第5話 グレイトロック研究所

 偵察用ホバー、グリフォンは、今度は西北側の山岳地帯に向かって飛んで行った。遠くには高い山脈や、火山地帯もアリ、その1つ、グレイトロック地区は円錐形の大きな岩山が点在する、不思議な景観の地帯であった。ここは良質のセメントが取れる地域で一部採掘もおこなわれている。

 もちろんここにもグリーンラインがあり、グリフォンは頑丈なノースゲートのそばに着陸した。再び待機班と2つに別れ、四輪駆動の頑丈な車「ヒポタス」でゲートの中へと繰り出した。

「へえ、本当だ。なんか古代文明のピラミッドみたいな大きな岩山があっちにもこっちにもいくつもあるぞ」

 岩山と岩山の間を縫うように造られた舗装道路を追いかけるようにヒポタスは進んで行く。

 やがて急に目の前が開け、まさかの川が目の前に現れる。道はそこで消えていて、特に橋もない。だが自動車は止まろうともせず、どんどん岸辺に近づいて行く。運転をしているハロルドが言った。

「ヒポタス、水上モードにチェンジします」

 ほう、そういうことか。黒川は面食らった。四駆のヒポタスは走りながら、窓がきっちり閉まって防水対応となり、車体の後部に強力なスクリューユニットが出てきていた。

 ザッバーン!!

 ヒポタスはそのまま川に突っ込むとプカプカ浮いて、ギュルルルというスクリューユニットの音とともに快調に水上を走り出した。そう、四輪駆動車ヒポタスは、ヒポポタマス、つまりカバのように水陸両用の車両だったのだ。

やがてヒポタスは川を渡って対岸に上陸、運転のハロルドが言った。

「あとグレイトロック研究所まで5分足らずです」

するとガイドアンドロイドのマノンが言った。

「グレイトロック研究所は、不定期に小さな噴火を繰り返す近くの火山の観測のために建てられたところです。いつもは無人だと聞いていたのですが…。それとこの川は大型の草食動物の水飲みポイントになっているところで、それを狙って、危険な肉食動物も多いところなんです。気をつけてくださいね」

それでなくとも、いつもは姿を見せない森の奥にいる動物が移動を始めている、いつもより数段危険なことに間違いはない。

「おお、ブルファントの群れだ。刺激しないように…!」

カペリウス隊長の言葉に窓からのぞくと、川岸で数頭の奇妙なゾウの群れが、岸辺の植物を掘り返して食べていた。大きくて頑丈そうな下あごの先に4本の太くて短い牙が生え、それを使ってパワーショベルかブルドーザーのように能率よく岸辺の草を掘り返していくのだ。上アゴには像の鼻が伸び縮みして、掘り返した水草を巻き取って口に運ぶのである。

「ステラとマノンの小型車をひっくりかえしたのは、案外こいつらかもな。あの頑丈な下アゴをぐいっと差し込んで、なんでもひっくりかえすみたいだぞ」

黒川は、そのブルファントが、こっちに向むかってこないかどうか、気が気ではなかった。やがて、ピラミッドのような岩山の一つに近づいて行く。ふもとの当たりは茂みに包まれ、上の方は険しい岩がむき出しになり、なんともすごい景観だ。その岩山のふもとにドーム状の屋根がある。それがグレイトロック研究所だと言う。ソフィーはいるのだろうか?少なくとも、この辺りは人間が一人で住むような場所ではない。本当にここにいるのだろうか?

「まずい、ペンタクローだ。ストップしてくれ」

隊長の言葉にヒポタスはすぐに停止した。目の前の藪の陰から3m以上もある巨鳥が突然姿を現した。

飛べないダチョウのような鳥なのだが、首は太く、頭もくちばしもかなりでかい。ヒポタスを見つけると、片足を上げ、短い翼を広げ、大きな頭を上下させる威嚇行動を始めた。なんでそんなポーズをとるのか、真実を知って黒川は戦慄を覚えた。鋭いくちばしだが、その大きなくちばしの上側が、ギザギザの鋭敏な刃物のようになっているのだ。さらに広げた右と左の短い翼の先には、鋭いかぎ爪、そして片足を上げたそのつま先には、ラプトルのような鎌爪がきらりと光る。つまり、くちばし、両翼、両足についた、合計5つの凶器をアピールするポーズなのだ。

「5つの鋭い刃物があるので、ペンタクローと呼ばれるわけだ。気性も荒いし、この惑星で最も危険な動物のベスト5に入ると言われている猛鳥なのだ」

ペンタクローは、威嚇ポーズをとったまま、しばらくこちらを睨んでいたが、突然何者かの気配を感じたのか、すすっと後ずさりするとそのまま岩山の後ろへと歩き出したのだ。こちらが息を殺して静かにしていると、やがてゆっくり去って行った。その頭の大きな後姿はティラノサウルスにそっくりであった。しかし、この猛鳥を追い立てた物は一体何だと言うのだろう?。

「望遠観察モードにします。皆さんは、車内モニターをご覧ください」

ガイドアンドロイドのマノンの瞳には、高性能の望遠カメラシステムが入っていて、遠い場所にいるもの、危険なものなどを拡大して確認・観察することができる。さっそく、前方の岩山の辺りが、社内モニターに拡大されて映った。

「ちょっと、あの岩陰から出てきたの、もしかして、まさか?!」

小百合が車の前方を指差して叫んだ。ステラがすぐそれにこたえた。

「そうよ、小百合さん。あれがアンテラスの善良な働きアリよ。働きアリはそんなに強くはないけれど、手を出すと後でとんでもないことになることがわかっているからペンタクローでさえも手を出さないのよ。何か運んでいるようね」

昆虫人間アンテラス、身長は人間の10才の子どもぐらいか?繊細な指の着いた4本の腕を自在に使い、2本の足でまっすぐに立って歩いている。光沢のある外骨格に覆われてはいるが、動きは力強くしなやかだ。きちんと列を作って5人ほどが、卵状のものを持って整然と歩いている。

ただ、猛鳥を追いやるようには全く見えない。知的でおとなしそうな印象だ。

だが問題なのはそのあとだった。なんとアンテラス達は、あのドーム状の建物へと近づいて行くではないか。

「おや、どういうことなのだ?」

そしてゲートの前まで行くと、自動的に扉が開き、彼らは何の問題もなく中に入り、しばらくするとまた出てきた。もう4本の腕にあの卵状の荷物はすでになかった。

「どうしますか、隊長」

運転席のアンドロイド、ハロルドが慎重に聞いた。カペリウス隊長は即断した。

「行ってみるしかあるまい。ただできうる限りの、万全の態勢を整えてだ」

カペリウス隊長は元は生物学者で、やさしく物静かな人物だが、決断力は高く、信頼は厚い。

「到着です」

ヒポタスは静かに止まった。ひときわ大きなピラミッドのような岩山のふもとにあるドーム状の屋根がすぐ目の前だ。

「みんな、十分気をつけて車を降りてくれ」

ヒート・ロジャーは催涙弾を打ち出すグレネードランチャーを担ぎ、その他のメンバーも、ショックガンをしっかり握りしめ、辺りをうかがいながら、足早に研究所に急いだ。

「おや…?」

みんなで警戒しながら研究所のゲートに近づくと、ゲートのモニターがスイッチオンし、中からおごそかな声が聞こえてきた。

「ようこそ、ステラ、そして調査隊の皆さん。どうぞ、中にお入りください」

ちょっとこもったような声だった…、コンピュータの合成音か?

カペリウス隊長のロボット端末のスペクターがすぐに分析する。

「合成音では無いようです。でも、今まで一度も聞いたことのないタイプの波形です」

「?」

みんなはいぶかしみながらも武器を構え、あたりに気を配りながら研究所の中へと進んだ。中はガランとしていて人の気配はなかった。

「そこで少しの間お待ちください」

会議室のようなところに通され、また声だけが聞こえてきた。

「私はソフィー、以前、中央指令室と軍事基地に、今回の海の進撃の警告メールを送りました。でもそのあと、通信もネットもすべて通じなくなって、私も非常に心配しておりました。じつはあなた達が来てくれて一番喜んでいるのは、私かもしれない。さて、お役にたてるかどうか分かりませんが、できるかぎりご協力いたします」

「今、アンテラスが来ましたけど、どういう御関係なんですか?」

小百合が、ていねいに疑問を問うた。

「ご覧の通り、ここは普段人間の来ない場所です。彼らは、私の生活に必要なものを、定期的に届けてくれているのです。みんな気が優しくていい人たちばかりですよ」

「わかりました、ありがとう、ソフィーさん」

やがて、正面のマルチモニターの大画面がスイッチオンし、そこに何かが映った。

「ソフィーなのか?!」

みんな注目したが、画面に映ったのは、コンピュータグラフィック、あの宇宙船のウラヌスと同じような白い女神の仮面であった。肌の輝くようなその白い仮面は、静かに瞳を開くと、かすかにほほ笑んでしゃべりだした。

「ではまずご用件をうかがいます」

カペリウス隊長が、モニターの女神の仮面に向かって今までのいきさつを説明した。

送られてきたメールは最初信じられずにいたが、中央指令室を訪れたセオドア・フォスターの忠告によってビルの3階以上を改装する、避難準備が進められ、人々もテント村に集まったこと。

しかし、海水面の上昇が思ったよりずっと高いらしく、計画は白紙に戻り、セオドア・フォスターは、アンテラスに助けを求めるべく王国に出かけたこと。

その時、一緒にレイトン提督と20人ほどの警備兵も出かけたが、全員昨日のうちに帰るはずが今日になっても帰らず、連絡もないこと。

我々は、提督たちを救出するためにアンテラスの王国に向かっているのだが、王国に入るにはどうしたら良いのか…。

するとそれを静かに聞いていた女神の仮面は意外なことを言い始めた…。

「なるほど、しかしそれはいくつか事実とは違います」

「事実と違う?それはどういうことですか?」

みんな顔を見合わせた。メガネのケリー・バーグマンが小さくぶつぶつ言い始めた。

「ちょっと、じゃあ、ラルフ・ゴードンが嘘を言っていると言うわけ?ありえないわ」

カペリウス隊長が、みんなに静かに聞くように促した。

「それではソフィーさん、事実と違うところをお教えいただけますか?」

女神は一度瞳を閉じて集中し、それからゆっくりと目を開けて話しだした。

「まず、建物の3階以上を使っての避難準備と言っていましたが、そこから違います。実は約1年前に大きな海水面の上昇があるかもしれない、と、私の方にアンテラスから連絡が来ました。私は中央指令室で私の存在を知っている唯一の人物、レイトン提督にメールを送り、相談しました。レイトン提督はどうしたらいいのかとアンテラスにアドバイスを頼んだのです。すると、アンテラス達は、大人数を受け入れることのできる大型の救助ポッドのコンセプトデザインをアンテラス文字と詳細な図表によって返信してきたのです。中央指令室のメインコンピューターのミュリエルに分析させたところ、非常に効率的で、水害や、地震など、いろいろな災害に強いということが分かったのです。提督は作業用ロボットのアンテックに作業させ、10か月の工事の後、ついに完成しました。完成写真を女王に送ったのですが、アンテラスの知恵と人間の技術が融合した素晴らしいものだと、女王もお喜びになりました」

「え、それは聞いていない。それがあのセントラル公園に在った…」

「みなさんもご覧になったでしょう。あのセントラル公園に建造されたハニカムタンクを。あれこそが避難のための施設です」

「?!」

そういえば6角形を組み合わせた球状の建造物が確かにあった。ラルフは、市民のためのテーマパークの施設だと言っていたが…?!昆虫人間のデザインだとすれば納得できる。

「あれは、沢山の個室と海水を飲料水に浄化する装置などを備えた避難用施設です。1000人の人間が二週間暮らせるだけの食料も備蓄してあります。浮力があり、水の中で安定して浮くことのできる大型の避難用ポッドなのです。セオドア・フォスターさんも立派なものができた、これで海水面が上がっても大丈夫だと喜んでいましたよ」

「?!」

みんなは困惑した。そう言われてみるとソフィーの言うことは納得できる部分がある…。でもそれなら、どうして…?

カペリウスは心の中である思いに取りつかれた。

…ハニカムタンクが避難設備であることを隠しておきたいわけがあるのだろうか? いや、海の進撃それ自体を隠しておきたい特別な何かがあるのだとしたら…?!

「さらに違うのは、アンテラスの王国に手助けを求めにセオドアが行くと言うところです。手助けに行くも何も、あのハニカムタンクは人類の設計ではないのです、アンテラスの知恵を使って建造したもので、そしてそれは成功した。アンテラスが手を貸し、すでに用意はできているはずです。なんで今頃頼みに行くのでしょうか?だいたい、1000人の人間が、突然アンテラスの王国に行ったとして、そこでうまく暮らしていけるとはとても思えません」

再びケリー・バーグマンが聞き返した。

「じゃあ、セオドアはレイトン提督は、警備隊はどこに出かけて行ったというの?彼らは王国に行ったんじゃないの?」

「それはわかりません」

カペリウス隊長は、ステラに確認した。

「ステラ君、君のお父上は王国に出かけると言っていたのかね、やはり助けを求めに?!」

「はい、昨日の朝早く、王国に行くと言って私より先に出かけて行きました。でも、目的を聞いても黙って何も言わないのです。さらに、提督や警備兵のことはまったく言ってなかったです…」

ラルフの言っていたことと、ソフィーの言ったことはかなり違ったが、ステラの言うことも微妙に違うようだ。これはどういうことなのだろう?

ケリー・バーグマンが今度ははっきり言った。

「ちょっと待ってください。ソフィーの言っていることは信じられるのでしょうか?私はラルフが嘘を言っているとは思えません。と言うか、ソフィーって一体何者ですか?アンダーソン指令も、この惑星の居住者リストにはそんな名前はないと言ってましたよね。画面にはコンピュータ画像しか出てこないし、信じるのに値する相手なんですか?」

カペリウス隊長がケリーをたしなめた。

「ケリー・バーグマン、いくらなんでも口が過ぎるぞ。彼女は安全に私たちを招き入れてくれたではないか」

だが、その隊長の言葉にソフィーが反応した。

「隊長さんは私を信じてくれるようですね。その嘘いつわりのない精神波動がこちらにも伝わりますよ。有難う。でもなかなか信じてもらえなくても仕方ありません。そうです、私は事情があって居住者リストには名前がない。事情があって、この研究所に移り住んでもう20年にもなりますが、一度も顔や姿を見せたことはない。信じてもらおうと思っても、難しいとはいつも思っていました。でも今はそんなことを言っている時ではない。いいでしょう、みなさんがよろしければ、そちらの部屋に行きましょう」

みんな息をのんだ。なぜだか決して入ってはいけない禁断の扉の向こうに入るような気がした。

ケリー・バーグマンが言った。

「いいですよ。ソフィーさんが出てくると言うのなら、お会いしましょう。会ってから判断しましょう」

すると隣の部屋から、何か足音のようなものが聞こえた。でもそれは聞きなれた靴音とは明らかに違う音だ、なんだろう、この迫ってくる、圧倒的な感じは!ステラはソフィーとメールで友情を深め、信頼していたはずが、心臓がバクバク言っている。どうしたのだろう、なにか普通ではない?!

ドアの向こうで足音が止って、ソフィーの声がした。

「皆さんも驚かれるかもしれないけれど、私も勇気を振り絞って皆さんに姿を見せるのです。これが真実です」

みんななぜか極度に緊張して、拳をにぎりしめた。なぜかアンドロイドのハロルドが、すーっと黒川の傍らに寄り添った。黒川は自然にハロルドの背中に手をやった。なぜだろう。不思議な安心感があった。

自動ドアが静かに開いた。みんな声も出なかった。そこにいたのは、優美で知的で限りなく美しい、身長180cm以上ある昆虫人間だった。

「私がソフィーです。さっきの働きアリたちと様子が違うのは、わけあって女王になるための脱皮をしているからです」

女王?!小百合がため息をつきながら言った。

「さっき見たアンテラスの働きアリに似ているけど、ずっと大きくて…美しいわ」

目は複眼のようで、触覚も着いていたが、その高貴な美しさは先ほどの画面の女神の仮面の雰囲気にかなり近かった。一番違うのは、女王は特殊な流動食しか食べないと言うことで働きアリたちに在るようなハサミ状の上あごがなく、人間のような口をしていた。さらに地上性でアンテラスは目が非常にいいらしいのだが、自由市民や貴族、女王等は活発にコミュニケーションをとる関係で、顔の表情が重要になってくる。働きアリたちは美しい虹色の複眼を持っていたが、ソフィーは全く違った。左右上下に動く、瞼を持った複眼なのだ。さらにどういう仕組みなのか、感情や気分で瞳の模様や色まで変えられるらしい。 左右上下に動く色の変わる複眼、瞼、自在に動く長い触角も相まって、多様な表情を表現するらしい。高貴で圧倒的なオーラをまとっているようだった。

「我々人類の前に姿を現すことは、たいへんな御覚悟だったでしょう。有難う」

カペリウス隊長が深く感激して言った。だが、ケリー・バーグマンはすぐにつっこんだ。

「でもおかしいでしょ。なんで人間の研究所に、昆虫人間がいるわけ?逆に信じろと言うほうが無理だわ」

するとソフィーは、胸の部分に在る発声器官を使ってはっきりとした人間の言葉でしゃべりだした。

「20年前、卵だった私は、人間の特殊部隊によって、王国から連れ去られたのです。実験観察用の個体として。特殊部隊はそのあとで全滅したと聞いています」

静かに語られたソフィーの生い立ちは苦難の連続だった。いつもは無人のこの研究所の奥の3部屋のスペースをもとに、アンテラスの幼虫が育つ六角形の小部屋やリラックスルーム、活動室などが造られた。人間用の育児ロボットマザーボットによって無人のまま、それから数年間、極秘で、王国から特殊部隊が盗んできた餌で育てられた。やがて餌の蓄えもなくなった時、人間たちは餌の成分を分析し、人工の餌で育てようとしたが、失敗。ソフィーは死にかけたのだと言う。

「私はだんだん弱り、瀕死状態になりました。でもその時、初めてアンテラスの女王と心が通じたのです」

ソフィーの話では、アンテラスの女王は知能が高いだけでなく、群れ全体と協同意識でつながっていて、ある種のテレパシーがあり、群れから離れて育てられたソフィーの危険信号も感じ取ったのだと言う。女王はすぐに確認し、引き渡しを要求してきたのだが、なぜか人間たちは上からの命令とかで、引き渡しを拒んできたというのだ。

「なんてひどい。で、どうなったの?」

ステラはソフィーが自分と同じ20年前の事件の犠牲者で、どちらも同じ一人ぼっちで苦労していたことで胸を熱くしていた。実はステラもソフィーと同じで小さい頃は、マザーボットによって育てられていたのだ。

「…でも考えの深い女王は私の命が優先すると考え、アンテラスの餌をここに運ばせる決断をしたのです」

そしてそれから今まで、ソフィーはここで育ったという。

「さみしくなかったの?」

「ええ、最初はね、マザーボットは良くやってくれたけど、とてもさみしかった。でもそれ以来、偉大なる母である女王様と心と心が時々つながるようになり、私の姉妹でもある働きアリたちも来てくれるようになったから、平気だったわ。それに女王様は人間のことを勉強して私たちと人間たちの架け橋になりなさいとおっしゃったのです。最近は、提督の許可をもらって何回か王国へも行かせてもらっているんです。またここに帰ってくるんですけどね」

でも、最初に餌が切れた時はすぐに弱った体は回復せず、一度は生死の境をさまようことになったと言う。でも、しばらく栄養のある餌や特別な薬草を飲んでいるうちに、考えもしなかったことが起きたのだという。

「体が危機を訴えたことが直接のきっかけになり、私は、働きアリでも、貴族や自由市民でもなく、厳しい環境下でも繁殖できる女王への変体を始めてしまったのです」

だから、働きアリのアンテラスとは身長も姿も異なっていたのか…。女王へは約25年ほどかけ、17回脱皮すると完全体になると言うのだが、ソフィーはもう16回終わっているのだと言う。そしてソフィーの知能は脱皮するたびに飛躍的に高まり、人類の言語を習得し、さらに人類のコンピュータやデータベースもかなりの高いレベルで扱えるようになったのだそうだ。

ステラが言った。

「ソフィー、ありがとう。あなたの勇気ある行動で、きっとみんなも信じてくれるわ」

だが、ケリー・バーグマンは一人、さらに疑念を膨らませていた。彼女は心の中でこう思っていた。

(もしかすると、ソフィーはアンテラスの回し者かもね。アンテラスの女王はしたたかだわ。きっと人類の内情を知るためにあえてソフィーと言うスパイを送り込んできたのに違いないわ。もしかするとあのハニカムタンクに乗り込んだ人間はみんな捕まっちゃうのかもね。なぜかって、見たらわかるわ。ソフィーは人間ではないもの…)

「ううむ、それにしてもセオドアや提督はどこにいるのだ…」

さすがのカペリウス隊長もどうしたものか考えていた。するとまたあの高貴なソフィーがそれを感じ取ったのか話し始めた。

「そうですね、セオドアや提督はどこにいるのか確証がない。それに関係して最後の要件ですが、さきほどもここにアンテラスの働きアリが来ましたが、私には彼らとの長い交流があります。もしもあなた方が王国に行きたいと言うなら、武器は持たず、2、3人ぐらいなら可能です」

さあ、どうする?しかしやはり、そうとなれば隊長の決断は速かった。

「ぐずぐず考えていても仕方がない。私とステラ、あと一人で王国に行くぞ」

すると、ロボット担当の柴崎が手を上げた。

「隊長、実はドクターの黒川さんと私で、中央指令室をもう一度調べたいんですが…」

「うむ、分かった。それでは、二手に分かれて行動する」

パイロットのロッキーとレベッカはいつでも飛び立てるようにグリフォンでスタンバイ。

ソフィーの案内でカペリウス隊長、ステラ、ケリーバーグマン、ガイドアンドロイドのマノンが王国に行くことに決定、柴崎、黒川、小百合、ヒート・ロジャー、アンドロイドのハロルドが、グリフォンでデポリカに戻ることとなった。一行は一度川を渡りもどって、河原に不時着したグリフォンと四駆のヒポタスに分かれてそれぞれの目的地に向かって行ったのだった。

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