第7話 ハニカムタンク

 中央指令室のゲートに近づく前に柴崎がみんなに言った。

「さっきここに来た時、なぜ中央指令室のシステムが止まってしまったのか色々調べたんだ。見たところ、コンピュータの本体、ミュリエルにはなんの問題もなさそうだった、もともとミュリエルには相当強力なウイルス対策システムも入っているし、電源もきちんとつながっている。だが、モニターには何も写らない、ミュリエルと更新もできない、周辺の通信インフラも何の反応もしない…。結果として、メインシステムがまったく反応せず、この惑星のネットや通信システムがフリーズ状態となっているわけだ。ただこの中央指令室に入っている部屋ごとの機会のシステムはどうなのだろうと、僕のレプレコーンが直接接続して更新を試みた。その結果、部屋ごとのシステムは全く問題がない。ちゃんと動いている。これは、おかしいと、いろいろいじってみたのだ。だが、その時思わぬ事実が発覚したわけだ」

 それは医療用ポッドだった。地下室で医療用ポッドが1つだけ稼働しているとレプレコーンに反応が出ているのだった。誰かが病気にでもなって、あの透明のカプセルである医療用ポッドに入っているのか?

「ラルフはセオドアも提督も、10人の警備隊も誰もいないと言っていたが、医療ポッドはカラではスイッチが入らないようになっている。つまり、誰か一人がなぜか医療用ポッドに入って地下室にいると言うことになる。つまり、これが事実とするなら、ラルフは、うそをついていることになるのだ」

 一体誰が地下室に一人で?残りの人々はどうなっているのか?

「それで私はラルフにそれとなく聞いて見たのだが。誰も地下室にいるはずはない。やはりコンピュータも調子が悪いんでしょうと言って、取り合ってくれないのだ」

 そこまで言うと今度は黒川が話しだした。

「そこで私のロボット端末のキキュロの登場となったわけだ。みんなのロボット端末はそれぞれにどんな機体なのかラルフに知られている。だが私のキューブ型の一つ眼ロボットキキュロプス、略してキキュロはあの時、時間切れでラルフには見せていなかった。まあ、言ってみれば敵に知られぬ秘密兵器ってところだ。しかもキキュロは、意外にジャンプ移動で、階段の上り下りもできる。地下室探査にも対応できるってわけだ。柴崎さんあの時、コンピュータを直接操作して問題の地下の部屋のドアを開けることに成功した。後はキキュロがうまく気付かれずに中の様子を記録して帰ってきているかどうかだな」

 さて、一行は慎重に辺りをうかがいながら、中央指令室へとゲートを入って行ったのだった。

「おや…、キキュロが帰ってないぞ…何かあったな」

 ゲートの内側、先ほどキキュロを置いた場所に、キキュロの姿はなかった。気付かれたのか…それとも事故か?!

「また今回も廊下は静まり返ったままだ。ラルフのところに行くしかないな」

 ヒート・ロジャーがあの特注のショットガンを持って、先頭に立って歩き出した。みんなも一言もしゃべらず、そのあとをついて行った。

 一体キキュロに何があったのか? 敵に見つかったのか? まだ地下室でうろうろしているのか?

「キキュロ、どこ行ったんだ」

 黒川がそうつぶやいたその時だった。

「あ、キキュロ!」

 黒川の声が聞こえたのか、長い廊下の物陰からキキュロが姿を現し、こちらにカンガルーのようにぴょんぴょんはねて近付いてきたのだ。

「え、なに?どういうこと?」

 ところが、キキュロは突然、突き飛ばされたように転がった。それでもすぐに立ちあがってこちらにはねてくる。そんなことが二度、三度と続いた。何か見えにくい何者かが、空中から体当たりをして、キキュロを壊そうとしているように見えた。柴崎がつぶやいた。

「ステルス機能と静穏機能を持っている小型ドローンのロボット端末か?そうだとすると、こ、これはまずいぞ?!」

黒川が近付くと、キキュロは黒川の後ろに隠れて身を守った。その時、廊下の奥のドアが開いて、ラルフ・ゴードンが出てきた。

「なんだ、予想もしなかったよ、君たちのロボット端末だったのか。わずかなモーションセンサー反応があったので、私のロボット端末が警戒モードで飛んでいたんだ。故障はしていないかね。どうも失礼した」

百合やステラの小型ドローンは目を引くかわいいフィギアだけでなく、飛び回るときにハチの羽音に似た音がするのだが、こいつは周囲の色と同じように表面の映像を変えるステルス機能を持ち、しかも音もほとんど立てない、忍者のような機体だ。

「隊長さんたちはどうしたんですか?まあ、こちらの部屋にどうぞ」

このままではまたラルフのペースになってしまう、警戒した柴崎が言った。

「実はラルフさんに遊園地の施設だと説明いただいたあの外のハニカムタンクですが、やっと会えたソフィーさんは、あれは災害用の施設だ、そう言い張るんですよ。我々に一度中を見学させてもらえませんか?」

さあ、ラルフはどうでる?みんなが注目した。

「はは、そうですね、じゃあ今から見に行きますか?あれが楽しいアミューズメントだとすぐに分かりますから…」

ラルフは嫌がる様子もなく、みんなを案内して歩きだした。

改めてハニカムタンクの前に出る、その巨大さと、六角形が組み合わされた異様な外見に驚かされる。しかし、これはアンテラスの知恵をもとに作業用ロボットアンテックが建てたもので、テクノロジーは人類のものであった。ラルフが右腕を伸ばすと、大きめの腕時計ほどのロボット端末が出てくる。例のステルスドローンだ。中にハニカムタンクを捜査する暗号キーが記憶されているらしい。

「ゲートオープン」

ラルフがそう言うと、ロボット端末がちかちかシグナルを点滅させ、六角形の一つがゆっくり外れてそのまま階段とゲートになり、中が見えてきた。

「ふむ、二重構造になっているのか」

柴崎が興味深げに覗き込んだ。六角形の外壁の内側にはもう一つの球状の巨大な物体が入っていた。だが、これを見る限り、アミューズメントにも、ましてや災害施設にも見えない。そう、これは巨大なハチの巣の内部に良く似ていた。

「では、こちらへ」

ラルフがみんなを連れて行ったのは中心部を貫く大きな柱状のエレベーターだった。

「さあ、このハニカムタンクがいかに素晴らしいアミューズメントか、実際に体験しますよ」

エレベーターの透明なドアが開くと、ラルフは先頭に立って乗り込んでみんなを呼んだ。

何か嫌な予感を感じながらも、みんなでその広いエレベーターに乗り込む。

「おおっ!」

透明なドアから、それぞれの階の様子が見える。エレベーターはぐんぐん昇って行く。

「シネマコンプレックスの階、図書館の階、レストランの階、カラオケボックスの階など、総合的なエンターテイメントが豊富に取り揃えてあります。さあ、いよいよ屋上ですよ」

エレベーターは屋上に出た。だが、天井がちゃんとある、どういうことなのだ?!

「ドームオープン」

ラルフの一声で、ドーム天井がゆっくり開いて行く。そして気がつくと、青空の下、エレベーターを中心にして四つの丸いステージが広がっている。

「ほら、いかがです、大展望台ですよ。東西南北に4つの丸い展望ステージがあるでしょう。お好きなところからミューズ26の大自然を、デポリカの街を眺めてください」

気持ちのいい風に吹かれて、黒川が歩きだす。

「じゃあ、私はあっち側の展望ステージでデポリカの街を眺めてくるかな」

ハロルドと小百合も同じ方向に歩いて行く。ヒート・ロジャーはなぜかエレベーターのそばを離れようとはしない。柴崎は辺りをさっと歩きまわると、つかつかとラルフに向かって歩いて行った。

「どうですか、柴崎さん、いい眺めでしょ」

すると柴崎は鋭いまなざしをラルフに向けた。

「ラルフさん、あなた、嘘を言ってますね」

ラルフは笑いながら答えた。

「はは、私が嘘を? 何かおかしいこと言いましたっけ?」

すると柴崎は展望ステージを指差して言った。

「この4つの丸いステージは、明らかにヘリポートです。万が一の時、災害救助用のホバーやヘリコプターを4機までここに着陸させて避難民を脱出させることができる。それにこのハニカムタンクは二重構造になっていますが、これは最新の免震構造ですね。また二重にすることによって大きな浮力が得られて水にも浮くわけです。それに途中の階は、あなたがシネマコンプレックスだとかカラオケボックスだとか言っていましたが、ホテルの個室のような同じ規格のドアがどの階にも並んでいた。避難用の小部屋ですよね。ここは巨大な避難ポッドだ、あなたの言っていることは下手な出まかせですね」

理数系の秀才、柴崎の理詰めの言葉に、ラルフはさすがに黙り込んだ。そこに黒川たちが近づいてきた。黒川の手には、あのキキュロが握られていた。

「今、展望ステージ、いいやヘリポートに景色を眺めに行くふりをして、この私のロボット端末が記録してきたものをキキュロのモニターでこっそり確かめていたんですよ」

すると小百合が言った。

「私も確かに見ました。地下の医務室に医療ポッドがあり、その中に一人、強制的に眠らされている人がいました。画面を拡大して確認しました。レイトン提督ですね。違いますか?」

柴崎が一歩進み出た。

「私はサイバー捜査官の肩書きも持っているんです。あなたを逮捕することもできる。もうあなたは言い逃れはできない。おとなしく我々と来てください」

しかし、ラルフは不敵に答えた。

「いやだね」

「エレベーターはヒート・ロジャーが押さえている。もうあなたに逃げ場はない」

「なんだと、逃げ場がないだと。それはこっちの台詞だ。なんでわざわざ屋上まで出てきたと思う?! ここなら、いざという時は誰にも気づかれずに、お前たちの口封じができるからさ」

そう言ってラルフは隠し持っていたヘビーハンドガンを取り出した。

ま、まずい! バキューン!銃声がこだました。

だが、ラルフの銃が火を噴くより一瞬早く、ラルフの胸にヒート・ロジャーの特注のショットガンがヒットした。ラルフは衝撃で吹っ飛んで倒れた。すごい威力だ。

どうなったんだ? だがみんなが見つめる中、ラルフは何もなかったように、すっと起き上がった。

「えええっ!!」

ラルフの胸は衣服が破れ、中が見えていたが、そこに在ったのは超合金のボディだった。

「戦闘用のアンドロイド、しかも人間を傷つけても平気なロボット法に違反する、存在してはならない機体だ」

それを見た途端、ヒート・ロジャーはさっと4台あるうちの1つのエレベーターに乗り込み、下へと降りて行った。

「なんだ逃げたのか。何がヒート・ロジャーだ、口ほどにもない」

これはまずい、みんなハンドガンを構えてラルフを取り囲んだ。だがラルフはひるまない

「無駄だ。ショットガンでも倒せなかったおれをハンドガンで倒せるはずがないだろう。おや、いい風が吹いてきたようだ」

そう言うとラルフは突然足元に向かって何かを投げた。

ズバーン!!

「なんだこれは?!催涙弾か?」

「何これ、指先がしびれて…」

柴崎が、黒川が、よろよろと倒れ込んだ。

「安心しな、10分もしたら元に戻る、ごくごく弱い神経ガスだ。使用禁止の化学兵器だが、この成分はすぐに分解して、証拠が残らないのがいいとこでな。たったの10分の我慢だ。まあ、その頃にはもう、あの世に行っちまっているだろうけどな」

「ひ、卑怯な」

ラルフは銃を構え、まずは黒川に狙いを絞った。

「まずはお前からあの世に送ってやる」

ラルフは倒れ込んだ黒川にハンドガンを向けた。

「やめろおおおお!」

神経ガス弾が効かないハロルドが、ハンドガンをぶっ放しながら黒川を守ろうと飛び出した。

「おろかなアンドロイドだ。貴様の人工知能は、おれに勝てると計算したのか?!」

ハロルドが、ハンドガンを連発でラルフにぶちこむ、だがハンドガン程度ではラルフの体はびくともしない。

「戦力の差は歴然だ。それでも戦う気か?」

「まだ勝率は1パーセントある!」

ハロルドは今度はラルフの手首を狙った。

「なんだと?!」

ラルフの右手は、なんとハロルドのハンドガンに打ち抜かれ、ヘビーショットガンは宙に舞った。ここぞと突っ込むハロルド。

「やめろ、ハロルド!」

「99%だめでも、1パーセントに賭けます!」

銃を撃ちながら突進するハロルド!

「救い難いアンドロイドだ!」

ラルフは銃弾を受けながらハロルドに向かって行き、その重量級の超合金の体で体当たりをぶちかました。

ガツン!!

鈍い金属音が響き、吹っ飛ぶハロルド。

「思い知るがいい!」

ラルフは立ち上がるハロルドに、今度はその超合金の拳を振り上げた。

「うグゥ…!」

拳はハロルドの胸を貫いた。

「ハロルドー!」

黒川が悲痛な叫びをあげた。ハロルドの胸から火花が散った。

「…お役に立てなくて…ごめん…なさい…」

ハロルドはそのまま倒れ込むと爆発し、砕け散った。

愕然として声も出ない黒川!

「なんてひどいことを…」

小百合がラルフをにらみ返した。黒川は死ぬ物狂いでかけよろうとしたが、しびれてそのまま倒れ込んだ

人の役に立つ為のロボットが、ロボット同士が、なぜこんなことに…?!

よろよろと近づいた柴崎がハロルドのボディをのぞきこんだ…。

「まだ人工知能はなんとかなりそうだ。がんばれよ、おれが絶対直してやるからな…」

だがその時だった。すぐ後ろのあのエレベーターのドアが開いた。

「悪い、待たせちまったな」

ヒート・ロジャーが大きな箱のようなものをかついでそこに立っていた。

「な、なんだと、おまえ、何をかついできたんだ?!」

「ロックオン」

それは車に積み込んで使う、重いロケットランチャーだった。

「バカな、ありえない!」

「あばよ!」

ズドーン!! ラルフはよけようと背中を向けて逃げ出したが、ロックオンされたミサイル弾は逃すはずもなかった。鈍い爆発音がして、ラルフは前のめりに倒れ、背中から一瞬火柱が噴き上がった。

「ぐおおおお!」

ラルフは背中に大きな穴があき、そのままゆっくりと倒れ込んだ。

だがその時、残骸と化したラルフが小声で何かを囁くと、右腕から、あのステルスドローンが飛び立った。小百合が自分のフェアリーを飛ばして追跡させた。

「ラルフは一体何をしようとしていたんだ? まあいい、今はまずレイトン提督の救助から始めよう」

柴崎がそう言うと、ラルフの残骸から声が聞こえた。

「ふふ、レイトン提督は3日後までコールドスリープで眠り続けるようにプログラムされている。無理やり解除すれば、命の危険があるぞ…」

すかさず黒川が言った。

「あいにくだったな。私は医者だ。そして彼女は…」

小百合が冷静にすらすらと続けた。

「私はメディカルエンジニア、臨床工学技師です。あの医療ポッドをぱっと見て、メーカーや型番、操作法まですぐに分かったわ。プログラムの解除もなんでもありません」

その時、あちこちでピピピという電子音が鳴った。なにかがおきたのだ。ラルフの残骸が最後につぶやいた。

「こちらラルフ、ミッションは失敗。提督ももう確保できない。打ち合わせ通り、最終作戦に移行する。あとを頼む…」

ラルフは爆発し、炎に包まれた。柴崎のポケットのレプレコーンが言った。

「たった今、ネットや通信が回復しました。あのステルスドローンで、解除させたようです」

「やはり故障では無く、意図的に連絡をとれなくしていたのか?」

すぐにメインコンピュータのミュリエルともつながり、空港の軍事基地にもつながった。

柴崎がすぐに今あったことをカペリウス隊長に報告した。すぐにつながって、隊長の画像が送られてきた。

「…なんだとラルフは戦闘アンドロイドだったのか?!じゃあ、レイトン提督は確保できそうなんだな?、そうか、それで…」

隊長たちは、ソフィーの案内でやっとアンテラスの王国の近くに到着したところだと言う。柴崎や黒川たちも、レイトン提督救助の上、隊長たちをグリフォンで追いかけることとなったのだった。

「でも、やっとラッキーに会えたと思っていたのに…ああ、ハロルド、君はぼくたちの役に立ったんだ。ぼくたちは君に命を助けられたんだよ…ハロルド」

黒川は砕け散ったハロルドを見て叫んだ。でも、悲しんでいるひまはない。体のしびれが薄らいできたら、もう歩きださねばならなかった。

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