしまったみたいだ。
「そうだったわ。ごめんなさい」
「いつ必要になるか聞いておきなさい」
はい、と返事をしてわたしはスープを飲む。
確かに生のお花で冠を作るなら、当日かせめて前日に作らないといけないわね。
「そしてそろそろ、君の証明の魔石を作ろうと思う」
わあ、またきたわ。魔石!
「わたしの、証明……の魔石?帰るための願いの魔石とは、また別のものね?何かで必要なの?」
アブソレムは既に食べ終わっており、食器をキッチンに運び、お湯を沸かし始めた。
きっと食後のお茶だろう。急いで食べ終わらなくては。
「街に出て気がついただろうが、ウィローの木に手を当てるとドアのステンドグラスに各宗派の色がうつり、中の者に訪問者を教えている」
「やっぱりそういうことだったのね」
「そうだ。でも私たちはウィローの木に触れても何も起こらない」
確かにそうだわ。ウィローの木が前の世界で言うドアチャイムの代わりをしているのであれば、いつまで経ってもドアを開けてもらえないことになる。
「だから証明の魔石を作る。ひとつの石に全ての属性の加護を授けるのだ」
アブソレムはそう言って、首にかかっている魔石を服の中から引っ張り出してくれた。
それは7センチほどの長細い石で、先が荒削りのナイフのように尖っていた。
あんなものを服の下に入れていて傷がつかないだろうか。
わたしはぼうっとその魔石に魅入ってしまう。不思議な色をしている。
「何色に見える」
「難しいわ……。虹色に輝いたと思えば、灰色のただの石のようにも見える」
アブソレムは「そうか」と言いながら石を服の下に戻してしまった。
わたしは急に現実に引き戻された気分になった。もう少し見ていたかったのに。
「これは魔法使い以外には、ただの石のナイフに見える」
「そうなの?ということは、虹色には見えないのね?」
「そうだ。そしてこれを失くすと、もうどのドアの向こうにも入れなくなる」
わたしは彼の言葉にゾッとして固まってしまった。
どのドアにも入れないって、どういうこと?
「自分の宗派を証明しないと、どのドアも開けられないのだ」
「え、でも、街で……」
「君はサムージャの店に、サムージャと一緒に入ったのだ。自らドアを開けたわけではないだろう」
言われてみれば確かにそうだ。
大豆を買ったスパイス店は露店だったし、わたしは街でひとつもドアを開けていない。
「アブソレムはそれがあるから、ドアを開けてもらえることができるのね?」
「半分正解で半分違う。これがあれば、普通のドアならば全て開けられる」
「えっ!?」
彼がサムージャの店のドアを勝手に開けていたことを思い出す。
「そんな便利なもの、みんな欲しがるんじゃないの?泥棒とか……」
「そもそも証明の魔石の存在を知る者は少ない。だが、少しでもリスクを減らすためには、なるべく目立たないような形にしなくてはいけない」
確かに、ただの石のナイフならわざわざ盗んでいこうとは思わないだろう。
形も自分で決めるのだろうか。
「証明の魔石は自分の命と同等だ。絶対に失くしてはいけない」
アブソレムが沸いた湯をポットに注ぎながらそう言った。
ポットからはレモンのような爽やかな香りがしている。
「……わかったわ。でも、どうして加護を証明しないとドアが開けられないの?」
わたしは疑問に思ったことを聞いてみた。
普通の錠前なら簡単に作れそうだし、わざわざそんなに厄介な仕組みにする理由がわからない。
「宗派の違いは、神の違いだ。信仰が違うとそこで争いも起きる」
ハッとする。
そうか、なんとなくファンタジーだと思って軽く受け止めていたけれど、アルもトーマもサムージャも、みんな別々の神様を信じているんだ。
何か大きなすれ違いがあれば、対立することもあるだろう。
現実世界でも歴史上何度も起こってきたことが、この世界で起こらないはずがない。
「なるほど、わかったわ……」
食欲はすっかり消えていたが、少しだけ残ったスープを飲み干す。
先ほどはあんなにも美味しかったのに、まるで砂を噛んでいるようだ。
「証明の魔石ができるまでは、面倒だがわたしの側を離れないほうがいい」
アブソレムがわたしの前にもハーブティーのカップを置いてくれた。
「そうする。その、証明の魔石ってすぐ作れるの?」
わたしはお茶を一口飲んでからそう聞いた。
レモンの香りが濃い、おいしいお茶だった。
「願いの魔石よりは数段楽だ。魔力の高い素材を手にいれて、全ての加護を込めるよう加工すれば良い。」
そうやって作るのか。魔力の高い素材はどうやって手に入れるのだろう?
「知恵の日に同行できることになったから、うまくいけばそこで素材は手に入るだろう。早めに作らないと何かと不便だからな」
「ちょっと、また勝手に心を読んだわね?」
そう眉をひそめた瞬間、少しだけ開いている窓からミナレット紙が飛び込んできた。
わたしは驚いて、持っていたカップをもう少しで落としそうになる。
アブソレムは目の前に音もなく降りた紙を読み、彼は話を続けた。
「ロータスの者が明日、店に来るそうだ」
「ロータス、ロータス……。ちょっと待って、思い出すから」
こめかみを押さえて記憶の中をひっくり返していく。
水のクロス派のトーマ、風のミナレット派のアル、火のトルニカ派のサムージャとディワーリ。
あと残るは、土と……。
「思い出した!光の加護を持つ、ロータス派ね!」
「よろしい。それでは明日も早いので、早く休むように」
アブソレムはそう一言だけ残し、キセルをくわえたままキッチンから出ていった。
わたしは食器を片付けると、新しい知識でいっぱいになった頭を整理するように、ノートに一心不乱に書きつけていく。最高に幸せな時間だった。
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