第19話 埃だらけの倉庫の奥
トーマたちを見送った後、わたしはアブソレムに「今何時?」と聞いた。
このままでは絶えずわたしから時間を聞かれてしまうと気がついたらしい彼は、時計を探すためにわたしを倉庫へ連れて行った。
「ここのどこかにあるはずだ」
倉庫は食堂のひとつ奥の部屋だった。
埃っぽく、床には木箱や壺がたくさん置いてある。
壁には店と同じように棚が一面備え付けられていて、その棚に瓶や小箱が目一杯並んでいた。
つまり、とんでもなく雑然としているのだ。
「ここから見つけるの……?」
わたしが立ちすくんでいると、アブソレムが「手伝ってやるから早く探しなさい」と急かして来た。
仕方ない、わたしに時計は必要だ。しばらくは太陽で時間は計れそうにもない。
気合を入れて腕まくりをすると、倉庫の中へ足を踏み入れた。
アブソレムが部屋の奥の窓側へ向かったので、わたしは入り口の方から探すことにした。
とりあえずしゃがみこんで、手近な箱からどんどんと開けていく。
中身はただ藁が敷き詰められていたり、謎のすり鉢だったりと様々だ。
開けるたびに埃が舞う。
マスクがあればいいのに、と思いながら、次は棚の前に置かれている一抱えほどの缶を開けてみた。
「あらっ、裁縫道具だわ!」
缶の中には断ち鋏や針、色々な柄の布の切れ端が入っていた。
いつか使えそうだと思い、廊下へ出してよけておくことにする。
「サムージャの店でも思ったけれど、服は自分の手で作るのね」
わたしの言葉に、アブソレムは「は?」と聞き返した。
「簡単に作る方法があるのかなって思ったのよ。加護の力を使うとか、ねずみさんに縫ってもらうとか」
わたしが童話のシンデレラを思い出し、ちょっと笑いながらそんなことを言うと、アブソレムが「ねずみ?ねずみが必要なのか?」と、壺を持ち上げながら言った。
壺の中には何か干からびた小動物がびっしり詰まっている。セリフから察するに、それはネズミなのだろう。
「……いいえ、ねずみはいらないわ」
わたしはげんなりして言い返した。わたしの童話ジョークはこの世界の人に通じないらしい。
アブソレムは「君がねずみだと言ったのだろう」などとブツブツ言っているが、無視して探し続ける。ここに来て、無視するスキルが徐々に上がっている気がする。
またしばらく探していると、今度は少し重い籠が出てきた。
これは期待できそうな重さだ。
わくわくしながら蓋をあけると、中には金貨が山ほど入っていた。
「アブソレムッ!」
わたしは咄嗟に叫び声をあげる。
「ここにこんなにお金があるけどっ!?」
きらきら光る金貨は、優に500枚はありそうだ。
金貨一枚が一体どれくらいの価値なのかわからないが、高額なことは間違い無いだろう。
「ああ、そんなところにあったか」
アブソレムは事もなさげにそれだけ言った。
「そんなところにって、なんでこんなところに入れておくのよ!」
わたしは理解できず、廊下へ籠を運んだ。
でも、あんなにたくさんの金貨を倉庫に入れて忘れてしまうなんて、もしかして金貨の価値はわたしが思っているほどでもないのかも?
1枚1万円くらいなのかな?
でも、1万円でも500枚あれば500万だ。
「アブソレム、金貨ってどれくらいの価値なの?」
わたしは次の木箱を開けながら聞いた。
木箱には真っ黒に焦げたような黒い塊が入っている。
「銀貨10枚分だ」
「そうじゃなくて……。じゃあ、銀貨は?」
「銅貨100枚分」
わたしは頭を抱えてしまう。
貨幣の価値って、どうやって量ればいいんだっけ。
次の箱を開けながら考える。
箱にはジャガイモが目一杯入っていた。
ああ、そうか!食べ物で量ればいいんだわ。
「アブソレム!銅貨1枚でジャガイモは何個買える?」
「なんだ?なぞかけか?」
「ただの質問よ」
アブソレムは瓶の中の、なにかドロドロしたものを掬い上げている。
「時期にもよるが、今なら2個くらいか」
ふんふん、ジャガイモが前の世界と同じくらいの価値だと仮定して。
銅貨1枚でジャガイモが2個買えるということは、大体銅貨の価値は100円前後くらいだろうか。
えーと、銅貨100枚で銀貨1枚ということは、銀貨で1万円……
それが10枚で金貨1枚、そうすると金貨は10万円……
わたしはさっと血の気がひくのを感じた。
金貨1枚が10万円ということは、ざっと見て500枚はあるこの籠には、5千万円くらいが入っていると言うことになる。
「ちょ、ちょっと待って!5千万!?」
わたしはまた叫び声をあげる。
「なんでこんなところに入れておくのよ!!」
「それはもうさっき聞いた」
アブソレムは見つけたらしい仕掛け時計を引っ張り出しながら、呆れ顔でそう言った。
わたしは店のテーブルに座って、時計のほこりを落としている。
大金を目にして、まだ胸がドキドキしていた。
あの後、お金のはいった籠はどこに置こうか迷った挙句、店の奥のキッチンの戸棚に隠したのだった。
しかし、時計はかなり汚れているけど、このまま使えそうだ。
針は15時をさしている。
それにしてもこんなにかわいい時計があるだなんて。
ふふっと笑いながら、布で飾りを拭いていく。
それは木と真鍮で出来た仕掛け時計で、三角屋根の家の形をしている。
中央にはステンドグラスのはまったドアがついていた。
ステンドグラスは、青、赤、緑、黄色、透明と5色も使っている豪華なものだ。
15時になっても何も起こらないけれど、何時か決まった時間になったらこのドアが開いたりするのだろうか?
わたしは拭き上げた時計をしばらく眺めてから、アブソレムに見てもらうことにした。
「どう?きれいになったでしょ?」
アブソレムは店の棚をごそごそ引っ掻き回していた。
何か探し物かな?
「ん?ああ、そうだな」
アブソレムはチラリと一瞬見ただけでまた探し物に戻ってしまった。
わたしは時計のステンドグラスを指で触りながら聞く。
「このドアの青って、クロス派のこと?」
「そうだ」
アブソレムは返事をしながらも、棚から目を離さない。
「ということは、緑はミナレット派」
わたしは頬杖をついた。
ここに来てから、はじめてののんびりした時間だ。
「赤は、火の加護を持つトルニカ派?」
「そうだ」
「やっぱりそうなのね」
あくびをかみ殺す。のんびりしすぎて眠たくなってきた。
「あとはふたつ……。黄色と、透明」
「黄色はシャヴァート派の色だ」
探し物を終えたらしいアブソレムが、隣の椅子に座る音でわたしはハッとする。
危ない、危ない。寝てしまうところだった。
彼は、手に釘と金槌を持っている。
「シャヴァート派は、土の加護を持っている。この店もシャヴァート派が建てたのだ」
学びチャンスを嗅ぎつけたわたしは、ノートを取り出してメモを取っていく。
建てたってことは、建築業を主に担っているのかな?
「最後のひとつは透明ではなく、白だ。ロータス派という」
アブソレムはわたしの前から時計を取り上げると、壁の上の方を見ている。
どうやら打ち付けてくれるらしい。
「ロータス派は、光の加護を得ているが、数が少ない」
光の加護?光ってなんだろう。
電気の代わりはトルニカ派の火で賄っているみたいだし、違うよね。
「ロータス派にはそのうち会えるだろう。我が庭にはロータスの加護が欠かせない」
わたしが考えていると、アブソレムは立ち上がって、時計を壁に設置しながら言った。
テーブルのすぐ横の壁につけることにしたらしい。
どういうことなんだろう?
庭には太陽もたっぷり当たっているし、これ以上光をあてる必要もなさそうだ。
わたしは質問しようとしたが、アブソレムが設置した時計を満足げに眺めているのを見て、やめておいた。
「ありがとう。これで時間がわかるわ」
わたしは隣に立って一緒に眺めながらそうお礼を言う。
てっきり無視させるかと思ったが、アブソレムは返事をしてくれた。
「時計がある生活は久々だ」
その横顔は少し嬉しそうに見えた。
ひとしきり時計を眺めていたわたしたちは、お茶を入れて飲むことにした。
ここでお茶を飲むといえば、貴重な勉強の時間だと言うことだ。
アブソレムが店の棚から、細かい乾燥したハーブを持ってきた。
「これはエルダーだ」
エルダーをスプーンでポットにうつしながら、恒例の講義を始めてくれる。
こんなに毎日魔法使いの生講義が聞けるなんて、ここは本当に楽園ではないだろうか。
「皮から花に至るまで、全てに高い薬効がある。万能の薬箱という別名があるほどだ」
へえ、なんだかすごい花だ。
「また、厄除けやお守りとして軒先に吊るすこともある。エルダーが関係した迷信や、伝承も多く残っている」
アブソレムがお茶を淹れて、ノートをとるわたしの隣にカップを置いた。
ありがとう、とお礼を言う。
マスカットにも似た甘めの香りだ。
飲んでみると、角のない優しい味わいでとてもおいしい。
「アブソレム、薬効って、例えばどんなもの?」
わたしはカップを置いてから、そう聞いた。
「使用する部位と使用法によっても異なるが、主には発汗、利尿、抗菌、去痰。うがい薬にもなる」
ふんふん、なるほど。喉からくる風邪に効くようね。
喉からくる風邪に、黄色のエルダー。
そんなしょうもないことを考えて、自ら吹き出してしまった。
アブソレムが、突然わたしが吹き出したのを見てビクッと反応した。
驚かしてごめん。
「アリス、君昨日から風呂に入ってないだろう」
「え、あ、うん。ごめん、くさい?」
わたしはノートから顔を上げて聞いた。
この人の話はいつも唐突だな。
「いやそうではないが、着替えもできたことだし、風呂に入ればいい」
それは嬉しい提案だ。
もしかして、湯船があるのだろうか。
洗面台でメイクだけは落としたが、そこは更衣室のような作りの部屋だったため、湯船の有無は確認していなかったのだ。
「エルダーの瓶のある棚の引き出しに、薄い布袋がある」
アブソレムがお茶を飲みながらそう言った。
それはつまり、取ってこいということね。
立ち上がって取りに行くと、確かに薄い布でできた袋がたくさん放り込まれていた。
「それを持って、ついて来なさい」
アブソレムはそう言って、店の奥のドアを開ける。
わたしは急いで残っているエルダーティーを飲み干し、慌ててついていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます