第3話 あらゆるものには毒がある

お茶を淹れろと言われたわたしは、キッチンと思わしき水場のあるところに行ってお茶の葉を探してみた。

なんとなく直感でキッチンだと思ったのだが、コンロは置いていない。

不思議な形の台がひとつだけあって、べたべたしたものが付着している。

わたしはなるべくべたべたを見ないように気をつけながら、作り付けの棚を見た。

お茶の葉らしき葉っぱはズラリとガラス瓶に入って並んでいる。


…よく見るとキッチンの外の棚にも同じように大量に並んでいる。一体どれがお茶の葉なのか全くわからない。


「あの…先生?師匠?」


わたしは後ろに座っているアブソレムに話しかける。

呼ばれ方が気に入らなかったのか、彼はキセルの煙にむせて咳き込んだ。

「私のことはアブソレムでいい」

呼び捨てでいいのか。突然現れたわたしを弟子にするところといい、この人は面倒くさがりのくせにとっても面倒見がいいらしい。


「じゃあ、アブソレム。お茶の葉ってどれですか?数が多すぎてわからないんだけど?」

わたしはガラス瓶の並んだ棚を指さしてそう言う。

「蓋を開けて香りをかいで良いから、これだと思うものを探してみなさい」


アブソレムの様子からすると、どうやらこれは最初のテストらしい。

勘の良さや、今ある知識がどの程度か調べているのかしら?

そんなこと言われてもなあ。

わたしはキッチンの横にある棚を上から順に見ていくことにした。よく見ると、ラベルがついているものが結構ある。

文字は少し変わった感じがするが、なんとか読める。ラベルの文字は英語のようだ。そういえば言葉は日本語で話しているけど、自動的に変換されているのだろうか。


ソープワート、ペニーロイヤル、マグワート…。うーん、なんだかわからない。

ん、マリーゴールドがある。植物の種類や呼び方も、前の世界と同じみたい。

でも、マリーゴールドってお茶にできたっけ?

うう、こんなことになるなら日本農業検定やグリーンアドバイザーの資格を取っておくんだった。


あっ!ここにカモミールがあった!これはお茶になるはず。ふふふん。最初のテストは合格間違いなしだわ。


わたしはカモミールの瓶をキッチンに運び、ポットにスプーン1杯分いれた。花も混じっていてなかなか可愛らしい。

うーん、これだけでも良いだろうけど、さっきのアブソレムが淹れてくれたおいしいお茶は、確かマジョ…なんとかを混ぜたって言っていたよね?

こっちも真似して何かを混ぜたら、もっとポイントアップなんじゃない?

そう思って、わたしは先ほどと違う棚の前に立つ。瓶はさきほどと全く同じだから見分けがつかない。


ホワイトブリオニーとブラックブリオニーという、似たような名前のハーブをふたつ見つけた。黒胡椒と白胡椒のようなものかな?これを混ぜてみよう。

わたしはホワイトとブラックで少し迷い、結局ホワイトブリオニーのほうをお茶に足した。

コンロがなくお湯が沸かせなかったので、アブソレムに聞こうと振り返ると、彼はこちらを面倒そうに一瞥して、キッチンの端に置いてある水差しを指差した。

綺麗な細工を施された水差しを少し傾けると、暑いお湯が出て驚いた。

こんな便利なものがあるなんて。我が家にある電気ケトルよりもずっと便利だ。


「はい、できました」

アブソレムはボーッとキセルを吸っていたようだった。はいはい、というような感じでこっちを向く。

「ああ、カモミールか。少しは知っているようだな」

そう褒めてもらえて喜んだのもつかの間、アブソレムは立ち上がってポットを持つと、そのままキッチンへ流してしまった。

「えっ…!?もったいない!どうして捨てるんですか!」

彼は何も言わず、棚に突っ込んであった分厚いノートとペンを私に放り投げる。


「アリスが今使ったのはホワイトブリオニーだな」

言い当てられてギクリとする。この様子だと、どうやら混ぜない方が良かったらしい。

「ホワイトブリオニーは森林や低木によく見られる。つる状の植物で、3メートルほどの高さまで成長することもある。花は白で春頃に咲く」


突然講義が始まった。わたしは慌てて、もらったノートに書き写していく。

「この植物に含まれる毒は、消化器官にダメージを与え、嘔吐、猛烈な胃痛、下痢を伴う」

驚いて顔を上げ、アブソレムを凝視してしまう。え、毒?猛烈な胃痛?こわっ!

「ど、どうしてそんなものを普通に棚に並べて…」

そう聞くと、アブソレムはポットを洗いながら説明を続けた。


「ホワイトブリオニーは、毒を持つ反面、腸内寄生虫や感染症に効果を持つ。咳止めにも有効だ」

ノートに大きく「有毒」と書いてしまったわたしは、その下に注釈を入れて感染症と咳止めに効果あり、と書き込む。

「いいかアリス。要は用量なのだ。あらゆるものには毒がある。毒のないものなんてない。その量によって、有害かどうかが決まるのだ」

大切なことを言われている気がして、わたしはまたノートから顔を上げた。


「これから魔法について教えいく上で、毒は有害だということを片時も忘れてはいけない。毒のあるものを扱う時には慎重に扱うこと。必ず注意すること。ただの水も、飲みすぎると中毒になって死ぬ」

アブソレムが一番最初に毒について教えようとしてくれていたことに気がついて、わたしは嬉しくなった。少なくとも、わたしのことが心底邪魔ならそんな注意はしないはずだ。

本気で邪魔に思ってどこかへやってしまいたいのなら、その毒を飲ませれば良いんだもの。

「ありがとう。必ず気をつけます」

分かればよろしいと言ったきり、アブソレムは新しくお茶を入れ始めた。わたしはじっと彼が選ぶ瓶を見て、覚えようとする。

カモミールと、ホーステールというハーブを入れたようだった。あとで効能を聞かなければ。

そこでわたしはもうひとつ、迷ったハーブがあるのを思い出した。

「アブソレム。ちなみにブラックブリオニーを選んでいたらどうなっていた?」

お茶を運んできてくれたアブソレムは、にやりと笑って教えてくれた。


「ブラックブリオニーは、ハート形の光沢のある葉を持ち、赤色の実をつける。痛ましい死をもたらすほど毒性が強いものだ」

わたしは無言で、ブラックブリオニーの名前の上に「猛毒」と書き込んだ。

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