第13話 いのち

 グリフォンの横に用意された医療テントの中で、ソフィーは苦しそうに横たわっていた。そしてそのテントの隅では、先ほどふらふらと歩いてきた警備隊員も横になっていた。こちらはどうも軽傷のようだった。

 医療テントでは、ちょうど柴崎やヒート・ロジャーも来て、何が起こったのか、ステラから話しを聞き終わったところだった。

「じゃあ、隊長は眠らされて運ばれたんだが、あのケリー・バーグマンは、自分からついて行ったんだな。あの女、身分を偽ってたって言うし、敵のまわし者なんじゃないのか?」

「わかりません。ただ望遠拡大画面ではそう見えただけで…」

 その時、黒川を呼ぶ声がした。

「ドクター黒川、やっとミュリエルから、実験体ソフィーの医療データが届きました。マルチモニターに映します」

 黒川のロボット端末、あのサイコロ型のキキュロがうまくデータを手に入れてくれたようだ。

「よかった、間に合ったな。白石君、すぐにソフィーの肩の銃弾を取り出す手術をする。各種センサーと局所麻酔装置の用意を頼む」

「…ふう、よかった。では急いで用意します」

「ソフィー、頑張ってね。これから先生が手術してくださるから」

ステラはしっかりとソフィーの手を握った。柴崎やヒート・ロジャーは引き揚げて言った。そもそもアンテラスは昆虫人間、体温、脈拍、血圧も正常血が分からない。体の表面の外骨格、内骨格もどのような構造なのかもわからない。内臓の位置や機能も全く見当がつかない。ついさっきまで、黒川も小百合も途方に暮れていたのだった。

マルチモニターに、アンテラスの骨格や内臓、血管などの位置など手術に必要な基本データがババット映し出される。これは20年に渡るソフィーの研究の成果であった。

「アンテラスは鼻や口からではなく体の側面にある気門から息をし、人間で言う肺はないようだし、いわゆる心臓に当たる器官は一つではないらしい。声も胸に着いたセミのような発声器官でしゃべっている。特にソフィーは女王へと変化を始めてしまったので、働きアリなどとまったく異なる複雑な体をしている。ううむ、やっとこれで手術の見通しがついてきた。おお、麻酔のデータもある。有効な局所麻酔も分かったぞ。銃弾を取り除く手術を行う…」

緊張が走った 。その時、苦しそうなソフィーが黒川に告げた。

「…今、わが母、ファロラピス女王から声が届きました」

「え、一体…?」

ステラが、黒川、小百合がソフィーを見つめた。

「私を助けるために、女王の使いが来ます…もうすぐここに来ます」

そう言うとソフィーはまた苦しそうに黙ってしまった。一体、誰が来ると言うのだろうか?

「やった、レプレコーンとフェアリーが成功したぞ。今、連絡が入った。まずはカペリウス隊長がどこにいるのか船内を調べるそうだ」

そう、柴崎が白石のフェアリーを借りてレプレコーンとの共同作戦を行ったのだが、それが動き出したのだ。グリフォンが着陸した後、すぐに花の妖精を取り外したフェアリーのドローン本体にフィギアの代わりにレプレコーンが飛び乗り、カペリウス隊長が連れ込まれた宇宙船めがけて飛んで行ったのだ。あの空中を舞う花弁に飛び乗ったレプレコーンが、まんまと宇宙船に忍び込むことに成功したのだった。

「む、まずい、誰か来る。フェアリーあの通路の奥に着陸だ」

フェアリーが着陸すると、レプレコーンはさっと通路に飛び降りた。

「しばらくここで待機していてくれ、僕がつかんだ手掛かりや重要な映像は万が一のことを考えて、君にも転送しておくから。必ず柴崎さんか白石さんに届けてくれ。そしてもし、僕が気付かれてつかまったら、その時はさっきの打ち合わせ通りにしてくれ」

「はい、レプレコーンさん、がんばってください」

気配を感じて物陰に身を隠したレプレコーンの前を副官のエッシャーとニコル・ハントが話しながらゆっくり歩いて行った。ちょこちょこと忍び足で尾行するレプレコーン。

「今、本部と連絡をとったけど、提督も抑えきれず、王国への突入も連絡がいってるでしょうね。もう、事件を隠蔽するのは無理だと言うことで、次のシナリオで動くことになったわ」

「と、いうと…やはり…」

「事件は起きてしまった、もう隠しようはない。クィーンゼリーを多量に持っていけば、膨大な資金が動き、別のシナリオもあったんだけど、それもゼロ。さっき女王変化をしたソフィーを逃がしちゃったけど、それも同じ理由で惜しかったわね。だからすべてはなり代わりロボットのラルフの暴走ってことね。奴が人を襲った映像を彼らは持ってるらしいわ。それを逆に使うのよ。あとは王国で野突入事件のことだけど、表に出たら惑星法に引っかかって、重大な処罰を食らうわ。でも、実際に王国に行ったのは私たち3人だけ、私が寝返る前にカペリウスは麻酔ガスで眠らせたから、うまくすれば記憶操作できるわね」

「じゃあ、作戦通り、カペリウスはお任せします。あとはグリフォンに連れて行かれたステラをどうするかですが…」

「カペリウス隊長だけが警備隊に襲われたところを、どういうわけかあの娘たちに見られちゃったようね」

するとエッシャーは小声で提案した。

「よければ私のやり方で口を封じてよろしいでしょうか…」

ニコル・ハントは、このやり手の部下の顔をじっと見つめてから言った。

「…任せるわ…」

エッシャーはコクピットに行くと、操縦している部下に、行き先を告げた。

「デポリカの中央指令室に行くんだ。グリフォンより先について情報操作を行う。提督に偽情報を信じ込ませれば、半分成功したも同じだ」

「了解」

そして、エッシャーは、通信機をとると、秘密通信を始めた。

「…どうだ、潜入に成功したようだな。ああ、脳波通信でイエスかノーかだけ答えればいい…」

「イエス」

「それでターゲットのステラに接近することには成功したか?」

「イエス」

「では、チャンスをうかがって作戦決行だ」

「イエス」

エッシャーは通信機を置いた。その直後。あの男が目を開けた。そう、ソフィーと同じ医療テントに横たわったあの警備隊の男だった…。警備隊の男はステラの位置を確認すると、再び瞳を閉じて、ぐったりと動かないふりをしたまま、ズボンのポケットから何かを取り出して、ベッドの下に落とした。下に落ちたものは数センチのカプセルのようなものだったが、少しすると小さな足が生え、雲のように音もなく歩きだした。そして、ゆっくり医療テントの外へと歩きだしたのだった。一体何をしようとしているのか?

「ステラさんが危ない?!」

エッシャーの様子をうかがっていたレプレコーンはさっそく柴崎に緊急通信を入れることにした。

だが、その時だった。

「ニコル・ハント様、今一瞬、この宇宙船内で、謎の電波が発信されていたようです。いかがいたしましょう」

「この宇宙船に忍び込むのはほとんど無理だと思うけど…でも、おまえが言うなら、念には念を入れましょう」

一体ニコル・ハントは何と話していたのか?それは今まで謎だった彼女のロボット端末に違いなかった。彼女は自分の首につけた金属のプレートを沢山つなげたようなネックレスの中心の宝石をタッチした。すると、ネックレスはスルスルと動いてはずれ、ニコル・ハントの手首に絡みついた。そう、キラキラ光るメタルプレートがつながった。それは、高性能ロボット端末、メタルスネークのパトラだった。ラルフの端末と同じようにステルス機能を備え、しかも音もなくスルスルと、どんな狭いところでも忍び込むことのできる優れものであった。

レプレコーンはすぐに通信をやめた。

「なるべくこの蛇野郎から離れて、早く連絡しなければ…。ステラが危ない!」

レプレコーンは戸口のそばにさっと進み、ニコル・ハントが出て行くのに合わせて通路に飛び出した。

「さあ、パトラちゃん、怪しい電波を突きとめてね、場合によっては始末してしまいましょう。いい子ね」

ニコル・ハントはパトラを今度は手首にブレスレッドのようにつけると、通路を奥へと歩きだした。パトラはニコル・ハントの腕で、怪しい電波がないかどうか辺りをうかがった。レプレコーンは、少しして、そっとニコル・ハントの後を追った。

そしてニコル・ハントは、船内の医務室に入って行った。

「あっ!」

そのベッドではカペリウス隊長が呼吸装置のようなものをはめて眠っていた。レプレコーンは、ドアの閉まる直前にこの部屋に滑りこむことに成功した。

「よく寝てるわね。隊長、情報操作が終わるまで、もう少しおとなしく寝ていてね。ふふふ…」

ニコル・ハントは、そういうと再び医務室を出て言った。さて、柴崎に連絡を取ろうにも、下手に電波を出せばメタルスネークのパトラに気付かれる。でも、隊長をこのまま寝かせておけば、奴らの思うままだ。レプレコーンは、台の陰から、じーっとニコル・ハントとカペリウス隊長の様子をうかがっていた。

ニコル・ハントはカペリウスの寝顔を見ながらつぶやいた。

「これから救いの女神に徹しないとね」

ふう、やっと銃弾を取り出した。見たことのない殺傷能力を持つ貫通弾だな、ソフィーの外骨格を破って、太い血管のそばに食い込んでいた。場所がちょっとずれていたら危なかった」

さらに新開発の生体接着剤を使って外骨格を修復して行く。

「よかった。ソフィー、よく頑張ったね」

ステラがギュッとソフィーの手を握った。

黒川と小百合は、昆虫人間の手術という未知の領域を協力して乗り越え、命を守った。その時、テントの外に誰かが訪れた。見張りに立っていたヒート・ロジャーが何かを黒川に告げた。

「えっ?王国の使い?」

ステラがテントの外をのぞいて、黒川に肯いて見せた。

「わかりました。お入りいただいてください」

すると二人のアンテラスの自由市民が入って来た。一人は白と青の長い衣をまとった男性、もう一人は神秘的な象徴図形をデザインした大きな宝石のペンダントをした女性のようだった。その女性のアンテラスは、やさしく微笑んでステラを呼び寄せた。その女性はステラの後ろに立ち、ステラの両肩に手を置いた。二本の触角がステラの後頭部に優しく触れたその瞬間、ステラがしゃべりだした。

「ソフィーさんのように人間の言葉を話すことができないので、テレパシーを使ってこの若い女性からメッセージを伝えています。こちらの男性が生命神官のトゥリオス、私が精霊神官のネイスと申します」

そう、王国に入った時にステラ達が見た、あのクィーンタワーの管理人であり、薬剤師であり、医師それが生命神官であった。そしてもう一人超感覚、超意識を自在に操るのが精霊神官、会うのは初めてであった。

「まことに失礼ですが、ソフィーさんを診せてもらえませんか?」

「もちろんです、アンテラスの医療をぜひ拝見したい…」

黒川と小百合が退くと、トゥリオスはソフィーの横に、そしてネイスはソフィーの頭の方にたち、ソフィーの頭部にそっと手を当てた。

精霊神官ネイスは、精神感応で、ソフィーの感じる痛みや不快感、体の異常などを自分の体に起きたことのように感じ取り、的確な言葉にして生命神官に伝え、さらに患者をその優しい心の波動で励まし、癒しているようだった。凄いのは身体のどの部分がどのように悪いのかが、レントゲンでも見ているかのように生命神官に伝わるようであった。

生命神官は、そのネイスのメッセージを慎重に受け取り、さらに黒川の手術した部分を良く診て、何かを話し始めた。今度は寝ていたソフィーが教えてくれた。

「すばらしい、手術は完璧だ。難しい女王変化の体をほぼ完璧に手術したと言っています。あとはアンテラスに効く、細胞活性剤や薬草を出してくれるそうです。黒川先生、どうもありがとうございました」

黒川はやっと笑って、小百合を見た。小百合もやっと汗をぬぐいながら微笑み返した。そこにヒート・ロジャーが入って来た。

「黒川先生よう、テントの外を見てくれ…」

何だと思って外に出ると、大勢の働きアリが、力を合わせて、戦闘不能になった突入部隊の隊員を運んできていた。

「こ、これは…」

毒針が抜かれ、毒や強酸が洗い流され、毒消しや薬が塗られ、けがをした者にも応急処置が完璧にしてあった。傷を負ったものは、敵も味方もないと言うことか…。ヒート・ロジャーが言った。

「やつらはみんなやさしくて一生懸命に手当てをしてくれたそうだ。おれは恥ずかしいよ。奴らの方がよっぽどハートがいい。地球人の愚かさを思い知るよ」

黒川と小百合で近くの大きな木立の下の日陰にシートを引いて、1次的に全員を休ませることにした。まだ動けない者も多いが、あと1時間ほどで少しずつ良くなってくるだろうと言うことだった。生命神官はソフィーの薬を処方して、塗り薬と青い卵型の容器に入れた細胞の活性剤を渡してくれた。精霊神官は絹のような美しい織物に包まれたちいさな板のようなものを渡してくれた。小百合がそれを受け取ると、触角を伸ばして小百合の頭に軽く触れた。

「…ああ、わかりました、そのようにいたします」

小百合の話では、箱の中身の使い方をイメージで教えてくれたそうだ。

みんなで心からの礼を言うと、生命神官と精霊神官は静かにほほ笑み、働きアリとともに王国へと引き揚げて言った。人類の完全な敗北であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る