第35話 仕事、仕事


 その日も予約が入っているとのことで、Y子さんは早めに帰った。

しかしながら、帰るときに急にだが「ゾクッ」っとしたのは、さよならを言ってちょっと振返ると、占い師が例の「和服」を着ようとしていたことだった。


「それを着るの? 」「あ・・・どうしたんだろう・・・」

「大丈夫? 」 「そうですね、きっと大丈夫です」と言って、何を着るかで迷っていた。

「これなんか良いと思うわ」「そうですね、簡単で良いですね」

「じゃあ、帰ります」「ありがとうございました」


一連の会話は、朝の爽やかさとは無縁の、むしろ対極のようなものであった。


「ホステスの原因不明の死亡か・・・しかも何十年も前の事だったら・・・ん? とにかく親に聞いてみようか」

自分の出来ることをやって見ようと思った。



「ああ! 覚えてるわよ!! その当時はすっごく噂が飛び交ってね」

Y子さんの母親は情報通だった。そして感心するほどこの点に関しては記憶力が良い。

「この近辺の有力者達がみんな彼女のお客さんだったって話でね。きっと情報を持っていたから消されたんじゃないかって」

「この町はそこまで大きな町じゃないでしょう? 県庁所在地だったらわかるけれど」

「いやいや、バブルでこの辺の土地がものすごく急激に上がったのよ。悪質な地上げ屋もいたのよ。まあ、栄えると悪いことも起こるって事かしらね」

「そのホステスさんって、この近辺の人? 」

「そう! ほらあそこの学校の」

「ちょっと待って、録音するから! 」「何故? 」


「友達が小説の題材にするから」という口からでまかせにしては、喜んでくれる嘘をつき、母親は故人にちょっと失礼なほどに話し続けた。

この点は地元を離れなかった彼女の幸と不幸なのだが、それを聞くにつれ、彼女が地縛霊的に占い師にとりついているのもわかる気もした。

自分が育った町、そこの裏側の黒い面を知ったため殺されたのなら、確かに化けて出たくもなるだろう。


 久々に話を聞いてくれた娘に満足したのか、母親は楽しそうに食事を作り始めた。Y子さんは部屋に戻り、一応ネットで調べてみたが、出てくる訳もなかった。

そう、彼女のことは、既に忘れ去られてしまったのだ。


殺人事件に時効はなくなったとは言え、警察も捜査はしていない。当時の結論は迷いながらも「自殺」と言うことになったのだそうだ。

「世間に飛び交っている噂なんて、刑事さんは全部調べてわかっているはず。つまり殺人事件というには、決定的な証拠が出てこなかったんだわ。だとしたら、自殺に見せかけた、すごく計画的な殺人だった可能性もある。

彼女が霊としてさまよっていると言うことは、自分を殺した人が生きていると言うことなのかしら」


Y子さんは久々に生きている人間にゾッとした。



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