第20話 お客さん


「こんばんは、夜にすいません」


Y子さんはノックを続けていた。中に人がいるのはわかっている。暖房がついたままなのだから。でも返事がない。眠っているのかわからないが、とにかく彼女の顔を一目でも見ておきたかった。


すると背後から

「あの・・・」と小さな声がする

コンビニ弁当を持った彼女が、気配も無く立っていた。

「あの・・・仕事は・・・終わりなので・・・」

「今日は、お客としてではなくて来ました。すいませんけれど、一緒に夕食をと思いまして」

「え! 」と声を出して、表情は少ないが、嫌がっている感じでは無かったので、もう一度確認してみた。

「ご迷惑なら帰りますが・・・」

「いえ・・・ありがとう・・・ございます・・・・・」

彼女は深々と頭を下げた。



「簡単なモノしか作れませんけれど」

「いえ、有り難いです・・・・・家庭料理なんてしばらく食べてはいないので・・・・」占いの時とは本当に別人のような、たどたどしい感じだった。


 Y子さんは最初に来たときから気が付いていた。手前のキッチンがほとんど使われていないこと、冷凍が出来ない小さな冷蔵庫、プラスチックのゴミ。ゴミ屋敷という程ではないが、少なくとも片付け上手ではない。しかも舞台衣装のような衣類の山、そして何よりも驚いたのは、これだけあるのかと思うノートや本の山。地震が来たら危ないほどだ。開いたスペースは一人分の布団のみ、テーブルも無かった。

お皿もギリギリしか無く、メニューをスパゲッティーにして良かったと、Y子さんは思った。


「すいません・・・こんな部屋で・・・」

「いえ、急に押しかけてごめんなさい。とにかく、温かいうちに食べましょう」

食事を始めた。

しかし、占い師の方から話しかけることは全くなく


「口に合うかしら」

「美味しいです」

という会話だけで、後はお皿とフォークがちょっとだけ接触した時にたてる音が、部屋に響くだけだった。


「洗います」と彼女はちょっと逃げるようにキッチンに行き、ほんの数分後、決意をした様な言葉を言わなければという気持ちで、お皿を洗っているように見えた。

Y子さんは自分から話を切り出すことも出来るが、とにかく先に彼女の言葉を聞いた方がよいだろうと判断した。そして


「あの・・・ありがとうございます・・・本当に・・・助かりました・・・今日色々あって・・・この仕事、辞めた方が良いのかなって思ったんです・・・」


「そんなことを考えていたの? 私あなたには本当に感謝しているの。とにかく今日はそのことを一番先に伝えたくて」


「ほんとうですか・・・」


「本当よ」


Y子さんは今日彼女を道で見たこと、そしてそのあと警察に行ったことよりも、まずは時間的に古いことから話そうと思った。


「それと・・・この前、何だか様子が違ったから気になっていたの。不安そうというか、何というか・・・」


その言葉を聞いて占い師は力が抜けた様に首がうなだれてしまった。

しばらくそのままだったので、自分の言葉が彼女を深く傷つけたのか、それとも何かもっと心霊的な、憑依に近いことが起こっているのか、わからなかった。でも不思議とそれが目の前で起こったとしても、

自分はここから「逃げ出さないだろう」と思った。


 すると、やっと彼女は顔を上げた。穏やかな、少し悲しげな顔だった。


「あの・・・聞いて・・・いただけますか・・・」


「ええ・・・もちろん・・・そのために来たのだから」


Y子さんがそう言うと、占い師は布で仕切った店との境に、大きな、その幅と同じくらいの段ボールを立てかけた。

「コレで少しは寒さをしのげますから」


貧しさは、人を賢く変えていくことも出来るのだとY子さんは知った。


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