第8話 ファロラピスの王国

 昆虫生命体アンテラスは、言ってみれば地上性のアリである。地下に穴もほるが、その建築物のほとんどは広大な森から作られる。彼らはカーボンに匹敵する強度と軽さを持つ大型の甲虫の外骨格をうまく加工し、ナイフからのこぎりまで造り上げ、使いこなす。さらに鉄の精錬技術も非常に高く、4本の腕を器用に使って実に精緻な芸術品のような刃物を鍛え上げる。

 彼らは高度な伐採技術と木材加工の技術を持ち、長い年月をかけて自分たちの王国の周囲を6か所区画に分けて整備する。草原、うっそうとした草原、低木藪、若い木の多い明るい森、やや暗い森、うっそうとした森に分け、それぞれの環境に適した穀物やキノコ栽培を中心とした農業や牧畜を行う。牧畜と言っても、彼らはミツバチや甘い樹液を貯め込む虫、堅い外骨格を加工するための虫、木の外注を駆除する虫など、さまざまな種類の昆虫を飼い、苑昆虫を飼うために様々な植物を混色植し、全体として非常に多様な環境を構築する。

 アンテラスの農園には豊かな自然が維持されるため、地球で言うところの軟体動物から、両生類、爬虫類、鳥類や哺乳類までが豊かに共存している。草地はやがて藪になり、藪はそのうち明るい森に育ち、最後にはうっそうとした森となる。すると彼らはうっそうとした森を伐採し、木材を利用し、やがてそのあとを草地に戻す。6つの区画はだんだんと育って次の段階に移行し、循環する。そして王国は一つの女王のもとで約300年の間続くのである。彼らには綿密に計算された縄張りと人口を守る鉄の掟があり、決して増えすぎたり大きく数を減らすこともない。王国は次の女王にそのまま引き継がれることも、新しく開発されることもあるが、中には1万年以上継続している王国もあるらしい。

 東の大地には、いくつかアンテラスの王国が確認されている。その中で人間の開拓地に一番近いのがファロラピス女王の治める王国である。そのそばにもグリーンラインのフェンスがあるのだが、そこに開きっぱなしのゲートが1つある。隊長がそれを見つけると、ステラが教えてくれた。

「ここはアンテラスと人間やロボットの交流ゲートなんです。20年前、女王と平和条約が結ばれたのを記念して、王国へのゲートとして造られたのですが、使う人は一人もいなかったんです。みんな、特殊部隊が全滅したと言うのを噂で聞いていましたからね」

 でも、見ているとアンテラスの働きアリや人間の作業用ロボットのアンテックが時々出入りしているようだ。

「ところが沢山の開拓民がここを離れて行く直前に、ある民間人がフルーツを持って中に入り、物々交換で蜂蜜を手に入れたんです。働きアリは善良でまったく敵意がなく、しかも人間の栽培するフルーツや穀物などに興味を持っているということも分かったんです」

「へえ、勇気のある人がいたもんだ」

「それをきっかけに徐々に交流が広がり、最近ではファロラピス女王も認める交流ゲートとなったんです。あ、いよいよ王国の土地です。その道を奥へとずーっと進んでください」

車を走らせると、なるほど木材で作られた城壁のようなものが見えてきた。城壁の周りは大きな広場が整備され、道幅の広い大通りが森を貫いて伸びている。まずはソフィーが一人で城門に歩き、交渉をすることになった。

カペリウス隊長と、ステラ、バーグマン、ガイドアンドロイドのマノンは、四駆のヒポタスを降りてソフィーを待っていた。目の前には外敵から王国を守る城壁と大きな城門がそびえていた。なんだろう?人間の建築物とは根本的に違う。みんなが不思議そうな顔をしているとステラが言った。

「わたしにもよくわかりませんが、父が言うには、三角形とか五角形とか、いろいろな図形にはそれぞれアンテラスにとって神聖な意味があるそうです」

木でできた頑丈そうな城壁だが、そのあちらこちらに象徴的な図形があしらわれている。扉やのぞき窓などを見ても、ただの四角形というものはなく、三角形や六角形など、またそれを組み合わせた形が多く、シンプルだが神秘的な外観を見せている。

「美しい…。しかも緻密で彼らの知性を感じさせる」

ステラもカペリウス隊長もケリー・バーグマンも。ただ眺めるしかなかった。だが隊長は、柴崎からの報告を受けて、いろいろな思いを巡らせていた。ステラの父セオドアと警備隊員は本当にここにいるのだろうか?レイトン提督に何が起こったと言うのだろうか。 ラルフは最後に誰かに連絡したと言うが、その相手は一体誰だったのだろうか?

やがて、門が静かに開き、身長160cmほどのがっしりした番兵アリとともに、ソフィーがしずしずと歩いてくる。

「…少し分かりました。ステラさんのお父さんのセオドア・フォスターはたった一人で城門を入り、女王に謁見するために中で待機しているそうです。セオドアの目的は良くわかりませんが、ただ女王に会うことは、特別な用件でもなければ実現することはないでしょう」

「…そうか…。警備隊員たちは?」

「それが、まったく分からないのです。セオドアは一人でふらっとやってきたそうです。彼はアンテラスの言葉を話せる、数少ない人間ですから、敵意のないことを示し、うまく中に入り込めたようです」

「ううむ」

さすがの隊長が腕を組んで考え込んだ。バーグマンが言った。

「どうしますか、城門の外で警備隊員を探しますか」

「いいや、ここまで来たのだから、まずセオドアに会おう。警備隊の居場所も自然にわかるだろう」

するとソフィーはうなずいて言った。

「では、武器は決して持ち込まないこと、勝手な行動をするとただでは済みません。慎重に行動してください」

ヒート・ロジャーは来なくて正解だったかもしれない。ガイドアンドロイドのマノンがヒポタスに待機することになった。そしてソフィーを戦闘に、カペリウス隊長、ステラ、ケリー・バーグマンの3人は城門の中へとはいって行ったのだった。

まだ最終の脱皮をしていないソフィーは、ファロラピス女王とはかなり姿が異なるらしいのだが、人間でいえば姫君、かなりのオーラがあるらしく、城内のアリたちは、みな礼儀正しく迎えてくれる。城壁に囲まれた王国の内部は小さな町ほどの空間に、六角形を基本に敷地が区切られ、建物の用途に合わせた、様々な多角形やピラミッド形、螺旋形などの建築物が整然と配置されて、調和のとれた街並みを造っている。

「うわ、大きな…?なんなのあれは?!」

バーグマンが、つい大きな声を出しそうになった。すぐ横の牧場のような柵に囲まれた広場で、大きなモグラのような生き物に働きアリが乗って移動している。

ステラが教えてくれる。

「あれは木の根を掘り返したり土木工事に使うオケラコガネですよ」

メタルに輝くごっついギザギザのついたスコップのような前足がすごい。寿命も15年以上で、よく慣れて便利なのでアンテラスたちが幼虫のころから育てているのだと言う。

「ちょっとこの辺りはこんなのばかりなの?」

バーグマンは気が気ではない様子だった。木材などの大きな荷物運搬用のショベルゾウムシや高いところの木の実を収穫してくれるキリンナナフシはさらにでかい!

ここの虫たちは外骨格と内骨格のいいところを併せ持つ複骨格で、巨大になるものも多いのだ。それらとアンテラスはじつにうまく利用し合っている。

だが、その時、ケリー・バーグマンが思わずささやいた。

「…あら…さすがに危険信号が…。いくつもの画面で警告レベルを越えてきたわ…」

ケリー・バーグマンのメガネの内側にいくつもの画像が流れていく…、カペリウス隊長は気付いたのだが、ケリー・バーグマンは高度な行動管理システムを使っているらしい。これは目の前に見えるもののほか、監視カメラやネットの画像など複数の画像を総合して分析し、無駄なく効率的な行動を提案したり、危険を回避したり、成功の確率を上げたりするロボット端末の機能である。ケリー・バーグマンのロボット端末は依然不明だが、どうも今現在もどんどん情報が分析されているようだ。この王国に入ってから、分析不能の要素が高く、危険確率が異常に上昇しているようだった。

毎日のスケジュール管理や、行動の効率化のためにAIを使う人は結構いるが、そんなレベルのものではないようだ。なんでこんなシステムを個人レベルで使っているのか…?

さてこの王国にいるのはすべて女王から生まれたアンテラス達である。時期女王アリや王アリの候補となるのが貴族階級だが、彼らはやがて一度はこの王国を離れて他の王国へと繁殖の旅に出るので、小さなころから厳しくしつけられる。特に裕福な暮らしはしていない。自由市民は万が一の場合には貴族の働きもできる立場にあるが、普段は建築や工芸、農業、図書館などの技術屋文化などの向上と積み重ねの仕事を担っている。貴族と自由市民はオス、メスが半分ずつ存在する。

さらに進むと、今度はミツバチをはじめとする沢山の虫たちの養殖場がいくつも連なっている。ミツバチも、蜜をとるものやプロポリスをとる者など、用途別に数種類、ほかにも、糸をとるためのカイコの仲間やクモの仲間も飼われている。あちこちで働きアリたちが楽しそうに働いている。ということは、最初の民間人はたった一人でこの辺りまで来て蜂蜜を手に入れたのだろうか? すごい勇気だ。

「ありゃ、水が流れているぞ?」

カペリウス隊長が指さす方を見ると、石で造った小さなプールのようなものに、働きアリたちがせっせと詰めかけ、桶で水を運んでいる。近くの山から、水道管で冷たい湧き水を引き込んで使っているのだと言う。

そしてそこから続いて、職人の工房村や薬品塔、図書館などの文化施設が特徴あるその外観を見せている。六角形のドームのような小さな小屋がいくつもつながっているような職人村では、刃物やナイフ、工芸品や食器、アクセサリー、絹織物などが熟練の技術で作られている。

大きな柱が何本も立っている図書館は空中に浮いた大きなオブジェのようだ。

「あのアリたちは何をしているんですか?」

ケリー・バーグマンの言葉に図書館の方を見ると、図書館のすぐ横に木立に囲まれた小さなドーム屋根の建物があり、その中で自由市民と思われるアンテラスが、図形を見ながら物思いにふけっている。

「瞑想室です。いわゆる五感のほかの超感覚を体験する場所です。あの者たちは精霊神官の修業をしているのです」

実は王国のほとんどが女王の家族であるアンテラスたちは、特別な協同意識を持っていて、群れの一部に危険なことが起きると、その瞬間に女王にはそれが伝わるのだと言う。ソフィーもその協同意識のおかげで命拾いをしたわけだ。アンテラス達は、それを体験し、高度に身につけ利用する学問を発達させたのだと言う。

「おお、ひときわ大きな建物だな、あれは何だい?」

カペリウス隊長が、文化施設の中央に在る大きな塔を指差した。それはピラミッドのような大きさの巨石を積み上げた土台の上に、長いらせん状の階段が頂上付近まで続き、てっぺん近くには六角錐の建造物が乗っている。

その塔は薬品塔、クィーンタワーと呼ばれているもので、人類の科学をはるかにしのぐ高度な薬品の開発・研究がおこなわれている場所だと言う。とくに数百年を生きる女王の特別な食料、クィーンゼリーの保管庫でもあると言うのだ。

見れば白と水色の長い衣を羽織った背の高い数人のアリたちが六角錐の建造物に静かに出入りしている。

彼らは生命神官と呼ばれる自由市民のエリートで、医師であり高度な薬剤師であり、このクィーンタワーの管理人なのだと言う。

「それだけにこの塔や建造物は厳重に守られていて、あの六角錐の保管庫は外部の者はだれも入れてもらえないことになっています」

彼らは高度な薬草学やその応用にも優れ、精神、肉体ともに高めていく科学が発達しているのだ。薬学、超感覚学などは、人類より数段上だろうと思われた。

そして左右に働きアリや自由市民の集合住宅が、大きななだらかな丘のように立っていて、ここでは風車がいくつも回っていた。

「人類とアンテラスの交流の一環として、2年前に、私が懸け橋となって取り入れた。風力発電設備です。人類の科学がここでアンテラスの技術と結びついているんです」

「発電した電気は何に使っているのですか」

カペリウス隊長の問いにソフィーが答えた。

「実は高性能の蓄電池もあり、今はそのすべてをパソコンに使っています」

「パソコン?!」

今は蜂蜜などの交易品の注文などに使うことが多いのだと言う。

「でも女王様もここで発電した電機とパソコンを宮殿に導入して、主に人類の文化を学んだり、言語の学習などもしているみたいです」

人類より知能がずっと高い女王は、驚異的なスピードで人類の言語を、読み書きなども習得しているらしい。

そしてついに、その前方に見事な尖塔のある王宮と、堅牢な壁に囲まれた大きな建物が見えてきた。カペリウス隊長が聞いた。

「こっちが王宮だね。こっちは何の建物だい?」

苑建物だけ、5つの頂点を持つ星の形の敷地に五角形の建物が建っていた。

ステラが珍しく首を振った。

「一度、父と来た時にはこう言われました。特殊部隊が全滅した時の守護神だと」

すると、ソフィーが静かに言った。

「この星の巨大な生き物や凶暴な生き物も震え上がる、アンテラスの兵隊アリです。私もまだパトロールに出るところを数回しか見たことがありませんが、武器や攻撃方法によって何種類もいるようです」

兵隊アリの建物には重厚な門があり今は閉まっている。この門が開いたときにきっと大変なことが起こるのだろう。

調査隊は兵隊アリの扉を横目で見ながら、王宮へと歩いて行った。王宮は正三角形を二つ組み合わせた六芒星の形の広大な敷地の中に、やはり正三角形を組み合わせた王宮の建物と6つの塔、そして広場がある。この六芒星の形は女王しか使えず、大変高貴で神聖な形らしい。

この辺りはよほどのことがない限り、初めての人間は近づけないのだが、今日はソフィーのおかげで何事もなく進んで行く。王国は一番初めは1人の女王と数匹の王ありで小さな建物から始めるのだが、ファロラピス女王の王国はもう200年近く続いているので、王宮もドンドン大きくなり、立派なものに仕上がっている。

アンテラスは地上性の生き物なので視力や色彩感覚も優れているうえ、嗅覚は人間の数千倍らしい。広場を抜けて、王宮の内部へと進む。彼らはとてもきれい好きで王国の中はごみ一つなく森の匂い以外はほとんど何も感じない。その中でも王宮は清掃が生き届いた感じで、高貴なスパイスや花の香りで満ちている。あちこちに在る彫刻や工芸品の中に香木やスパイス、花などが仕込んであるようだった。背の高い、多分貴族階級のアリが、番兵アリを数人ひきつれて進み出た。そしてソフィーにアンテラスの言葉で何かを言った。たぶん歓迎しますみたいな内容だろうと思われた。ソフィーもアンテラスの言葉で感謝の意を示した。

すると番兵アリたちがさっとソフィーを控えの間に案内した。ここからは、王宮前の広場に抜ける明るいゲートと、奥に続く長い廊下が見える。長い廊下は、七つの違った形をした扉を、順番に通らなければ奥には行けない。その一つ一つに番兵アリが着いている。ひし形だったり、木の葉の形だった李、六角形だったりする不思議な扉を次々に通り、そしてやっと女王のところに行けるのだと言う。控えの間、木造の室内は大きな天窓の光で明るく、おごそかな雰囲気が漂っていた。

するとそこに沢山の働きアリが、ガラスの容器を持ってやって来た。さっそくソフィーに何か話しかけている。

「サボテンとフルーツとハーブのジュースだそうです。我々は一応歓迎されているようですよ」

善良な働きアリたちは本当に邪心のない素直な瞳でほほ笑み、みんなにジュースをふるまう。

「すごい、冷たくておいしいわ」

早速飲んだステラがつぶやく。あのわき水のプールの冷たい水で冷やしてあるのだそうだ。カペリウス隊長やケリー・バーグマンも恐る恐る飲んでみる

「いやあ、体全体にしみとおるような味だ。初めてのおいしさだ。どうもありがとう」

カペリウス隊長が、小柄な働きアリにお礼を言うと、働きアリはちょっと照れながら喜んでくれた。

「うむう…?!」

ところがその直後、突然、カペリウス隊長が、瞬間意識を失いかけた。一体なにが?!

「隊長、どうかなさいましたか…今のジュースに何か?」

「今、私の心の中に、誰かが入って来たような…初めてだ、こんな体験は」

するとソフィーが何かを感じてしゃべり始めた。

「今、女王から心の声が届きました。あなたたちの隊長の心を試したのです、すみませんでしたと」

ケリー・バーグマンが恐怖にひきつった顔で言った。

「目的はなんですか?超能力で一体何をしたのですか?」

するとソフィーはほほ笑みながら言った。

「あなた方の隊長は裏表のない、すばらしい人物だ。遠くからなら姿を見せてもよいと言っていました」

だが、その時、ステラが何かに気がついた。

「パパ!」

部屋の奥から歩いてくる男にステラが呼びかけた。

その40代半ば過ぎの男、セオドア・フォスターはとても驚いた顔をしてこちらを振り返った。

「ステラ! なぜ、ここに?!」

「セオドア・フォスターさん、ご無事で何よりです。私は今回の事件の調査隊の隊長、カペリウスと申します」

「生物学者のカペリウス博士ですね。お名前は何度か…」

セオドアは思慮深僧な落ち着いた人物であった。

「セオドア・フォスターさん、あなたに聞きたいことがありまして…」

隊長が進み出た。二人はしばし見つめあった。

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