第17話 再会

 ついにその時が近づいてきた。

 今から少し前、多目的ホールに、参加者が全員再集結した。中央の第画面にはこのデポリカの街の様子が大きく映し出された。画面の中央、上には2つの月が少し重なって月食のように町を照らし出していた。すぐ横に大きくなった第三の月が怪しく輝き、だんだんと接近しているのが分かる。

 その時空港の基地では、格納庫のゲートが開き、巨大なもの、出動しようとしていた。惑星開発用巨大ロボットガイアトラスであった

「ガイアトラス、コードネーム、ブラックジャガー、飛行用ジェットアタッチメント装着完了、出撃態勢に入ります」

 3つの月が明るく照らす夜空の下、ガイアトラスのブラックジャガーは力強く立ち上がった。

 黒光りする漆黒のボディ、力強い超合金の腕、どっしりとした足。

「ブラックジャガー、発進!」

 背中に取り付けられた翼のジェットが火を噴いた。

「ウオオオオーン!」

 黒い巨大は青い月の夜に、1直線に飛び立っていったのだった。

「おお、海が満ちてきたようだ」

 テイラー分析官の言葉に、皆が画面をみつめた。ほとんど音もなく、まずは町の海側から海水が満ちてきた。3つの月が町を青く照らしだし、だんだん地面が波打つ水面に覆われて行くのが分かった。この第画面の映像は、避難民の各部屋にも送られていると言う。今、このハニカムタンクにいる全員が、息を殺してこの画面を見ているに違いない。

 このハニカムタンク以外では、空港の管制塔のビルの高層階と軍の基地のやはり高層階に兵士やわずかな人数が残っているだけだと言う。やがてついに時が訪れ、第三の月がぐんと近づき、3つの月が重なり始めた。惑星、3つの月、そして惑星の裏側には太陽が一列に並ぶ、その瞬間が訪れた。

「時間だ」

遠く海の方から轟音が響いてきた。何かが暗い夜の向こう側から押し寄せてくる。

「海側から大きな波がやってきます。皆さん、衝撃に備えてください」

皆、訓練の通り、広い場所に出たり、柱やテーブルの足につかまったり、ハニカムタンクの全員が息をのんだ。やがてものすごい量の水が壁にぶつかり、同時にふわっと水に浮かんでいるような感じがした。ゴゴゴゴッと水が渦巻く音が響き、建物が大きく傾いた。だが、予想以上に衝撃はゆったりとして、大きく何回か揺れたが、それは穏やかなものであった。ハニカムタンクの性能は本物だったのだ。

「第一波、通り過ぎました。ハニカムタンクは数十m流されたようですが、まだセントラル公園の敷地内にあります」

さらに耳を傾けていると少したってから次の放送があった。

「今の時点で、ハニカムタンク内での破損事故、インフラの異常はありません。怪我をした人や小さな事故もありませんでした。ご協力有難うございます」

多目的ホール全体がほっと溜息をついた。あと十数分後にやってくる第二波に備えて何人かは安全点検のために部屋から出て言った。

「あれ?!」

黒川はその時、おかしなことに気付いた。いつの間にか、ニコル・ハントがこの会場から姿を消していたのだ。

「…いつからいなくなったんだ。こんなときに一体どこに?!」

今、安全確認をしに行ったメンバーと一緒に出て行ったのだろうか…、いや、もっと前からいなくなっていたかもしれない…なぜ…?!

だがその時、黒川は医師としてあることを思い出した。そして、まさかと思ったが、ステラとソフィーのいる特別室にキキュロを出して通信を送ったのだ。

「ステラ、ソフィー、黒川だ。今、そっちにニコル・ハントさんが行かなかったか?」

「はい、ステラです。ええ、よくわかったわね、ちょうど今ニコル・ハントさんが来て、出て行ったばかりです」

「それで、君たちの部屋から何かを持っていかなかったか?」

「ええ、衝撃で何かあるといけないって、親切に細胞活性剤を安全なところに運んでくれたんです」

「ソフィー、その薬の名前が分かるか?」

「はい、クィーンゼリーと薬草を調合した非常に効果の高いものだと…」

あの青い卵にぎっしり入っていたのはクィーンゼリーだった。やられたかもしれない。黒川は何かあったらすぐ自分に連絡するようにステラたちに伝えて、すぐカペリウス隊長の座席までかけつけた。

「…と言うわけです」

「わかった、すぐ調査隊のメンバーで阻止しよう。警察署長に頼んで、監視カメラ映像を使って彼女の居場所を特定しよう。黒川君、君はステラたちのケアを頼む」

「はい」

でも今はこのハニカムタンクの出入り口のゲートは閉鎖されている。どこに隠れようとも監視カメラシステムで場所を特定できれば逃げ切ることはできない。

「だが、ちょっと待てよ。あのしたたかなニコル・ハントがむざむざつかまるようなことを計画するだろうか?」

さっきニコル・ハントがノートに書き込んでいたのは、何かの作戦かもしれなかった。黒川は考えながら、特別室の方に歩きだした。その瞬間だった。

「黒川先生、すみません。クィーンゼリーのことですよね、私が原因なんです」

「えっ?!」

小百合が駆け込んできた。何のことかよくわからなかった。話を聞こうと二人で連れだって歩きだした時、突然、小百合が走り出した。

「いた、いました、ニコル・ハントさんが、エレベーターホールの方に走って行くのがちらっと見えたんです」

もう、どういうことなのかは後にして、二人は走り出した。

すぐに後姿が見えてきた。ニコル・ハントだった。手にバッグを持って、今まさにエレベーターに飛び込んだのだった。

「待て、そのバッグの中身は何だ!」

だが目の前でエレベーターのドアは閉まり、上へと昇って行ったのだった。

「上だと? 屋上しかないぞ?! いや、そ、そういうことか?」

黒川はキキュロに命令してカペリウス隊長に自分たちの行き先をリアルタイムに伝えるように言うと、小百合とともに、その隣のエレベータに飛び乗り、上へと昇って行ったのだった。

「…それで、どういうことなんだい、白石君?!」

「おととい、王国から帰ってきた時、さっそっくソフィーたちの部屋にあの象徴図形の絵画を飾ったんですが…調査隊の記録ファイルに部屋の様子を写してアップしておいたんです。その写真の隅にあの青い薬を入れたカプセルが映っていたんです。きっと、ニコル・ハントはそれを見たんですよ。すみませんでした」

「調査隊のファイルは一般の人は見ることのできないない部の貴重な記録だ。君は調査隊員として、まっとうな記録活動をしただけだ、何も悪くないさ」

小百合はやっと少し落ち着いた。

「…黒川先生って、優しいんですね…」

やがてエレベータは屋上につく、黒川の目の前でドアがゆっくり開く。

「気をつけて、爆弾よ」

ニコル・ハントの声がしたかと思うと、エレベータの中に、何か金属製の物体が投げられた。爆弾?本物か?!

「うわあっ!」

あわてて飛び出す黒川と小百合、ズバーンという音がすぐ背中で聞こえ、黒川は倒れ込んだ。けがはなかったが、エレベータの安全装置が反応し、四基ある屋上へのエレベータがすべて停止した。

黒川は急いで小百合を抱き起こした。大きな怪我はなさそうだ。

「エレベータはしばらく停止ね。もう、誰も屋上には昇ってこない。助けはこないわ。観念してしばらくおとなしくしてね」

ニコル・ハントが、夜風に髪をなびかせ、屋上に一人で立っていた。黒川は、ニコル・ハントへと歩きだす。

「今なら、まだ罪は軽い。いいか、君が持っていこうとしているのは、私の大事な患者の大事な治療薬だ。お願いだ、返してくれ」

屋上では夜風が音をたてて吹き抜けて行く。頭上では3つの月が今ちょうどひとつに重なりあい、何もない屋上を、そして、その向こうに広がる水没した町をあやしく照らしていた。

「もうあと数分で、エッシャーがここのヘリポートに小型宇宙船を着陸させる。ほんの数分目を瞑ってくれればすむのよ。ね、黒川さん」

黒川は大きく首を振り、ニコル・ハントに手を伸ばした。そのバッグを渡してくれと…。

するとニコル・ハントは、財界の大物バロン氏の名前をささやいた。

「それが、何だと言うのだ!」

怒鳴りながら黒川の頭にあることが浮かんだ。バロンは財界の大物で製薬会社や医療機械を手がける巨大な医療企業グループの代表だ。

「…そういうことか!」

「それだけじゃない、宇宙連邦の最高評議会の複数の議員も、バロン氏と一緒にこれを待ってるの、だから政府が、我々諜報部が動いてる…」

「最高評議会のメンバーだと?」

レイトン提督もてこずったわけだ。とんでもない黒幕がついていた。

「不老長寿は人類の夢なのよ。このバッグの中身に百億ドル以上の値がつくのよ。いいこと、それに、もしもこの成分が分析されれば、数え切れない数の難病に苦しむ人の命だって助かるかもしれないじゃない」

黒川は首を横にふり、さらに近付いた。

「ソフィーの子ども時代も、成分の分析や生成に失敗している。うまく行かなければ、あの王国にまた襲撃の魔の手が伸びる、そうだろう?!」

ニコル・ハントは、今度は後ろにいる小百合に話しかける。

「白石さんも見たでしょう?ソフィーにはさっき会ったけど、もう、とても元気じゃない。この薬がなくってももう大丈夫よ。ねえ、お願いだから見逃して…」

小百合はさっと黒川の後ろに着いた。はっきりした意思表示だった。でも黒川がさらに近付くと、今度はバッグの中から、ニコル・ハントは突然筆箱を取り出した。

「ね、おねがい、あなたたちを殺したくないのよ」

筆箱はジェキーンと変形し、小型の銃になった。

ニコル・ハントは銃を黒川に向けた。さっき爆弾をなげた女だ、いつ引き金をひくかわからない。だがその時、キキュロから一斉放送が入って来た。

「全員に至急連絡します。大波の第二波が、只今海岸で観測されました。あとわずかでこちらにも押し寄せてくるようです。またさらに大きいと予想されるため、ガイアトラスが出動します」

「誤差の範囲内だけど、予定より、10分近く早いわ」

今度はニコル・ハントにエッシャーから緊急連絡が届いた。

「こちらエッシャー、只今大波が街に向かって移動するのを確認しました。この状態では着陸が不可能なため、この波の通過後まで着陸を数分間延期します」

「おい待て、ニコル・ハント、銃をしまうんだ。今この屋上で大波を食ったら、俺たちは振り落とされるぞ。この高さからまっさかさまだ。銃をおろせ、とりあえず自分たちの命を守ることが先だ。こっち来るんだ」

だが、ニコル・ハントはまだ銃を下ろそうとはしなかった。小百合も黒川のすぐ後ろで息を殺していた。そんなことをしているうちに月の光の下、黒い壁のように、大きな波が迫って来た。さっきより大きい。先ほどのように、大きく揺れれば今度こそ振り落とされる。近くには掴まれるものがない。

掴まることのできる柵は屋上の周囲を取り囲んでいるのだが、柵の高さはおよそ1m50ほど、屋上の隅に行くこと自体が、危険に違いなかった。

「ニコル、今はそんなことをしている場合じゃない。そうだ、停止してドアが開きっぱなしになったエレベーターに入れば助かるかもしれない!さあ、こっちだ!」

凄まじい轟音が迫る。黒川は手を伸ばす。緊張が走る、そして、ニコル・ハントの腕をそっと引っ張った。もう第二波が衝突寸前、ニコル・ハントもさすがに抵抗しなかった。最初にニコル・ハントをエレベーターに押し込み、そして小百合を押し込み、黒川も駆け込んだ。と思った瞬間、黒川は、ガツーンという、ハニカムタンクの激しい揺れに、真後ろに吹っ飛ばされた。水しぶきとともに、ゴゴゴーと水が流れる大きな音が辺りを包み、風景がどどっと流れるように見えた。第二波が衝突し、ハニカムタンクが大きく流れ出したのだ。渦巻き逆巻く水流、傾く屋上、黒川は倒れたまま、屋上をすべり転がって行った。

だが、その時、小百合は自分でも信じられない大胆な行動に出た。

「黒川先生!!」

小百合が叫びながら、黒川を助けようと飛び出し、走り始めたのだった。自分でもわからない、でも、一番大切なものまで失いそうになったから…!

「手を、手をこっちに!」

黒川に飛びつくようにして手を伸ばす! だが、揺れる屋上、自分もつんのめって屋上を滑り出す! 小百合の手が黒川にやっと届くが、すぐに今度は逆方向に大きく揺れ返す。

「うわっ!」

飛び散る水しぶき、二人の手と手はちぎれて、このままでは柵に激突、もしくはそとに跳ね飛ばされてしまう?!だが、その時だった、ハニカムタンクの斜め後ろから巨大なものが近づいてきた。そしてその大きな手のひらでがちっとハニカムタンクを受け止め、方向を少しでも変えようとジェットを最大出力にしたのだ。

ズババババババー!

そう、万が一セントラル公園からハニカムタンクが外に出ないように、あの巨大ロボット、ガイアトラスのブラックジャガーが、ダウンタウン寄りの場所で、いざという時のために待ちかまえていたのだ!

「ウオオオオオーン!」

巨人が唸りを上げ、その黒い巨体が、火を噴くジェットが、ものすごいパワーで斜めから力を加え、激流の中、ハニカムタンクの暴走を抑え、流れていく方向を少しずつ変えて行った。そして、波が通り過ぎて言った時、ダウンタウンのビル群の少し手前で、ハニカムタンクは停止した。

気がつくと、黒川と小百合は柵の際まで流され、ぎりぎりのところでお互いをひっぱり合っていた。手と手がつなぎあっていた。

「よかった。ふたりとも助かったようだな」

巨人の声がやさしく響いた。気がつくとすぐ柵の向こうに巨大な顔が迫り、こちらを大きな瞳で見つめていた。ハニカムタンクを支えてくれたガイアトラスのブラックジャガーだった。

黒川は顔を上げて、ブラックジャガーに言った。

「…ありがとう、君のおかげで揺れがおさまって、命拾いした。すごい力だな、こんな大きなものを止めるなんて」

すると黒い巨人は黒川の顔をまっすぐに見てはっきり言った。

「…まっかせときな。間違いないぜ」

「えっ!!」

まっかせときな、間違いないぜ、それは昔聞きなれた言葉だった。

その言葉は全身に電気が走るほどの衝撃だった。黒川はおそるおそる巨人に話しかけた。

「君は…君はもしかして、ジャックなのかい?」

巨人はこちらを見つめながら、ゆっくり、深くうなずいた。

「人の幸福のために働く、惑星を住みよくするための巨大ロボットの人工知能に私が選ばれた時、昔の友達の記憶だけは消さないように委員会に条件を出して、それが認められた。だってそれは当たり前だろう。私が君と暮らして学んだ一番大事なことさ」

その時黒川は、あることに思い当った。

「じゃあ、君のコードネーム、ブラックジャガーってもしかして?」

「ブラックリバーとジャガーボーイを合体させた名前に決まってるじゃないか。すぐに気がつかなかったかい」

黒川は涙をぽろぽろ流しながら答えた。

「だから、今、気がついたんじゃないか、ずっと会いたかった、ジャック、久しぶり、すごくでかく育っちまったな」

「ああ、ブラックリバー、20年ぶりだ。大人になったな。俺もずっと会いたかったよ」

だがその時、空が唸りを上げ、エッシャーの小型宇宙船が屋上へと近づき、着陸を始めた。ニコル・ハントはここぞとばかりにバッグを持って、宇宙船の近くに走り出した。

「ま、まてー!」

追いかける黒川と小百合、だが、宇宙船の格納庫からは、あの高速起動メカのブレードコングが飛び出した。

「グワオオォー!」

両手を振り上げ、胸をたたき、威嚇するコング、ひるむ黒川と小百合、その隙に宇宙船に入ろうとするニコル・ハント。黒川はすぐにそれに気付いた。

「ブラックジャガー!」

黒川が叫ぶ。その直後、ブレードコングは大きな腕になぎ払われ、たった一撃でハニカムタンクの屋上からまっさかさまに水の中へと落ちて行った。そして、逃げるニコル・ハントの前方には大きな手のひらが壁のように出現し、立ちふさがった。

さらにその時、ポケットに入れていたキキュロが騒ぎ出した。

「緊急連絡です!」

「どうした、キキュロ」

「屋上にしばらく上がれないために、カペリウス隊長が私たちに救援を呼んでくれたようです。今、屋上にやってきます」

「本当だわ。ほら、あそこ」

小百合が空を指差した。月に照らされた水没都市の上を何かが飛んで近付いてきた。

「軍の降下艇だ」

軍の降下艇が飛んできて、緊急着陸した。中からはアンダーソン長官とたくさんの兵士が降りてきた。

「カペリウス隊長から連絡が入った。ニコル・ハント、副官エッシャー、君たちを重要な薬品の窃盗容疑で逮捕する」

エッシャーがニコル・ハントを不安そうな目でちらりと見た。ニコル・ハントはまったく動じた様子もなく言い放った。

「私は調査隊の発見したものを安全な場所に移そうとしただけ、こんな水没した街より宇宙船の方が安全に決まっているじゃない。何か犯罪を犯した証拠があるわけじゃなし、何も不安なことはないわ」

兵士たちはニコル・ハントを確保し、エッシャーと宇宙船を押さえた。

逮捕されても不敵なニコル・ハント。だが、彼女はその時、おかしなものを見た。開け放ったエッシャーの宇宙船のゲートから、とても小さな飛行物体が飛び出して、小百合のところへと飛んで行ったのを!。

「まさかあれ、フェアリー?、それがなんでエッシャーの宇宙船から出てくるの…侵入したのはレプレコーンだけでなくあの端末があったから?!」

ニコル・ハントは突然唖然とした表情で拳を握りしめた…。そしてそのまま兵士に連れて行かれた。

「あ、フェアリー、御帰り。待っててね、今妖精の体をつけてあげるわ」

小百合はポケットから大事に梱包された花の妖精のフィギアを取り出し、ドローンの本体に取り付けた。フェアリーの復活だ。

「それで、レプレコーンさんは?」

「誰かに捕まったままです。それより、レプレコーンさんと見聞きした大事な証拠映像がたくさんあるんです…」

「そう、じゃあ、カペリウス隊長に早速見せないとね…」

黒川と小百合はアンダーソン長官とともに、一度、軍の基地に運ばれ、しばらく医務室で横になることになった。

軍の基地へと向かう降下艇の窓から水没した街が見えた。小百合と黒川は二人並んでその風景を見下ろしていた。

海の進撃は、大波とともに、デポリカを完全に飲み込んだ。未だ小さな波が寄せる水没した都市の上を、復活と再生を暗示する第三の月がゆっくりとさらに近付いていた。

そして3つの月が重なってから、5時間以上がたった。大きな波は結局3回あったが、第三の波は第一の波より弱く、ハニカムタンクは、もう大きく流されることもなく、大惨事には至らなかった。

黒川が軍の医務室でまどろんでいると、小百合が入って来た。

「黒川先生、屋上のエレベーターがやっと開通して、これから軍の小型ホバーで送ってくれるって言うんですけど、行きますか?」

「え、開通したか、もちろん帰るよ」

「よかった、一緒に帰れますね」

小百合は素直に、とてもうれしそうだった。

ニコル・ハントと副官のエッシャーは、この基地の高層階の留置場に一時的に留置され、水が引いて落ち着いてから惑星警察の手にゆだねられると言う。黒川と小百合、そしてクィーンゼリーをのせた小型ホバーは軍の屋上ヘリポートから静かに飛び立った。

「黒川先生、ほら東の空が明るくなってきたわ」

「ああ、本当だ、もう、こんな時間か」

考えてみると、ここ数年、夜明けをきちんと見たことはなかったなあ。遠い地平線に少しあった雲が最初バラ色に染まり、徐々に明るさを増していく。荒れ狂う龍のごとくに押し寄せた海だったが、今は第三の月の接近のピークを迎え、穏やかになり、水も少し澄んできていた。水没した道路、水没した農地、水没した街、ガレキや土砂の上に金色の朝日が差し込んで行く。

「わあ、あっちを見て、何か大きなものが群れで泳いでいるわ」

「本当だ、なんだろう、魚じゃないな…アザラシに似ているけど、明らかに違う。海から入って来たのかな?」

朝日の輝きをキラキラと照り返す水面を追いかけるように飛んで行く小型ホバー、やがて目的地が見えてきた。

だが、ハニカムタンクに近づいた時、予想しなかったものが目に入ってきた。

「あいつ、壁を昇っているぞ。屋上に来るつもりか?」

小型ホバーは着陸態勢になるのを一時やめて、空中でホバリングして止まった。なんと言うことだろう、さっき、ブラックジャガーに払い落とされた高速起動メカのブレードコングが、海中から這い上がり、ハニカムタンクの六角形の壁をよじ登っているのだ。

「グワオオオオー!」

ブレードコングは小型ホバーが近付くと、肩手を上げて威嚇してきた。このまますんなり帰れそうにはなかった。だが次の瞬間、ブレードコングに思いがけない災難が訪れた。

先ほど群れで泳いでいた謎の生き物が、ブレードコングが威嚇したのを見て、自分たちに対してかと思ったのか、バシャバシャと泳いで集まって来たのだ

「グワオオーン!」

それをみて片手で壁につかまりながら、再度手を振り上げ威嚇するブレードコング。だがその時だった。

バシャッ!

突然、太いロープのついた鋭い鍵爪のようなものが水中から打ち出され、ブレードコングの足をわしづかみにした。暴れて外そうとするブレードコング、でも鍵爪は外れない。それどころか、2発目、3発目の鍵爪がどんどんブレードコングに打ち出されたのだった。

「わかったぞ、あいつらあの時のイカ巨人だ。水陸両用だったんだ」

そう、あの立って歩くイカ、ロケットクロー、3mのイカ巨人が、肩についているデカイ耳のようなヒレで水の中を自在に泳ぎまくり、水中からあの伸びる触腕を使って攻撃していたのだ。まさしくロケットクロー、すごい勢いで打ち出された鍵爪は、的確にブレードコングの体のあちこちを捉えた。

「ギャオオウ!」

そしていくつもの鍵爪についた触腕が、一斉に縮んで壁に張り付いたコングを引きずり下ろす。そして再び、ブレードコングはまっさかさまに落ちて行き、水の中へと沈んで行ったのだった。

「よし、着陸だ」

小型のホバーは、朝日の中、屋上に着陸して行った。キラキラ光る水面を見ながら朝風の中、黒川は小百合と屋上へと降りた。水の流れる音が聞こえて、今度は海水が次第に海へと波打ちだした。引き潮だ。第三の月が接近のピークを過ぎ、今度はだんだんと遠ざかり始めたのだ。セントラル公園の大きな広場は、まるで湖のようになっていた。

朝日にキラキラ輝く水面に足まで浸かった巨大ロボが静かにそこに立っていた。水が引くまであと数時間、ここで事故がないように待機しているのだと言う。

人の暮らしを便利にし、幸せに導くためのロボットたちと再会がありドラマがあった。

その一方で陰謀に揺り動かされ、暴走したロボットたちもいた。

人間はもっとしっかりしなければならない。

ロボットたちとの未来を考え直さなければならない。

それにしても、凄い波だった。

街は混乱し、隠れていたいろいろな思いや野望が渦巻き、吹き出し、砕け散り、押し流されて行った。すべてが押し流され、洗われていったあとに残ったものは何だったのだろう?!。黒川と小百合はエレベーターへと歩きだした。黒川の片手にはあのニコル・ハントが持っていたクィーンゼリーの入ったバッグが握られていた。そして歩きだした時、もう片方のあいた手を小百合がいつの間にか握っていた。黒川はその手をそっとひいて、エレベーターへと歩いて行った。すると自動的にドアが開く。到着の合図を聞いて、みんなが迎えに来てくれていた。

「大変だったな。御苦労さま」

カペリウス隊長が笑っていた。

「よ、ご両人、無事でよかったぜ」

ヒート・ロジャーが豪快に笑っていた。

「…なんだって、ガイアトラスのブラックジャガーが君の幼なじみだって?!」

柴崎が、ブラックジャガーを見て驚いていた。

「ウラヌスは、アンダーソン指令の基地で無事です」

「いつでも出発できますよ」

ロッキーとレベッカのコンビが力強くうなずいていた。

「けっこう揺れたから、心配しちゃった」

「まあ、二人の絆があるからね。大丈夫よ」

ステラとソフィーは、二人の結ばれた手を見て微笑んでいた。

「ただいま」

そして二人はエレベーターへとはいって行った。

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