8
「……けがをしているな」
「えっ!」
ニニは慌てて
屋敷の庭で栽培されているアルラウネたちでさえ、もう少し丁寧に扱ってもらえているかもしれない、とニニは思った。
「だいぶ傷が深い」
「助けられないんですか ……?」
ニニは眉根を寄せてカーバンクルが身を預ける
「無理だ」
「魔獣医なのに?」
ダンタリオンはわずかにむっとしたような顔で、こいつは野生だ、と言った。
「野生だと助けられないんですか?」
「魔界のいきものは、本来、医者の手なんか必要としない。生きるも死ぬも
「でも、治療すれば助かるんですよね?」
助けてください、とニニは叫んだ。
「まだ助かるんでしょ? 助けてあげて!」
無理だと言っているだろう、とダンタリオンはそれまでよりも少し厳しい声で言った。
「僕は依頼がなければ治療はしない。一度面倒があってからはそう決めているんだ。こいつは野生でだれにも飼われていない。治療を依頼する者はいないだろう」
わたしが、とニニはまたもや叫んだ。
「わたしが依頼します! だめですか?」
「だめだね」
ダンタリオンの返事はにべもなかった。
「魔界でいきものを飼う、というのは、契約をすることだ。獣に役割と居場所を与え、奉仕を受ける。その獣が命を終えるまで契約を破棄することはできない」
「それなら契約します!」
ダンタリオンの
「カーバンクルがどういういきものなのか、ろくに知りもしないで簡単に言うんじゃない。彼らがなにを食べるか、どれだけ生きるか、おまえは知っているのか?」
「でも ……!」
「そんなことも知らないくせに、軽々しく契約を口にするな」
ニニは言葉を失った。
「それに契約には魔力が必要だ。おまえに魔力はないだろう、ニニ」
ダンタリオンはニニの手を振りほどくように立ち上がった。掌に載せたカーバンクルを草むらの中に下ろそうというのか、首根っこをつまんでその小さな
「待って! 待ってください! そのまま置いていったら死んじゃいます!」
「それも運命だよ。そう言っただろう」
ニニの頭にカッと血が上った。親とはぐれ、フェンリルに追いまわされて、瘴気の立ちこめる湿原で野垂れ死ぬ。それが、この小さないきものの運命なの?
――そんなもの、くそくらえだわ !
「じゃあ、
「なに?」
ダンタリオンはひどく驚いたように目を見開いた。腰をかがめた中途半端な姿勢のまま、おまえ、なにを言ってるんだ、と首を傾げる。
「
「……師匠の受け売りだ」
師匠とはだれだ、と思ったが、いまはそんなことはどうでもいい。
「受け売りでもなんでもかまいません! その子を保護してください! それで、ご自分でご自分に治療を依頼すればいいじゃないですか」
ダンタリオンは姿勢を正した。その掌にはまだカーバンクルを載せたままだ。
「理由がない」
「理由?」
「契約の理由だ。死にかけのカーバンクルと契約しても、僕にいいことはひとつもない」
ニニはまたもや言葉に詰まる。ほらね、とダンタリオンは言った。
「あまり困らせないでくれ。どんないきものにも寿命はある。こいつはここで命を終える運命だったんだよ」
ダンタリオンはそう言いながら、今度こそカーバンクルの身体を草むらへ下ろそうとした。それができなかったのは、素早く動いたニニが目の前に立ちはだかったからだ。靴のかかとがやわらかい泥に沈むのにもかまわず、ニニは夢中で叫んだ。
「それならわたしは? わたしとの契約は? 意味があるの?」
悪魔がわずかばかり
「わたしを使い魔にしたことで、
「あるよ」
「人間の
「カーバンクルの
「……無茶を言うな」
ダンタリオンはすっかりあきれてしまったのか、ニニの身体を押しのけようとする。そのままカーバンクルを放り投げ、すべてを終わらせてしまうつもりでいるらしい。
ニニは必死に頭を働かせる。
なにか、なにかないの?
「
「……なに?」
突然の問いかけにダンタリオンはニニを振り返った。その表情には純粋な疑問が浮かんでいた。使い魔の言葉の意味を本気でつかみかねているようだ。身体の脇で両の拳を握りしめ、ニニは、だから、と必死に言い募る。
「だから、悪魔と契約するときの対価になるのは
ダンタリオンは
「そうではない」
「
「まあ、それはそうだけど ……」
ダンタリオンは警戒のにじむ口調で答えた。予測不能の行動に出るニニが次になにを言い出すのか、はかりかねているに違いない。
「
「は?」
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