第15話 思い出のジャック

 薬物で意識を失った黒川は、その頃、長い長い夢を見ていた。

 それはまだ黒川がこの開拓惑星の小学校に上がる前だった。幼稚園のバスから降りて自宅に帰った時、そいつがいた。

 母親の横に、黒川と同じぐらいの背丈の子どものロボットが立っていた。ちゃんと洋服を着て、黒川を見ると、ちょっと恥ずかしそうに挨拶した。

「ほら、あなたもうちにも欲しいって言ってたでしょ。パパが申し込んだら、当たったっていうじゃない、それで今日届いたのよ。今日から、家族の一員、友達ロボットのジャック君よ」

「やったあ、うちにも来たんだ!」

 黒川少年は大喜び、それから毎日何時間も一緒に、遊んだり、スポーツしたり、勉強したりした。ジャックと言うのはその頃、好きでよく読んでいたジャックと豆の木からママがつけてくれた名前だった。ここの開拓惑星は、伝染病のこともあり、放課後はあまり外に出る子どももいなくて、つまらない思いをしていたのだ。ジャックは担当児童の年齢や個性に合わせた多様な行動がプログラムされていて、さらに人工知能はその子どもや家族の望みや教育方針をちゃんと学びながら、一緒に育っていく、ともに成長するロボットだったのだ。

遊び相手だけではなく、ある時は悩み事を聞いてくれるカウンセラー、迷子や犯罪から身を守るセキュリティーポリスでもある。やがて8才の誕生日にプレゼントされる、ペットロボットの犬のラッキーっとともにいつも一緒に行動するようになるわけなのだ。

ジャックは黒川少年の体が育つのと同じように大きくなっていった。手足が関節部分から伸び縮みするようにあらかじめ設計されていて、担当の子どもの成長に合わせて、手足などがだんだん長くなり、年齢相応に会話内容もだんだん高度になって行く。もちろん黒川の学校の友達とも一緒に遊ぶし、旅行について行くことも多かった。本当に家族の一員だった。

そして子ども時代の、楽しかったこと、悲しかったこと、あのジャックやラッキーとのかけがえのない思い出がよみがえってきた。

「そういえば、ジャックと遠くに出掛けた帰りに、事故があってとんでもない遠回りになったことがあったよな…」

まだ小学2年生頃、父親が他の惑星に短期出張となり、宇宙空港まで送って行ったことがあった。住んでいたデポリカの町から宇宙空港までは、行きは空を飛ぶホバーバスだったのだが、帰りはホバーバスが故障で路線バスを乗り継いで帰ることになったんだっけ。実はしばらく空港で待っていれば、臨時のホバーバスが出たのだが、連絡が悪くて、それを知らずに二人で路線バスに乗り込んでしまったのだ。ホバーバスで空を飛んで行く3倍以上の時間、乗り継ぎながら行くうちに、見知らぬ風景の中を進むうちに、まだ子供だったので、どんどん心細くなってきた。

何度か降りて、見知らぬ街の中をバスの停留所まで走ったり、バスに乗り込んでも道だってまっすぐじゃない。右に行ったり左に行ったり、一度もどるようにして大周りをすることもある。あのネオプラハの街を通って、劇場や美術館の建物を見たのも、あの時が初めてだった。

「ねえ、ジャック、このバスで本当にいいんだよね」

黒川が車窓を眺めながら小さく聴くと、いつもジャックは満面の笑顔で言ったものだ。

「まっかせときな、間違いないぜ」

まかせときなではなく、まっかせときなと言うのがジャックの口癖だった。今から思えば、ジャックの人工知能が路線のデータに直接アクセスして最適なコースを割り出しているのだから間違いはないのだが、ジャックのいつもの声でそう言われるとはじめて安心できるのだ。本当に頼もしい相棒だった。

そして、8才の時についにラッキーが家に来た。毎日のように、二人でラッキーの散歩に行った。そのうちだんだん行動範囲が広くなり、デポリカのダウンタウンだけじゃなく、セントラル公園の奥や、海岸を探検したことも何回かあった。

いつも黒川が探検などを提案し、ジャックが案内をして、犬のラッキーが護衛に着くと言うのが黄金のパターンであった。

そうそう、セントラル公園の獣人事件ってのもあったな。

こちらブラックリバー、ジャガーボーイ応答せよ。どうだ獣人は見つかったか。

学校の友達がセントラル公園で、毛むくじゃらの獣人のようなものを見たと言うので、ジャックとラッキーと探検に来たんだっけ。

「はい、こちらジャガーボーイ。今そこから50m離れた公園の池のそばまで来たところだ。今のところ獣人の姿はない…。あと、すごいぞ、ミューズチェリーが食べごろ、鈴なりだ!」

そう、ブラックリバーは黒川、ジャガーボーイはジャックのことだった。

「え、ミューズチェリーは大好物だ。本当かい?」

「まっかせときな。間違いないぜ」

「よし、すぐ、ラッキーとジャガーボーイのところに急行する」

ブラックリバーは黒川の名前から取ったのだが、ジャガーボーイはジャックを子どもなりにかっこよくした名前だった。ブラックリバーとジャガーボーイ、そしてラッキーはいつも一緒で力を合わせていたのだった。

低い枝にあったミューズチェリーをどっさりとって、池のそばのベンチで食べたら、たまらなくおいしかった。

「悪いね、自分ばっかりおいしい思いをして」

ジャックとラッキーはロボットなので見てるだけ。でも黒川少年がニコニコしていると、それが一番らしい。だがその時だった

「ウウウウ…」

ラッキーが池の向こう側の木を見上げて、低く唸り声をあげた。何だろう、黒川少年には分からなかった。するとジャックが言った。

「カメラ撮影開始するぞ。いたよ、いたぞ、ブラックリバー!」

ジャックには見たものをカメラで記録する機能もある。ジャックが指差す方を見ると確かにいた、獣人だ。しかも木の上だ。分からなかったはずだ、そいつは木とよく似た色をしている上に、逆さに高い枝にはり付くように隠れていたのだ。

「あ、あの獣人もチェリー食ってるぞ。かなり好きなんだなあ。旨そうに食ってる」

しかもそこは、さっき、自分たちがチェリーをとっていた辺りじゃないか。

そいつは、近くにあったチェリーを食べ終わると、まわりに人影がいないのを確認して、ゆっくり下に降りてきた。どうやらチェリーが好きでこの木のチェリーを食べつくし、隣の木に移動しようとしているようだった。

「ありぁ、何だこの獣人は、見たことないぞ?!」

黒川少年が驚くのも無理がなかった。そいつは大きな耳のついた狼のような顔をしているのに、肩から生えた2本の長い腕で歩いているのだ。胴体の下には細長い手のようなものがついていて、それで、チェリーをとったりしている。だがその時池の向こうを歩いていた親子連れがゆっくり歩く獣人に気付いた。

「うわあああ!」

逃げ出す親子連れ、だがその奇妙な獣人も驚いて、黒川少年たちのいるこっち側に走って来たのだ。身長は人間と同じくらい、歩いている2本の腕の先には3本のツメがついているのもわかった。ラッキーがすぐに飛び出し、わんわん吠えて威嚇する。すると獣人は突然近くにあった大きな木に身軽に飛び付き、昇り始めた。

「わあ、すごい身軽な奴だ。ぐんぐん昇って行くぞ」

そしてすごいスピードでてっぺんまで昇った獣人は突然あの胴体の下から生えた細い腕で枝につかまると、2本の長い腕をさっと持ち上げた。

「おおお、そうか、あいつコウモリだったのか」

胴体の下の細い腕だと思っていたところが実は足、歩いていた腕は、見事に折りたたまれた、コウモリの翼だったのだ。翼は広げるととても大きく、風をいっぱいに受けて膨らみ、やがて獣人の体は大空へと舞い上がった。ジャックがこの時の画像をネットにアップすると大評判となり、「幻のミューズジャイアントフルーツコウモリを少年が発見!」などとテレビ局までやってきて取材も受けたのだった。誇らしい思い出だった。

こんな楽しい時間がずっと続くといいと思っていたが、現実は厳しかった。

それが12才の時、突然この惑星を去ることになり、涙の別れが待っていたのだ。ジャックは開拓者の家族に貸し出されたロボットであり、黒川の家のように、開拓地を離れていく家族には引き渡しができないと言う一方的な理由であった。好き好んで惑星から離れるわけじゃないのに、ジャックやラッキーとも離れるなんて、耐えがたい理不尽な仕打ちだった。

でも、夢の中では、お別れの時のジャックの言葉がまた繰り返された。

「僕たちはいつまでも友達だ。だから、きっとまた会えるから、きっと」

なんでこんなにジャックのことを思い出すのだろう。そして黒川は深い眠りへとはいっていった。

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