第6話 なつかしき場所

 隊長たちと別れてデポリカの街に飛んで行く途中、柴崎は黒川に相談した。

「…と言うわけで、われわれは君のロボット端末のキキュロに期待して中央指令室まで行くのだが、少し時間に余裕があるから、ラルフが信用できる人物かどうか調べたいんだ」

「調べる?」

「いつもなら、ネットで本部のメインコンピュータにつなぎ、瞬時にデータを照合するのだが、今はネットの障害でそれも難しい。昔ここに住んでいた黒川さん、町の情報が良く集まるような場所を知らないかねえ」

「そうですねえ、もちろん心当たりはあるんですが、もう20年たっていますからねえ…」

「まあ、ダメもとで行くだけ行ってみよう…」

グリフォンをセントラルパークのヘリポートに着陸させると、二人は小百合、ヒート・ロジャー、ハロルドと連れだってダウンタウンの方へと歩き出した。

小百合が黒川にすうっと寄り添って聞いてきた。

「黒川先生はこの辺りに良く来ていたんですか?」

「ああ、最後の1、2年は、毎日のように来ていたなあ」

「お一人で?」

「いいや、子どもの友達ロボットのジャックと、飼い犬ロボットのラッキーと三人連れでね」

そう、開拓惑星や危険が高い地域では、子供に混じって地図、ナビ能力、連絡能力、救急能力などを持つ友達ロボットを同伴させることが多かった。彼らは外見は同い年の人間の子どもと見分けがつかないように造られており、よい遊び相手、話し相手にもなり、迷子や事故を未然に防止するとても頼りになる存在だった。

その中でもジャックは、黒川が幼児のころからの付き合いで、けんかしたり、一緒に探検したり、遊んだり、勉強したりする最高の友達だった。

「マックとラッキーの写真があるよ。あ、俺のキュクロは指令室だ、またあとであの頃の写真を見せるよ」

さて、ダウンタウンの商店街に差し掛かる。ここは大勢の市民がすぐそばのセントラルパークにいることもあり、営業している店も多く、テント村から来た避難民たちが大勢出入りしていた。

「向こうのビルの屋上にペットショップカフェ『グレース』があってさ、そこのマスターが町のことなら何でも知っている事情通なんだ。まだお店やってるかなあ…」

町にはロボットタクシーやバイク型、台車型などの宅配ロボットも行き来し、なかなか賑わっている。

目的のビルのそばまで来た時だった。

「あれ、うそだろ?!」

黒川が1つのシャッターの閉まっている店を見て声を上げた。そこは小さなケーキ屋「マルセルアンナ」だった。

「いやあ、そこのオーナーが、マルセルさんっていうプリンみたいな太っちょでさあ、この店のプリンがうまかったのなんのって…」

残念そうに話す黒川に、通りかかったおばさんが優しく声をかけた。

「あなたお知り合いなの…?そうなのね、実は伝染病の治療薬が出来上がる少し前に、ダウンタウンで歯伝染病が流行ってね、あのマルセルさんはまさか死んでしまったんだよ。間に合わなかったねえ」

ワクチンが開発されるまでは、伝染病にかかると約30パーセントの割合で助からなかったという。マルセルさんは無念だったに違いない。

「そんな…」

黒川の落ち込みようはかわいそうなくらいだった。

「いい人だったからねえ、腕も確かでさあ。で、あんたどこに行くんだい?」

「ペットショップカフェのグレースだけど…」

「え、グレース?あそこは今もやってるみたいだけど、マスターはずーっと伝染病で入院してたって聞いたけど、ほら、あの隔離病棟だよ。どうなったんだかねえ。20年の月日は長かった。でも、自分は引き揚げて助かったけど、なんで大勢の人が残らなきゃいけなかったんだ。ステラのお母さんだって、こっちに残って伝染病で亡くなっているし」

柴崎が黒川に聞いた。

「どうする、予定通り、そのグレースっていう店に行くかい?」

「うん、やってるなら、ちょっと覗いてみますよ」

ヒート・ロジャーがそのごっつい体とヒゲの風貌で歩くと通行人が何事かとよけて行く、柴崎が後に続き、悲しみにくれた黒川に寄り添うように小百合とハロルドも並んで歩いて行く。

ショッピングビルのエレベーターに乗って屋上に昇ると、広々としたテラスの奥にペットショップカフェのグレースがあった。

デポリカの街を見下ろす見晴らしのいい屋上に、ああ、昔と同じだ陸ガメが日光浴に出ている。この惑星の砂漠地帯には、キャベストーンと呼ばれている、石ころにもきゃべつにもそっくりな多肉植物があるのだが、それとそっくりな姿をした、石のようにも丸い陸ガメ、キャベストータスだ。甲羅がキャベツの一枚一枚が組み合わさったようで、甲羅の年輪が、鉱物のようにも、葉脈のようにも見えて、陸ガメマニアだけでなく、鉱物マニア、多肉植物マニアにも人気のペットだ。

陸ガメの日光浴を眺めながら店に入ると、まずはおいしいコーヒーやケーキが食べられるカフェコーナーがあり、その横にこの惑星の生物でペット用に選別、品種改良されたものが売っている。水槽の浄化装置や猫のトイレなども最新の設備が入っていて全くにおわない、清潔で展示を工夫した美しい店内だ。

入り口を入ったところにはカメロボットのテレスがいて、いつも挨拶をしてくれてたな。今度は黒川が先頭に立ちゆっくりドアを開ける。なぜかハロルドが寄り添うように一緒に入る。

「あれ、白石さん、彼をとられちゃったようだね」

柴崎の言葉に、小百合は笑って答えた。

「…でも不思議、あの二人、ここぞという時、なぜかいつも寄り添うみたいね…どういう関係かしら?」

「こんちはー」

昔の通り店に入って行く、いつも挨拶してくれたカメのロボット、テレスはいなかった。でも店内は景気がいいのかさらに美しくゴージャスな感じになっていた。そして…。

「やあ、いらっしゃい。あれ、もしかして黒川君か、はは、立派になっちゃって、今何してる?」

そこには20年前と、全く変わらないマスターの姿があった。

よかった。黒川の胸は喜びにふくらんだ。

「今は医療センターで、外科医をやっています。マスターも元気そうで、よかった」

ほっと胸をなでおろす黒川。でも、マスターは少し微妙な表情になってまばたきしながら言った。

「あれからマスターはね、伝染病にかかって長い間入院していたんだが、ワクチン開発が間に合わず、…マスターはあのケーキ屋のマルセルと同じ頃に死んだんだ。私はもとはカメロボットのテレスだったのさ。いつも店番をして、マスターのやることはすべて見ていたからね、ちょうどいいってことになったんだ」

まさか、マスターの口からマスターが死んだと聞くとは思わなかった。でも、ちょっとせっかちなしゃべり方や、時折見せる優しいまなざしは、マスターそのものだった。マスターは入院中、人任せにしていた店のことで思い悩み、ある実験に参加したのだと言う。 あの小説家のアレクシス・オルパーヴと同じ、なり代わりロボットプロジェクトだ。マスターは審査をすべて通り、自分の姿・形・だけでなく、記憶や人格、思考パターンなどすべてをコピーしたロボットを店に送り込むことにしたのだと言う。店での様子もコピーするためにテレスの人工知能をもとに使っているのだと言う。

テレスの記憶のおかげでペットの世話もバッチリ、オンラインの財務プログラムのおかげで金の管理も無駄がなく、顧客データベースを活用し、店はさらに繁盛していると言う。

「まあ、よく来てくれたもんだ。おや、みんな黒川君の友達かい?すごい知的な美人さんに、宇宙海兵隊の、もしかして有名なヒート・ロジャーじゃないの?まあ、そっちのテーブルはどうだい、珍しいペットでも見ながらくつろいでくれよ」

どこからどう見ても、マスターそのものだった。黒川は涙をぽろぽろこぼしながら笑った。

「マスター、いつものはあるの?」

「あるぞ、あるぞ。君の好きなマルセルアンナのプリンだって出前が来る」

「エ、うそでしょ?!」

マルセルの店は今は小売りをやめて、奥さんが細々とお得意さんにケーキを造って届けているのだと言う。

「ああ、アンナかい?そう、グレースだけど、うん、あの黒川君が立派に外科医の先生になって今、店に来てるんだよ、うん、ええっと12層プリン、5つばかりあるかな?」

するとハロルドがさっと手を上げた。

「私はアンドロイドなので、食べられないので…」

「おお、ありがとう、最近は分からない時があってね、自分から言ってもらうと助かるよ」

マスターはそのアンナさんと言う人にすぐ数を訂正した。

「ああ、そういえばマルセルさんのかわいらしい奥さんがアンナって言ったっけ」

「じゃあ、おれはスペシャルコーヒーでも淹れてくるかな。ちょっとお待ちを」

マスターがコーヒーを入れ始めると、みんなは、ペットの水槽やケージに目が行った。

「へえ、これがこの惑星のペットかい?めずらしいのばっかだなあ」

柴崎が興味深げに覗き込んだ。テーブルのすぐ前の水槽には、体がメタリックに輝き、自らも発光器を持っている、淡水魚のファイアーフライスイミーが群れで泳いでいる。マスターがサービスして、自動ブラインドのスイッチを入れ、店内の電気を落とす。そして餌をやると…。

「わあ、きれい!暗がりにメタルの光が浮き上がってくるわ!」

小百合が歓声を上げた。

黒川が解説する。

「餌を食べるときに光るんだ。昔は銀だけだったけど、金色やメタルのレッドやブルー、エメラルドなんかまで、色の種類が増えたね」

しばし幻想的な風景に見とれて、そしてまた明るくなった。

「あ、コメリバスだ、うちでも飼ってた」

黒川が指差したのは、あの沢山の足で歩くユーモラスなナメクジ、ダイオウメリバスのミニ版だった。12cmくらいだが、腐葉土を底に入れたバケツや水槽で飼えて、においもほとんどなく、丈夫で生ごみをみんな食べてくれて、質のいい肥料まで作れると評判のペットで、生ごみの処理のために、どの家庭でも1匹は飼っていると言う生き物だった。こっちもいろいろな色が品種改良されて、もともとはベージュなのだが、水玉やピンク色、オレンジに赤、イエローと水色のツートンカラーまで、なんでもござれだ。

「まあ、かわいい!!おとなしそうで、なんてユーモラスな顔してるんだか」

なんと意外に小百合が黒川の横から覗き込んだ。小百合の長い髪が黒川の肩にサラッと触れた。この手の生き物は苦手な女子が多いのだが、小百合は全く抵抗がないようだった。

「私、バリバリの理数系だから、機械でも生き物でも全然平気。大学の頃はカエル研究会でモリアオガエルの飼育・研究をしてたのよ。フフフ」

黒川の中では小百合の株がぐっと上がった。

するとヒート・ロジャーが似つかわしくないかわいらしい声で言った。

「え、まさか、これ、パンケーキヤマネコかい?かーわいい!」

コーヒーのセットが終わったマスターが言った。

「一番小型のコビトパンケーキヤマネコだ。ペット用に大人しく品種改良がされてるから、大きさも飼い方も地球の猫と変わらないぞ」

そうなのだ、あのぺったんこになって草むらに隠れる大型の種類にそっくりだが、とにかく子猫ほどに小さく、おとなしいのだ。普通の家猫ならごろりとして休むのだが、こいつらはケージの中で、ぺったんこになって寝そべっている。大きさもふわっと平たい感じもスイーツのパンケーキに近い。

この惑星の生き物はどんなに小さなものでも持ち出し禁止だし、その逆に地球の生き物は完全に持ち込み禁止だ。だからロボット犬やロボット猫などの需要あったわけだが、このペット用のコビトパンケーキヤマネコが品種改良されてからは、引っ張りだこの大人気らしい。

「お、こっちもめずらしい。フクロウかな、目が大きくて超かわいい」

次に柴崎が覗き込んでいたのは、木にとまったフクロウそっくりの生き物だった。

「あんたたちは見なかったかな?あのイカ巨人を。え、見たって? なら話は早い、デカいロケットクローのこちらもミニサイズの中間だな。木に擬態するフクロウに似ているが、羽根の代わりに伸び縮みする触湾があって、移動するときは触湾をシュッとのばして枝から枝に飛び移る。イカの仲間だが、ターザンオウルって名前だ」

目が大きくて、くちばしもある。なんともユーモラスな顔をしている。

「ねえ、こっちの水槽は水の中にお城みたいなのがあるわ」

次に小百合が覗き込んだ大きな水槽には、小石や小枝で作ったお城のような建物がいくつか建っていた。

黒川が得意になって説明する。

「良く見てみな、城の中に不思議な生き物がいるだろう」

ヒレの着いた沢山の足を波打たせて泳ぐ、不思議な生き物が家族で住んでいた。はさみの着いた2本の前足が長く、丸くてくりくりっとした目がどことなくサルに似ていた。

面白いのははさみだ。はさみは普通二本のツメがはさむようにできているのだが、彼らは上が2本、下が1本と、計3本が合わさる形になっている。ものを切るだけでなく、握ったり運んだりがうまくできるらしい。

「やつらはエビの仲間でリバーモンキーと呼ばれている。あのはさみを造って水の中に自分たちの城を造って家族ごとに住むのさ。だんだん立派な城ができて、それを観察するのも楽しみなペットだな」

昔はきれいな水質を保つのが大変だったが、最近は、水替えロボット「ダブルノーズ」、汚れ落としロボット「ワイパーノーズ」等も充実し、汚れ分解バクテリアガラスの水槽などもあり、誰でも簡単に飼えるようになったのだと言う。

「お待たせー、マルセルアンナの出前でえす」

入って来たのはマルセルのかわいらしい奥さんだった。20年たって心の純粋さがそのまま顔に出ているような、それはそれはやさしそうで、陽気なおねえさんだ。

「ロボット配送でいいっていうのに、いつもすまんな」

マスターが言うとアンナはすぐ答えた。

「だってマルセルアンナのお菓子は、私とうちの人の子どもみたいなものだからねえ」

黒川は大事に抱えられた箱を見て、目がうるんだ。

12層プリンと言うのは、あの太っちょのマルセルが発明して特許をとった、多層プリン製造器によって一瞬で積み重ねられた芸術品だ。食感や味の異なるプリンを12層重ねて造る神技のプリンだ。中には特製カラメル層やフルーツ層、チョコレート層等もあり、それがスプーンで口の中でとろけて混ざった時がまた格別なのだ。

「さあ、どうぞ」

マスターのオリジナルブレンドと12層プリンはこの世の天国みたいだった。マスターは今日は特別だと、蜂蜜のつぼを出してくれた。

香り高いコーヒーには砂糖の代わりに特別な蜂蜜をどうぞと進められる。

「あれこれってあのマルセルさんの蜂蜜でしょ」

黒川が思わず声を漏らすと、小百合も喜びの声を上げた。

「こんな深い味の蜂蜜、初めて」

それはあの頃、マルセルさんが手に入れた、特別な蜂蜜だった。どこで手に入れたのかと聞くと、マルセルさんはアンテラスだと言ってあの当時、みんなを驚かせた。

「あの人たちは、言葉は通じないけどハートがいい、こちらが礼を尽くせばちゃんと心は通じるのさ。あと、おいしいものもね。私が飛びきりのフルーツを渡したら、かわりにこれをくれたんだよ」

マルセルさんは、アンテラスが高度な養蜂技術を持ち、さまざまなハチを使ってはちみつやローヤルゼリーなどを造っていると聞き、わざわざその場所に行ってアンテラスと物々交換してきたというのだ。

「今では人間の農園のロボットのアンテックとアンテラスが広く交易しアンテラスの養蜂製品や薬草などがデポリカの町にも少しずつ出回るようになってきたのだと言う」

「そういえば、マルセルさんは、この蜂蜜を使って、宇宙一のプリンを造るって言ってたけど、どうなったのかなあ」

するとアンナさんがしみじみと語り始めた。

「マルセルはねえ、この蜂蜜を手に入れて、これで宇宙一のプリンがついに出来るって大喜び、がんばって、がんばって、ほとんど完成までこぎつけたの。でも最後の仕上げで伝染病に倒れてしまった。で…。それで隔離病棟から画像通信で私に細かい指示を送って、死ぬ直前まで、二人でプリンを造っていたの」

「そうだったんですか…マルセルさん、食べたかったです」

「大丈夫よ、黒川さん。あの人はついにやり遂げて、惑星を離れた沢山の人にも食べてもらいたいと、百年缶詰への保存を行ったわ。ちゃんとうちの人はみんなの分も造って用意していた。もちろん、黒川君の分はちゃんとあるわ」

百年缶詰、それは百年以上、少しも風味も成分も損なわず保存できると言う新技術の缶詰であった。

「ええええー、本当なんですか?! 自分の分もあるんですか?」

突然差し出された百年缶詰の箱には、4人分のプリン缶がきれいに並べてはいっていた。そしてパッケージには、『マルセルアンナの特性蜂蜜プリン、シリアル番号とマルセルから黒川への刻印』が刻んであった。

そして、「みんなで楽しく食べてくだされば本望です」という、マルセルのメッセージとサインが添えてあった。

なんと言う心遣い、なんと言う感激だ!!

マルセルさんはここまでやり遂げて、そして燃え尽きたのだ。とりあえずは食べずに大事に持っていようと、黒川はそっと自分のリュックにそれを入れた。たぶん、今の黒川には、どんな宝物より貴重なものに違いなかった。

「あれ、ちょっと待ってくれるかい?」

ついにマスターの口癖、ちょっと待ってくれるかい、が出た。マスターはあの頃も自分たちに思いやりの視線を向けてくれて、なにか一つ、ひらめきや、何か一つ思いやりの言葉をかけてくれたものだ。

「こっちのアンドロイドの君は、何かいつも黒川君にくっついているよね」

「そうですか、自然に体が動くまま行動しているつもりですが…」

ハロルドは指摘されて始めて気付いた風であった。

「私も昔はロボットのカメの店番だった。長い間人間と暮らしてきた人工知能は、非常に人間とうまく行くので、その電子頭脳がそのまま使われることが多い。ハロルド君とやら、君は昔、いつも黒川君と一緒に行動していたんじゃないのかな」

「え、この星にいたのは確かだけれど、でも、表面的な記憶は消去されていて、よくわからないんです」

黒川も、ハロルドに初めて会った時、いいも言われぬ懐かしい感じがあったが…。マスターは続けた。

「私が思うに…いつも主人に寄り添っていざという時はさっと動いて主人を守ろうとするその態度…、たぶん、飼い犬ロボのラッキーに間違いない」

そうか、そう言われてみれば、それ以外には考えられない。飼い犬ロボのAIをもとにサポートアンドロイドを造るのは当然かもしれない。ここにも20年ぶりの再会があった。

つい肩や背中をさすってやると、ハロルドは信頼のまなざしで黒川を見つめた。でも不思議だ。再会したのはロボットなのに、こんなに胸が熱い。

柴崎が、冷静にマスターに尋ねた。

「実は、今日訪れたのは、この男のことを何かご存知ないかと思いまして…」

柴崎が、ラルフ・ゴードンの画像をマスターに見せた。

すると、流石なり代わりロボット、すぐに顧客リストから一致する画像を照合し、店にいつ、誰と来て、何を注文したかまで分かってしまうのだ。

「うむ、この男は最近はもう5回も来ているなあ」

「去年まで特殊部隊にいて、今年から軍の警備隊軍事アドバイサーとして着任したらしいんですが…」

「警備隊のやつらも集団で何回か来ているが、その中にいたことはないな。いつもスーツ姿の正体不明の男と来ていたぞ」

「そのスーツ姿の男って、どういうタイプの人ですか?」

「ありゃ、遊び人や会社の社長じゃないな。無口で隙がない身のこなしで、政府関係者か、捜査官って感じだ。あ、そうだ、そのラルフって男だが、いつもコーヒーを飲むふりして、スーツの男のカップに流し込んでいた。確か、この店で出したものには一度も口をつけてないぞ」

「ええ、それってどういうことなんですか?」

柴崎の質問にマスターは小声でつぶやいた。

「ハロルド君と同じだ。アンドロイドか、サイボーグだな。食べられないのさ。でもやつは注文するところを見ると、なぜかそれを隠しているということだ」

みんな顔を見合わせた。やはりラルフはあやしいのかもしれない…。

そしてみんなでグレースから出ると中央指令室に歩き出す。ハロルドは、またいつの間にか黒川の隣にいた。小百合も負けじと寄り添っていた。ヒート・ロジャーはそれを見て、笑っていた。黒川は思った、

「ラッキーと会えて本当によかった。でもそうすると、友達ロボットのジャックは今頃どうしてるのかなあ。別のロボットになっていてもいいから、会いたいなあ。おっと、まずはミッションをクリアしないとな」

目の前には、セントラル公園の木立が見えてきたのだった。

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