9
ダンタリオンは顔をしかめた。
「菫です。さっきお菓子を食べたとき、
あるじの答えはなかったが、ニニは必死で言葉を重ねた。
「わたし、知ってるんです。菫がたくさん咲くところ。とてもいい香りのする菫です。ネリと一緒に見つけたの。山を少し登らなきゃいけないし、だれにも話してない秘密の場所だから、摘みにくる人なんかいない。あそこなら……」
「菫の季節はもう過ぎた」
ダンタリオンは首を横に振っている。ニニの話に思わず耳を傾けてしまった自分を戒めてでもいるのか、指先で軽くこめかみを押さえている。
「取引にはならない」
「じゃあ、
「薔薇?」
ダンタリオンの眉がぴくりと動いた。使い魔の
「山には薔薇も咲くんです。花びらがたっぷりついていて、とても
「……野生の薔薇は香りがよくない」
「そんなことありません! すごくいい匂いがします。そのおかげで、ネリもわたしもそこに薔薇が咲いていることに気づいたんだもの。道から少し
ダンタリオンはわずかに上体を引き、
「村の者たちも知っているんだろう? そこは ……その、薔薇の咲いているところは」
ダンタリオンが低い声でニニに尋ねた。あるじの声に迷うような響きを感じ取った使い魔は、さきほどよりも遠慮がちな調子で応じた。ここは慎重に話を進めなければ。
「知っています。でも、村の人たちは花を摘んだりなんかしません」
「……どうして?」
「花を売るのは手間がかかるんです。枯らさないように町まで運ぶのは大変だし、香水や化粧品を作るにはたくさんの器具や高価な材料が必要です」
ニニたちの村は花で商売をするにはあまりにも山奥にあり、またあまりにも貧しかった。
「それに花が咲く季節は限られてて、それだけでは生計を立てられないんです」
ダンタリオンはふたたび掌の上のカーバンクルを見下ろした。浅い呼吸は速く、尻尾の先さえぴくりとも動かない。ニニはじりじりしながら悪魔の返事を待つ。
「わかった」
ダンタリオンがようやく心を決めたらしい。
「薔薇の季節はもうじきだ。必ず案内してくれ」
ニニは小刻みに何度も
ダンタリオンは掌の上のカーバンクルにもう一方の手をかざした。やわらかい緑色の光が灰白色の小さな身体を優しく照らす。
「ニニ、名前はなににする?」
えっ、とニニは戸惑った。
「わたしが考えるんですか?」
「おまえが助けると決めたんだからね」
はい、と答えたニニだが、そう急に言われてもカーバンクルの名前など思いつかない。一瞬、ネリ、と言いかけて、それはいけない、と思い直した。
「テ、テオ! テオというのはどうですか?」
意味もなにもなく、ただ呼びやすそうだと思いついた名前だ。それでもダンタリオンは、いいと思うよ、と
悪魔は指先に緑色の光を
「おいで、ニニ」
ダンタリオンに呼ばれ、ニニは彼のそばに駆け寄った。
「おまえが世話をしてやりなさい」
「はい」
神妙な返事とともに、差し出された小さな命を両手で受け取った。テオの身体はとても軽く、しかしたしかにあたたかい。
「
「屋敷に戻ってからにしよう」
このあたりはどうやらフェンリルの縄張りらしい、とダンタリオンは言った。
「僕がいるかぎり手出しはしてこないはずだけど、ニニは落ち着かないだろう」
「で、でも ……」
「なんだ」
月光草はどうするんですか、とニニは
そうか、とダンタリオンはわずかな時間考えるような仕草を見せた。だが、すぐに薄い笑みを浮かべると、片手をさっと動かした。
強い
ニニは思わず目をつぶり、胸にカーバンクルを
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