第6話 預言者と幸運の妖精
「しばらく現れていなかった預言者が?」
アブソレムが煙を吐きながらそう言った。
「ばあ様が昨日の祈祷で、そうお告げがあったって言うんだ」
わたしは先ほどとは打って変わって、真剣に話す二人の前にお茶のカップを置く。
今回はおかしなものは何も入れず、カモミールだけのお茶にした。
「そうか。それはミナレット派にとっては、待ちに待った吉報だな」
「そうなんだよ。だから、おっさんには預言者が現れたという場所を教えてほしい」
わたしはお茶を二人に出してからまたキッチンに戻り、立ったまま話を聞いていた。
ミナレット派の預言者とやらがどんな人なのか知らないが、今、話を遮るべきではないことだけは分かった。
「ミナレット派の祈祷師殿でも詳しい場所がわからないのか?」
「預言者は、もうばあ様の前の代から現れていない。この国にいるらしいことは分かっているんだが、詳しい場所までは特定できなくて」
アルはかなり焦っているようだ。机の下に隠した両手が硬く握られている。
アブソレムはしばらく考えてからお茶を一口飲み、「わかった」と言った。
「本当か!?」
アルが勢いよく立ち上がったため、机の上のカップから少しお茶が溢れる。
「ああ。だが、引き受けるのは預言者の場所を特定することではない。幸運の妖精を呼び寄せることだ」
よ、妖精?今、妖精って言った?
「それだけでも助かる。本当にありがとう」
ホッとしたらしく、椅子に倒れるように座り込む。
わたしは、「後でアブソレムに質問したいことリスト」をノートにメモしておいた。
「今日はちょうど満月の前日、小望月だ。日が落ちたら、また店へ出向いてくれ」
「分かった。ばあ様が喜ぶよ」
アルはそう言ったあと、やっと手元のカップに気がついたらしい。
勢いよくお茶を飲み干し、ニカッと笑った。
「お茶、おいしかった。ありがとう。魔女見習いさん」
その時、今度は玄関の色ガラスが突然青色に光った。
全員が光に気がつき玄関の方を見ると、その視線を待っていたように、「クロス派のものです」という女性の声が聞こえる。先ほどのアルとは違って、自分からドアを開けたりはしないようだ。
その声を聞いた瞬間、アルの周りの空気が変わったのが分かった。
今までの温かなものとは違い、緊張といえばいいのか、敵意といえばいいのか。そんな冷たい空気に変わったのだ。
アブソレムが一言アルに断ってから、玄関へ向かう。
玄関の戸を開けると、そこには銀色の長い髪にメガネをかけた美人が立っていた。
銀色の髪なのか、かけているメガネなのかわからないが、チカチカと光を反射している。とてもきれいだが、少し冷たい感じがする女性だ。
「アブソレム」
身分が高い人なのだろうか。さきほどの、アルの態度とは全く違う。
「これは。クロス派のストラ。今日はなんの用でしょう」
わたしはここで、少し不思議に思った。
いかにも身分が高いような雰囲気がある女性なのに、アブソレムの態度が全く変わらないからだ。
「王子がお会いしたいとのことです」
わ、きたっ、王子!
ファンタジーといえば王子様よね!
わたしが顔に出さないように密かにテンションを上げていると、アブソレムが眉を潜めてこちらをチラリと見た。どうやらお見通しのようだ。
「今日は先約があるため都合が悪い。明日以降にしてくれ」
彼がそう言うと、ストラと呼ばれた女性は椅子に座っているアルに目を向けた。
その目が見たこともないような侮蔑的な視線で、わたしは背筋が冷たくなる。
「ミナレット派のものか」
なんと、目だけではなく声までも冷たい。わたしは一気にストラへの好感度が下がってしまう。
アルは敵意のある目をしたまま、椅子から立って頭を下げた。
「ストラ様。大変申し訳ありませんが、なにぶん垣根の上でのことですので、ご容赦願います」
ストラは心底うんざりしたような顔をするだけで、なんの返事もしない。
代わりにアブソレムに「明日の正午に」とだけ言い捨てて、さっさと帰ってしまった。
閉められたドアを見届けたあと、アルは椅子にどさりと座った。
どっと疲れたようだ。分かる気がする。
わたしも固まっていた首をぐるりと一周回した。
「これだからおっさんの店はよ~…。クロス派が来るなんて、心臓がいくつあっても持たないって」
アブソレムは少し笑いながら、こちらへ戻って来る。
「ここは垣根の上だから大丈夫だろう。それでは、準備を整えてまた今夜来るといい」
アルが帰宅してから、わたしは待ってましたとばかりにノートに書きつけた質問を全てぶつけてやろうとアブソレムへ駆け寄った。
「アブソレム!ちょっとだけ、聞きたいことが…!」
「ミナレット派の預言者とは、神の言葉を代弁する者だ。もう1世紀近くも現れていない」
見透かされていたように一番上の質問の答えを投げつけられる。
わたしは慌てて「後でアブソレムに質問したいことリスト」の下に、今もらった答えを書きつけた。
「そしてクロス派とは、この国での第一勢力の分派だ。王族の大多数もクロス派に属している。先ほどのストラは王子の使者だ」
またもや答えられてしまった。これもノートへ書いていく。
「それから、垣根の上でのこととは、ここでは身分は関係ないという意味だ。クロス派は王族直系の貴族の集まりで、ミナレット派は労働者が多い」
アブソレムが椅子まで戻って来て、大きくキセルを吸った。どうやら少し疲れたらしい。
わたしもアルの座っていた椅子に腰掛ける。
「ミナレット派はそもそも力が弱いところに、皆を率いるはずの預言者がここしばらく現れていない。アルは、自分の分派がこのままより一層弱体化してしまうことを恐れている」
話す速度が速すぎてペンがなかなか追いつかない。
「質問はこんなところか」
ほとんど全て答えられてしまった。魔法使いは何もかもお見通しらしい。なぜか、少し悔しさを感じる。
「あとひとつだけあります」
アブソレムが目頭の間を揉みながら、言ってみろと言った。
「妖精を呼ぶって、どういうことですか?」
揉んでいた手を止めて、当たり前だろうとでも言いたいような顔でこちらを見た。
「そのままの意味だ。今夜、妖精を呼ぶんだよ」
やっぱりここはファンタジーだ。わたしは今夜、妖精に会えるらしい。
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