第5話 騒がしい風使い

わたしはアブソレムに部屋を与えてもらえることになった。

先ほどまでいた、あの棚だらけの部屋は、どうやらお店だったらしい。


「ここは私の店で、名をサンテ・ポルタという」

「サンテ…。ということは、意味は健康?」

「そうだ。そしてポルタは城の門をあらわす」


つまり、健康への門ってところか。やはり、言葉も前の世界とそう変わらないみたいだ。

言葉が分かるなんて、学びやすくてなんて都合がいいことだろう。


「何を売っているの?薬草がたくさんあるから、薬?」

わたしの問いに、アブソレムは店の奥にある、色ガラスが嵌め殺された木の扉をくぐりながら答える。

どうやら店の奥が住居になっているらしい。


「私たち魔法使いの仕事は、客の望みを叶えることだ」


望みを叶える?うーん……胡散臭い。

結局のところ、何を売っているのかの答えにはなっていない気がする。


店の奥には、意外なほどたくさんの部屋があった。

食堂らしきテーブルのある部屋、本棚とあまり見慣れない道具がたくさん並んでいる部屋、きらきらした小石とひからびた小動物の死体が樽に放り込んである倉庫。

中央に細い廊下があり、その左右に部屋がある形をしている。

サンテ・ポルタはちょうど中央にあり、一部屋だけ張り出す形になっていた。


サンテ・ポルタから見て左手の廊下の突き当たりに、外へ通じるドアがあった。大きさからして裏口のようだ。

こちらにもまた色グラスが嵌め殺されていて、外の景色が見える。

抜けるような青空を、半分も覆い隠している何かの蔦。

もしかしたらさっき教わったばかりの有毒のホワイトブリオニーかも、と思ってドキッとしてしまう。


「君の部屋は右手だ」

アブソレムが、外に通じる色ガラスのドアの、右側にある部屋を指差した。

木製のドアを開けてみると、そこにはベッドがひとつと、テーブルセット、小さなチェストが置いてあった。


「わあ、ずいぶんちゃんとした部屋。もらえるなら倉庫でもありがたいと思っていたから」


わたしが喜んでいるのを見て、「ここは客間として使っている部屋だからな」とアブソレムが言った途端、店の方から叫ぶように呼ぶ声が聞こえた。




「おーーーーーーい!いもむしのおっさん!!」


声が聞こえた方向からして、店の玄関の前で誰かが騒いでいるようだ。


アブソレムは一度小さく舌打ちをすると、足早に店の方へ引き返していく。

わたしはどうしたらいいのか一瞬迷ったのち、付いて行くことにした。


「ウィローに手を置け。ばかもの」


アブソレムは慣れたように店の中から声をかける。どうやら知り合いらしい。

毎度毎度めんどくせえなあ、と文句を言う声が聞こえて、外の人物がウィローに触れると、玄関のステンドグラスの向こう側が一気に緑色の光に包まれた。すごい。どうなっているんだろう?ウィローって、確か私が最初に触ったあの板よね?


ウィローに触れたからなのか、玄関のドアが勝手に開く。

どうやら鍵のような役割をしているようだ。


「君は毎回騒がしすぎる、アル」

アルと呼ばれた青年は、薄い黄緑色の短髪と同じ色の瞳をしていた。ニカッと効果音が出そうなくらいのいい笑顔をしている。


「いもむしのおっさんが出てくるのがおせーんだよ。まちくたびれたぜ」


いもむしのおっさんって、アブソレムのことなのかな?髪が緑だからいもむしは分かるとしても、おっさんはないでしょ。どこからどう見てもまだ20代だよ。


軽口を叩きながら店内に入って来たアルは、アブソレムの後ろにいるわたしにやっと気がついたらしい。


「えっ!!?女の子がいんじゃん!!なに、おっさん?そういうこと!?」

「そういうことってどういうことだ」

おおげさに驚くアルを、アブソレムは面倒くさそうにあしらっている。なんだか仲が良さそうな二人だ。


「あの、はじめまして。アリスといいます。アブソレムの弟子になりました」

「えええっ!!?で、弟子!?つーことは、君も加護を持たない者?」

この人、めちゃくちゃリアクションが大きいな。リアクションの風圧で吹き飛ばされそう。漫画みたいな人だ。


「何故だか成り行きで拾ってしまってな」


キセルに火をつけながら、アブソレムがそう言う。

そんな、人を捨て猫みたいに言わないでほしい。


「そうなんだあ。加護を持たない者が二人も揃うなんて、すっげえ珍しいね」

アルの言葉を聞いて、加護のない者は相当な少数派なんだなと改めて感じる。穴から落ちた先がたまたまこの店で、かなりの幸運だったようだ。


「アブソレムの弟子なら、もう今日から俺の友人だ。俺はアル=ティーラー。ミナレット派の26歳だ。よろしくな」


またもやニカッとした効果音付きの笑顔を見せて、握手を求められた。

あたたかい手と握手をしながら、この人、騒がしいけど悪い人じゃなさそう、と私は警戒を解く。


「ミナレット派…?とはなんでしょう?」

わたしはアブソレムの方を振り向きながら聞いた。彼は私たちの自己紹介なんて全く目に入っていないような態度で棚に寄りかかり、キセルをふかしていた。


「えっ!?この子、ミナレット派知らないの?まじで?ウチ、そんなに弱体化しちゃったかな?」


アルがとんでもない勢いで驚いている。この人のリアクション……どうにかならないかな。


「アリスはここに来るまでの道中で、頭を強く打つ事故にあってな。記憶がおぼつかないらしい」

アブソレムが嘘とも誠ともつかない理由を説明してくれる。


「うわー、そんなことがあったのか。大変だったな、アリス…。よし、それなら、ミナレット派のことは俺が教えてやるからな」

アルは素直に信じて心配してくれた。アブソレム、この人を扱うのが上手すぎるよ。



「ミナレット派の神はミナレット様ただ一人だ。主たるご加護は空気や風。それを利用して郵便や運送業に就く人が多いよ」


ああ、なるほど。

アブソレムが最初に言っていた、加護がないと仕事もできないというのはこういうことなのか。確かに、すべての人が加護を活かした職に就くのであれば、わたしに仕事はもらえないだろう。


「風の力とは具体的にどんなものなのですか?」

わたしがそう聞くと、アルはよしきたとばかりに手を広げ、アブソレムの方へ向けた。

その手が光ったと思うと、まるで風に運ばれているようにキセルがアルの方へ飛んでくる。


「ほら。こんな感じだよ」

アブソレムがやめろ返せと言って眉間にシワを寄せているが、わたしはあまりのファンタジーさにびっくりしてしまった。


火のついたままのキセルが、ひとりでに宙に浮かんで飛んでくるなんて!

冬の日にコタツでこの力を使ったら、ものすごく人気者になるんじゃないかしら…。


「す、すごい!すごいわアル!こんなことができるなんてっ!」


感激のあまり、アルの両手を掴んでブンブン振り回してしまう。アルは突然褒められたため、呆気にとられたような顔をしている。


「あ、ああ…そう?そうかなあ!」

そして一気に顔を緩め、こんなこともできるよ!と、今度は自分を浮かせて見せてくれた。


すごい!人が飛んでいる!

なんてすごいの、ミナレット様のご加護!


わたしたちがお互いに感激してギャーギャーと騒いでいるところに、アブソレムがピシャリと言った。

「騒ぐのもいい加減にしなさい。それにアル。君は用があって来たんだろう?」


わたしたちはハッとして、アルはちょっとバツが悪そうにゆっくりと床へと降りた。

そして小声でごめん、と謝ってからアブソレムの向かいの椅子に座る。

まるで叱られた子犬のようだ。


わたしは話の邪魔にならないように、ついでにこれ以上叱られないように、教えてもらったばかりのお茶をアルに出そうと、キッチンへと向かった。

この部屋には椅子が二脚しかない。


「今日来たのは、預言者が現れたとお告げがあったからなんだ」

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