第9話 真実の歴史

 あのステルスドローンを追いかけていた小百合のフェアリーがもどって来た。あのラルフが放ったステルスドローンは、中央指令室のメインコンピュータ室へと向かったようだった。

「黒川先生、白石さんと地下室の提督のところに急いでくれ。おれはメインコンピュータ室をあたってみる」

 柴崎がそう言ってゲートに駆け込んだ。黒川と小百合はキキュロに案内してもらい、地下の医務室へと駆け込んだ。ベッドや医療機器の中にレイトン提督がぐっすり眠っている医療ポッドが確かにあった。

「大丈夫だ、正常にコールドスリープ状態になっている。特にけがや体調チェック項目の異常な数値は出ていない。白石君、このままプログラム解除を行ってオーケーだ」

「はい。え、ちょっと待ってください」

 急に小百合の顔が青ざめた。

「どうした、白石君?!」

「医療ポッドの操作パネルがありません。コードが抜けて、いえ、引きちぎられています」

 あわてた黒川も回りを探したが、操作パネルはどこにもなかった。

「やってくれたなラルフめ! ここが病院なら、他の操作パネルをとってきて差し替えれば済むんだが…」

「最新型のマシンですから代用品がどこにでもあるというものではないと思いますが…」

「だが、この緊急時にこのままずっと提督を眠らせておくわけにはいかない…」

黒川は何かを閃き小百合にささやいた。

「はい、不可能ではないです。強制終了は電源部を操作すれば可能ですし、緊急エジェクトボタンを押せば、ふたも開きます。あとはまわりにある機械でどれだけ代用できるかですね」

「医療ポッドが緊急停止することによって、コールドスリープ中の患者の体調に重篤な異常が起こる場合もある、迅速に、的確に機器を切り変えて体調を見ながら目覚めさせなければならない。一緒にやってくれるかな」

「はい」

なんでもなく答えたが、通常ではありえない、コントロールパネルが引きちぎられた医療ポッドを強制停止させて、各種センサーや呼吸補助ユニットなど機器をつけ変え、同時に患者の体調の異常に対応する、とんでもない作業ではある。黒川は、体温の変化を見ながら、マッサージなどを行い、忙しく動きまわっていた。でも小百合は困ったり愚痴を言いだすようなことも全くなく、流れるような手際の良さで、確認しながら、呼吸補助装置など、いくつかの機器を的確に選択し、接続し、温度調節がうまく行かないと見るや、電機毛布を持ってきてすぐに対応した。冷静で的確、腕はいささかも衰えていない。医療ロボットによって彼女が職を失ったのはまちがいではなかったか?!

「完了です。5分のインターバルのプロセスを経て、睡眠状態から目覚めます」

やがて、レイトン提督は静かに目覚めた、成功だ。二人は視線を交わして微笑んだ。

「うっううん…わ、私はどうなったんだ」

「提督、安心してください、体にはなんの異常もありません。すぐに普通の状態に戻れますよ。私は医師の黒川、こちらがメディカルエンジニアの白石です」

「おや…ここは病院じゃないな…うむ、見覚えがある、地下の医務室だ。一体何でこんなところにいるんだ…」

そこに柴崎が帰って来た。

「フェアリーに教えられてメインコンピュータ室に行って来たんだが、私は最初何も見つけられなかった。最新型の量子コンピュータ、ミュリエルにはセキュリティシステムそのものに人工知能が組み込まれていて、万全の備えがあるのでまさかと思っていたが、敵の仕掛けは巧妙だった。そうしたら、レプレコーンがわずかな電力消費の行方から見つけてくれたんだ」

柴崎が取り出したのは厚さ2cmの漫画本ほどの大きさのボックスだった。

「なんですか、これは?」

「ロボットを乗っ取るロボットとでも言っておこうか、最新鋭のサイバーウェポン、フリーズボックスだ。わざとなんでもないようなデザインになっているが、この小さなボックスの中に、あらゆる通信インフラをフリーズさせる超高性能のメカが入っている。君たちも知っている通り、今我々の周囲にある家電から家の電源設備から、みんなロボット化されている。声をかけるだけ、何か合図を送るだけで簡単にコントロールができるようになっている。この中央指令センターもあらゆる機械がコントロールできるようにロボット化されている。このフリーズボックスは、セキュリティのしっかりしているメインのコンピュータには一切侵入しないが、その周囲のロボット化された機械、特にモニターや通信機器を完全に乗っ取り、動かなくしてしまうマシンだ。しかもこの機械はさらに性能が強化されていて、つながっている通信機器からかわりに妨害電波まで出すようになっている。ここのメインアンテナや、惑星のあちこちの通信システムから今、妨害電波が出ていたのだ。周りのモニターや通信機器だけをダメにするので通常のワクチンソフトは役に立たない。そこが怖いところだ。つきとめて本体を外すほかには、ほとんど手の打ちようがない。しかも、ラルフが使っていたロボット端末と同じ、高精度のステルス機能を持ち、姿をくらます」

「ステルス機能?!こんなボックスが?」

「ああ、こんな目立たないものが、さらに見えにくくなる。だがこの最新鋭の機械やステルス機能は、私の記憶に間違いがなければ、犯罪に使われる恐れがあるため、規制がかけられている。今実際に使っているのは、政府のごく一部、しかも諜報部などの特殊なセクションだけだと思われる」

黒川が聞き返した。

「政府?宇宙連邦政府ですか?では、ラルフは連邦政府の人間?」

するとそれを聞いていたレイトン提督が急にしゃべりだした。

…もっと早く手を打つべきだった…私は伝染病のワクチンが開発されてからこの惑星に赴任してきた。それ以前の惑星の開拓の歴史は連邦政府によって隠され、ねじまげられていたのだ。だが、今回の海の進撃で、惑星の上層部は大騒ぎになり、今まで隠されていた様々なものが姿を現し、またこの混乱に乗じて暗躍を始める輩も出てきたのだ…。

すると柴崎がレイトン提督に、今回は遣された調査隊のことを説明し始めた。

「そうか、カペリウス博士が隊長か、よく存じ上げている、それは心強い。ふむ、なんと今はファロラピス女王の王国にいっているのか、カペリウス博士は博学な知識と崇高な理想、そして行動力を持ち合わせた逸材だ、彼ならやってくれるだろう。何としてもセオドア・フォスターを止めなければ」

「セオドアは一体何をしようとしているのですか?」

レイトン提督は言い出しにくそうな顔で答えた。

「一言でいえば、人間が昆虫人間アンテラスの支配下に入ると言うことだ」

予想もしないその言葉に、さすがの柴崎が絶句した。

「はあ?!なんですって?!よく理解できませんが…」

レイトン提督は自ら困惑し、柴崎に告げた。

「すまない、わけがわからんだろう。上の指令室に行って資料を見せよう。少しは分かってもらえるだろう」

レイトン提督は医療ポッドから出ると、黒川たちに付き添われ、一階へと上がって行った。

上がる途中でさっそく柴崎から、今日の報告を聞いていた。

「え、ラルフが戦闘アンドロイドだった?!やつが警備隊の軍事アドバイザーとして着任した時、そういえば歓迎の食事会などやんわりと断って来た。あの時に気付けばよかった。ふむふむ、そうか、通信インフラも回復したか、やっぱりラルフたちの仕業だったのか、それは何よりだ。メインコンピュータのミュリエルとも久しぶりに会話ができそうだ…」

長い眠りから覚めたレイトン提督は、やっと調子が出てきたようで、大きく息をして、指令室へとはいって行った。

「おはよう、ミュリエル。久しぶりだ。元気かな」

「お待ちしておりました、レイトン提督。ご無事で何よりです」

「こちらは、今回の事件でアンダーソン指令が依頼した正規の調査隊のみなさんだ。これから今回の事件の調査に協力することにする」

「わかりました。では関連資料を用意しましょう。モニターをご覧ください」

指令室の大きなモニターがスイッチオンし、そこにメインコンピュータのミュリエルのイメージ画像が浮かび上がった。大きな透明な水晶玉のなかに高貴な女性の顔が浮かび上がっている。ミュリエルはいくつかの初めての性能を持って動きだした超光速の量子コンピュータシステムなのだと言う。

一つ目は今日までのあらゆるデータから、いくつかの未来を予想することのできる、未来シミュレーターとしての力。そして、二つ目は、独立した自我を持つ高度な思考力。三つ目は、惑星開拓のより良い未来を築くための、解決法を提案、実行する能力

輝かしい未来を映しだす水晶玉、そんなイメージなのだろう。レイトン提督は、その話しぶりから、ミュリエルに全面的な信頼を置いているようだった。

「何からどう話せばいいものか…。やはり発端から話さねばならないだろう。そうだ、ミュリエル、開示情報ファイルから、アンテラスとの事件ファイルを呼び出してくれ」

「こちらです」

このミューズ26が発見され数年後、惑星開拓委員会の調査期間中、アンテラスとの第一次接触事件が起きたことから始まる。

モニター画面に当時の記録画像やデータが流れる。

基礎調査が始まってすぐに、森の中でアンテラスを発見。

1人の働きアリを麻酔ガスで捕えて、約8時間拘束し、いろいろな能力が検査される。

捕えられたアリが実験室でいろいろなテストや検査を受ける画像に続く。

その後すぐに王国に帰されるが、兵隊アリが出てきて、一触即発の状態になる。これが第一次接触事件と呼ばれる。

テロップと解説が流れる…。

《検査の結果、彼らが言語や高度な建築技術を持つことから知的生命体と認定;これから先は惑星開拓法の知的生命体との共存についての法律が適応される》

だがここから先、当時の中央指令室は、連邦政府に報告せず、勝手なことを始める。王国に小型ドローンを侵入させ、中の様子を探る。その過程で高度な薬品技術が認められたため、無許可で小型作業用ドローンを潜入させ、マジックハンドでいくつかの薬品を盗んで持ち帰ったのだ。これ自体が違法な行為なのだが、薬品の分析結果が出てから、事態はとんでもない展開を見せる。

《驚異的な細胞再生効果やアンチエイジング効果、つまり若返りの効き目が連邦政府に報告されると、連邦政府は違法行為を取り締まるどころか、特別許可を出し、もっと多くのサンプルをとるように指示してきた。しかし警戒をはじめたアンテラスの王国にこれ以上ドローンを送るのは無理だと返答すると、なんと政府は特殊部隊を送ってきて、強行的に王国に潜入させたのだ。その結果、アンテラスの卵や(のちのソフィー)や沢山の薬品が連邦に運ばれることとなった。だが特殊部隊は、追いかけてきた兵隊アリを迎え撃つ戦いの中でまさかの全滅となった。これが第二次接触事件である》

その頃森の中に入った開拓民の間で伝染病が出たこともあり、ミューズ26の惑星開拓自体を中止するかどうか惑星開発委員会が開かれたのだった。ここでレイトン提督が重い口調で言った。

「違法な潜入や搾取、舞台全滅、伝染病の蔓延などにより、一度惑星開拓は中止、初代の提督は更迭、開拓民の退去が決定となった」

「そんな…この星の開拓はすでに一度中止になっていたのですか?!」

驚く柴崎。

ところが連邦政府から直接やって来た二代目の提督の時、決定的にどこかがくるい始めた。なぜか退去が始まる直前に、決定の一部変更が行われたのだ。ワクチン開発の見通しが立ったため、高齢者や20歳未満の子どもだけが退去と変更になったのである。もちろんワクチンの開発は半ばまで進んでいたが、完成まではもう一歩だった。

「なぜ、一度中止が出たのに変更に…、まさか?」

どうもこの時点で全面退去となると、アンテラスの高度な薬品が二度と手に入らなくなるため、連邦政府の一部が裏で何か小細工をしたようだった」

そこまで聞いていた黒川がいきり立った。

「じゃあ、ここの住民は、単に若返りの薬を手に入れるために、この惑星に残されたんですか?! どれだけ貴重な人材が伝染病で奪われたことか!! マスターだってマルセルだって、ステラのお母さんだって死ななくて済んだろうに!」

レイトン提督もうなだれて言った。

「やがて、ファロラピス女王の提案で平和条約が締結し、伝染病のワクチンや治療法が確立して騒動は鎮静化し、なんと開発停止のはずなのに、惑星開発用の巨大ロボットガイアトラスまで整備されたのだ。その頃、私はこの惑星に着任した。だがそれまでの出来事や事件の詳細はコンピュータの記録から消去され、あるいは書き換えられ、捻じ曲げられ、今回の海の進撃が近づくまで、私は何も知らなかった」

柴崎が聞いた。

「ではどうやって、真実を知ったのですか?」

「きっかけは1年半前のソフィーからのメールだった。私はソフィーの件については引き継ぎを受けていた。だがその内容は勝手なものだった。自らの力で女王変体を始めたソフィーには、クィーンゼリーを体内で生成する力があるのだと推測され、決して王国に帰してはいけないと言うのが、連邦政府と前任の提督の指示だったのだ」

「ちょっと待ってください、クィーンゼリーとは何ですか?」

「主に女王を育てるために用意された特別な栄養源で、採取されたアンテラスの薬の中でもトップクラスの若返り効果があると言う代物だ。私はソフィーからメールを受け取ってとても驚いた。そもそもアンテラスに人間の言語を使いこなしてメールを送るなどと言う知能があるとは一言も聞いていなかった。しかも海水面が高くなって低地が沈むという警告も、アンテラス達が決して低地住まないことを疑問に思っていた私には説得力があった。そこで未来シミュレーション能力を持つ、メインコンピュータミュリエルにソフィーのメールの情報をもとにシミュレートしてもらうと、データ不足にも関わらず、災害の起こる確率81%の数値が出たのだ。私はすぐに宇宙連邦に報告した。もちろんすぐに惑星からの住民退去命令が出ると思っていた。だが、宇宙連邦政府は、そのような不確かな情報を信じるわけにはいかない。もう20年以上そのような異常は起きていないのだから、簡単に住民退去などをするわけにはいかないと言うのだ。その頃はそれも仕方ないと考え、惑星独自で災害対策を考えなければならなくなった。だが一方、ソフィーと連絡をとるようになって、ソフィーの育ってきた話しを聞くにおよび、今まで事実だと思っていた惑星の出来事が捻じ曲げられている可能性がだんだん高くなってきたのだ。

まずアンテラスは、そのクィーンゼリーの若返り効果のみが重要視されているが、それは大きな間違いだと言うこと。彼らの薬品の精製技術は確かにずばぬけて高いが、それだけではない、彼らは、超感覚やテレパシーまでも自在に操り、豊かな精神生活を持ち、さらに自然と共生した持続可能な生活システムも持っている。人口問題やエネルギー問題、環境問題などをかかえる人類は、かれらに学ぶべきことがとても多いのではないか。さらに差し迫った危機、海の進撃に早急に対処するためにはどうしたらいいのか、アンテラスの経験と知恵が今こそ必要ではないのか。私はソフィーを通じて、海の進撃に対する大作をどうしたらいいのかと、アンテラスに打診した。すると自由市民の学者から、海の進撃を凌ぐだけでなく、復旧するまでの長期間も住民を安全に生活させる施設が必要だと、ハニカムタンクの建設の助言をもらった。すぐにミュリエルに分析させると、非常に有効な施設で、中を人間が住宅に使っているユニットで組み立てれば、安く快適に暮らせる施設が出来上がると報告されたのだ。私はすぐに建設計画をミュリエルに進めるように指示し、さらに惑星の危機を訴えて、当時の情報を開示して送ってくれるように連邦政府に強力に働きかけたのだ。長い交渉の後、やっと真実を手にすることに成功したのだ」

でも柴崎は腕を組んだ。

「レイトン提督は、ずっと前、1年以上前から戦っていたわけですね。でもその事実が一般の人々やわれわれには一切伝わってこなかった」

「アンテラスの素晴らしい薬品を手に入れるために惑星開拓を中止にはできない政府の上層部が、情報統制をしていたようなのだ。海の進撃もないことになり、災害用のハニカムタンクもテーマパークの施設だとね…。それでもやつらは海の進撃が近づき、セオドア・フォスターが動きだすと、もうこれ以上は情報を押さえられないと手を打ってきた。二日前、セオドア・フォスターが突然やってきてとんでもないことを言いだしたのをきっかけに、やつらは実力行使に出てきたのだ…!私は襲われ、警備隊員たちも王国の突入作戦のためにセオドアをだまして王国へと飛び立ったのだ」

その頃ファロラピス女王の王宮で、カペリウス隊長とセオドア・フォスターは真剣に意見を交わしていた。

「つまりセオドアさん、あなたはこう言いたいのですか? この惑星の開拓はどうしようもない袋小路に入ってしまったと」

「その通りです、カペリウス博士。地球にそっくりな、しかも手つかずの大自然があり、重労働や雑務はすべてロボットがやってくれる夢の惑星として、開拓民は誰も夢を描いてこの星に来ました。私も生物・人類学の研究員として若い妻と希望に燃えてこの惑星にやって来たものです。でも現実はうまく行かない。今現在、この星には若者たちがほとんどいない。少年少女は引き揚げてしまったのだから当然です。育児ロボット、友達ロボットもほかの仕事にまわされてしまった。高齢者も引き揚げてしまい、今、この惑星の主力は私のような働き盛りの40代が中心です。介護ロボットも暇を持て余している。彼らが本当に活躍するには、あと20年以上待たなくてはならない。ところが、一度惑星開拓委員会の開拓停止が出たこの星には新しい開拓民も認められていない。もとの居住者たちが帰る様子もない。連邦政府はなぜか沈黙し何も手を打ってこない。頼りになるのはファロラピス女王が治めるこの王国だけです。彼らはこんな身勝手な人間たちのためにもハニカムタンクを提案し、助けてくれようとしている」

「でも、人間の開拓民がファロラピス女王の支配下に着くと言うのは別なことのように思えるのですが。アンテラス達も人間を受け入れるとも思えないのですが」

すると、セオドアは唐突に奇妙な質問をしてきた。

「カペリウス博士は、我々の作業用ロボットアンテックと、アンテラスの働きアリの一番の違いは何だとお考えになりますか?」

「ふうむ、それは難しい質問ですね?どちらも不平を言わず、よく働いているようですが…。何か決定的な違いがあるのですか?」

「あります。根本的な違いが!」

セオドアは突然熱く語りだした。

「働きアリが作業用ロボットと根本的に違うところ、それは生きがいと幸福感です。彼らは、ほんの小さなことでも大変なことでも、やり遂げることによって、それは王国のためになり、偉大なる母である女王の役に立てたと言う幸福感で満ちているのです。やればやるほど大きな喜びとなって帰ってくるのです。彼らは全員が血が通った家族であり、そこには分け隔てのない平等な幸福があるのです」

「なるほど、でも彼らが大きな幸福感を感じていると、なぜ言い切れるのですか?」

カペリウス隊長の言葉にセオドア・フォスターは、ニヤりとしてカペリウスを誘った。

「よろしい、では、その証拠をお見せしましょう。一緒に来てもらってもよろしいでしょうか?」

ステラとバーグマンは困惑の色を隠せなかった。

「あの…私たちも行った方がよろしいですか…?」

バーグマンの問いにセオドアが自信を持って答えた。

「もちろんです。ステラ、お前も来なさい」

それからしばらくして、一行は明るいゲートを抜けて、王宮の広場へと出てきた。

「運がいい、お出ましの時間に間に合ったぞ」

沢山の働きアリや自由市民、貴族たちが、ぞろぞろと王宮の前の広場に集って来た。季節や時期にもよるが、今の時期、ファロラピス女王は1日に1回、王国の民たちの前にその姿を現すのだと言う。あの精悍な番兵アリたちが中庭のあちこちに姿を現し、だんだん緊張が高まってくる。すべてのアリたちは王宮の2階のバルコニーに気持ちを集中させていく。そのうち集まって来たアリたちはそれぞれに、何かをささやき始める。今日この時間、自分は王国のために、女王のためにこんなに頑張っていますと、取り組んでいること成し遂げたことを言葉にしているのだと言う。

そして今度は一転沈黙が広がり、なぜか見ているだけでドキドキが止まらなくなってくる。

「お見えになるぞ」

「おおおおおー!!」

王宮の三角形を二つ組み合わせた広場側の頂点がバルコニーのようになっていて、そこにファロラピス女王が姿を表した。ソフィーよりさらに背が高く、さらに気高く、ティアラをつけ、肩から掛けられた大きなマントの下には、卵をたくさん産むための大きな腹が豊かに波打っている。

「女王様―!」

圧倒的なオーラが、その絶対無二のカリスマが、偉大なる母の存在感が、すべてのアンテラス達の心を一つに繋ぐ。

一人一人のアンテラスは自分が王国のためにどれだけ貢献できたかを叫び、女王を讃える。

女王が動く。さっと静かになった広場に、女王の透き通った声が響く。王国の民たちへの感謝を伝えているのだと言う。なぜか心に染みいるようだ。民たちは喚起し、広場は再び歓声に包まれる。その時、確かに女王は、一瞬その超感覚で探り当てたのか、20年の間会えなかった不幸な娘のソフィーに顔を向け、ほほ笑んだ。ソフィーもそれを感じて手を振った。女王の英知と深い愛が流れ込むように伝わって来た。その時、バラのような心がはずむような気高い香りが広場を包み、なぜか見ているこちらまで興奮して喜びが満ち溢れてくる。

自分の不幸な娘を、あえて人間の世界に送り出した女王はどんな気持ちだったのだろう。我々人類の知能をはるかに超え、さらに超感覚の持ち主である女王は、どんな深い考えを持って娘を見たのであろう。

女王への賛美の声が響く王宮の広場、感性の豊かな若いステラは、それを感じて涙を流していた。ケリー・バーグマンも高揚する自分に戸惑いの色を隠せなかった。

やがて女王は引き揚げ、一行も明るいゲートを通って控えの間へと帰って来た。

「どうです。あなたがたも感じたでしょう。彼らが幸福感を感じてるどころではなく、こっちにもその感動がひしひしと伝わってくる。今、仕事に疲れ、停滞し、明るい見通しの見えないこの開拓惑星のどこに、このような高揚感がありますか?」

「ではあなたはどうしようと言うのです?」

「…連邦政府の統治から離脱し、王国の一員となるのです」

セオドアの目は真剣だった。何かがこの男をおかしくしてしまった…?!

「あなたは惑星統治官でも提督でもない、そのようなことを勝手に決めることはできないでしょう」

カペリウス隊長の厳しい言葉にも、セオドアはまったく動じない。

「だからまず女王の了解を取り付け、道を開くのです。あとは提督もきっと分かってくれるはずです」

「パパ、いくらなんでもそんなこと、実現は無理だわ。たしかに王国は素晴らしいかもしれないけれど、おかしな夢から目をさまして、早く帰ろう」

20才の娘のステラの方がずっと冷静で現実的だった。だがセオドアはまったく主張を変えるつもりはないようで、絶対に帰らないと言い張るのだった。

カペリウス隊長は少し考え、そしてセオドアに問うた。

「それで、女王は会ってくれそうなんですか?」

「いいえ、でも、きっと女王も分かってくれる。提督も最初は反対していたのですが、最後にはわかってくれたようで、小型宇宙船と警備隊員を黙って用意してくれたんです。

「?!」

そこまで聞くと、カペリウス隊長は、セオドアに確認した。

「じゃあ、20人の警備隊員は、小型宇宙船に待機しているのかな?」

「ああ、王国のそばの森の中で待機している。昨日それで私はここまで来た。昨日はアンテラスに1日待てと言われ、小型宇宙船で寝泊まりして、今日やっとここまで入れてもらえたのだ」

するとカペリウス隊長は、作戦を考えたのか、こんな提案をした。

「わかりました、セオドアさん。実は通信障害が直って、中央指令室とも連絡が取れるようになったんです。あなたは女王に会えるよう、しばらくここでお待ちください。私はレイトン提督に連絡してさらなる協力を求めましょう」

「ああ、それはいい、そうしてください」

するとケリー・バーグマンが突然提案した。

「隊長、セオドアさんも見つかり、警備隊員の所在もつかめました。ここに長居するのは危険です。ソフィーさんとステラを連れて、待機しているガイドのマノンのところに引き揚げてもよろしいですか?」

「そうだな、セオドアは、私が後でなんとかしよう。とりあえずは引き揚げよう」

「では、まいりましょうか」

ソフィーが先頭に立って歩き出した。なんでもなく歩いている調査隊だが、セオドアのようにアンテラスの言葉を話せる者はだれもいない、すべてはソフィーのおかげだった。

引き揚げながらカペリウス隊長が話しだした。

「…女王が姿を見せた後、王国の民の歓声とともに何とも心地よい、バラのような香りが空気中に満ちていた。王国の民たちの幸福感、高揚感は本物だ。私が考えるに、アンテラス達は集団となって幸福感に包まれた時、脳を活性化し、幸福感を感じさせる脳内物質をたくさん分泌し、それが集団でいるその空気中にも放出され、例えようもない一体感を生みだすのではないか。その過程で心も体も、王国への帰属感も最高に高まるのではないか。きっとセオドアはそんな場面に何度も遭遇し、一緒に幸福脳内物質を吸い込んで、王国への一体感を高めて行ったのではないだろうか」

あの高揚感は確かに本物だった。だがその時、ステラは意外な事実に気付いた。ケリー・バーグマンのあのメガネの内側に、何か文字が流れている。この人は、歩きながら、誰かと連絡をとっている?!するとケリー・バーグマンは、ステラの視線に気付いたのかそっとステラにつぶやいた。

「あなたのような若い人を、これから起こる危険な状態に巻き込みたくないのよ」

「えっ?」

「この人は一体何者で、何をしようとしているのだろう」

カペリウス隊長は少しみんなより遅れがちに歩きながら、小声で柴崎や黒川たちと話し合っていた。

「え、レイトン提督は、やはり宇宙船や警備隊などは用意していないんだね。ふむ、そしてレイトン提督はセオドアが来た時にはもう麻酔ガスで眠らされていたわけだ。そして奴らによって頼りのミュリエルは沈黙し、ネットや通信も断絶し、この惑星は無法地帯となったわけだ」

やがて城壁の外に抜け、ヒポタスに待機していたガイドアンドロイドのマノンのところに一行は戻って来た。

「…というわけでね、マノン君、これから私とケリー・バーグマンで森の中に不時着していると言う警備隊員たちと会ってくる」

「場所は分かるんですか?」

「ああ、ネットも復活してるからね。もう位置は確認してある。君はステラとソフィーについてここにいてくれ、そして…万が一私たちに何かあった場合は、すぐに逃げなさい。そして、中央指令室に行っている他のメンバーに助けを求めるのです。頼みます」

「はい、お任せください」

マノンが返事をすると、ケリー・バーグマンがさらに念押しした。

「何かあったら、すぐに逃げるのよ。ぐずぐずして巻き込まれたら大変よ」

ステラとソフィーがヒポタスに乗ったのを確認すると、隊長とケリー・バーグマンは、すぐそばの森の陰に歩き出した。

「こんな近くに小型宇宙船が隠してあったとはな…」

宇宙船に近づいて行く隊長たち、ヒポタスの中から遠くその様子が見えた。頑固な父親がまだ王国に残ったままなのがどうにも心配なステラであった。

その時、突然カペリウス隊長から緊急通信が入った。

「…緊急通信…今、警備隊に襲われている…?!」

「えっ?!カペリウス隊長?!マノンさん、望遠モードで隊長を映して、早く」

そう、ガイドアンドロイドのマノンには外の野生動物などを拡大して映しだす機能があったのだ。それをステラが思い出した。

マノンが望遠レンズで隊長を捉えた。遠くて良く見えないはずの映像が車内モニターに映った。ステラは気が気ではなかった。森陰から、警備隊員と思われる男たちが出てきて、突然カペリウス隊長を取り囲んだのだ。

「隊長、どうしましたか?平気ですか?」

ステラがロボット端末の星の精に向かって叫ぶ。すぐに隊長側の音声が聞こえてくる。

「…なんだと、それは一体どういうことなのだ?やめたまえ?!」

何があったのか。警備隊員たちは、カペリウス隊長を抑え込み、麻酔ガスで一瞬で眠らせたではないか。そして、さっさと担ぎあげて、宇宙船へと運んだのだった。音声はそこで切れた。

ステラが突然、ヒポタスから飛び出そうとした。

「ステラ落ち着いて。あなたまで巻き込まれたら、さらに危険なことになる。中央指令室に助けを呼ぶわ。じっとしていて」

さらにステラが驚いたのは、ケリー・バーグマンが麻酔をかけられることもなく警備隊員の一人と親しげに話しながら宇宙船の方へと歩きだしたことだった。どういうことなのだろう?裏切りなのか、何か理由があるのか?望遠で見られていたとは気がつかなかったケリー・バーグマンはその若い警備隊員と笑顔さえ見せながら望遠拡大画面から消えて行った。ステラの心の中でケリー・バーグマンに対する疑念がどんどん膨らんで行った。

森の影まで歩くとケリー・バーグマンは向き直った。彼女が一声かけると、さっと警備隊員が全員姿を現した。その数20人。その中から先ほど一緒に話していたきりっとしたハンサムな男が進み出た。行動にそつがなく、えげつないことでもさらっとやり遂げると評判の副官のエッシャーだ。

「カペリウスの拘束が成功しました。調査隊の隊長が眠っているうちに突入作戦を行います。出撃用意!」

まさか、すべてはケリー・バーグマンの策略だったのか?!

ケリー・バーグマンが号令をかけると、特殊部隊はプロテクターを装備し、超合金のヘルメットで頭部を包み、特殊武器を装備した。

「突入部隊全員に、王国の内部の薬品塔の座標マップを配信します。あなた方の見たものはすべて画像が分析されて私のところに届き、折り返し、あなた達の脳内チップに私からの指令が届きます。よろしいですね」

彼女の使っている行動管理システムは、すべてこのために在ったのだ。脳内チップを通じてすべての突入部隊を掌握できる。20人の隊員を自分のロボット端末にしてしまうシステムであった。

「もたもたしていると、奴らの兵アリが出動してきます。さらに遅れれば、ラルフを粉々にしたヒート・ロジャーもやってきます。その前にクィーンゼリーを奪い去り、宇宙船で帰還します。1秒の猶予もありません。風のように動くのです!何も証拠を残さず宇宙空間まで行けば、あとは政府と諜報部の方で、あなた方の惑星での活動も、今回の事件の記録も、すべてをなかったことにできます」

ラルフだけではなかった。警備隊員すべてがすり替わっていたのだ。

しかもこちらは、対アンテラス用のプロテクターやアンテラスの強固な外骨格を貫通できる最新の特殊武器を持った部隊であった。

ケリー・バーグマンの話が終わるや否や、突入部隊は王国に向かって歩き出した。だが、ケリー・バーグマンと副官たち、2人の隊員が、そのままここに残っていた。

「副官のエッシャーと他1名は、脱出用の宇宙艇と人質のカペリウスを守るためにここで迎え撃ちます。高速起動メカのブレードクーガ、ブレードコングが用意してあります。残りの隊員やヒート・ロジャーが隊長を取り返そうと一気に攻めてくることでしょうから、奴らの動きに十分注意するのです。もしもの時は人質作戦に出ます。心得ておいてください」

宇宙船の格納庫から二機の高速起動メカが姿を現した。ブレードクーガは、敏捷で高速四足移動できる上、超合金の牙で何でもかみちぎるネコ科の猛獣タイプだ。ブレードコングの2本の腕は長く強力で、クロー攻撃もパンチ攻撃もコンクリートを砕き、粉々にするほどの威力がある。ケリー・バーグマンは、ヒポタスがすぐに逃げずに望遠レンズでまだこちらを見ているとはさすがに思っていなかったようだ。

やがて、森の陰から、プロテクターをつけた突入部隊と、高速起動メカが姿を現した。さすがにヒポタスはそれを見て動きだし、城壁のそばに在る茂みの陰に隠れた。だが、武装した警備隊は確実に、城壁へと王国へと近づいてくる。

マノンが冷静に言った。

「緊急事態発生、カペリウス隊長の指示通り、ここは一度退避します」

だが、マノンがヒポタスを発進させようとした時。ステラが叫んだ。

「待って、マノンさん」

「どうかしましたか?」

「私たちだけ逃げてしまっていいのかしら?」

「カペリウス隊長はこのような場合も予測して、すぐに逃げろとのご命令でした」

「でも…」

わりきれないステラ。

「私たちで、なんとか助けられないのかしら?」

戦力から見てもまったく問題にはならない、時間だけが過ぎていく。このもたつきが、あとで重大な結果を呼ぶことになるとは?!

マノンは冷静に判断して、最後にステラを押し切るように告げた。

「中央指令室と連絡をとりながら、一度ここを離れます。ソフィーもいいわね」

「はい」

「緊急事態発生、こちらガイドアンドロイドのマノン。警備隊を発見したカペリウス隊長が、突然警備隊に襲われて拘束されました。また警備隊はその後、武装して王国へと移動を始めています。同行したケリー・バーグマンは警備隊といっしょにいる模様。ファロラピスの王国の城壁のそばです。ポイント座標を転送します。大至急救助を要請します…」

この時、ソフィーは、カペリウス隊長に何が起きたのか、突入部隊が何をしようとしているのか、おおよその想像ができた。やつらは同じことをしようとしている。20年前、自分がタマゴの時に略奪されたように。しかもアンテラス用の装備をした特殊部隊を送って来たのだ!だがこの時ソフィーが感じた強烈な恐怖が同時に、偉大なる母、ファロラプス女王に協同意識を通じて伝わっていたのだ。

ここはファロラピス女王の王国の中心、三角形を二つ組み合わせた六角のお城の奥、七つの象徴図形の扉の向こうに在る女王の部屋、女王はソフィーからの危険な波動を即座に感じて立ちあがった。

「なんてこと、友好的な人間、カペリウスは捉えられ、またあの忌まわしい奴らが攻めてきた、しかも戦士の軍団を送り込んできた…。知らせてくれてありがとう、わが娘、ソフィーよ。いいでしょう、アンテラスは挑まれれば立ち向かいます。兵アリよ、出陣です、王国を守ってください」

それはテレパシーを通じてすぐに五角形の建物に伝わる。門番のありが、兵アリの重い扉を開けはなった。中から思い足音が響き渡ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る