第3話 第三の月の存在

 最新型宇宙船ウラヌスは宇宙空間をひたすらに進んで行った。

 地球を離れるにしたがって、黒川には色々な疑念が湧きあがってくる。実は調査隊には軍の秘密データの閲覧が許されたので、黒川は自分の生まれ故郷でもあるミューズ26のデータに目を通していた。その結果、今までに見たことのない事実を知ることになったのだ。

 第一に、20年前あれだけ大騒ぎをして、みんなで惑星を離れたのに、その事件も詳細が未だ語られず、しかもあの時惑星を離れたのは、実は黒川達20才以下の青少年のいる家族と、高齢者たちだけだったと言うのだ。どういう目的があったのか、あれだけ大騒ぎをしていたのに、まだかなりの人間がここで惑星開拓を続けていたのだ。一体何が起きて、どうして自分達だけ惑星を離れなければいけなかったのか?何か子ども時代の惑星の思い出が灰色のカーテンに包まれてしまったようで、しかもそのもやもやが大きくなってくるようだった。

 多くの死者を出し、治療法のなかった二つの伝染病は、今から十年ほど前にワクチンが開発されて、もう今ではまったく怖い病気ではなくなっていた。でも、そうかと言って、開拓民に帰還命令は出てはいない…。

 やがて宇宙船ウラヌスは、超空間航行のポイントに近づいた。

「…では皆さん、画面の指示に従って準備に入ってください」

 指示をしたのはパイロットのロッキーだ。彼は宇宙空間でのあらゆる作業に精通した優秀なパイロットである。だが、パイロットのロッキーとレベッカの前には今は操縦かんも細かい計器類もない。必要な時以外はしまわれているのだ。

 この宇宙船ウラヌスは人工頭脳ウラヌスによってすべて管理されているロボット宇宙船だ。マルチモニターにはギリシアの神々のようなデザインのウラヌスの顔が浮かび、基本的には彼と会話することによってすべては自動的に行われる。パイロットはオペレーターであり、緊急時の主導運転のための要員でもある。

 今日のウラヌスの顔は神々しく、パワーに満ちている。複雑な輝きを持つ、その深い瞳や、輝く巻き毛、さらには額や目じりのしわ、口元などが若々しく生き生きと見えるときは、宇宙船全体の調子がよく、トラブルのない証拠である。今度はウラヌスの声が響いた。

「では、ドクター黒川、全員の健康状態に異常がなければ、超空間航行のカウントダウンに入ります」

黒川のところには全員の脈拍や血圧など基本的なデータが、各自の船内スーツに内蔵されたセンサーからリアルタイムで送られてくる。全員調子がいいようだ。黒川はオーケーサインをだした。カウントダウンが始まった。

「3、2、1、0」

瞬間、数え切れない光の筋が、みんなの体を突き抜けて行くような感覚に襲われる。

「わああああ」

気がつくと、静かな星空が、宇宙空間が広がっていた。

「…超空間飛行は無事終了しました。お疲れさまでした」

「惑星が、ミューズ26が見えてきたぞ」

地球に似た青い惑星が目の前に広がっていた。公転周期、自転周期とも地球に非常に近く、大気の組成もほぼ同じだ。地球と明かに違うのは月が2つあることぐらいか…?だが、ロッキーとレベッカのパイロットコンビが少し緊張して告げた。

「大気圏に突入します。少しだけ揺れますよ」

「おおっ」

やがて広大な海が、雪をたたえた山脈が眼下に広がる。宇宙船は大気圏用の翼を伸ばし、目的地に向かって一直線に進んで行った。

だがその時、今まで格納されていた操縦かんがロッキーとレベッカの前にゆっくり出てきた。レベッカが皆に告げた。

「隊長、地表付近に電波障害が発生したようで、空港の管制棟との正常な通信ができません。こちら側の手動着陸システムで着陸します」

ソラル宇宙空港…この辺りは地球で言う亜熱帯に当たり、湿潤な森林が広がっていた。広大な森林と草原を越えた先に宇宙船の発着ポートが見えてきた。巨大なビルの広大な屋上に宇宙船はゆっくり降下して行く。自分が出てきた時より、確実に開発が進んでいる。 

二人のパイロットの活躍で、電波障害を克服し、宇宙船は何の問題もなく、宇宙空港に着陸した。ロボットの専門家である芝崎が空港に降りる前に黒川や小百合に告げた。

「ここが夢のロボット都市、ロボットの実験地域と呼ばれる理由は、現在の人口が1000人ほどしかないのに、作業用の自立型ロボットが2000体以上あると言うことなんです」

ここで採用されているロボットは多種多様だが、一番多いのはアンテックと呼ばれるシンプルなデザインのロボットだ。メタルの皮膚を持ち、職種や仕事内容によってボディーカラーや識別マークが異なり、個体ごとのニックネームも胸についている。人間とほぼ同じ体型で、人間ができる作業はほぼ同じにできる。建設や運搬などの力仕事は人間の数倍のパワーでこなすし、動いている人工知能や専門プログラムによって、高度な仕事や複雑な手順、繊細な仕事もやり遂げる。家事や育児もおまかせだし、特に高齢者や障害者の介護には抜群の実績を持つ。つまりこの惑星は、重労働も、煩わしい家事や介護からも解放される夢の星だと言うことになる。

さらにアンテックがここの惑星で採用された一番の理由は、ほとんど故障がなく、エネルギーは自分で充電できるし、週に1回、自分でメンテナンスルームに行き、部品の修理などは自動で行われる。つまり、ほとんどメンテナンスフリーなのだ。

「じゃあ、この惑星の開拓民は仕事をみんなロボットにやらせて、くつろいだり、遊んだりしている人が多いんですか?」

ケリー・バーグマンが、素朴な疑問を投げかける。するとこの惑星に何度も来ているカペリウス隊長が答えた。

「はは、そうでもないよ。人間はお金や時間に余裕ができると、またその中で頑張ってしまうようだ。この惑星は仕事熱心な技術者や研究者が多いという印象かな」

やがて空港に降りると、たくさんのアンテックたちがやってきて挨拶をして、物資を下ろし、運搬を始める。不思議に和やかな空気が流れる。

「彼らは人間をきちんと識別し、それぞれの人間の個性や要望に合わせた多種多様な応対ができるように作られている。ここのアンテックたちを、ギリシア、ローマ時代の奴隷にたとえる人もいるが、ともに惑星を開拓する仲間として、アンテックを動かす基本プログラムを一般市民に学習させたり、ロボットと人間の共存を円滑にするための、社会プログラムなんかもある。この惑星ではロボットに人権はないけれど、法律で厳重に保護されているわけです。さあ、お迎えのロボットが来ましたよ」

一人の人間そっくりの女性型のアンドロイドと、1台のアンテックがこちらに歩いてきた。

「調査隊の皆様無事ご到着おめでとうございます。案内をいたしますコミュニケーションロボットのエレナです。こちらにどうぞ」

アンテックが台車でみんなの手荷物を一手に引き受けた。みんなはエレナについて通路を進んで行った。

「わあーきれい。この惑星の花かしら、大きくてエキゾチックね」

小百合が歓声を上げた。空港のロビーにはこの惑星の植物だと言う、蘭に似た幻想的な植物が飾ってあった。

宇宙港に隣接した軍の施設にすぐ移動。

「へえ、こんな大きな基地は昔はなかったです。大きな格納庫もありますね」

動く歩道のガラス窓から外を見て、黒川が言った。するとカペリウス隊長が首をかしげながら答えた。

「ミューズ26は、新しい開拓民の導入は行われていないのだが、なぜか数年前に、宇宙連邦政府によって、重点開拓惑星に認定されたんだ」

「おかしいですねえ、じゃあ、あの格納庫はまさか?!」

「重点開拓惑星に配備される、惑星開拓用の汎用マシン、巨大ロボットのガイアトラスのようだ」

ガイアトラスと言えば、豊富なオプションパーツをとりかえることにより、巨大ブルドーザーやパワーショベルにもなり、ジェットパーツで空中運搬もできる万能ロボットだ。

軍事基地に着くと、早速調査隊の作戦会議が開かれた。カペリウス隊長が大きめの腕時計を外して机の上に置くと、ロボットに変形して立ち上がり、その周囲に立体マップが浮かび上がった。カペリウス隊長の高機能ロボット端末のスペクターだ。腕時計のように持ち歩くことも、会議用の3Dプロジェクターとしても使える。

「そうだ、スペクター。これから我々の探索地点の説明を頼む」

するとスペクターは、一瞬で話しを聞いている人間を一人一人認証し、メンバーの構成と規模に合わせた良く通る声で説明を始めた。

「まず最初の赤い点をご覧ください。これが我々のいるソラル宇宙港と併設の軍事基地です」

西南方向には、海と接する汽水部分もある大きな湖や湿原もある。西の肥沃な平野には大きな森、北側には山岳地帯、東には大地の上に広大な森と草原があると言う。パイロットのロッキーが質問する。

「この開拓地のまわりをとり囲むようにあるマップ上のグリーンのラインは何ですか?」

「それは自然保護区と野教会ラインです。特別の許可がなければ立ち入りは許されません」

さらにスペクターは、地図を拡大させながら続けた。

「この空港の隣が我々のいる宇宙基地。そしていくつかの小さな町があり、その奥にあるのがこの開拓惑星ミューズ26最大の街デポリカです。多くがロボット化された当時の実験都市です。ちなみに調査隊員の黒川隊員は20年前12歳までこのデポリカで育ちました」

すると小百合が手を上げた。

「私とメールをしていたステラ・フォスターはデポリカの手前にあるネオプラハという街にいるはずなんですが。宇宙船が飛び立ってから連絡が取れないのです」

ネオプラハは美術館や音楽ホールがある、この惑星唯一の文化都市でもある。

するとカペリウス隊長がすぐに言った。

「わかった、ネオプラハに行こう。この空港でも今困っているらしい。非常事態宣言が中央指令室から発行された後、次の指示も、今街で何が起きているのかも、全く連絡がないのだと言う。信じられないことだが、この惑星の政治やマスコミ関係のすべてをおさめる中央指令センターが沈黙しているのだ。我々は、なにも分からない状態で、情報を集めながらデポリカの街へ、その中心に在る中央指令室に行かなければならない。そして事態を明らかにしたうえで、残された1000人ほどの住人を救出しなければならない」

「じゃあ、隊長、あとで合流すると言っていた海兵隊員はどうするのですか?急ぐようであれば、先に調査に出ますか?」

質問したのは、あのメガネの背の高い女性ケリー・バーグマンだった。カペリウス隊長は首を横に振った。

「いいや、海兵隊員がほどなく合流するので、出発はそれからでも遅くない。それまでの間、ここの基地で分かる限りの調査を行う」

あのメガネのケリー・バーグマンは、こんな軍事基地で調査してもなにも分かるはずがない、はやく出発すべきだといって、なぜかしばらく喰い下がっていたのだが、そのうち、この基地のアンダーソン指令が顔を見せたのだった。そこで意外な事実が判明する。

「何もかも不明で戸惑っていることと思う。でもそれはこの基地のメンバーも同じだ。中央指令室で何かが起きている。2週間ほど前、予告もなく非常事態宣言が出された。そして災害に備えるために全住民がデポリカの災害避難キャンプに、順次避難するように指示が出た。私が、何のための避難だと問いただしたところ、すぐにきちんとした報告書を出すと言ったまま音沙汰がなかった。そのうち中央指令室は沈黙し、あらゆる情報が封印されてしまった。さらにそのうち、原因不明の妨害電波のようなものまで観測され、携帯やネットまで通信不能になってしまった。君たちも宇宙船の着陸の時に苦労したことと思うが、ここにいて何もわからないのだ」

もちろん軍も手をこまねいて見ていたわけではない。

「中央指令室と連絡が取れなくなったので、われわれは20人の警備隊員を、小型宇宙艇に乗せ中央指令室に調査に行かせた。通信が取れないので直接彼らを向かわせたわけだ。彼らは最近宇宙連邦からは遣されたばかりのよく訓練された隊員たちで、新しい武器や装備を持った優秀なものたちだ。すぐに事態は好転すると思っていた。だがデポリカの中央指令室でしばらく調査した後、1度目の報告に帰って来たのだが、その内容に驚かされた。まずなぜネットや通信がダメになったのか原因が分からない、メインのコンピュータシステムも反応しないというのだ。また中央指令室は、災害に備えるために全住民をセントラル公園に集めていると言うのだが、どんな災害なのか住民には知らされていない。さらに住民をパニックにならないようにするために、どんな災害なのかは伏せられている。宇宙連邦政府の意向でもあるというのだ。中央指令室を取り仕切るレイトン提督は立派な人物だが、電波障害のせいで話しもできない。そこで私は、これではらちが明かないと、宇宙連邦本部に調査隊のは遣を依頼した。そう、あなた達をここへ呼んだのはわたしだ。妨害電波の影響を受けないように、宇宙空間まで行って、助けを求めたのだ。さらに昨日の朝からは、警備隊からの報告もなく、彼らそのものが、消息を絶ってしまったのだ」

「え、20人の警備隊まで消息不明?!」

この数日の間に、もうすでに事態は大事になっていた?!

アンダーソン指令は真剣だった。なんということなのだろう?!

「それと…君たちにぜひ見せておかねばならないものが届いている。さあ、こちらに来たまえ」

とりあえずはすぐに出発しなくてよかったようだ。ケリー・バーグマンは押し黙って一緒に歩き出した。アンダーソン指令は基地の通信室にみんなを入れて、そこに届いた謎のメールを画面に出したのだった。それは、どこから、どんな目的で送って来たのか分からない謎のメールだった。今回の騒動が起こる少し前に着信したらしい。

「わたしは、ソフィー。こころせよ。第三の月が大いなる海の進撃を告げる」

あのメガネのケリー・バーグマンがすぐに質問を開始した。

「ソフィーって誰ですか?いいえ、ちょっと待ってください、このミューズ26には衛星はふたつでしたよね、第三の月ってそもそもありえないんじゃ…」

するとアンダーソン指令は慎重に答えた。

「まず、ソフィーだが…、この宇宙空港、軍事基地のみならず、この惑星の居住者リストには、ソフィーという名前の該当はない。また、第三の月だが、私も見たことはないが、どうも本当に存在するらしい…。今、大急ぎで調査中だ」

「ええっ!」

みんな顔を見合わせた。第三の月があるかもしれない?それは一体どういうことなのだ?それから調査隊は、宇宙基地の天文分析セクターに押し掛ける。アンダーソン指令がさっと声をかける。

「おお、テイラー、第三の月の件はどうだ、少しは分かったのか?」

するとテイラーと呼ばれた分析官があわててモニターに宇宙画像を映した。

「はい、長楕円軌道を描く、第三の衛星が、このミューズ26に在ることが少し前に観測データの再分析から確認されました」

そしてテイラーは、言い訳がましくその理由を話し始めた。

「第三の月が大接近をするのはどうやら20数年の周期に1度で、今まで大接近をしたことがなかったらしいのです。重力場の大きな変化は観測されていたのですが、この惑星から見える軌道が重なっているため、二つの月に隠れてもう一つの月がほとんど観察できなかったらしいんです」

そして画面には特殊なコンピュータグラフィックによって、このミューズ26の三つの月の動きが再現された。

「この図をご覧ください。問題はここです。第三の月は、およそ23年に一度、大接近を果たすのです。そして、ここ数十年に一度の大接近が近いうちに在るらしい。今少ないデータをかき集めて予測計算中です」

どうも惑星規模のとんでもないことが起ころうとしているらしい。でもそれが、この惑星の地表に、人類の居住地域に、具体的にどんな影響を及ぼすと言うのだろうか?カペリウス隊長は難しい顔をして大画面を見つめたまま固まってしまった。機械の専門家、柴崎竜を中心にみんながそこでデータを集めていると、ドアがさっと開いて見知らぬ男が入って来た。

「宇宙海兵隊から来ました、ピート・ロジャーです。遅れて申し訳ございませんでした」

パイロットのロッキーとレベッカが驚いた。その男は背が高いだけでなく、肩幅がえらく広く、がっしりとした凄い体をしている。しかも頭はツルツルにそり上げていて、太い眉とワイルドな髭を蓄えている。

「もしかして、ピート・ロジャーじゃなくて、暴れっぷりからヒート・ロジャーって呼ばれている有名な宇宙海兵隊員か?」

ロッキーがつぶやくと、男は豪快に笑った。

「良く知ってたな。その通り、おれはヒート・ロジャーだ。来れなくなったロバート・ギャレットは命がけのミッションをこなしてきた戦友だ。ロバートを狙った人でなしの奴らから調査隊を命がけで守るぜ。任しときな」

これで調査隊員は全員がそろった。全員、地上活動用の強化スーツという特殊スーツに着替え、それぞれに武器を持ち、準備完了だ。パイロットのロッキーたちが運転する、探査用のホバーに乗り換えていよいよ出発だ。

中型の探査用ホバー、グリフォンは、街道に沿って、低空をゆっくり進んで行った。

空から見下ろす惑星の開拓地には、幻想的な亜熱帯の森や湿地の中に大きな道路が延び、特に異変も認められなかったが、人影はまったくなかった。人々はどこに行ってしまったのだろうか。やがて第一の目的地ネオプラハの上空に差しかかって来た。

「ちょっとみんな、あのビルを見て!ほらあっちも、手前の道路も!」

文化都市ネオプラハの市街地に入り、外の風景をモニター画面で眺めていた小百合が叫んだ。

みんな思わず身を乗り出して覗き込んだ。ネオプラハの落ち着いた街並みがあちこちで大変なことになっていた。ミケランジェロの複製の彫像がころがり、その上の金属製の美術館の看板が大きくひしゃげていた。博物館では展示内容を表示した電光表示板が引きずりおろされ、二階の窓ガラスがあちこち粉々になっていた。何か大きな、しかも堅いものが看板や掲示板を狙ってぶつかったようだった。

「なにがどうなると、こんな壊れ方をするのだろうか?」

カペリウス隊長が首をかしげた。

やがてグリフォンは、小百合の友人ステラのいると言う区画の複製美術館横の広場に着陸した。小百合と黒川、そこにサポートロボのハロルドと護衛のヒート・ロジャーがついて、偵察に出発だ。

「次のブロックを右に曲がると目的地です」

ハロルドがマップデータを照合し、ヒート・ロジャーと先に進み、安全が確認されると黒川たちが急いで進んで行く。黒川は辺りをうかがいながら慎重に、小百合は心配そうに急ぎ足で進む。やはり人影はない、街は静まり返っている。

なぜかおしゃれなカフェの電飾看板が破壊され、バチバチと火花が散っていた。ハロルドはさっと近付いて、危険がないかどうかを確かめ、平気そうだと合図を送ってくる。

少し歩いた時だった。ハロルドが異常を察知し、止まれの合図を送った。

「…壁から離れろ、逃げるんだ!」

ヒート・ロジャーが叫び、黒川たちの頭上に向けてショットガンを連射した。

「うおおおおっ!」

黒川たちの頭上で破壊されたビルの壁がはがれて落ちてきたのだ。かなり大きな塊もあったが、ヒート・ロジャーの特注ショットガンによって粉々に粉砕され、破片が強化スーツに降り注いだ。

黒川がお礼を言うと、ヒート・ロジャーはお安い御用だとにこっと笑った。

「ハロルドのおかげさ、たいした性能だよ」

目的地のアパートメントに入ると、フロントの管理人ロボットが声をかけてくる。

「只今、非常事態宣言が出て、住民は全員、デポリカの中央指令センターの方に避難しております。宅配や郵便物の受け取りは行っております」

「一体何が起きたんだ?」

「残念ですが、私にはわかりかねます…」

「管理人さん、じゃあ、ステラはデポリカに言ったの?」

すると管理人ロボは首を横に振った。

「いいえ、研究所の研究員でもあるステラ様は、昨日、調べたいことがあると言って、グリーンラインの外側にある、レイクヒル観測所に出かけて行ったままです」

ステラについて分かったのはそこまでだった。偵察隊は、足早にグリフォンに戻った。

小百合は、何か不吉な予感がして、カペリウス隊長に頼み込んだ。

「隊長、デポリカに行く前に、ステラの探索に向かっていただけないでしょうか?」

「うむ、スペクター、位置の確認を頼む」

デポリカのすぐ南側の湖のそばにレイクヒル研究所、北の山岳部にロックヒル研究所、東の大地の奥にはネフェリオン研究所と三か所の研究所が確認できます。

スペクターのマップ上に3つのポイントが光った。

「ステラさんの向かったレイクヒル研究所はデポリカの近くですから、寄り道してもさほど時間はかからないと思われます。いかがなさいますか?カペリウス隊長」

カペリウスは即断し、グリフォンはレイクヒル研究所を目指し、ネオプラハの空へと飛び立ったのだった。

グリーンラインには3つの機能があるという。

一つ目は開拓地を野生動物から守る防護柵として。二つ目は、特別自然保護区域に指定されている惑星の環境保護ラインとして、そして三つ目は、詳細は分からないが知的生命体との取り決めによって決められた境界だと言うことだ。

だが、地形を見ると、開発しやすい低地側が人類の開拓地となっている。なぜそうなったのかは、よく分からないと言う。

グリーンラインには高くて頑丈な高圧電流が流れるフェンスがそびえ、いくつかのゲートがあり、数本の道路が整備されて中に伸びている。

「よし、ここからは地上行動に移る。環境保護地域対応に武器も持ち帰る」

グリフォンは一番大きな湖側のサウスゲートの前の広場に着陸し、今度はアンドロイドのハロルドが、グリフォンに格納されていた四輪駆動車ヒポタスを用意する。隊員たちは、武器を持ち帰る。このグリーンラインを越えた保護区では、野生動物に致命傷を与える武器は使えない。ショックガンや催涙弾、スタンガンなど生物を脅すものばかりだ。

「おや、ヒート・ロジャーはすごいサバイバルナイフを装備しているな」

黒川が気づくと、ヒート・ロジャーのベルトにごっついナイフが装備されている。非常に重厚だが複雑な形をしたナイフだ。と、その瞬間ナイフがしゃべった。

「はじめまして黒川さん。ヒート・ロジャーの相棒のガッツです」

ナイフの柄が動き、ロボットの顔が出て、にこっと笑ったように見えた。そう、これがヒート・ロジャーのロボット端末だった。

「ふふ、とにかくタフな奴で、スタンガン機能や高周波ナイフ機能もあるんで、実践にはどこに行くにも連れて行ってるのさ」

ヒート・ロジャーは誇らしげに笑った。衝撃に非常に強いばかりでなく、深海や宇宙空間でも作動するロボット端末なのだと言う。

「柴崎君、ゲート記録をハッキングできるかな?」

「はい、お安いご用で。じゃあ、私のレプレコーンに頼みましょうか」

柴崎の胸のポケットからちょこんと顔をのぞかせていたレプレコーンがさっと飛び出し、大きなゲートの端末機に飛び降りると、あっという間に回路を直結し、データを探った。まずゲートの通過データにアクセスした。小人のレプレコーンが言った。

「間違いありませんね。ステラ・フォスターは二日前に、確かにこのゲートを通り、レイクヒルの研究所に向かったようです。これが通過時の監視カメラの映像です」

見るとゲートのモニター画面に、小型の自動車に乗った若い短髪の女性が映っていた。黒川は首をかしげた。どう見ても二十才ぐらいだが、青少年が全員引き揚げたはずのこの惑星にこんな若い女性がいるとは…?それを言うと、小百合が答えた。

「黒川先生がこの星を離れた時、彼女は母親のおなかの中にいたらしく、規制外だったらしいわ。さらにお父さんが研究所の研究員だったそうで、この惑星を離れられなかったそうなの。でもお母さんも惑星の伝染病で亡くなって、育ててくれたのは子育てロボットのマザーボット、同い年の友達もいなくて、彼女はつらい子ども時代をおくったようね。彼女も事件の犠牲者の一人よ」

なるほど、でも画像にはそれ以外にも意外なものが映っていた。

「あれ、だれか、隣に乗っているぞ」

自動車の助手席には、ステラより少し年上のきれいな女の人が乗っていた。だがそれは黒川にも見覚えのある人物だった。レプレコーンが認証を行い、すぐに判別した。

「あれはこのグリーンラインの環境ガイドを務めるアンドロイドのマノンです。ステラの案内と護衛のために同行したようです。彼女は高性能ですから、一緒にいるだけで生存確率がかなり高くなります」

そうだ黒川は思い出した。年に一度の小学校の遠足でこの辺りに来た時に、案内してくれたお姉さんだ。でもやさしくてとてもいい人だったけど、二十年たってもちっとも変っていない、まさかアンドロイドだったとは…。

調査隊は、パイロットのロッキー、レベッカがグリフォンで待機し、万が一の時には飛び立てるように体制を整えた。残りの隊員は四駆のヒポタスに飛び乗り、ゲートの中へと突き進む。ヒポタスは丸みを帯びた箱型の車両で、なるほど危険な野生動物に出会ってもこの中にいれば身を守ってくれそうな頑丈な車両だった。

相変わらず、電波状況は最悪で、ステラと連絡は取れない。とにかくレイクヒルの研究所まで急ぐ。わずか十分ほどで森を突き抜け、広い湖と、その脇の丘陵地が見えてくる。 

丘の上に道が続き、研究所の青い屋根が見えてくる。だがその時、ヒポタスが九ブレーキをかけた。

「うわあ、ハロルド、一体どうしたんだ!」

運転をしていたアンドロイドのハロルドが叫んだ。

「わたしのモーションセンサーとヒポタスの自動運転センサーが、同時に大きな生物の接近を感知したようです。しばらく様子を見ます」

その声に道路の脇を見て、みんな思わず目が点になった。木の幹と同じ色をしているので分からなかったが、確かに3mほどもある、何か大きなものが道路のすぐ横をゆっくり移動している。カペリウス隊長がつぶやいた。

「ロケットクローと呼ばれているやつだな。でももっと森の奥にいるはずで、この辺に出てくることはない生き物なのだが。安心しなさい。こちらから何もしなければおとなしいから」

しかしみんな気が気ではなかった。全身毛むくじゃらの二本足で歩く獣人のようだった。良く見ると、二頭いる。そいつは大きな毛むくじゃらの胸の真ん中が、こぶのように盛り上がっていてそこに大きな目玉がついて顔のようになっている。そしてそれとは別に、人間の肩に当たるところにはコウモリの耳のような大きなひれが左右に在り、腹の辺りに大きな口が開き、さらに腰みののようなものがある低い位置から、ぶっとい腕が生えていて、そのすぐ下に頑丈な脚がある。体全体が大きな顔のようにも見える。なんと奇妙な生き物なのだろう。

「カペリウス隊長、これは、こいつはなんの仲間なんですか?」

黒川の問いにカペリウスは生物学者として答えた。

「地球で言うと、イカだな。正しい名前はオニオカコウイカ、イカ巨人さ。甲イカを立たせて、そのうち二本の足が、ゾウの足のように太くなり、獲物をとる触腕が腕になった感じだな。腰みののように見えるのは小さな触手だ。あれが、物を食べるときになると長く伸びて、腹の口に餌を引きずりこむんだ」

なるほど、そう言われれば立ち上がったイカのようにも見える。すると今度は小百合が聞いた。

「でも、ロケットクローってどういう意味なんですか?」

するとカペリウスは笑った。

「私も見たことはないが、あの太い腕はさっきも言ったように自由に伸び縮みする触腕なんだ。だから手首から先が外れて伸びて、あの鋭い爪がイカの触腕のように飛んで獲物を捕らえるのさ。すごいらしいぞ」

黒川はちょっとビビった。怒らせないに越したことはない。やがて二頭のロケットクローはこちらに危害を加えることもなく森の奥に消えていった。四駆のヒポタスは、そのまま湖の脇の丘の上へと登り出す。するとそのてっぺん近くで、なんとさっきの画像でステラが乗っていた小型の自動車が茂みの前で、ひっくり返って転がっていた。

「どういうこと?ステラはどこなの…?」

心配した小百合が車を降りて茂みの方に近付く。と、その時だった。

「車を降りちゃだめ!すぐ逃げて!」

青い屋根の研究所の物陰から二人の人影が走り寄って来た!ステラとガイドアンドロイドのマノンに違いなかった。その時茂みがザザっと波打ち、とんでもないことが起きた。

「キャー!」

小さな茂みの中から、とんでもない大きさのヤマネコが飛び出してきたのだ、ありえない?!顔はまんま猫のようだが、体長は3m以上ある。これがどうして小さな茂みの中に隠れていたのか?

「隠れ上手のパンケーキヤマネコだ!」

体も大きいが、頭が異常に大きく、口も1m以上の大きさだ。それが突然草むらから現れて、小百合に襲いかかったのだ。その1m以上開いた口で一飲みにしようとする。

「逃げろ!小百合!ガッツ、スタンガンアタックだ」

そう言いながら飛び出し、ヤマネコに電撃体当たりを放ったのは、ヒート・ロジャーだった。

「ニャウ!」

電撃が走った、流石のヤマネコも驚いて逃げていった。

「まだいるわ、油断しないで!」

ジェットシューズで地面をすべるように助けにやって来たマノンが赤いカプセルを投げた、野生動物撃退用の赤いトウガラシ弾だ。爆発して辺りに液状のトウガラシが飛散する。草むらから、あと2頭のパンケーキヤマネコがたまらず飛び出て、逃げていった。倒れかかった小百合をマノンがやさしく抱き起こした。

「あいつら、体をぺったんこにして背の低い草むらにも隠れることができるの。さらに草にそっくりな毛を逆立てると、ちょっと見わけがつかない。パンケーキのようにぺったんこになるからこの名があるのよ」

折りたためる大きな口、丸くて扁平な頭、手足が極端に短く、あばら骨や腰の骨もぺったんこになれるように特殊な形をしているらしい。

黒川はドクターとして、すぐに小百合が怪我をしていないかチェックした。

「ふう、運が良かった。強化スーツのおかげでごくごく軽い打撲だけで済みそうだ」

「黒川先生、ご心配をかけてすいません」

そこにステラがやってきた、感激の対面だ。

「小百合さん、来てくれたのね。うれしい、ありがとう。助かったわ。研究所に止まっている間に、何者かに自動車はひっくりかえされるし、あのパンケーキヤマネコがたくさん移動してきていて、どうしようかと思って…」

すると近くでどどんと音がしたのでそちらを見ると、なんとヒート・ロジャーが、ひっくり返った小型自動車を怪力でどっこいしょっと元に戻してくれていた。

「ちょっとバンパーが凹んだが、中の自動運転システムは無事だ。帰りは乗って行けるぜ」

ステラが感謝しながら、驚きを隠せなかった。

「凄い人ね。車をもどしちゃうなんて。さっきはパンケーキヤマネコを体当たりでふっ飛ばしちゃうし。スタンガン使ったにせよ、ありえないわ?」

するとカペリウス隊長が行った。

「パンケーキヤマネコも普段ではこの辺りにはいない危険な生き物だ。何かとんでもないことが起きている。とりあえず、一度グリフォンに戻ろう」

するとステラが言った。

「…おとといこちらに来てから、湖周辺を、そして海辺の方まで異変を探りに行ってきましたけど、皆さんに知らせたい、大変なデータがあるんです。早く安全な場所でお見せしたいわ」

調査隊のメンバーとステラたちはすぐにゲートのグリフォンに戻った。いよいよデポリカの街に向かう。

大きな湖のほとりをぐるっと回ってグリフォンはデポリカの街へと飛んで行った。

「そう、父のセオドア・フォスターが言っていたわ。もうすぐ第三の月が近づいて、海が押し寄せてくるって」

カペリウス隊長はステラに確かめた。

「やはりそうか。だが、君のお父さんは、宇宙基地の司令も知らないことを誰から聞いたんだ?」

するとステラは遠くを見るような目でこう言った。

「知的生命体アンテラスからだと言っていたわ。彼らは星の動きを正確に計算し、今度の天変地異を正確につかんでいるらしいわ。何でも、グリーンラインから低い土地が、すべて海の下になるらしいの。だから彼らは、あそこより低い土地には決して住むことはないと…」

「まさか…そんなことが?!」

カペリウス隊長はまだ信じられないと言う顔をしていた。

「ネオプラハをはじめとするいくつもの街、宇宙空港、軍事基地、大都市デポリカ、広大な開拓地、そして西の森や湖まで…、こんな広い土地がすべて沈んでしまうなんて信じられないわよね。でも、わたしもそう思って、昨日、湖やその先の海岸に行ってみたの。ええっとわたしのロボット端末で撮影した映像とデータを皆さんに見てもらいたいんだけど…」

すると機械担当の柴崎が丁寧に応対した。

「カペリウス隊長のスペクターにあなたの端末をごくごく近づけてデータ転送をおこなえば電波の影響を受けずにできるはずです。頼めば一瞬ですよ」

するとステラの肩から、星の妖精のフィギアが乗った、流れ星型の超小型ドローンが飛び立った。百合のフェアリーと同じシリーズのロボット端末だ。

ロボット端末同士の会話が始まった。

「スペクターさん、そばに行って転送してもいいですか」

星の精がしゃべった。どうもこのデザインも小百合がおこなったようだ

「オーケーです。どうぞ」

一瞬で転送が完了し、柴崎がにこっと笑った。スペクターの3D画面に湖や海の様子が映った。

「おお、こ、これは?」

最初の画面では海が大きく後退し、海底が沖の方まであらわになっていた。これが引き潮だという。そして引き続き満潮の映像と、何m海面が高くなったかの測定データが表示された。それはもう満ち潮などと言う生易しいものではなく、まさしく海の進撃であった。

「おお、こっちの入江では、20m近く海面が上昇し、海岸の近くは、もう海に飲み込まれている…」

「今回の海の進撃は、23年に1度の大きなもので、第三の月の接近とともに、第一の月と第二の月の3つの月が重なる特別な配置になり、重力場が強力になるのだそうです。広大な面積の土地が半日近く海底に沈むとアンテラス達が言っているそうです」

するとあのケリー・バーグマンが聞き返した。

「でも、ここの知的生物のレベルは人間の子どもほどだとのデータがありますが、信用できるのでしょうか?」

するとステラはため息をついてこう言った。

「父は、セオドア・フォスターは知的生物アンテラスの研究員なんです。その父の研究では…」

ステラの口から語られたことは、知的生命体の概念を根底から覆すものだった。

「アンテラス、彼らは言ってみれば、アリに似た昆虫人間です。でも外骨格に合わせて内骨格も発達させた複骨格で肺もあり、体温もあり、軽い丈夫な鎧も発達させた高等な生物です」

そして、その王国では、女王、貴族、自由市民、働きアリや兵隊アリなど、複雑な階層社会が構築され、すべて女王の子どもだが、知能や能力に大きな差があるのだという。

「人類がはじめてとらえて研究したアンテラスは善良な働きアリで、知能は人間の子ども並み、でも貴族や自由市民階級ともなれば人間かそれ以上、女王となると300年以上の寿命を持ち、人間をはるかにしのぐ知能を持っていると言うのです」

セオドア・フォスターは研究の一環として、アンテラスの言語も研究していたと言う。言語分析人工知能を使い、数万語に及ぶアンテラスの辞書を編纂したことで知られている。そしてセオドアはアンテラス言語を通訳することのできる数少ない人類なのであった。

「そういうことだったのか?しかし、そんな高度な知的生命体と20年前にトラブルをおこしたと聞くが、一体どんなトラブルだったのだろうか…?」

カペリウス隊長がそうつぶやくと、意外にも、あのメガネのケリーバーグマンが言った。

「20年前の第二次アンテラス事件の時には、詳細は不明ですが、彼らの王国に侵入した人間と彼らの間で戦闘にまで発展したのです。その時は最新の装備を持った特殊部隊が伊っこ部隊全滅しております。それも瞬時に」

最強の特殊部隊が全滅?!みんな一瞬黙ってしまった。自分たちはとんでもない惑星に来てしまったと…。でも今度はステラが続けた。

「でも、父の話しだと、その事件を重く見た女王は、自ら調停案を提案し、地球連邦政府もそれを認め、事態は終結したそうです」

ところがその時、グリフォンは、早くもデポリカの周辺部に差し掛かって来た。開拓者のコンドミニアムやいくつものビルが近づいてきた。それを見下ろしながらステラは続けた。

「この惑星の生物は、23年に一度、この一帯が海に沈むことがちゃんと分かっている。だからここ数日、動物たちの大移動が始まったのです。西の大きな森から東の大地の上への大移動、人間の開拓地やデポリカは、苑通り道に当たっているのです」

「おお、あのビルの谷間に、大勢の人と車が集まっている…なんだ消防隊か?」

初めて見る街の人々、確かに大勢の消防隊だ。

「ちょっと見て、なんなのあの怪物は」

見ると、10m以上あるナメクジのようなものがゆっくり動いている。大きな目玉と伸び縮みするくちばしのようなものがあり、なんとも憎めない顔をしている。良く見ると、あれ?足で歩いている。

マノンが言った。

「西の湿地帯にいるナメクジとムカデのあいのこのようなメリバスという生物の仲間ね。こんな大きなのは、わたしも見たことないわ」

「最大種のダイオウメリバスだろう。体はヌメヌメしているが、短い足が全部で22本付いていて、ゆっくり歩くことができる。とくに危害を加える生物ではないが、あの大きさで歩きまわられたら、たまらんだろう。でも、消防団の放水をいやがって、少しずつ街の外へと方向を変えているようだ」

さらにスポーツセンターの陸上の競技場でも大変なことになっていた。ここにいたのは、巨大な甲虫の群れだった。光る角とメタルの光沢のある銀色のボディをしている。

「ケペルミネだわ」

そいつらはカブトムシに似ていたが、3~4m以上あり、象や恐竜のように長い6本の足を立てに伸ばして歩いていた。頭の下には長いストローのような口がくるくると渦を巻いている。その先はノミやタガネのように堅く、ストローをまっすぐにのばして木に穴をあけて樹液を吸うのだと言う。そしていくつもに枝分かれした複雑で幅の広い角を振り回しては、競技場の電光掲示板に体当たりして破壊していた。

「ケペルミネはもともと、とてもおとなしい生物だ。だが、やつらの角には、いくつも発光器がついていて、それで縄張りを主張したり、メスを争ったりする。やつらは街のキラキラピカピカする物を敵だと考え、キラキラピカピカ光るたびに反応して、つつきまわっているようだ。ネオプラハの街を通ったのもやつらの仲間かもしれんな?」

そうか、ネオプラハでは、建物の電飾や金属の看板が狙われていた。グリーンラインのフェンスもこいつらが破った可能性が高い。なんたって角が硬くて強力だ。

この特大のカブトムシは消防車の放水では歯が立たないらしく、ロボットブルドーザーやパワーショベルなどでじわじわと街の外に追い立てているようだった。

黒川は、これこそ巨人ロボットのガイアトラスにまかせればよかったのにと思った。

カペリウス隊長はステラに重要なことを聞いた。

「君、それで海の本格的な進撃はいつになると分かっているのか?」

ステラはみんなの方に向き直って確かに言った。

「父の話しでは三日後の真夜中から朝です」

「ええっ!!すぐじゃないか?!」

みんな驚いて顔を見合わせた。カペリウス隊長が険しい表情をした。

「正確な数は分からないが、1000人ほどの人間をどうやって避難させると言うのだ。ほかの惑星にそれだけの人数をすぐに運ぶなど、完全に不可能だ」

「グリーンラインより、高い土地に行けばいいんですかね」

するとマノンが言った。

「皆さんも見たでしょう、グリーンラインより向こうには、あれだけじゃないもっと危険な大型生物が沢山いる。しかもみんな大地を目指して集結しているんです。そんな人数を何日もあの場所に置いておくわけにはいかない。研究所の小さな建物のほかは、宿泊施設も食料も何もないんですよ。向こうには」

カペリウス博士はさらにステラに聞いた。

「そして、その事実を知っていた君のお父さんは、なんと言っているんだ?」

「それが…。何も心配はいらない。今は教えられないが、人々はデポリカの街にいればきっと助かるはずだ。そう言っておりました」

街にいれば助かる?一体どういうことなのだろう?謎はますます深まる。

「…それで君のお父さんは…今、どこにいるんだ?」

「わかりませんが、きのう、私と別れる前には、中央指令室に行くと言っていました…」

「分かった。セオドア・フォスターに会って詳しく真意を聞かなければならん。1000人以上の命がかかっている。さらに中央指令室の沈黙の理由を確かめねば…」

グリフォンはデポリカの中心部、中央指令室に向かって飛んで行ったのだった。

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