第14話 忍び寄る魔の手

 その時、グリフォンのコクピットにいた柴崎のところに、あのレプレコーンから緊急通信が入った。エッシャーに呼び出され、ニコル・ハントが医務室を離れたのだ。今こそチャンスかもしれないと通信をしたのだった。

「こちらレプレコーン、任務中ですが緊急連絡です。グリフォンにニコル・ハントの手の者が侵入し、何らかの手を使ってステラの口を封じようとしているようです。お気をつけください。それとカペリウス隊長が見つかりました…」

 柴崎はステラが危ないと言う緊急の情報に感謝し、さらに可能なら、カペリウス隊長を睡眠状態から解放するように指示した。

「了解、カペリウス隊長の開放を試みます」

 長く通信すると敵に分かってしまうので、レプレコーンは早めにスイッチを切った。その連絡内容は、柴崎か、グリフォンの全員に即座に伝わった。まずは医療テントにヒート・ ロジャーが飛び込んできて、あちこちを調べた。

 あのふらふらとやって来た隊員は、熟睡した振りをして、ベッドで動かずにいた。

さきほどこの警備隊員がベッドの下に落とした謎のクモのような小型ロボットは、すでに医療テントの外に出ていた。

「とりあえずおかしな爆弾反応や不審物はないようだな。黒川先生、そういうわけだから十分気をつけてくれ、何かあったら俺を呼べ、グリフォンとこの医療テントの周りを徹底的に調べて回っているからな」

「わかった、こちらも十分注意する」

ヒート・ロジャーは駆け足で出て言った。ステラが不安そうに黒川に聞いてきた。

「私のそばにいると皆さん、危険なんじゃないですか?」

「敵がどんな方法で仕掛けてくるか全く分からないから、どうしたらいいのかはわからない。どちらにしても、ここにいれば、誰かが何とかしてくれる。みんな君の仲間だ」

そのころ、レプレコーンはあのニンジャセットでベッドをよじ登り、カペリウス隊長の口に取り付けられた麻酔装置の横まで来ていた。情報操作される前にカペリウス隊長に真実を伝えれば、奴らの陰謀を崩すことだってできる。まずレプレコーンは映像を分析し、その麻酔装置の製品データを取り寄せ、マニュアルを瞬時に解析し、安全な解除方法を割り出した。…まず、ベッドの横の機械本体の麻酔モードを解除し、それから、口につけた装置を外さなければならない。レプレコーンは口から伸びるチューブにぶら下がり、空中をぶら下がりながら、ベッドの隣の麻酔装置の本体まで渡った。そして操作パネルを解除。そしてまたチューブにつかまり、ぶら下がってベッドに戻ると、口の装置を取り外さなければならない。これはゴムできちんと取り付けられているので、体の小さなレプレコーンにはかなり難しい仕事だった。レプレコーンは人工知能の全能力と小さな体をフルに使って作業に取り掛かった。だがその時、メタルスネークのパトラが反応した。誰かが頻繁に通信を行っていると…。

「え、医務室の方向?どういうことかしら?」

ニコル・ハントはパトラの指示に従って、医務室のドアを開けた。

「え?!」

小さなロボットがカペリウス隊長の顔のそばで機械を取り外そうと動きまわっている。

「あなた、何してるの?!レプレコーンね!」

「ま、まずい!」

レプレコーンは、さっとベッドから飛び降り、物陰に身を隠した。

「一体どういう方法でここに忍び込んだんだか?柴崎は理系の秀才だから、私には検討もつかないわね」

かしこいニコル・ハントはドアの前に陣取り、レプレコーンの逃げ道をなくし、そのうえで、メタルスネークのパトラをそっと床に放した。パトラは音もなくベッドの方に向かってくねくねと動き出した。しかも床の色をセンサーで感知し、体色を同化させて行く。あのステルス機能だ。

逃げるべきか、それともこのままじっと隠れているべきか、難しい判断であった。まだ、自分は見つかっていないはずだ。下手に動けばモーションセンサーで捕まるに違いない?!そういう結論に達して、レプレコーンはベッドの下で物陰に身を寄せ、ひたすらじっとしていた。だが、おかしい。メタルスネークはだんだんとこちらに近づいてくる?!そんなはずはない…まだじっとしているレプレコーン!

だが、どんな方法を使ったのか、メタルスネークは、確実にレプレコーンに迫って来たのだった…。今レプレコーンはぎりぎりまで追い詰められていたのだった…。

その時、あの謎のクモ型ロボットが、医療テントの外に走り出て足を広げた。ボディの中心でピピピとシグナルが光り、次の瞬間爆発した。超小型の爆弾だったのだ。

ズババーン!

それは医療テントから少し離れ、グリフォンの本体と突入部隊の隊員たちの寝ている木陰との中間ほどの位置だった。

殺傷能力は低いが、周りを動揺させるには充分であった。誰もいなかったが、地面がえぐれ、辺りに小石や土砂が飛び散った。ヒート・ロジャーが駆け付けた。医療テントが、グリフォンが、木陰に寝ていた隊員たちがざわめいた。

「黒川先生、ちょっと見てきます」

医療テントからは小百合が様子を見に走り出た。みんな不安でいっぱいだったのだ。だがみんなの気持ちが外に集中した時、あの寝ている振りをしていた警備隊員が、音もなく起き上がり、動き始めた。そしてポケットから、注射器のようなものを取り出し、手に隠し持ちながら、音もなくソフィーのベッドに付き添うステラの後へ忍び寄った。キャップをとり、ほんの一滴、薬液が滴る。だが、その男は、嗅覚が異常に鋭く視野も人間よりずっと広い、アンテラスのことを知らなかった。ベッドに横になったままのソフィーが異変に気付いた。

「ステラ、う、うしろ!」

「キャ…」

警備隊の男は、すぐにステラの口を後ろから押さえて声が出ないようにして、その注射器で何か薬剤を注射しようとステラの腕をねらった?!。針の先からしたたる薬液が光った。そして針はステラのうでに突き刺さる?!いや、ソフィーの声に気付いた黒川が飛びかかり、それを阻止した。もみ合う二人、倒れるように逃げたステラが叫んだ!

「誰か来て!ヒート・ロジャーさああん!」

警備隊の男は、とても強く、黒川はみぞおちに一発重いパンチをもらって、動きが止まった。だが、その時、風のように駈け込んで来たヒート・ロジャーはさらにずっと強かった。男のパンチをものともせず、お返しに凄いパンチを一発をお見舞いすると、男の腕をあっという間に捩じ上げ、注射器を取り上げ、抑え込んだ。だが…?!

「黒川先生、黒川先生…平気ですか、どうなされたんですか?」

一緒に駆け込んできた小百合が叫んだ…。殴られただけではない、黒川の目がうつろになり、明らかにおかしいのだ…。

「そいつともみ合っているときに、注射針が、俺の腕にささった…。薬液が少し入ったかも…」

「先生、先生、どうしたらいいんですか?」

「…使った注射器と一緒にデポリカの市民病院に運んでくれ…ステラは、平気か?」

「はい、おかげで助かりました。私は平気です…」

「…そうか、それは…よかった…。本当に…」

そのまま黒川は意識を失った…

「フェアリー、この船で通信をすると敵に居場所を知られる。僕は今…」

クサリヘビ科の蛇には、目と鼻の間に熱を感じるピットと言う器官がある。メタルスネークにはピットはないが、わずかな熱を感じる赤外線センサーがついていた。ベッドの陰に隠れていたレプレコーンだが、高性能なコンピュータチップを積んでいるため、どうしても熱が発生してしまう。メタルスネークのパトラはそれを正確に突き止めて向かってきていたのだった。

「うおおお!」

狙いをつけて襲いかかるパトラ、あわてて飛び退いたレプレコーンであったが、次の瞬間、パトラがすごいスピードで飛びつき、レプレコーンの体をぐるぐる巻きにしてしまった。

「…柴崎さん…」

緊急連絡をとろうとするレプレコーン、ニコル・ハントは言った。

「残念ね。パトラに巻きつかれると、通信は遮断されるわ。ああ、危なかった。あと1分遅かったら、カペリウス隊長は、先に目を覚ましていた。すべて台無しにされるところだったわね」

ニコル・ハントはぐるぐる巻きにされたレプレコーンを拾い上げ、電源を強制的に切った。これで一安心。パトラもスルスルと元のネックレスに戻った。

だがその時、カペリウスが動き出した。レプレコーンにより、麻酔装置の本体が解除されていたのだ。

「あの小人さん、なかなかやるわね。予想外に早く目覚めてしまう。でも、何とかするわ」

ニコル・ハントは、大きく深呼吸して、さっと気分を入れ替えた。やがてゆっくり目覚めるカペリウス隊長。

「ああ、ケリー・バーグマン君、私はどうなったのかね」

目を覚ました隊長が言った。

「よかった、気がついたんですね。一時はどうなる事かと、心配で…」

すると、何ということか、隊長を見つめる彼女の瞳から涙が一粒流れ落ちた!。

「事の顛末を話す前に、打ち明けなくてはならないことがあるんです…驚かないでくださいね…実は…」

彼女は、自分は本当は、ケリー・バーグマンではない、秘密任務を受けて調査隊に潜入したニコル・ハントだと名乗った。

「ニコル・ハント? 宇宙連邦の諜報部の捜査員がなぜ…」

「今回の惑星ミューズ26の騒ぎに紛れて、不穏な動きがあると言うことで、諜報部からは遣されていたんです、あなたや調査隊を守るために。今まで偽っていてごめんなさい」

それは本名と身分以外はでたらめだった。

「えっ?私たちを守るために?」

「そうなんです…実はミューズ26には、クィーンゼリーと言う若返りの薬があるとの極秘情報を受けて、正体不明の何者かが魔手を伸ばしてきたんです。それが、今回の海の進撃騒ぎに乗じて行動を起こした。奴らは、成り代わりロボットのラルフを送りこみ、警備隊を自分の配下と入れ替え、提督を拘束し、クィーンゼリーを狙おうと王国を襲い、そして隊長を襲ったんです」

「ああ、そうだった、私は警備隊に襲われたんだ。それで、どうなったんだ。あの時、君は平気だったのか?!」

「はい、実は諜報部の副官のエッシャーという男が私を、カペリウス隊長を助けてくれたんです。今のっているのが、エッシャーの宇宙船なんです」

「そうか、それで、襲われた王国とは問題はなかったのか?」

警備隊員たちは突入したが、途中でエッシャーに阻止されて、大した戦闘はなかったとニコル・ハントは言った。もちろん自分は一切関わっていないと…すべて、つじつま合わせの作り話だった。だが、涙まで流しての演技を疑う者も、ここにはいなかった。

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