第4話 願いの魔石
アブソレムの淹れてくれた美味しいお茶を飲んで、わたしは気になっていたことを聞いてみた。
「あの、アブソレム。魔法使いにならないと生きていけないことは分かったのだけど、わたしはいつ帰れるのかしら?帰り道がわからなくて……」
アブソレムは最後の一滴まで飲み終えたカップの底をじっと見つめている。
何をみているのだろう?底に残ったお茶の葉の澱だろうか?
「君がどこから来たのかは私も知らない。君が突然現れた私の薬草棚の向こうには、ただ壁があるだけだ」
「ああ、そうよね……」
わたしは自分がいた薬草棚を思い出してみた。
確かにただの土壁があるだけだった。
天井は壊れていなかったから、上から落ちて来たわけでもないだろうし、一体どういうことなのだろう。
「どうしよう。わたしの部屋に、うさぎのヘンリーがいるのよ。あ、うさぎってわかる?」
「君は私を馬鹿にしているのか?」
どう考えてもここは別世界だが、うさぎという生き物はいるようだ。
言葉も通じるし、動植物の名称が同じなら生きていくのにものすごく不便することはなさそうだ。いくらか安心した。
すぐには帰れないとしたら、ヘンリーのことが心配だ。
ここしばらくは残業続きで十分に世話がしてあげられなかったため、ペットシッターを契約している。
なので餌がなくて飢え死ぬことはないだろうが……。
ペットシッター代は口座から自動で引き落としされるだろうし、口座が空になるまではなんとかなるだろう。
シッターが、わたしが帰宅していないのに気がついて警察に届けるまで、どれくらいの日数がかかるだろうか。
幸いなことに、と言って良いのかわからないが、わたしには両親も友人もいない。
失踪者として届出してくれるのはシッターか、会社くらいなものだろう。
失踪者扱いとなってしまったら、ヘンリーはどうなるのだろう?
保健所行きだろうか?
「うう、ヘンリー」
わたしが手で顔を覆い、ガックリと肩を落としているのをみて、アブソレムが言った。
「それほど大切なうさぎなのか?」
「ええ、とても大切……。もう12歳になるのよ」
「それならばそろそろ寿命では?」
「いいえ。彼は獣医が驚くほど健康なの。毎日、まるで子供のように跳ね回っているし」
その言葉を聞いて、アブソレムはピクリと眉を動かした。
一瞬怪訝な顔になったが、すぐに元に戻る。
「そうだな……。帰る方法が全くないというわけではない」
「えっ!本当?どんな方法があるの?」
「先ほど加護は、水、火、風、土、光の5種類があると言ったな」
「ええ」
「強い加護を持つ者は、それぞれ魔石を作ることができる。ただ、本当に強い加護を持っている者できなくてはならず、かつ物凄く消耗するから、気軽には作れない」
突然魔石の話になった。
わたしは慌ててノートを開き、アブソレムの言葉を書き留めていく。
「水、火、風、土、光の5種類の魔石を集めると、たったひとつだけ願いが叶うと言われている。名を願いの魔石と言う」
「えっ!」
すごい。なんの願いでも叶うのだろうか。
まるで絵本の世界だ。
「しかしただの魔石でいいわけではない。強い加護を持つ者が、自分のために作った魔石でないと意味がない」
「私のために、誰かに作ってもらわないといけないのね?それって難しいの?」
お金を出せば作ってくれる魔石請負工房とかないのかしら。
と言っても、今、お金も一切持っていないけど。
「はっきり言って難しい。人が願いの魔石を作る機会は、生まれた我が子へ、恩人、主人へ忠誠を誓うためなど、それくらいしかない」
わたしは忙しなく動かしていたペンをピタリと止めた。
「ちょっと待って。そうしたらわたしが願いの魔石を手に入れるためには、子供を産んだり誰かに心から感謝されたりしないといけないっていうこと?」
「まあ、そういうことになるな」
「そんなの無理じゃない!わたしはこっちの世界に知り合いなんてひとりもいないのに」
なまじ希望を持ったために、ガクッときてしまった。ペンを放り出してノートに突っ伏する。
「いや、無理だと言い切ってしまうのは早い。魔法使いになれば、人などあちらからどんどんとやってくるものだ」
「本当に?」
これは慰めてくれているのか、本当にそうなのか。
アブソレムはほとんど表情を変えないので、本心がよくわからない。
「まあ、すぐに分かるだろう。なかなかに慌ただしい生活だ」
アブソレムはそう言うと、睨みつけるように見つめていたカップを窓際のキッチンへと持って行った。
わたしは突っ伏していた体を少しだけ起こして、テーブルの上に組んだ両手に顎を乗せて考える。
一気に色々なことがあったから、少し頭の中を整理してみよう。
まず、わたしがこの世界で生きていくためには、どうしても魔法使いにならなければならないらしい。
そしてヘンリーに会うため、元の世界に帰るためには、5つの加護が込められた、願いの魔石を手に入れなければならない。
魔石は加護……とか言う、魔法のような力のある人しか作ることができない。
願いの魔石は生涯で数回しか作ることができない。
作ってもらうためには、子供を産む……のは無理だろう。
もうひとつの方法、誰かの恩人になる、を目指さないといけない。
ということは、元の世界に帰るためには、魔法は使えないけど魔法使いになって、そして誰かに感謝してもらうしかない!
「はあ~……。ぃよしっ!やるしかない!がんばれ、わたし!」
わたしは大きく息を吐き、気合を入れて勢い良く椅子から立ち上がった。
力の限りのガッツポーズ。
それに驚いたのか、キッチンにいるアブソレムがビクッと体を震わせ、ガチャンとカップを落としていた。
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