第2話 廊下の男女

勤め先の廊下に仲睦まじい男女の姿を感じた。生首と同じくそこにいるわけではないのに、薄暗い廊下の真ん中で抱き合い見つめ合う、スーツ姿の中年男性と真っ赤なワンピースの若い女をイメージしてしまうのだ。

これも疲れているということなのだろうか。男女のイメージを描きながら廊下を見つめていると、隣に「何してるの?」と見目の良い青年が立った。彼はこの会社を束ねる社長の息子で私より4歳若く、社内の地位においても私の後輩にあたるらしいが、私のことはそうとうナメているらしくタメ口を使ってくる。

せっかくなのでこの御曹司の肝を冷やしてあげようと、私は廊下に立つ男女のイメージを話してみた。すると御曹司は顔を強張らせ「不謹慎だよ」と言った。


「不謹慎?」


「今の心中の話でしょ。30年前の」


「何それウチら生まれたばっかじゃん。知らんし」


「ウソ。当時の総務部長が不倫相手をここで滅多刺しにして首吊った話でしょ?俺パパから聞いたし」


逆に私が肝を冷やされてしまった。

この後、1人で廊下を歩けなくなった私が御曹司にしがみついて部署に戻っていると、世間話をしていた御曹司が「それでウチの親父が…あっ、パパが」と言い直した。パパ呼びはよそ向けのキャラ作りだった。

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