第4話 中央指令室

 住宅地から繁華街の雑居ビル群のあるダウンタウンを越えると、多くの木立とせせらぎに囲まれたセントラル公園に入る。そこの北側にあるのが、この惑星の中枢部のいろいろな機関を統括する中央指令室だ。

「では専用ヘリポートに着陸する」

 カペリウス隊長の指示にロッキーとレベッカが着陸態勢に入る。するとみんな、セントラル公園の広場にできた不思議な建造物(?)に目を奪われる。それは、直径数十mもあるほぼ球状の建造物で、表面はすべて、六角形が組み合わさったようにしてできていた。上の階には窓もあるのだが、その窓もすべて六角形だ。人類が建造したものとも思えなかった。そして、そこから少し離れた広場で、災害用のカプセルテントを使ったテント村があり、そこにこの周辺の人々1000人ほどが避難してきていた。

 数台のロボットコンテナトラックが出動し、その周りを、作業用ロボットのアンテックが救援物資を運んで歩きまわっている。

 グリフォンがゆっくりヘリポートに着陸する。調査隊のメンバーが降りると、キャンプ村から、何人かの男女が歩いてきた。避難所の代表だと言う。非常事態宣言があり、ここに集まるように指示があったが、それよりあと全く指示がないのだと言う。テント村にはトイレも飲み水も食料も災害用のロボット車両が出ていて今のところ問題はないが、あと数日で備蓄が切れると言う。そして中央指令室はゲートが閉じたままでまったく反応がないというのだ。カペリウス隊長が自分たちも来たばかりで分からないというと、何か分かったらすぐに教えてほしいと言って帰って行った。カペリウス隊長は、ロッキーとレベッカのパイロットコンビはヘリポートに待機させ、センサー能力の高いハロルドを外の見張りに立て、ヒート・ロジャーと特殊部隊出身のあのメガネのケリーの二人を護衛につけ、ゆっくりと中央指令室のゲートに近づいて行った。本当だ。ゲートがしまっていてびくともしない。カペリウス隊長が、緊急時特別暗号キーのカードを取り出して、ゲートの端末に入れると、ゲートのモニターが点滅し、中でゴトンと音がした。鍵が開いたようだった。

「な、なんだこりゃ、念がいってるぞ。手動の内鍵がかけてある」

 内鍵?!ゲートのセキュリティは解除されたが、5cmほど開くと、そこから先は動かなかった。さすがの柴崎も、これではお手上げか?だが柴崎はレプレコーンを扉の隙間から中に忍ばせるとこう言った。

「吸盤ガンとロープを使え!」

 体の小さなレプレコーンはニンジャセットの吸盤ガンで高い位置にロープのついた吸盤をはりつけると、今度は自動的にそのロープを巻き取って、スルスルと登って行った。 うまく扉をよじ登ると、なんとか内鍵を開けることに成功した。

「やった。だが、この状態は普通じゃない。みんな気をつけて中に入るんだ」

アンドロイドのハロルドに外を見張らせ、みんなで静まり返ったゲートの中に入って行く。宇宙海兵隊のヒート・ロジャーと特殊部隊のケリー・バーグマンはさすがに手なれたもので、先頭に立って安全を確認しながらみんなを導いていく。

「やけに静かだな…誰もいないのか?」

隊長がつぶやくと、柴崎のポケットからちょこんと顔をのぞかせているレプレコーンが言った。

「本当にこの廊下のあたりはモーションセンサーの反応や生物反応がまったくないですね。でも突き当たりのドアの向こうは、わずかな熱反応と生物反応があります」

見れば長い廊下の突き当たりに、指令室が見えてきた。本当ならその扉の向こうに、惑星の行政監理官や職員、提督等がいるはずなのだが。するとあのメガネのケリー・バーグマンが進み出た。

「ヒート・ロジャー、私が突入するから、援護してくれる?」

あのばかでかいヒート・ロジャーは黙ってうなずいた。

ケリーが音もなくドアに近づいて行ったその時だった。前方のドアがスーッと開いたではないか。

「え?!どういうこと?」

中には背の高い細身の男が立っていたが、ケリーを見ると武器のない手をふって、敵ではないとアピールした。

数分後、カペリウス隊長をはじめとする調査隊は、指令室に入り、その男、ラルフ・ゴードンと向き合っていた。

柴崎は外から帰って来たハロルドとともに沈黙してしまったと言う。メインコンピュータ室を見に行くと言って先ほど指令室を出て行った。

ケリー・バーグマンが口火を切った。

「ラルフは去年まで同じ特殊部隊で戦っていたのよ。警備隊の軍事アドバイサーとして惑星に行ってるって聞いていたけど、まさかここだったとはね」

本当なのだろうか、こんな偶然があるのだろうか。みんながラルフの方をじっと見つめた。

「今ここには私のほかは誰もいない。私は留守を預かっている軍事アドバイサーのラルフ・ゴードンだ。なにから、どう話したらいいのか…、すまないが調査隊のメンバーを簡単に紹介してくれるとありがたいのだが…」

一通りメンバーの紹介が終わると、ラルフは、カペリウス隊長のロボット端末が、珍しいので見せてくれるかなと申し出た。お安い御用と隊長が応じると、結局全員のロボット端末まで紹介する流れになった。フェアリー、ナイフのジャックンなどがラルフに挨拶した。だが、四番目に黒川が、あのサイコロのようなキキュロの紹介をしようとした時、コンピュータ室から帰って来た柴崎がラルフに何かを確認した。あの胸ポケットのレプレコーンも補足説明していたが、ラルフは笑って取り合わなかった。ロボット端末紹介はこれで終了となり、話しは次に進んだ。

「ではラルフさん、今度はこちらからお聞きしたいのですが」

カペリウス隊長が話しを進めた。

「とりあえず時系列を追ってここ数日の出来事を説明しよう」

ラルフは時々慎重に思い出しながら話し始めた。

「まず、約1年前にセオドア・フォスターが1回目に訪れたと聞いている。そして第三の月と海の進撃の話しをした。でもその時はまだ、誰もその話を信じようともしなかったらしい…。第三の月、それ自体が確認されていなかったからね。でもレイトン提督はまさかを考えて、第三の月の確認と、この周辺の人口、約1000人分の避難計画を造るように部下に指示した。その結果、二つの月に隠れて見えにくいが、第三の月があるらしいことがわかり、大騒ぎになった。そして、この中心部には3階から5階建てのコンドミニアムや市民ホールなどがいくつかある。それらの建物の3階以上を避難所として整備すれば海水面があがり、街が4~5mの深さに水没しても、なんとかなるという報告が上がって来た」

その避難計画はなぜか極秘に行われ、そしてついに2週間ほど前に、セオドア・フォスターが再びやってきて、海の進撃があと2週間ほどに迫って来たと告げたのだった。その言葉を受け、あのカプセルテントの避難キャンプも、急きょ整備されたのだと言う。

「レイトン提督も、町が海に沈むなんて表沙汰にして、住人がパニックにならないように配慮したのでしょう。計画は順調に進み、ビルの整備も終わり、キャンプ村も用意できたところで、非常事態宣言を出して住民たちを集合させたのです」

「…ところでこの近くにあった巨大な球状の建造物はなんなのですか?」

「ああ、ハニカムタンクですか?ここのメインコンピュータのミュリエルによって設計された市民のための施設だと聞いています。なんでもテーマパークのアミューズメントなのだそうですが、私は部外者なのでよくわからないのです」

まあ六角形が組み合わさって大きなボールのような形だから、遊園地の施設だと言われれば、まあ、そんなものかと納得だ。

ラルフは先ほどの話しに戻って続けた。

「ところが市民の集合が終わった頃から、惑星レベルの天変地異のせいか、地磁気の大きな乱れか、通信やネットがまったく通じなくなってしまったのです。さすがに異常事態だと感じた基地のアンダーソン指令が警備隊員を20人ほど小型宇宙艇で送ってくれました。彼らはあちこちを調べたりしましたが、結果が出せないまま数日が過ぎました。そして昨日、ステラさんの父上、セオドア・フォスターが再びやってきて、とんでもないことを言い出したらしいのです」

「…とんでもないこと?」

「はい、なんでも、今のビルの3階以上を使う計画では、街の人々は助からない。海水面はもっと高くなるのだと。もう、こうなったら、アンテラスの力を借りるほかはない。女王のところに行って助けを求めると、そんなことを言っていたらしいのです。それならば、人類の代表として、私も行かなければならない。レイトン提督はそう言って一緒に出かけたのです。そしてセオドア・フォスターとレイトン提督、そしてこの中央指令室に来ていた警備隊20人全員が出かけて行きました。そこで一人でここを守ることになった私は、ゲートを閉鎖して中で提督たちの帰りを待っていたわけなのです。そうしたら、不法侵入者の警報が鳴った。どうしようかと思っていたら、あなた達だったわけです。でも提督たちはもどってこない。昨日のうちには必ずもどるはずが、まったく音信不通となってしまったのです」

カペリウス隊長が提案した。

「われわれ調査隊で、急いでセオドア・フォスターとレイトン提督、そして警備隊員たちを救助するために、アンテラスの王国に行くと言うのはどうだろう?不可能なことなのだろうか?」

まさか慎重なカペリウス隊長がそんなことを言うなんて?!

するとラルフが険しい顔をして言った。

「そもそもアンテラスの王国に行くのなら、提督の許可が必要です。また、セオドア・フォスターのように、王国の場所だけでなく、彼らとの会話ができる人間がいないとお話になりません」

それをきいたケリー・バーグマンはつぶやいた。

「提督は事実上連絡が取れないのだから、ここで許可なく出かけたら法律違反と言うことになるし、知的生命体のことなんか誰も分からない…今度ばかりは無理ね。ここでしばらく待機するかもしくは…」

ところが、ケリー・バーグマンのその言葉に割って入るものがいた。セオドアの一人娘、ステラだ。

「提督の許可は彼を救ってからもらえばいいじゃない?私は父ほどアンテラスのことに詳しくはないけれど、場所や生き方は知っている…だから不可能でもないかもしれない」

すかさずケリーが、威圧的に遮った。

「ステラさん、でも、向こうに行ってから何かあったらどうするの。彼らはとても知能が高いってあなたも言っていたじゃない。昔、人間とトラブルを起こした時には、特殊部隊も全滅しているのよ!」

ケリー・バーグマンにそう言われても、ステラは何かを考えているようだった。

「そうだわ、ソフィーだわ。彼女がいれば、何とかなるかもしれない?!」

ソフィーの名が出てきた時、カペリウス隊長の目が光った。そうあの謎のメッセージをアンダーソン指令のいる軍事基地に送って来たあの人物、それがソフィーではなかったか?

「ソフィーを君は知っているのか?」

「ええ、会ったことはないのだけれど、彼女は山岳部のグレイトロック研究所にいて、私とよくメールをしていたんです」

「…ということは研究員か?でも、アンダーソン指令はソフィーと言う名前は居住者リストにはないと言っていたなあ…」

「正体は全く不明だけれど、アンテラスのことにある意味、父以上に詳しくて、アンテラスの言葉もわかるって言っていました。でもコンピュータのことにも専門家なみに詳しいんです。そうだわ、彼女ならきっと力になってくれると思うわ。だから、あながち王国での捜索、救助作業は不可能とも言い切れない…」

「よし、ならば決行だ」

カペリウス隊長の英断が下った。

「では我々は、小さな可能性を信じてセオドア・フォスターとレイトン提督の救助に向かう。まずはソフィーを探して、グレイトロック研究所に出発だ」

みんなが歩き出した時、ラルフ・ゴードンとメガネのケリー・バーグマンはこっそり目で合図を送り小声で何かをささやいていた。廊下を歩き出した時、黒川を呼びとめる声がした。振り向くと、コンピュータ調査に行っていた柴崎竜だった。

「黒川さん、ちょっといいですか?」

「あ、柴崎さん、いいですよ、皆さんは先に行っていてください」

「メインコンピュータシステムそのものは異常がない、この建物内はほとんどの機能がきちんと動いているようです。だが、モニター画面が何一つ映らない、外部との回線がすべてつながらなくなっている。原因は不明です…。そして」

だが、そこまで言うと、柴崎は一緒にコンピュータ調査をしたハロルドともに黒川に何かをささやいた。

「なるほど、そう言われてみれば、そうだな。じゃあ、レプレコーンからマップデータをもらって…」

やがて、小百合が、黒川と柴崎を呼ぶ声が聞こえた。黒川と柴崎も少し遅れてゲートからグリフォンに向かって進んで行った。

だが、出発のどさくさにまぎれて、黒川は荷物から自分のロボット端末キキュロを取り出して、ゲートの内側へとそっと置いて行ったのだった。やがてグリフォンが飛び立った時、手のひらサイズのサイころ状のキキュロは、この建造物内のマップデータをもとに、格納された足を延ばして広げ、ぴょんぴょん跳ねながら、中央指令室の奥へと進んで行ったのだった。

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